後悔はなんだった?

木嶋うめ香

文字の大きさ
192 / 212

別れの夜1

「兄様? ……ここが冷たいということは兄様がどこかへ行って暫く経つということ?」

 目を覚ました時、隣に眠っていた筈の兄様の姿は無かった。
 敷布に手を当てると冷たくて、かなり前からいなかったのだと心配になる。

「兄様を探しに行くべき? でももしかしたら私は邪魔? 兄様は一人になりたいのかもしれない」

 のろのろと体を起こし膝を抱える。
 部屋の中に人の気配はない。
 不寝番のメイドは隣の部屋で控えているのか、物音ひとつ聞こえない。
 今一人でいるのかもしれない兄様が心配だけれど、私と違い兄様はきっと裏切りや誰かの悪意に慣れていなかっただろうし、今日の件でお母様と急に別れることになったのだから心の整理が必要なのかもしれない。
 兄様はきっとお母様を信じていただろうから、まさか私を殺そうとしているパティを止めずにいるなんて思いもしなかっただろうし、お父様の発言にも驚いたと思う。
 私は驚きも悲しみも怒りも今は無い、ただ事実を受け止め納得してしているだけ。
 兄様と二人で寝室を覗き見てお父様がキム先生にした告白を聞いて失望したけれど、失望から感じた悲しみも今はもう消えてしまった。
 
「悲しみなんてなくて当たり前なの、だってもう怯えなくてよくなったわ……そうよ、もう不安は無くなった」

 両親にいつ見限られるか、以前の記憶が戻ってからというものずっとそれが不安だった。
 だけどそんな不安に怯える必要なんて最初からなかったと、今日知った。
 お母様はいくら薬で判断能力が落ちていたとはいえ、目の前で自分の娘を殺されようとしているのにパティを止めようとしなかった。それどころか「あの子は悪なのよ、生まれて来てはいけなかった」と言った。
 お父様は、兄様の次に健康に問題の無い男の子を生むのだとお母様は意気込んでいたと言っていたと言い、お父様はそれについてどう感じたのか話はしなかったけれど、女の子の私が生まれて悲しむお母様と同じくお父様も悲しんだということだと思う。
 お母様もお父様も、最初から私を不要としていた。兄様だけが大切だった。それなのに私は良い子になれば両親から愛して貰える、見限られずにすむと考えていたのだ。

「この部屋は、私が男の子だったら私の部屋だった。でも私は二人の希望とは違い女の子に生まれて、だから遠くの部屋で私はずっと暮らしていた」

 兄様の寝室は、私と兄様の心の負担を考えて暫くの間使うのを止めることになった。
 薬の影響は、キム先生の魔法で部屋を清めたから心配しなくていいらしい。でも、私と兄様にある今日の記憶は消せないから心配だとお父様が言って、急遽兄様の部屋の近くにあるこの寝室を使うことになった。
 説明はされなかったが、位置的に私が男の子として生まれたら与えられたであろう部屋なのだと思う。
 そして、以前の私が産んだ長男の部屋だったと気が付いたのは部屋の中に入ってからだった。
 私は長男の部屋に数えるほどしか入った事が無かったけれど、部屋の造りはその時と同じだと気が付いたのだ。
 兄様の部屋と変わらない、上等な家具で整えられた寝室だ。
 寝室に続く部屋には勉強部屋と応接室と衣裳部屋などがあり、勿論使用人の控え部屋もある。
 これが普通の子供部屋なのだと、兄様の様子から理解した。
 私の部屋と造りか違うのは、私のは基本の造りが客間だからなのだろう。
 それを知らず私はずっとあの部屋を使っていた。
 客間というものは、いくら整えても所詮は仮の部屋でしかない。
 私は産まれ育ったこの屋敷に、ずっと仮の部屋を与えられて暮らしていたのだ。
 お母様やパティのことより、その事実が一番私に衝撃を与えた。

「パティ、どうしているのかしら。ジョゼットは?」

 私以外誰もいない寝室で、私の声が自棄に響く。
 部屋の隅にある灯りの魔道具が一つだけ灯っている、そこだけ明るくて調度品の影が見えて私がいるベッドの上の暗さとの違いに心がざわつく。
 パティの行いを知り、ジョゼットは傷付き悲しんだろう。
 私についてはどう思っただろうか、私がいなければ私のせいだと恨んでいるだろうか。
 ジョゼットはパティの妹と共に、私の部屋近くにあるあの暗く狭い部屋で夜を過ごしているのだろうか。
 パティの罪をどう思っているのだろう、ジョゼットは優しく信心深い人だ。
 私を殺そうとしたパティの罪に苦しんでいるかもしれない、私が生まれてからずっと暮らしていたこの屋敷から出なくてはいけないことを悲しんでいるかもしれない。

