192 / 201
別れの夜1
しおりを挟む「兄様? ……ここが冷たいということは兄様がどこかへ行って暫く経つということ?」
目を覚ました時、隣に眠っていた筈の兄様の姿は無かった。
敷布に手を当てると冷たくて、かなり前からいなかったのだと心配になる。
「兄様を探しに行くべき? でももしかしたら私は邪魔? 兄様は一人になりたいのかもしれない」
のろのろと体を起こし膝を抱える。
部屋の中に人の気配はない。
不寝番のメイドは隣の部屋で控えているのか、物音ひとつ聞こえない。
今一人でいるのかもしれない兄様が心配だけれど、私と違い兄様はきっと裏切りや誰かの悪意に慣れていなかっただろうし、今日の件でお母様と急に別れることになったのだから心の整理が必要なのかもしれない。
兄様はきっとお母様を信じていただろうから、まさか私を殺そうとしているパティを止めずにいるなんて思いもしなかっただろうし、お父様の発言にも驚いたと思う。
私は驚きも悲しみも怒りも今は無い、ただ事実を受け止め納得してしているだけ。
兄様と二人で寝室を覗き見てお父様がキム先生にした告白を聞いて失望したけれど、失望から感じた悲しみも今はもう消えてしまった。
「悲しみなんてなくて当たり前なの、だってもう怯えなくてよくなったわ……そうよ、もう不安は無くなった」
両親にいつ見限られるか、以前の記憶が戻ってからというものずっとそれが不安だった。
だけどそんな不安に怯える必要なんて最初からなかったと、今日知った。
お母様はいくら薬で判断能力が落ちていたとはいえ、目の前で自分の娘を殺されようとしているのにパティを止めようとしなかった。それどころか「あの子は悪なのよ、生まれて来てはいけなかった」と言った。
お父様は、兄様の次に健康に問題の無い男の子を生むのだとお母様は意気込んでいたと言っていたと言い、お父様はそれについてどう感じたのか話はしなかったけれど、女の子の私が生まれて悲しむお母様と同じくお父様も悲しんだということだと思う。
お母様もお父様も、最初から私を不要としていた。兄様だけが大切だった。それなのに私は良い子になれば両親から愛して貰える、見限られずにすむと考えていたのだ。
「この部屋は、私が男の子だったら私の部屋だった。でも私は二人の希望とは違い女の子に生まれて、だから遠くの部屋で私はずっと暮らしていた」
兄様の寝室は、私と兄様の心の負担を考えて暫くの間使うのを止めることになった。
薬の影響は、キム先生の魔法で部屋を清めたから心配しなくていいらしい。でも、私と兄様にある今日の記憶は消せないから心配だとお父様が言って、急遽兄様の部屋の近くにあるこの寝室を使うことになった。
説明はされなかったが、位置的に私が男の子として生まれたら与えられたであろう部屋なのだと思う。
そして、以前の私が産んだ長男の部屋だったと気が付いたのは部屋の中に入ってからだった。
私は長男の部屋に数えるほどしか入った事が無かったけれど、部屋の造りはその時と同じだと気が付いたのだ。
兄様の部屋と変わらない、上等な家具で整えられた寝室だ。
寝室に続く部屋には勉強部屋と応接室と衣裳部屋などがあり、勿論使用人の控え部屋もある。
これが普通の子供部屋なのだと、兄様の様子から理解した。
私の部屋と造りか違うのは、私のは基本の造りが客間だからなのだろう。
それを知らず私はずっとあの部屋を使っていた。
客間というものは、いくら整えても所詮は仮の部屋でしかない。
私は産まれ育ったこの屋敷に、ずっと仮の部屋を与えられて暮らしていたのだ。
お母様やパティのことより、その事実が一番私に衝撃を与えた。
「パティ、どうしているのかしら。ジョゼットは?」
私以外誰もいない寝室で、私の声が自棄に響く。
部屋の隅にある灯りの魔道具が一つだけ灯っている、そこだけ明るくて調度品の影が見えて私がいるベッドの上の暗さとの違いに心がざわつく。
パティの行いを知り、ジョゼットは傷付き悲しんだろう。
私についてはどう思っただろうか、私がいなければ私のせいだと恨んでいるだろうか。
ジョゼットはパティの妹と共に、私の部屋近くにあるあの暗く狭い部屋で夜を過ごしているのだろうか。
パティの罪をどう思っているのだろう、ジョゼットは優しく信心深い人だ。
私を殺そうとしたパティの罪に苦しんでいるかもしれない、私が生まれてからずっと暮らしていたこの屋敷から出なくてはいけないことを悲しんでいるかもしれない。
「いつお母様とパティが領地に向かうのか分からないけれど、きっともう会わせて貰えないわね」
兄様はお母様とパティを領地に送り閉じ込めることについて、お父様に話すと言っていた。
王都の屋敷にお母様をいさせることはないと思う。
家で夜会や茶会をしたことは無かったけれど、お母様自身は招待を受け出掛けることは度々あったし、スフィール侯爵家はそれなりに他家との付き合いはあるから、もしお母様がこの屋敷で療養しているとなれば見舞いに来ようとする者も出て来るかもしれない。
それをお父様は望まないだろうし、お母様を大切にしているお父様なら社交界の噂になるのは避けたいと考えるはずだ。だからきっとお母様は領地に送られると思う。
「今が二人に会える最後の機会かもしれないわ」
急に体調を崩し倒れた様に見えるお母様とパティを離すことはせず、今二人はお母様の部屋に寝かされているとキム先生が言っていた。
私の部屋からは遠いけれど、この部屋は幸いお母様の私室の傍にある。
私が一人でベッドから下りられさえすれば、簡単に部屋に行ける。
「行ってみよう」
見張りがいることは無いと思う。
二人は自分で起き上がることすら出来ないのだから、見張る必要はないのだから。
そろりそろりと私は動き始める、兄様がいつ帰って来るか分からないから躊躇している暇は無かった。
