国民の監察医(こくみんのかんさつい)

きりしま つかさ

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第0527話 まあそんなもの

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江富町の酒宴は「できるだけ多くの人々が集まる」という原則を重んじ、一種の賑やかさと調和を追求するものだった。

普通の地域では各家から一人ずつ参加し、同時に品物を贈るというのが常識だが、江富町では各家が自由に品物を贈り、来客数は制限されない。

礼台には記帳係もいないため、人々は品物を礼台に入れることなく、そのまま席に上がることも許される。

入れなかった場合でも問題はない。

礼台の存在理由は、多くの人が品物を贈る際に名前を書くためだった。

江村には裕福な家庭が多く、格式ばった習慣も多い。

例えば八叔公(江富町の八番目の親戚)は、近隣地域で積極的に品物を贈り回すのが趣味だ。

年老いた彼は席に着くことも飲食することも好まず、ただ品物を贈ること自体が喜びであり、その行為から主催者からの熱心な感謝の言葉を得ることが目的だった。

忙しい時は一日に七八件もの場所を回り、専門的に酒宴を開く会社や個人は八叔公の連絡先を知っているのが基本だ。

江遠ら若者はかつて八叔公の行動理由が理解できなかったが、ライブ配信が普及した後にはその意図が明確になった。

ネットで女優に小遣いを送る行為と比べても、八叔公が千数百円から数千円程度の品物を贈ることで得られるのは、単なる女性からの感謝ではなく、相手全家族や祖々代への感謝という大きな満足感だった。

