国民の監察医（こくみんのかんさつい）

0700

第0796話 技術は万能ではない

清河市の進歩区にある警視庁のキッチンで、巡査部長の江遠は依然として激しく炒飯を作り続けている。

窓の向こう側に立つ警視正・雷鑫と教官、副教官、警視補らが彼を眺めながら同じ言葉を口にする。

「必要ない。

本当に必要ない……」

「黄強民さんが笑いながら言うように、江遠は北京で長く過ごした後、帰郷してみんなに会うのが嬉しかったのでしょうね。

この子は人情に厚いからこそ寧台県に残り続けているのですよ」

雷鑫が急いで付け加える。

「寧台県警視庁の積案班が進歩区を第一候補地として選んでくれたのは、我々も光栄です。

実際には我々が料理するべきでしょうが……まあ私の技術はまだ未熟で、次回はトマト麺を披露します」

「咳払い」。

教官が後ろから咳じわった。

雷鑫がため息をつきながら徐泰寧警視補に目配りし、「黄政委、この点ですが……我々が徐課長を先に招いてしまったのはどうしたことでしょう。

徐課長がここにいる限り、我々は少々落ち着かないのです」

「こちらにも問題があります」江遠と同様に炒飯を作っているように平然と言い出す黄強民。

「実は事前に連絡すべきだったのですが、考えてみればそれが難しいのです。

我々が連絡すれば、貴方たちは局長や市警本部に報告せざるを得ず、彼らは状況を理解しないまま結論を出してしまうでしょう」

雷鑫らは彼の言葉を正確に理解した。

黄強民の主張は「貴方たちの反対と上層部の反対が誤りである」というものだったのだ。

その答えが彼らの予想外であり、特に態度が異なるため三人は驚いて固まった。

元々は優しく説得しようと考えていたのだが……

副警視補の謝永楽が即座に口を挟む。

「我々は江法医と以前共働したことがあります。

彼の解決した事件も全て見てきました。

何も恥ずかしいことはないのです。

私はもう江警視の熱烈なファンです。

彼が北京で扱った案件なら、数時間で整理できるでしょう」

「実際には数時間ではなく、江遠は昨晩何時間もかけて調べたが良い手掛かりを見つけることができなかったため今日ここで炒飯を作りに来たのです」黄強民が甲方たちを眺めながら続ける。

「貴方たちの捜査手法や計画は問題ない。

むしろそれが完璧すぎるからこそ、通常の調査では不十分だと彼は考えているのでしょう」

その一言で進歩区警視庁員たちは黄強民の表情を三度変えさせてしまった。



ふざけた、驕慢、不安——雷鑫は言った。

「江隊の考えに従って一週間程度の調査を試みるのも悪くないかもしれません」

「普通の調査は難しい。

特に初期段階の調査計画案を作成するには一週間以上かかる場合もあり、この事件の場合、時間的なリスクが伴います。

それに節約できる費用も限られているでしょう」江遠はその時ちょうど炒飯を二皿持って出てきた。

その後ろでは副手たちが次々と炒飯の皿を運んでくる。

彼は今回も炊き立てのご飯を使っていた。

熱いうちに炒めるのは確かに簡単だが、水分が多いので粘りが出やすい。

正しい方法はご飯を冷蔵庫で冷ましてから手でほぐし、その間に何度か混ぜる事だ。

十七叔の炒飯の真骨頂はあらゆる近道技術だった。

例えば「昨日の米を使った冷め飯の方が美味しくないか」というようなアイデアに十七叔は鼻をつまっていた。

「材料を増やせばいいだけのことだ」

皆が皿を分け合った後、雷鑫は尋ねた。

「江隊、一週間程度なら確かに時間がかかりますが、まずは徐課長に出動してもらうのはどうでしょうか？」

雷鑫は徐泰寧に丁寧な視線を送りながらも警戒心を隠さない。

彼の目には友好的な敬意と完全な備えが満ちていた。

「通常なら数日間の調査で問題ないが、この事件に関してはまず徹底的な捜索を行うべきだ」江遠は昨日黄強民と話していた内容を思い返した。

本来はまずは資料を整理する作業から始める予定だったのだ。

徐泰寧は召喚されるような存在ではない。

彼に数日間の調整時間を与える必要があるが、それはまだ未解決案件がない状況下での話だ。

しかし黄強民によれば、進新区署の調査は問題なかったという。

その場合普通の調査を続けるのは時間の無駄と言えた。

それなら全力で捜索に当たる方が効率的ではないか。

江遠は周囲を見回して言った。

「最後の一件、つまり全事件の第三件は今年初頭に発生したものです。

その時は既に約10ヶ月が経過しており、新たな現場証拠を収集することは不可能です」

「そもそもこの地域には監視カメラも設置されていない。

あなたたちが入手した映像でも最寄りのものから2km離れていると記憶しています。

今さら撮影するわけにもいかない。

つまり既存の証拠だけで進めるしかないのです。

これは私の専門分野ではありません」

江遠は技術的手法に長けていた。

しかしその手法には物理的な根拠が必要だった。

もちろん追加の物理的根拠を獲得することは不可能ではないが、それは時間と労力が必要だ。

副大隊長の謝永楽は不満そうに言った。

「江隊、あなたは自分を過小評価しています。

これまで手掛けた事件で手段を使い尽くしたのはあなたでしょう？みんな技術畑の人間ですけど、技術って同じものではないんですよ。

腕と腕がぶつかった時、私の腕は腕ですか？」



柳景輝は箸を置き、「技術だけでは万能ではない」と前置きした。

「この案件、貴方たちがほぼ一年かけて捜査している。

専門チームの強度も高く、既に多くの聞き取り資料がある。

我々が通常調査を行う場合、その上積みでしかなく効率性は低いし意味もない」

「ある警隊や警察が内輪揉み合いを起こすのは最悪だ。

これは習慣的な問題か、あるいは能力不足によるものかもしれない」

「しかし進前区警署は清河市の中核部の警署であり、実力も相当高い。

戦闘力ランキングで常に上位に位置するのも道理だ。

捜査レベルは確かに優れている」

「その状況下では、卵の中に欠点を見つけるように証拠を探さないと突破口は見出せない。

つまり数ヶ月かけて書類を丹念に調べたところで得られるのは可能性の域を超えない」

「犯人は試験問題ではないから必ずしも解があるわけではない」

「ある手がかりが行き詰まればどうするか？」

柳景輝は少したって続けた。

「我々が先日検討した内容を述べる。

三次事件で犯人が選んだ位置は異なるため、清河市に詳しいことは確かだが、必ずしも地元住民とは限らない」

柳景輝「犯人の身分について第一の可能性として帰郷者については雷大佐が詳細に調べ上げた。

医療保険リストまでチェックしたと聞く……その他の可能性を挙げると、例えば第二は清河市の女婿や孫世代、子息世代で毎年正月に訪れる人間。

第三は商売人、特に年越し商いの業者で清河市に来るのが年末だけの人間、あるいは年末だけ休みが取れる職種」

柳景輝「第四は長期出張の職業だが伝統的な労働とは異なる。

例えば探鉱隊員や海外・外地での長期出張が必要なエンジニア、機関の駐在員など。

第五は現役軍人、特に自衛官などの規律ある組織に所属する者も考慮すべき」

柳景輝「第六は学生、特に大学生。

第七は清河市で居住経験のある外地からの訪問犯。

第八は家族要因、犯人が配偶者や子息などを持つ場合、その家族が正月に出張するため犯行機会を設けるケース」

柳景輝「帰郷者の調査が詳細に行われている以上、身分面での捜査は困難だと考える」

聴衆は頷きながら炒飯を速やかに平らげた。

食堂は即席の事件分析会場となった。

これは常態だ。

堅苦しい事務室での形式的な会議は多くの警官幹部が嫌う傾向がある。

記者向けの演出として撮影されることが好まれるのだ

柳景輝らがメモを書いた程度に終わったところで、彼は続けた：「先ほど話した通り、我々が考慮した時間の空白点や雷大隊長たちの捜査方向も、結局成案できなかった。

その場合、別の視点が必要だ」

雷鑫は一言も返せずにいた。

柳景輝は続ける：「犯罪の7要素——何事、何时、何地、何物、何情、何故、何人——最初の2つは議論されたが、場所については3件とも変化があった。

そこで重点を『何物』に移すべきだ。

特にバイク」

雷鑫：「バイクに関しては重点調査済み……」

柳景輝は指摘した：「貴方は路上や明るい場所のバイクを調べたが、これは逆効果！ただし、その点も問題ない。

我々は状況分析から、この方向性をさらに掘り下げることで、貴方たちの能力を超える要求になるかもしれない」

柳景輝は徐泰寧を見やり続けた：「現在わかっているのは、2件のバイクタイヤ痕が同一だということ。

つまり同じバイクを使ったと推測できる。

したがって仮定するに、最初の犯行と二度目の犯行後、加害者がバイクを処分しなかったなら、三度目の犯行時も同様に放置しているはずだ」

雷鑫らはゆっくり頷いた。

柳景輝は続ける：「その前提で貴方たちが路上や明るい場所のバイクを調べたとすれば、私は尋ねたい。

加害者はバイクをどこに隠したのか？自宅か他の場所か？それを発見する方法はあるのか？バイクを見つけたら犯人も特定できるだろう」

雷鑫は「バイクが路上に出ない限り……」と言いかけたところでようやく悟り、徐泰寧を見つめた。

眉をひそめる。

俗に言う「一人で隠すものは十人が探しても見つけられない」という言葉通り、バイクの購入は容易でサイズも小さく、隠すのは簡単だが発見するのは困難だ

雷鑫は暗に首を横に振った。

徐泰寧はティッシュで口元を拭きながら優雅に続けた：「頑張れ」

雷鑫は驚いて目を見開いた：「私の知る限り、清河市全域ではガソリンの小売販売が身分証明書による登録が必要だ。

ガソリンの保管には危険性があり、一度に買う量も制限される。

3年連続で犯人がガソリンを購入する可能性は高い」

徐泰寧は続けた：「バイクに満タンにするのは必須だろう」

雷鑫は頷いた。

「確かに……」と呟きながら、案犯が他人の身分証や偽造証明書を使う可能性はあるものの、重大な犯罪を起こす人物がそのような小細工をするとは考えにくいという点に同意した。