国民の監察医(こくみんのかんさつい)

きりしま つかさ

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第0193話「糸口を探す」

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解剖室の空気は奇妙な臭いが漂い、呼吸さえも苦しいほどだった。

柳景輝(りゅうけい ひろし)が容易に言うように、自分自身さえもその作業を嫌悪していた。

専門捜査本部は焦燥感で一杯だ。

六体の死体に関する殺人事件だが、上層からの質問と圧力は一日も途切れることがなかった。

もし清河市に唯一存在する二人の白服医師が省庁に直接電話をかけ、期限付きで解決を命じる前の話なら、本部から「三日以内に解決」という命令が出されるところだった。

その時はもう全市警察が睡眠不足になるだろう。

妻たちは一人で夜を明かすしかない。

肝臓は壊れるかもしれないが...

しかしいくら言っても、いくら外での捜査を繰り返しても、結局は事件を解決しなければならないのだ。

映画のように生活するわけにはいかない。

最初の二日間は専門捜査本部が事件の状況に慣れ、手掛かりを探していたが、四日目五日目に積極的な進展がないと、少し刑事経験のある幹部たちは事情を悟っていた...

硬直しているのだ。

しかも薬物でさえも改善できない深刻な問題だ。

そうでなければ少なくとも「止血帯使用」とか声を出すはずだ。

そのため犯行から五日目には本庁長官が専門捜査本部の事務室に参上した。

その瞬間、全員の表情は歪んだ。

清河市公安局刑事警察支隊の支隊長沈飛鴻(ちん ひょう こう)もようやく柳景輝を思い出したのか、長官が去った直後に柳景輝を会議室に招き入れた。

煙けむりの中で皆は真剣だが不自然な笑みを見せていた。

沈飛鴻はタバコを差し出すと、「柳課長、我々は行き詰まっています。

貴方のアドバイスが必要です」と言った。

柳景輝は内心で「以前にも貴方たちにアドバイスしたが、無視していたではないか」と思った。

しかし実際には彼の提案も効果なかったのである。

犯罪捜査とは闇夜を歩くことだ。

三時まで捜索しなければならないほど暗いのだ。

柳景輝は長年の現場経験から各地警察の異なる風土に慣れていた。

優れた指導官は多いが、全てが破案できるわけではない。

沈飛鴻は最悪ではないが、事件が複雑すぎれば苦手だ。

規模の小さい現行犯殺人なら自分で解決するかもしれない。

逆を言えば、小規模な事件なら柳景輝には会わないのだ。

「まずは댐(ダム)から調べてみよう。

댄の水位データや過去の記録は持っているはずだ」と柳景輝は穏やかに言った。

重案捜査課の石課長も同年代で、隣席でタバコをくわえながら「我々は水文学者を招いたが、彼によるとこの댐建設以来水位はここまで下がらなかった...内部の水流の状況に関する資料は少ない。