江富町では地域外の人も自由に参加でき、座席は埋まった時点で村人以外でも椅子を用意する。

現在の江村には破産した家もあるが、江富町は一切問わず受け入れる。

かつて江遠と彼の仲間たちは百家飯を食べ続けた経験があり、今は裕福になったため誰かが来ても気にしない。

江富町では町長自ら調理し、舞台も設けられ、地元バンドや歌手がパフォーマンスを行う。

その中には江村の創業スターである中古車販売兼レンタカー業者の江永新(ごうようしん)も含まれていた。

彼はドラムを叩きながら楽しそうに首を振り、江遠は大学時代を思い出すような懐かしさを感じた。

多くの人々にとって大学時代は最も楽しい時期だが、その上に「金持ちの大学生」というステータスがあればさらに幸福度が増す。

スマホが震えた。

黄強民(こうきょうみん)からの電話だった。

「黄局」江遠は声色からも疲労感を滲ませながら応じた。

黄強民はその雰囲気を読み取り、笑いながら言った。

「今日は外出しなくていいよ。

良い知らせだ。

でも今はどこかで騒がしい場所にいるのか?クラブ体験中?」

「江村で酒宴です」と江遠は答えた。



黄強民の返答は明らかに彼の理解を超え、僅か数秒間の沈黙を経て「まずは良い知らせだ。

専門捜査班が貴方に一等功を申請した。

これが認められれば凄いことになる。

一年ちょっとで二度も一等功とは全国的にも稀な成績だ」と前置きした。

警察組織における功労表彰は軍隊とは性質が異なる。

戦場での大規模作戦では数十から数百の功勲章が発生するが、警察システムではその数が相対的に限定される。

例えば省庁の刑事八虎団は一年で二百件以上の事件を解決し重大事件を解決すれば退役も考慮されるが、功労表彰となると一年に二度の一等功を得るだけでも立派な成績だ。

江遠のような低めの出発点の方がむしろ表彰機会が多い。

全ての案件で最高評価を得られるわけではないが重用されていることは明らかだ。

普通の警察官なら命案解決や重大事件への参加時に徹夜を強いられ最終的にも何も得られないのが常態だ。

江遠は黄強民の言葉に沿って礼を述べた。

「刑事八虎団の例で言えばその八匹の虎の大半が省庁の編制外であり元の部署で名前と職位を保持している。

これは双方にとって都合が良いことだ。

省庁側は編制不足という問題があるし警察官が省庁に異動しても役職を得るだけでは意味がない」

「市県警局ならこそ人材育成に必要な資源が豊富で最終的に大隊長クラスでも百名規模の部下を持つことは省庁では不可能だ。

人員確保が必要な時はただ口頭で要請すれば済む」

江遠は「具体的にはどのような業務なのか」と尋ねた。

黄強民は「彼らが足跡を送ってきたのでそれを読んでもらいたいと連絡してきた」と説明した。

江遠の足跡鑑定スキルはlv5まで上昇しており黄李団体のビル調査時に一時的にlv6に到達していた。

宋天成はその能力を見抜き fingerprinting技術については直接目撃していないが足跡鑑定を目の当たりにしていれば要請するだろう。

足跡鑑定という業務ならどこででも可能なので出張の必要はないと言った江遠は承諾した。



「明日朝に部隊に戻るわ、それ以降は様子を見よう。

彼らにメールを送ってもらうように頼んでくれないか?」

「構わないよ」黄强民がその件を確信したら安心したように続けた。

「そろそろオフィスの掃除をさせてやろう……」

江遠が慌てて否定する。

「そんな必要は──」

「まあまあ……」

電話の向こうで黄強民が切った。

翌日。

江遠は早めにアラームを設定。

音が鳴ると飛び起きる。

他人にオフィス掃除を頼むのは気が引けたし、特別な地位にある公務員なら時間に余裕があるべきだ。

ゆっくりと茶を飲みながら掃除するようなタイプのものだ。

掃除の隙間もないほど忙しいなら過酷すぎる。

シャワーを浴びて着替え終えると部屋から出ると、父・江富鎮がキッチンで肉を観察していた。

まだ8時前なのに?

「おやじ、こんな早く起きてるのか?何見てんの?」

近づいて尋ねた。

「あ……最近煮えた肉が以前ほど美味しくないんだよ」江富鎮は手に持った肉を見つめながら答える。

「どこかおかしいみたいだ」

「どこが悪いんだい?」

「老朱牧場の牛、品質が落ちてるんだ。

この筋繊維を見る限り、前より格段に劣ってる。

あの若造に言ってやる」

江富鎮は半熟の牛肉を皿に戻す。

江遠は察した。

「昨日誰かがお前の肉料理を褒めなかったのか?」

「褒めたわけじゃない……ただ以前ほど美味しくないってことだ!」

江富鎮は眉を顰める。

「少なくともお前の責任じゃないよ」江遠が慰める。

江富鎮は頷きながらため息をついた。

「やはり私がチェックに欠けてたんだ!この老朱め、しっかり指導してやる」

江遠は笑ってそれ以上言わずに去った。

江富鎮は複数の家庭で使われている牧場を持つが、品質管理の腕前は程ほどだ。

おそらく怒鳴りつける程度だろう。

積案班のオフィス。

机と椅子はピカピカに磨かれていた。

新人が苦労させられたのか、それとも江遠の直属部下が選ばれたのかは分からない。

江遠も気にしないことにした。

自分の席に座って回転させてみる。

他人の地盤ではやはり気を遣うものだ。

ドンと音を立てて黄強民が入ってきた。

当然、江遠が来たことを誰かが報告したのだろう。

「黄局、待ちきれないのか?」

江遠は立ち上がって冗談めかすように尋ねた。

「これは部委から来られた二名の方々だ。

崔小虎と李浩辰という」黄強民は江遠の言葉を無視して丁寧に紹介した。

寧台県局にとって、部委からの幹部というのは若いのに若卒然とした二人でも、級格が関係ない天然の指導者なのだ。

江遠も挨拶をしてから驚いたように訊ねた。

「黄局は昨日『脚跡を読む』と言ったけど、メールで送ればいいんじゃないのかと思ってたんだ」

「データ量が多いので持ち運んで来た」崔小虎は笑顔で虎牙を見せながら答えた。

丸顔の彼が素直な印象を与える。

手提げケースを開けて中からハードディスクを取り出した。

江遠が目を瞬かせる。

「一冊分の足跡?」

「それだけじゃないよ、一つの町の分だ」崔小虎はハードディスクを置きながら続ける。

「我々が捜査に協力するためだ」

江遠は頷いた。

公安部の指示で来ていたようだ。

「では早速解析を始めましょうか」崔小虎が提案した。

江遠は席に戻り、ディスプレイを開く。

画面には既にデータが表示されていた。

黄強民が近づいてくる。

「これを見ると……」

江遠は黙って画面を見つめる。

赤い線で描かれた複数の足跡が繋がっている。

「これは……」崔小虎が指をさす。

「この足跡、ここからここまで一貫して同じサイズだ」

江遠は頷いた。

確かに全ての足跡が均一な大きさだった。

「でも……」李浩辰が指摘する。

「ここだけ少し大きいですね」

画面に赤い線で囲まれた一点を示す。

江遠はその点を拡大して見やる。

他の足跡と比べて明らかにサイズが異なる。

「これは……」崔小虎が眉をひそめる。

「この足跡の所有者は身長が高いのか、あるいは特殊な靴を使っている可能性がある」

黄強民が指摘する。

「でもこの部分だけ異なり、それ以外は全て同じ。

何か意図的なものかもしれない」

江遠は黙ってデータを見つめた。

赤い線で囲まれたその一点に何らかの意味を感じていた。

「我々が捜査を進める上で重要なのは……」崔小虎が続けた。

「この足跡の所有者が誰なのか、そしてなぜここに来たのかだ」

江遠は頷きながら画面を閉じた。

公安部からの依頼だったが、彼らの真の狙いはおそらくもっと別のところにある。

「では我々も協力して捜査を進めてみよう」黄強民が提案した。

江遠は頷いた。

公安部と県警の連携が始まったのだ。

(続く)

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