目を覚ました時、隣に眠っていた筈の兄様の姿は無かった。
敷布に手を当てると冷たくて、かなり前からいなかったのだと心配になる。
「兄様を探しに行くべき? でももしかしたら私は邪魔? 兄様は一人になりたいのかもしれない」
のろのろと体を起こし膝を抱える。
部屋の中に人の気配はない。
不寝番のメイドは隣の部屋で控えているのか、物音ひとつ聞こえない。
今一人でいるのかもしれない兄様が心配だけれど、私と違い兄様はきっと裏切りや誰かの悪意に慣れていなかっただろうし、今日の件でお母様と急に別れることになったのだから心の整理が必要なのかもしれない。
兄様はきっとお母様を信じていただろうから、まさか私を殺そうとしているパティを止めずにいるなんて思いもしなかっただろうし、お父様の発言にも驚いたと思う。
私は驚きも悲しみも怒りも今は無い、ただ事実を受け止め納得してしているだけ。
兄様と二人で寝室を覗き見てお父様がキム先生にした告白を聞いて失望したけれど、失望から感じた悲しみも今はもう消えてしまった。
「悲しみなんてなくて当たり前なの、だってもう怯えなくてよくなったわ……そうよ、もう不安は無くなった」
両親にいつ見限られるか、以前の記憶が戻ってからというものずっとそれが不安だった。
だけどそんな不安に怯える必要なんて最初からなかったと、今日知った。
お母様はいくら薬で判断能力が落ちていたとはいえ、目の前で自分の娘を殺されようとしているのにパティを止めようとしなかった。それどころか「あの子は悪なのよ、生まれて来てはいけなかった」と言った。
お父様は、兄様の次に健康に問題の無い男の子を生むのだとお母様は意気込んでいたと言っていたと言い、お父様はそれについてどう感じたのか話はしなかったけれど、女の子の私が生まれて悲しむお母様と同じくお父様も悲しんだということだと思う。
お母様もお父様も、最初から私を不要としていた。兄様だけが大切だった。それなのに私は良い子になれば両親から愛して貰える、見限られずにすむと考えていたのだ。
「この部屋は、私が男の子だったら私の部屋だった。でも私は二人の希望とは違い女の子に生まれて、だから遠くの部屋で私はずっと暮らしていた」
兄様の寝室は、私と兄様の心の負担を考えて暫くの間使うのを止めることになった。
薬の影響は、キム先生の魔法で部屋を清めたから心配しなくていいらしい。でも、私と兄様にある今日の記憶は消せないから心配だとお父様が言って、急遽兄様の部屋の近くにあるこの寝室を使うことになった。
説明はされなかったが、位置的に私が男の子として生まれたら与えられたであろう部屋なのだと思う。
そして、以前の私が産んだ長男の部屋だったと気が付いたのは部屋の中に入ってからだった。
私は長男の部屋に数えるほどしか入った事が無かったけれど、部屋の造りはその時と同じだと気が付いたのだ。
兄様の部屋と変わらない、上等な家具で整えられた寝室だ。
寝室に続く部屋には勉強部屋と応接室と衣裳部屋などがあり、勿論使用人の控え部屋もある。
これが普通の子供部屋なのだと、兄様の様子から理解した。
私の部屋と造りか違うのは、私のは基本の造りが客間だからなのだろう。
それを知らず私はずっとあの部屋を使っていた。
客間というものは、いくら整えても所詮は仮の部屋でしかない。
私は産まれ育ったこの屋敷に、ずっと仮の部屋を与えられて暮らしていたのだ。
お母様やパティのことより、その事実が一番私に衝撃を与えた。
「パティ、どうしているのかしら。ジョゼットは?」
私以外誰もいない寝室で、私の声が自棄に響く。
部屋の隅にある灯りの魔道具が一つだけ灯っている、そこだけ明るくて調度品の影が見えて私がいるベッドの上の暗さとの違いに心がざわつく。
パティの行いを知り、ジョゼットは傷付き悲しんだろう。
私についてはどう思っただろうか、私がいなければ私のせいだと恨んでいるだろうか。
ジョゼットはパティの妹と共に、私の部屋近くにあるあの暗く狭い部屋で夜を過ごしているのだろうか。
パティの罪をどう思っているのだろう、ジョゼットは優しく信心深い人だ。
私を殺そうとしたパティの罪に苦しんでいるかもしれない、私が生まれてからずっと暮らしていたこの屋敷から出なくてはいけないことを悲しんでいるかもしれない。
「いつお母様とパティが領地に向かうのか分からないけれど、きっともう会わせて貰えないわね」
兄様はお母様とパティを領地に送り閉じ込めることについて、お父様に話すと言っていた。
王都の屋敷にお母様をいさせることはないと思う。
家で夜会や茶会をしたことは無かったけれど、お母様自身は招待を受け出掛けることは度々あったし、スフィール侯爵家はそれなりに他家との付き合いはあるから、もしお母様がこの屋敷で療養しているとなれば見舞いに来ようとする者も出て来るかもしれない。
それをお父様は望まないだろうし、お母様を大切にしているお父様なら社交界の噂になるのは避けたいと考えるはずだ。だからきっとお母様は領地に送られると思う。
「今が二人に会える最後の機会かもしれないわ」
急に体調を崩し倒れた様に見えるお母様とパティを離すことはせず、今二人はお母様の部屋に寝かされているとキム先生が言っていた。
私の部屋からは遠いけれど、この部屋は幸いお母様の私室の傍にある。
私が一人でベッドから下りられさえすれば、簡単に部屋に行ける。
「行ってみよう」
見張りがいることは無いと思う。
二人は自分で起き上がることすら出来ないのだから、見張る必要はないのだから。
そろりそろりと私は動き始める、兄様がいつ帰って来るか分からないから躊躇している暇は無かった。
425
お気に入りに追加
2,176
あなたにおすすめの小説


