国民の監察医(こくみんのかんさつい)

きりしま つかさ

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第0338話 羊泥棒

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県警本部新庁舎。

四階にある江遠積案班の看板は、静かに掲げられていた。

「黄強民も誰にも知らせずに内勤に看板を掲げさせた。

机と椅子を置いただけで準備完了だ。



どの人物を選任するかはまだ決まっていない。

人事問題は重要な課題だが、新進気鋭の副局長である黄強民は慎重な姿勢を崩さなかった。

主導権を持つ江遠が家に帰っているため、県警内部では蠢動する動きもあるが、誰も積極的な行動を起こさない。

黄強民は二日間かけて王鍾だけを選抜し、新庁舎の四階に配置した。

寧台県は江遠の改革で犯罪発生率が極めて低い状態だった。

そのため痕跡鑑定班の王鍴も余剰人員扱いだった。

命令を受けた王鍴は直ちに新庁舎へ向かい、空っぽの事務室でドキュメンタリー映画や学習用動画を観始めた。

退勤間際、王鍴は掃除と観葉植物の水やりを済ませた。

湿った観葉植物が絡み合うように成長し、王鍴は翌日の生活を計画した。

朝食に豆腐脑と煎餅果子、昼食に灌湯包を作りながらアニメや業務向上動画を見る予定だった。

次の日、王鍴は東市で豆腐脑と煎餅果子、西市で灌湯包を購入し、警視庁前で豆浆を買い足して事務室に戻った。

手に持った食事を前に、ドアの鈴が鳴った。

透明ガラス越しに五人の男と一人の美女が立っていた。

彼らは藍色や黒いズボンを着ていたため、王鍴は何か問題があるのかと思ったが、相手方は「長陽市警視庁江遠積案班の王伝星です」と名乗った。

王鍴は食事を置き去りにし、ドアを開いた。

「誰ですか?」

と尋ねると、先頭の男は「長陽市の江遠警部補を捜しています。

我々も江遠積案班のメンバーです」と答えた。



王伝星が自己紹介を終えると、後ろの数人を紹介した。

「この方は孟成標警部補……申耀偉さん……苗利元さん……唐佳さん……」

王鐘は呆けて見ていた。

寧台県刑事課の七八名の若い力強い警察官というのは、中隊規模の戦力を意味する。

課内の老人や病弱者は多いが、人数を揃えるのは容易だ。

一方で、長年県庁に勤務する技術員である王鐘にとっては、長陽市刑事課の警官には光環がある。

「皆さん、おかけになってください。

えっと……報告すべき方は誰ですか?」

と習慣的に尋ねた。

県庁の警察が上級機関の来訪者を見ると知らないものは全員を「さん」で呼ぶのが決まりだった。

「黄大隊長に連絡してみましょうか。

江課長に電話します」と王伝星は笑いながらスマホを取り出した。

唐佳らはまず事務室を見て回り、各自デスクを確保し座った。

半時間後、黄強民が到着した。

犯人取り調べの表情で一列並んだ警官を見つめ、特にグループが席に着いていることに注目した。

「余支から連絡ないのか」と不満を漏らしながら尋ねた。

「貴方たちの来訪は何か意図があるのか?」

「江課長と一緒に働くことを希望しています」唐佳が即座に立ち上がり表明した。

申耀偉らも立ち上がり頷いた。

申耀偉はさらに機敏に「黄大、お任せください」と付け加えた。

江遠の部下になることはつまり黄強民の配下ということだ。

この関係を申耀偉は明確に理解していた。

もちろんしばらくすると長陽市に戻るが、ずっと無料労働するわけにはいかない。

しかし期間は長短自在で、通常の上司と部下の関係と大差ない──黄強民がそれを認めればこそだ。

「余支に連絡します」黄強民はためらいがちに電話帳をめくり始めた。

逆借調は快感だが、長陽市刑事課は侮れない存在だった。

通話ボタンを押す手が止まった瞬間、エレベーターの音がした。

