綺麗になる為の呪文

木嶋うめ香

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「侯爵夫人が心配される程の溺愛ですか、日頃お見かけするライアイン様からは想像も出来ませんが。それほど夫に愛されるなんてリナリア様は幸せですわね。あら、私ったらまだお祝いも申し上げていませんでしたわね。リナリア様、仮婚姻おめでとうございます。侯爵夫人も素敵な義娘が出来たことお祝い申し上げますわ」

 急に、目を見張る程急激に表情を変え、夫人は私とお義母様へ祝いの言葉を述べた。
 つまり、先程この言葉が出なかったのは意図的にだったという事だ。
 何がそうさせていたのだろう、それが姉をこの茶会に招待した理由だったのだろうか。
 今まで偽りと分かる笑顔か、取り繕うことすらしない真顔だったというのに急に夫人の表情が変わって、仮婚姻を祝い始めた。その理由は何だろう。

「ありがとうございます」

 夫人の変化についていけず、私は礼を言うだけで精一杯だった。
 
「あら、ありがとう。私も夫も婚約した当初からリナリアを本当の娘の様に思っていたし、大切にしているの。だから仮とはいえ一日でも早く正式にリナリアを私達夫婦の娘にしたくて、ライアンの我儘を叶えて仮婚姻を進めたのよこの意味が分かるかしら」

 ばさりとお茶会向けとはいえ、華やかな装飾がされた扇を広げお義母様は夫人を見つめました。
 ひやりと何か背中に冷たいものが流れた気がしました。

「も、勿論です。リナリア様を可愛がっておいでなのですね」
「ええ、とても。リナリアの夫であるライアンも、義理の親となった私と夫も、ライアンの弟も、勿論私達の両親も皆リナリアを大切に思っていますし、愛していますのよ。ですからリナリアへの厚意は我が侯爵家の厚意ですし、その逆もまた然り、リナリアはもうムーディ侯爵家の一員ですから」

 牽制、その為の言葉だと分かっていてもお義母様が私を大切だと愛していると言って下さり、私を侯爵家の一員だとはっきりと夫人に告げて下さった、それが嬉しくて私は涙が出そうになっていた。
 でもここで泣いていけないことは、経験の足りない私にも分かる。
 だから私は、精一杯の笑顔を浮かべてお義母様に甘える義娘の顔をする。

「お義母様、私もライアン様だけでなくお義母様もお義父様も大切です。侯爵家の一員となれてとても幸せです」
「私もあなたの義母になれて幸せよ。あなた以外ライアンの妻に相応しい娘等いないわ」

 本当の笑みで、お義母様は私を見つめてそっと私の頬を撫でてくれた。
 こんな事、本当のお母様にはされたことがない。勿論お父様にも。
 ムーディ侯爵家の方々は、私が心から願っても与えられなかった愛情を惜しみなく与えてくれる。
 私に幸せをくれる。

「ありがとうございます。私ライアン様の妻になれて幸せです」

 それは本心からの言葉だった。
 だというのに、遠くからそれを笑う声が微かに聞こえた。

「……礼儀知らずがいる様ね、気分が悪い事」

 私と夫人にだけ聞こえる様に、お義母様は呟いた。

「手違いがあった様で、申し訳ございません」
「手違いね。そう、本当に手違いなら仕方が無いけれど、二度は無いわ。リナリア席に着きましょう。他の皆様もいらっしゃった様よ。ほら、マトーヤとシシリーの姿も見えたわ」

 体の芯まで冷えそうな恐ろしい視線で夫人を見た後、お義母様は扇を閉じて私に声を掛けた。
 シシリーの名前に、私は救いを感じて視線を動かす。
 まだまだ私は覚悟が足りない、お義母様が夫人に向ける言葉が怖くて仕方が無かった。

「ビッケ侯爵夫人とシシリー様はお二人と向かいの席です。リナリア様がご存じの方が近い方が良いかと」

 夫人は私に媚びを売る様にしながら、私達を席へと案内する。
 その途中、姉の席の後ろを通ったのは流石に意図は無いと思いたい。
 私達の席と姉の席は離れているけれど、表情は見えそうな位置だった。

「マージェリー、リナリアごきげんよう。伯爵夫人、今日はお招きありがとう」
「ビッケ侯爵夫人、シシリー様本日はようこそいらっしゃいました。薔薇が丁度見頃な為外に席を設けましたの。楽しんで頂ければ幸いです」
「薔薇は私も好きよ、楽しみだわ。リナリア素敵なドレスね。とても似合っていてよ」
「ありがとうございます。マトーヤおばさま、これはお義母様とライアン様が選んで下さったんです。でもシシリーのドレスもとても素敵ですね。もしかしてグラハム様からでしょうか」

 可愛くて華やかで品が良いドレス、それを似合うと言われて嬉しくない筈が無い。
 シシリーのドレスもとても素敵なものだ、シシリーの瞳の色によく似た緑色の地に金色の糸で細かいレースが縁取りされている。

「そうなの、ムーディ侯爵家の男性の執着心は呆れる程ね。シシリーは喜んでいるけれど私は心配」
「私は嬉しいから良いではありませんか。仮婚姻をしてから初めての茶会ですもの、旦那様からの愛です」

 シシリーがそう言うと、伯爵夫人はハッと息を飲んだのだった。
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