カメリア――彷徨う夫の恋心
来住野つかさ
恋愛
ロジャーとイリーナは和やかとはいえない雰囲気の中で話をしていた。結婚して子供もいる二人だが、学生時代にロジャーが恋をした『彼女』をいつまでも忘れていないことが、夫婦に亀裂を生んでいるのだ。その『彼女』はカメリア(椿)がよく似合う娘で、多くの男性の初恋の人だったが、なせが卒業式の後から行方不明になっているのだ。ロジャーにとっては不毛な会話が続くと思われたその時、イリーナが言った。「『彼女』が初恋だった人がまた一人いなくなった」と――。
※この作品は他サイト様にも掲載しています。

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?
おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました!
皆様ありがとうございます。
「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」
眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。
「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」
ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。
ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視
上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。

私の手からこぼれ落ちるもの
アズやっこ
恋愛
5歳の時、お父様が亡くなった。
優しくて私やお母様を愛してくれたお父様。私達は仲の良い家族だった。
でもそれは偽りだった。
お父様の書斎にあった手記を見た時、お父様の優しさも愛も、それはただの罪滅ぼしだった。
お父様が亡くなり侯爵家は叔父様に奪われた。侯爵家を追い出されたお母様は心を病んだ。
心を病んだお母様を助けたのは私ではなかった。
私の手からこぼれていくもの、そして最後は私もこぼれていく。
こぼれた私を救ってくれる人はいるのかしら…
❈ 作者独自の世界観です。
❈ 作者独自の設定です。
❈ ざまぁはありません。

第一王子は私(醜女姫)と婚姻解消したいらしい
麻竹
恋愛
第一王子は病に倒れた父王の命令で、隣国の第一王女と結婚させられることになっていた。
しかし第一王子には、幼馴染で将来を誓い合った恋人である侯爵令嬢がいた。
しかし父親である国王は、王子に「侯爵令嬢と、どうしても結婚したければ側妃にしろ」と突っぱねられてしまう。
第一王子は渋々この婚姻を承諾するのだが……しかし隣国から来た王女は、そんな王子の決断を後悔させるほどの人物だった。

貴方でなくても良いのです。
豆狸
恋愛
彼が初めて淹れてくれたお茶を口に含むと、舌を刺すような刺激がありました。古い茶葉でもお使いになったのでしょうか。青い瞳に私を映すアントニオ様を傷つけないように、このことは秘密にしておきましょう。

五歳の時から、側にいた
田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。
それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。
グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。
前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

思い込み、勘違いも、程々に。
棗
恋愛
※一部タイトルを変えました。
伯爵令嬢フィオーレは、自分がいつか異母妹を虐げた末に片想い相手の公爵令息や父と義母に断罪され、家を追い出される『予知夢』を視る。
現実にならないように、最後の学生生活は彼と異母妹がどれだけお似合いか、理想の恋人同士だと周囲に見られるように行動すると決意。
自身は卒業後、隣国の教会で神官になり、2度と母国に戻らない準備を進めていた。
――これで皆が幸福になると思い込み、良かれと思って計画し、行動した結果がまさかの事態を引き起こす……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる