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別れの夜1
「兄様? ……ここが冷たいということは兄様がどこかへ行って暫く経つということ?」
目を覚ました時、隣に眠っていた筈の兄様の姿は無かった。
敷布に手を当てると冷たくて、かなり前からいなかったのだと心配になる。
「兄様を探しに行くべき? でももしかしたら私は邪魔? 兄様は一人になりたいのかもしれない」
のろのろと体を起こし膝を抱える。
部屋の中に人の気配はない。
不寝番のメイドは隣の部屋で控えているのか、物音ひとつ聞こえない。
今一人でいるのかもしれない兄様が心配だけれど、私と違い兄様はきっと裏切りや誰かの悪意に慣れていなかっただろうし、今日の件でお母様と急に別れることになったのだから心の整理が必要なのかもしれない。
兄様はきっとお母様を信じていただろうから、まさか私を殺そうとしているパティを止めずにいるなんて思いもしなかっただろうし、お父様の発言にも驚いたと思う。
私は驚きも悲しみも怒りも今は無い、ただ事実を受け止め納得してしているだけ。
兄様と二人で寝室を覗き見てお父様がキム先生にした告白を聞いて失望したけれど、失望から感じた悲しみも今はもう消えてしまった。
「悲しみなんてなくて当たり前なの、だってもう怯えなくてよくなったわ……そうよ、もう不安は無くなった」
両親にいつ見限られるか、以前の記憶が戻ってからというものずっとそれが不安だった。
だけどそんな不安に怯える必要なんて最初からなかったと、今日知った。
お母様はいくら薬で判断能力が落ちていたとはいえ、目の前で自分の娘を殺されようとしているのにパティを止めようとしなかった。それどころか「あの子は悪なのよ、生まれて来てはいけなかった」と言った。
お父様は、兄様の次に健康に問題の無い男の子を生むのだとお母様は意気込んでいたと言っていたと言い、お父様はそれについてどう感じたのか話はしなかったけれど、女の子の私が生まれて悲しむお母様と同じくお父様も悲しんだということだと思う。
お母様もお父様も、最初から私を不要としていた。兄様だけが大切だった。それなのに私は良い子になれば両親から愛して貰える、見限られずにすむと考えていたのだ。
「この部屋は、私が男の子だったら私の部屋だった。でも私は二人の希望とは違い女の子に生まれて、だから遠くの部屋で私はずっと暮らしていた」
兄様の寝室は、私と兄様の心の負担を考えて暫くの間使うのを止めることになった。
薬の影響は、キム先生の魔法で部屋を清めたから心配しなくていいらしい。でも、私と兄様にある今日の記憶は消せないから心配だとお父様が言って、急遽兄様の部屋の近くにあるこの寝室を使うことになった。
説明はされなかったが、位置的に私が男の子として生まれたら与えられたであろう部屋なのだと思う。
そして、以前の私が産んだ長男の部屋だったと気が付いたのは部屋の中に入ってからだった。
私は長男の部屋に数えるほどしか入った事が無かったけれど、部屋の造りはその時と同じだと気が付いたのだ。
兄様の部屋と変わらない、上等な家具で整えられた寝室だ。
寝室に続く部屋には勉強部屋と応接室と衣裳部屋などがあり、勿論使用人の控え部屋もある。
これが普通の子供部屋なのだと、兄様の様子から理解した。
私の部屋と造りか違うのは、私のは基本の造りが客間だからなのだろう。
それを知らず私はずっとあの部屋を使っていた。
客間というものは、いくら整えても所詮は仮の部屋でしかない。
私は産まれ育ったこの屋敷に、ずっと仮の部屋を与えられて暮らしていたのだ。
お母様やパティのことより、その事実が一番私に衝撃を与えた。
「パティ、どうしているのかしら。ジョゼットは?」
私以外誰もいない寝室で、私の声が自棄に響く。