「いつお母様とパティが領地に向かうのか分からないけれど、きっともう会わせて貰えないわね」

 兄様はお母様とパティを領地に送り閉じ込めることについて、お父様に話すと言っていた。
 王都の屋敷にお母様をいさせることはないと思う。
 家で夜会や茶会をしたことは無かったけれど、お母様自身は招待を受け出掛けることは度々あったし、スフィール侯爵家はそれなりに他家との付き合いはあるから、もしお母様がこの屋敷で療養しているとなれば見舞いに来ようとする者も出て来るかもしれない。
 それをお父様は望まないだろうし、お母様を大切にしているお父様なら社交界の噂になるのは避けたいと考えるはずだ。だからきっとお母様は領地に送られると思う。

「今が二人に会える最後の機会かもしれないわ」

 急に体調を崩し倒れた様に見えるお母様とパティを離すことはせず、今二人はお母様の部屋に寝かされているとキム先生が言っていた。
 私の部屋からは遠いけれど、この部屋は幸いお母様の私室の傍にある。
 私が一人でベッドから下りられさえすれば、簡単に部屋に行ける。

「行ってみよう」

 見張りがいることは無いと思う。
 二人は自分で起き上がることすら出来ないのだから、見張る必要はないのだから。
 そろりそろりと私は動き始める、兄様がいつ帰って来るか分からないから躊躇している暇は無かった。

あなたにおすすめの小説

なぜ、私に関係あるのかしら?

シエル
ファンタジー
「初めまして、アシュフォード公爵家一女、セシリア・アシュフォードと申します」 彼女は、つい先日までこの国の王太子殿下の婚約者だった。 そして今日、このトレヴァント辺境伯家へと嫁いできた。 「…レオンハルト・トレヴァントだ」 非道にも自らの実妹を長年にわたり虐げ、婚約者以外の男との不適切な関係を理由に、王太子妃に不適格とされ、貴族学院の卒業式で婚約破棄を宣告された。 そして、新たな婚約者として、その妹が王太子本人から指名されたのだった。 「私は君と夫婦になるつもりはないし、辺境伯夫人として扱うこともない」 この判断によって、どうなるかなども考えずに… ※ 中世ヨーロッパ風の世界観です。 ※ ご都合主義ですので、ご了承下さい、 ※ 画像はAIにて作成しております

公女様は愛されたいと願うのやめました。~態度を変えた途端、家族が溺愛してくるのはなぜですか?~

谷 優
恋愛
公爵家の末娘として生まれた幼いティアナ。 お屋敷で働いている使用人に虐げられ『公爵家の汚点』と呼ばれる始末。 お父様やお兄様は私に関心がないみたい。 ただ、愛されたいと願った。 そんな中、夢の中の本を読むと自分の正体が明らかに。 ◆恋愛要素は前半はありませんが、後半になるにつれて発展していきますのでご了承ください。

婚約破棄されたトリノは、継母や姉たちや使用人からもいじめられているので、前世の記憶を思い出し、家から脱走して旅にでる!

山田 バルス
恋愛
 この屋敷は、わたしの居場所じゃない。  薄明かりの差し込む天窓の下、トリノは古びた石床に敷かれた毛布の中で、静かに目を覚ました。肌寒さに身をすくめながら、昨日と変わらぬ粗末な日常が始まる。  かつては伯爵家の令嬢として、それなりに贅沢に暮らしていたはずだった。だけど、実の母が亡くなり、父が再婚してから、すべてが変わった。 「おい、灰かぶり。いつまで寝てんのよ、あんたは召使いのつもり?」 「ごめんなさい、すぐに……」 「ふーん、また寝癖ついてる。魔獣みたいな髪。鏡って知ってる?」 「……すみません」 トリノはペコリと頭を下げる。反論なんて、とうにあきらめた。 この世界は、魔法と剣が支配する王国《エルデラン》の北方領。名門リドグレイ伯爵家の屋敷には、魔道具や召使い、そして“偽りの家族”がそろっている。 彼女――トリノ・リドグレイは、この家の“戸籍上は三女”。けれど実態は、召使い以下の扱いだった。 「キッチン、昨日の灰がそのままだったわよ? ご主人様の食事を用意する手も、まるで泥人形ね」 「今朝の朝食、あなたの分はなし。ねえ、ミレイア? “灰かぶり令嬢”には、灰でも食べさせればいいのよ」 「賛成♪ ちょうど暖炉の掃除があるし、役立ててあげる」 三人がくすくすと笑うなか、トリノはただ小さくうなずいた。  夜。屋敷が静まり、誰もいない納戸で、トリノはひとり、こっそり木箱を開いた。中には小さな布包み。亡き母の形見――古びた銀のペンダントが眠っていた。  それだけが、彼女の“世界でただ一つの宝物”。 「……お母さま。わたし、がんばってるよ。ちゃんと、ひとりでも……」  声が震える。けれど、涙は流さなかった。  屋敷の誰にも必要とされない“灰かぶり令嬢”。 だけど、彼女の心だけは、まだ折れていない。  いつか、この冷たい塔を抜け出して、空の広い場所へ行くんだ。  そう、小さく、けれど確かに誓った。

そんなに嫌いなら、私は消えることを選びます。

秋月一花
恋愛
「お前はいつものろまで、クズで、私の引き立て役なのよ、お姉様」  私を蔑む視線を向けて、双子の妹がそう言った。 「本当、お前と違ってジュリーは賢くて、裁縫も刺繍も天才的だよ」  愛しそうな表情を浮かべて、妹を抱きしめるお父様。 「――あなたは、この家に要らないのよ」  扇子で私の頬を叩くお母様。  ……そんなに私のことが嫌いなら、消えることを選びます。    消えた先で、私は『愛』を知ることが出来た。

偽聖女として私を処刑したこの世界を救おうと思うはずがなくて

奏千歌
恋愛
【とある大陸の話①:月と星の大陸】 ※ヒロインがアンハッピーエンドです。  痛めつけられた足がもつれて、前には進まない。  爪を剥がされた足に、力など入るはずもなく、その足取りは重い。  執行官は、苛立たしげに私の首に繋がれた縄を引いた。  だから前のめりに倒れても、後ろ手に拘束されているから、手で庇うこともできずに、処刑台の床板に顔を打ち付けるだけだ。  ドッと、群衆が笑い声を上げ、それが地鳴りのように響いていた。  広場を埋め尽くす、人。  ギラギラとした視線をこちらに向けて、惨たらしく殺される私を待ち望んでいる。  この中には、誰も、私の死を嘆く者はいない。  そして、高みの見物を決め込むかのような、貴族達。  わずかに視線を上に向けると、城のテラスから私を見下ろす王太子。  国王夫妻もいるけど、王太子の隣には、王太子妃となったあの人はいない。  今日は、二人の婚姻の日だったはず。  婚姻の禍を祓う為に、私の処刑が今日になったと聞かされた。  王太子と彼女の最も幸せな日が、私が死ぬ日であり、この大陸に破滅が決定づけられる日だ。 『ごめんなさい』  歓声をあげたはずの群衆の声が掻き消え、誰かの声が聞こえた気がした。  無機質で無感情な斧が無慈悲に振り下ろされ、私の首が落とされた時、大きく地面が揺れた。

【完結】魔女令嬢はただ静かに生きていたいだけ

⚪︎
恋愛
 公爵家の令嬢として傲慢に育った十歳の少女、エマ・ルソーネは、ちょっとした事故により前世の記憶を思い出し、今世が乙女ゲームの世界であることに気付く。しかも自分は、魔女の血を引く最低最悪の悪役令嬢だった。  待っているのはオールデスエンド。回避すべく動くも、何故だが攻略対象たちとの接点は増えるばかりで、あれよあれよという間に物語の筋書き通り、魔法研究機関に入所することになってしまう。  ひたすら静かに過ごすことに努めるエマを、研究所に集った癖のある者たちの脅威が襲う。日々の苦悩に、エマの胃痛はとどまる所を知らない……

彼は亡国の令嬢を愛せない

黒猫子猫
恋愛
セシリアの祖国が滅んだ。もはや妻としておく価値もないと、夫から離縁を言い渡されたセシリアは、五年ぶりに祖国の地を踏もうとしている。その先に待つのは、敵国による処刑だ。夫に愛されることも、子を産むことも、祖国で生きることもできなかったセシリアの願いはたった一つ。長年傍に仕えてくれていた人々を守る事だ。その願いは、一人の男の手によって叶えられた。 ただ、男が見返りに求めてきたものは、セシリアの想像をはるかに超えるものだった。 ※同一世界観の関連作がありますが、これのみで読めます。本シリーズ初の長編作品です。 ※ヒーローはスパダリ時々ポンコツです。口も悪いです。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。