結論として犯人が댐の流れを利用したなら地元住民ではなく、水辺に住む水泳技術に長けた人物だ」と言った。

「我々も分からないかもしれないが...」柳景輝は理解を示した。



警部はうなずいた。

「証明できないかもしれないが、個人的には犯人が水庫周辺で生活や働いていた可能性が高いと確信している」

「え?」

「目撃者調査では特に釣り人を中心に300人以上に尋ねたんだ。

しかし誰一人として見たという報告も噂もない」

通常の事件なら効果的な捜索方法だが、このケースでは逆効果だった

巨大な遺体包が水庫に沈められた場合、多少なりとも周囲に異変が現れるはずだ。

昼間は目立つから夜間に投棄する可能性もあれば、複数回にわたって廃棄した可能性もある

前回会議で警部が指摘した通り「暗夜を歩けば幽霊に遭う」という言葉通り釣り人達の経験談がないこと自体が犯人の選択眼の高さを示している。

単なる運によるものではない

「たまたま最初だけ見つからなかったかもしれない。

その後は隠れた場所に捨てたんだろう」

河川局の別のベテラン刑事が反論した。

「この水庫は住民の生活用水として重要な施設だ。

周辺には地元で親しまれている場所が多く、遺体をそこに放棄するなどあり得ない。

農村部での事件では井戸に遺体を捨てた例なんて聞いたことがない」

柳警部補が切り込んだ。

「1234と56は異なる区域で発見された。

犯人が二か所を選んだということは、両方とも隠蔽場所として適切だった証拠だ」

「水文学者に確認した結果どうなった?」

「『流れに乗って流されてきた』という結論ではない。

別の場所から運び込んだと判断している」

柳景輝が肯いた直後、石隊長の喜びを待たずに付け加えた。

「しかし必ずしも犯人が水庫周辺住民とは限らない。

その点は全員で同意しているはずだ。

むしろ貴方とベテラン刑事の両方の意見を組み合わせるべきではないか。

つまり犯人は水庫周辺住民ではないが、水庫に詳しい人物という立場なら相当数いるだろう」

石隊長が黙り込んだ瞬間、ベテラン刑事も無言で否定的態度を示した。

彼の視点からすれば捜査対象が膨大になり過ぎるため、個別に尋ねるようなことは不可能だった。

「君は水庫の状況に詳しいか?」

という質問を連発するわけにはいかない

柳景輝がため息をついた。

推理の難しさはそこにあるのだ。

誰もが事実に基づいて推測できるが、その過程で必ずしも最大確率の結論とは限らない。

だからこそ新たな証拠が必要なのだ

「交通手段の調査はどうなった?」

「水庫自体の車両と従業員用車両、定期的に物資を運ぶトラックは全て調べた」陳隊長が答えた

「水辺の車痕や駐車場所は特定できるか?」

柳景輝が以前から思案していたアイデアだった。

犯人が何度も水庫に遺体を運び込むなら、固定ルートと駐車ポイントがあるはずだ。

家族連れでキャンプに行くような計画性のある人物なら尚更、適当な場所を選んで停めるよりは計画的に行動するだろう

「そこの一帯には駐車可能な土地が連続している。

農地もバラバラに散らばっていて、トウモロコシ畑やヒマワリ畑、ススキの群生地、木々がある場所もある。

干季時にはオフロード用トラックでススキ原を突っ切れるし、専門的に遊びに来る人々もいる」

「そのオフロード愛好家たちか?」

「確認済みだ。

ほとんどが県外ナンバーで水位の知識は皆無だろう。

一般客なら数回来れば飽きる傾向があるが、8年前に来た人や3年前に来た人が少ないというデータもある」

柳景輝が問うた。

「被害者の生活経路から見ると、1号は出張中の人物で清河市への移動ルートは特定できるはず。

5号は学生だが両者の共通点は?」

「清河市そのものだ」

「具体的な経路は?」

「現在は不明だ」

「3号の身元解明はどうなっている?」

「検査すれば分かるが、腰を曲げる仕事に就いている人は多い」

真実は勝手には現れない。

今や専門チームの頭脳戦が始まった

別の言い方なら、糸口を探すための無秩序な捜索と言える

……

江遠が2号と4号の間を行ったり来たりしていた

計6体の遺体が発見され、1号と5号は身元が判明した。

3号についてはまだ不明だが、捜査方向はある程度絞り込めた。

残る246番(※原文中の「246」をそのまま使用)では、6号の上半身骨格のみが発見され、これは殺害後に遺棄されたものと推測されるため、有用な手掛かりは得られない。

2号と4号に関しては、骨の痕跡が極めて少ない。

X線撮影が必要だと考えられるのは、2号の上腕骨に骨折があったことと、4号が歯列矯正を受けたことが挙げられる。

理論的には江遠が再び遺骨をX線撮影し、病院が保存している既存のレントゲン写真と照合することで身元特定が可能だが、問題は大量に病院からデータを集める困難さにある。

国内環境では清河市在住者が長陽市の医療機関を利用することも現実的だが、1号のような出張や移動中の被害者が出た場合、さらに外省(※原文の「外省」をそのまま使用)からのケースが発生した場合は対応不能となる。

幸いにも上腕骨骨折と歯列矯正は地元での治療傾向が高い。

歯列矯正は長期にわたる通院が必要で、外地での治療は負担も大である。

一方、上腕骨骨折は急性病であり、一般的には近隣医療機関を受診するものだが、もし遠隔地で骨折した可能性があるとすれば問題が残る。

他の鑑定ポイントがないことを確認し、江遠は王藍に報告した。

王藍も同様の懸念を持っていたが、4号の歯列は照合可能であるものの、上腕骨のレントゲン写真を病院から入手できるかどうかは不透明だった。

「他に手はないのか?」

王藍が江遠の提案を受け入れるように尋ねた。

江遠は頷き、「思いついたのはこれだけです」と答えた。

「上腕骨のレントゲンなら私がチェックする。

歯列は私が担当する」

「できるわ」江遠も諦めずに取り組むしかない!

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