部屋の隅にある灯りの魔道具が一つだけ灯っている、そこだけ明るくて調度品の影が見えて私がいるベッドの上の暗さとの違いに心がざわつく。
パティの行いを知り、ジョゼットは傷付き悲しんだろう。
私についてはどう思っただろうか、私がいなければ私のせいだと恨んでいるだろうか。
ジョゼットはパティの妹と共に、私の部屋近くにあるあの暗く狭い部屋で夜を過ごしているのだろうか。
パティの罪をどう思っているのだろう、ジョゼットは優しく信心深い人だ。
私を殺そうとしたパティの罪に苦しんでいるかもしれない、私が生まれてからずっと暮らしていたこの屋敷から出なくてはいけないことを悲しんでいるかもしれない。
「いつお母様とパティが領地に向かうのか分からないけれど、きっともう会わせて貰えないわね」
兄様はお母様とパティを領地に送り閉じ込めることについて、お父様に話すと言っていた。
王都の屋敷にお母様をいさせることはないと思う。
家で夜会や茶会をしたことは無かったけれど、お母様自身は招待を受け出掛けることは度々あったし、スフィール侯爵家はそれなりに他家との付き合いはあるから、もしお母様がこの屋敷で療養しているとなれば見舞いに来ようとする者も出て来るかもしれない。
それをお父様は望まないだろうし、お母様を大切にしているお父様なら社交界の噂になるのは避けたいと考えるはずだ。だからきっとお母様は領地に送られると思う。
「今が二人に会える最後の機会かもしれないわ」
急に体調を崩し倒れた様に見えるお母様とパティを離すことはせず、今二人はお母様の部屋に寝かされているとキム先生が言っていた。
私の部屋からは遠いけれど、この部屋は幸いお母様の私室の傍にある。
私が一人でベッドから下りられさえすれば、簡単に部屋に行ける。
「行ってみよう」
見張りがいることは無いと思う。
二人は自分で起き上がることすら出来ないのだから、見張る必要はないのだから。
そろりそろりと私は動き始める、兄様がいつ帰って来るか分からないから躊躇している暇は無かった。
目を覚ました時、隣に眠っていた筈の兄様の姿は無かった。
敷布に手を当てると冷たくて、かなり前からいなかったのだと心配になる。
「兄様を探しに行くべき? でももしかしたら私は邪魔? 兄様は一人になりたいのかもしれない」
のろのろと体を起こし膝を抱える。
部屋の中に人の気配はない。
不寝番のメイドは隣の部屋で控えているのか、物音ひとつ聞こえない。
今一人でいるのかもしれない兄様が心配だけれど、私と違い兄様はきっと裏切りや誰かの悪意に慣れていなかっただろうし、今日の件でお母様と急に別れることになったのだから心の整理が必要なのかもしれない。
兄様はきっとお母様を信じていただろうから、まさか私を殺そうとしているパティを止めずにいるなんて思いもしなかっただろうし、お父様の発言にも驚いたと思う。
私は驚きも悲しみも怒りも今は無い、ただ事実を受け止め納得してしているだけ。
兄様と二人で寝室を覗き見てお父様がキム先生にした告白を聞いて失望したけれど、失望から感じた悲しみも今はもう消えてしまった。
「悲しみなんてなくて当たり前なの、だってもう怯えなくてよくなったわ……そうよ、もう不安は無くなった」
両親にいつ見限られるか、以前の記憶が戻ってからというものずっとそれが不安だった。
だけどそんな不安に怯える必要なんて最初からなかったと、今日知った。
お母様はいくら薬で判断能力が落ちていたとはいえ、目の前で自分の娘を殺されようとしているのにパティを止めようとしなかった。それどころか「あの子は悪なのよ、生まれて来てはいけなかった」と言った。
お父様は、兄様の次に健康に問題の無い男の子を生むのだとお母様は意気込んでいたと言っていたと言い、お父様はそれについてどう感じたのか話はしなかったけれど、女の子の私が生まれて悲しむお母様と同じくお父様も悲しんだということだと思う。