新たな面見の警官が登場した。

「老孟」「小唐も来たぞ」

彼らは唐佳と孟成標らと挨拶を交わし合った。

不用に言うまでもなく長陽市刑事課の人々だ。

黄強民はキー操作を中断して尋ねた。

「貴方たちも余支から連絡ないのか?我々県の条件は省庁とは比較にならない。

食事宿泊だけでなく、扱う事件の重要度も長陽市のものとは比べ物にならない……」

「黄大、ご安心ください。

皆さん出張経験者でシンプルに考えています。

生涯で何件か事件を解決したいだけです」孟成標が立ち上がり代表して胸中を語った。

黄強民は笑って「長陽市刑事課の捜査効率は高い……」

「江遠警部補とは比べ物にならない」と孟成標は一息入れて続けた。

「私は昇進など期待していない。

ただ事件解決だけが目標です」

警察という職業は昇進の道が非常に狭い。

教師と似たようなもので、普通の現場警官がどれだけ頑張っても派出所の指導員や刑事部隊の中隊長といったポストに留まるのが一般的だ。

派出所長になるには莫大な努力と運が必要だった。

当然警務段位は昇進する。

3年ごとに豆をもらうように、50歳近くなっても孟成標は二杠三の警視正で黄強民と同じだが全く役に立たない。

江遠積案特別班に参加したいという願望や追いかけるような形で参加する孟成標の考え方は非常に単純だ。

彼がやりたいのは多くの事件を解決し、同時に幾度か功績を立てることだった。

孫子に自慢話として語るためならそれで十分だった。

他の若い警官たちは独木橋を渡ろうとするためや孟成標と同じような動機で、いずれも破案を通じて何かを得ようとしていた。

この点では刑事は比較的純粋なものだ。

「電話をかけるぞ」黄強民が部屋を出て交渉に向かった。

以前なら単に江遠を売り捌くだけだったが今は新しい方式を採用しているため、まだ少し違和感があった。

自信満々の江遠と局長の意向はあるものの、黄強民だけは負担を感じていた。

数通電話をかけた後、黄強民は額に手を当てながら江遠積案特別班の事務室に戻ってきた。

そこには人々が円陣を組んでいて壁にはPPTが貼られていた。

「黄局長」江遠が挨拶した。

「彼らから連絡があったので来たんだ」

小県の利点は車でどこへでも行けることだ。

「あ、これはお前が作ったPPTか?」

黄強民がスクリーンを見上げた。

その案件にはほのかな記憶があった。

江遠は首を横に振った。

「彼らが作ったんだよ」

黄強民は周囲を見回した。

王鐘以外は長陽市刑事部隊のメンバーで寧台県からの選抜はまだ決まっていなかった。

しかしスクリーン上の案件は寧台県のものだった…文郷一帯で繰り返される盗羊事件の思考マップが作られていた。

「これは……盗羊事件か?」

黄強民が数秒間見つめた後、突然悟ったように尋ねた。

「10人程度の人員で数万円規模の案件を扱うのか?」

王伝星はページをめくりながら言った。

「いくつか寧台県に適した事件を選んだ。

この盗羊事件の鍵は最近3年間文郷で繰り返されていることと、特定地域に集中している点だ」

3年で20~30頭の家畜が失われた場合、全て同じ犯人がやったとしても数万円規模の案件となる。

黄強民が尋ねた。

「この事件を扱うのか?」

皆は江遠を見た。

「チームビルディングとしていいだろう」江遠はどの事件でも構わないと言った。

王伝星らはより深いことを考えていた。

前回の建元倉庫殺人放火事件はまだ片付けていないが、江遠が不満を感じていないか?過去のチームビルディングに参加した経験から、江遠が誰かを外す可能性はないか?

思考が崩れなければ恐怖心は減らない。

彼らは心理的準備をしつつ盗羊事件について真剣に考え始めた。



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