お母様もお父様も、最初から私を不要としていた。兄様だけが大切だった。それなのに私は良い子になれば両親から愛して貰える、見限られずにすむと考えていたのだ。
「この部屋は、私が男の子だったら私の部屋だった。でも私は二人の希望とは違い女の子に生まれて、だから遠くの部屋で私はずっと暮らしていた」
兄様の寝室は、私と兄様の心の負担を考えて暫くの間使うのを止めることになった。
薬の影響は、キム先生の魔法で部屋を清めたから心配しなくていいらしい。でも、私と兄様にある今日の記憶は消せないから心配だとお父様が言って、急遽兄様の部屋の近くにあるこの寝室を使うことになった。
説明はされなかったが、位置的に私が男の子として生まれたら与えられたであろう部屋なのだと思う。
そして、以前の私が産んだ長男の部屋だったと気が付いたのは部屋の中に入ってからだった。
私は長男の部屋に数えるほどしか入った事が無かったけれど、部屋の造りはその時と同じだと気が付いたのだ。
兄様の部屋と変わらない、上等な家具で整えられた寝室だ。
寝室に続く部屋には勉強部屋と応接室と衣裳部屋などがあり、勿論使用人の控え部屋もある。
これが普通の子供部屋なのだと、兄様の様子から理解した。
私の部屋と造りか違うのは、私のは基本の造りが客間だからなのだろう。
それを知らず私はずっとあの部屋を使っていた。
客間というものは、いくら整えても所詮は仮の部屋でしかない。
私は産まれ育ったこの屋敷に、ずっと仮の部屋を与えられて暮らしていたのだ。
お母様やパティのことより、その事実が一番私に衝撃を与えた。
「パティ、どうしているのかしら。ジョゼットは?」
私以外誰もいない寝室で、私の声が自棄に響く。
部屋の隅にある灯りの魔道具が一つだけ灯っている、そこだけ明るくて調度品の影が見えて私がいるベッドの上の暗さとの違いに心がざわつく。
パティの行いを知り、ジョゼットは傷付き悲しんだろう。
私についてはどう思っただろうか、私がいなければ私のせいだと恨んでいるだろうか。
ジョゼットはパティの妹と共に、私の部屋近くにあるあの暗く狭い部屋で夜を過ごしているのだろうか。
パティの罪をどう思っているのだろう、ジョゼットは優しく信心深い人だ。
私を殺そうとしたパティの罪に苦しんでいるかもしれない、私が生まれてからずっと暮らしていたこの屋敷から出なくてはいけないことを悲しんでいるかもしれない。
「いつお母様とパティが領地に向かうのか分からないけれど、きっともう会わせて貰えないわね」
兄様はお母様とパティを領地に送り閉じ込めることについて、お父様に話すと言っていた。
王都の屋敷にお母様をいさせることはないと思う。
家で夜会や茶会をしたことは無かったけれど、お母様自身は招待を受け出掛けることは度々あったし、スフィール侯爵家はそれなりに他家との付き合いはあるから、もしお母様がこの屋敷で療養しているとなれば見舞いに来ようとする者も出て来るかもしれない。
それをお父様は望まないだろうし、お母様を大切にしているお父様なら社交界の噂になるのは避けたいと考えるはずだ。だからきっとお母様は領地に送られると思う。
「今が二人に会える最後の機会かもしれないわ」
急に体調を崩し倒れた様に見えるお母様とパティを離すことはせず、今二人はお母様の部屋に寝かされているとキム先生が言っていた。
私の部屋からは遠いけれど、この部屋は幸いお母様の私室の傍にある。
私が一人でベッドから下りられさえすれば、簡単に部屋に行ける。
「行ってみよう」
見張りがいることは無いと思う。
二人は自分で起き上がることすら出来ないのだから、見張る必要はないのだから。
そろりそろりと私は動き始める、兄様がいつ帰って来るか分からないから躊躇している暇は無かった。
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