【完結済み】乙男な僕はモブらしく生きる

木嶋うめ香

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本編

転校生がやって来た

「雅の過保護」

 結局雅に手を引かれながら、僕は学校に到着する事になった。
 今まで雅って僕とそんなに接点無かったのに、いきなりのこんな登校に僕は戸惑いながらも嬉しくて頬が緩む。
 主人公が来たらきっと雅は一目惚れするんだよ、主人公に。
 でも、たった一瞬の雅の気の迷いでも、こうして一緒に登校できたんだから、喜んでしまうのは仕方ない。
 
「過保護で結構。ハル、保健室に行くか?」

 幸いにも朝のホームルームが始まるギリギリの時間のせいか、昇降口付近には誰もいない。
 この辺り、育ちがいい人間ばかりが通う学校だなと前世の俺は思う。
 貴族の息子達には遅刻するなんて概念はないのかもしれない。早めについて授業の準備をするのは当り前。焦っている姿を周囲に見られるのは恥ずべき事なんて空気がある。

「嫌だよ。保健室の先生苦手なんだもん。保健室に行く位なら早退するよ」

 心配する雅に即答して校舎の中に入って、靴箱から上履きを取り出して履き替える。
 校舎の造りは勿論、靴箱すらなんだか高級感が漂っている。
 保健室の先生は苦手なタイプだ。
 過剰にフレンドリーなわけじゃないけれど、距離感が近すぎる気がするんだ。
 体を触ってくるとかじゃないのに、その寸前の距離で会話をしようとしてくるのが嫌だ。
 
「苦手って、何かされたのか?」
「何となく距離感が近い気がするんだもん。だから嫌なの、苦手なの」

 また、「もん」と語尾につけてしまう。
 これ、急に始まった癖だった。なぜか僕は急に雅に媚びを売る様な、甘えた感じの口調をし始めている。気のせいじゃない、わざとではない。急に始まった癖だった。
 前世の記憶を取り戻した途端の癖に、僕は戸惑い困惑している。
 意識して「なんだもん」とか言っているわけじゃなく、自然と出てしまうんだから始末が悪いし困る。
 だって、雅がこういう話し方の子を好きだとは思えない。
 ゲームの主人公は、結構はっきり物を言うタイプだった。
 年齢制限ありの成人向けゲームだったせいなのか、主人公は結構大人っぽい面があって今の僕とは違う。
 ゲームの雅は主人公に一目惚れし、侯爵家の跡取りというのも気にせず自分に意見する主人公の性格も気に入り、パステルピンクの髪が良く似合う甘い見た目に反してしっかりした考え方をしている所にも好感を持っていた。
 明るくて素直で可愛くて、なのにしっかりしていて悪いとこ無しの主人公。
 平民なのに特待生になれる位だから、頭も勿論良いんだろう。
 僕が主人公に勝てるところってどっかあるかなと考えてみる。
 モブだけに顔の作りはそこそこ、頭の出来も家の格もそこそこで背はどっちか言えば低い方だし、筋肉無しのひょろひょろ体型。運動神経もそこそこだ。
 なんでもかんでも平均値悪くも良くもない、それが僕。
 駄目だ、勝てるところなんて全然ない。
 見た目なんて完全負け決定だもんなあ、何せ主人公は雅が一目惚れする位に可愛い顔なんだから。

「どうした」
「なんでもないよ。ギリギリ遅刻にならなかったね。良かった。雅に迷惑掛けなくて済んだ」

 落ち込んで暗くなる僕を雅は心配して顔を覗き込んでくるから、慌てて明るい声を出して歩き始めた。
 校舎の中まで手を繋がれたら困るから、歩きながら着ていたコートを脱いで左手に持ち右手には鞄を持つ。これで完璧。

「コート着ていた方がいいんじゃないのか」
「暖房効いてるから、大丈夫だよ」

 本当は少し寒いけれど。コートは教室に入る前にクロークルーム担当者に預けるから、この方がもたもたしないですむ。
 個人個人の小さなロッカーは教室の中にもあるけれど、授業に使うもの以外は基本クロークルームに預けるし体育の時に着替えるのも教室ではなく、体育館近くの更衣室を利用する。
 更衣室も馬鹿みたいに広い。生徒全員分のロッカーが更衣室には設置されているからだ。
ちなみに着替えたジャージはいちいち寮に持って帰ったりしない。
更衣室で着替えて備え付けの籠に入れておくとクリーニングして更衣室の個々のロッカーに片付けてくれるし、シャワーを使った時は下着類までクリーニングに出せる。だから更衣室のロッカーには下着も何組か置いてある。

「でも」
「急ごう、チャイム鳴っちゃうよ」

 何か言いたげな雰囲気の雅を急かしてクロークルームに向かいコートを預けると、鞄だけを持って教室に向かう。
 この無理矢理作った貴族っぽい感じ。貴族設定使いたいなら現代風にしなきゃいいのに、無駄に現代風だ。
 ネットもあるし、電化製品も前世以上に充実している。
 貴族の経済状況は家毎にかなりの差がある。
 領主として領民を管理するなんて制度もなぜかあるし、政治家だったり大きな会社を経営していたり、昔ながらの大地主で巨万の富を有しているなんて家もあるけれど、爵位だけで平民と変わらない暮らしをしている家もそれなりにいる。
 平民と貴族の差は、特権とかそういうので違う。
 平民が絶対に使えない施設とか、貴族だけが優遇される法とかがあってゲームの世界だからなのか、それを不満に思う人がいないという不思議な世界だ。

「良かった、間に合った……ね」

 教室近くまで歩いてまだチャイムが鳴らないと喜びながら、すぐ前を歩く雅に声を掛け歩みが止まる。

「ハル?」
「主人公」
「え?」

 声に出していたのか、違うのか。
 僕は貧血の様な、一瞬で視界が暗くなった様な気持ちになって廊下にしゃがみ込む。

「ハルッ」

 焦った様な雅の声に、しゃがみ込んだまま無理矢理顔を上げて笑う。
 だけど、それが限界だった。

「ハルッ、先生ハルを保健室に連れて行きますっ」

 抱き上げられて、思わず雅の胸にしがみつく。
 ぎゅっと瞼を閉じた瞬間、見えたのは現実世界にはあり得ないパステルピンクの髪。
 転校、今日だったんだ。
 予想してたけれど、実際に見るのは衝撃だ。

「保健室、行こうな」

 雅の声は優しく僕の耳に届くけれど、頷くわけにはいかなかった。

「大丈夫だよ。雅、ちょっと目眩がしただけだから。保健室行かなくて大丈夫」

 保健室なんか行ったら雅の出会いが、転校生に一目惚れするイベントが起きなくなる。
 
「ちょっと貧血起しただけだから。保健室嫌なんだってば」
「そんなにあの先生が嫌なのか?」
「嫌だよ。苦手なの。保健室行く位なら、寮に戻る。一人で戻るから、雅は授業受けて」

 無理矢理目を開くと、転校生がこっちを見ているのが見えた。
 ぐらぐらする頭でも、転校生の可愛さは理解出来る。
 高校生男子にしては華奢な体に、パステルピンクの髪。顔は遠目でも可愛いって分る。
 男子生徒に可愛いってなんだよ、それ。
 でもこの学校ではこの表現もありだ。
 抱きたい抱かれたい男子生徒コンテストなんて物が存在する、この学校ではありなのだ。

「じゃあ教室入ろう。でも次具合悪くなったら、問答無用で保健室直行だから」
「分った」

 転校生も担任も無視して、雅は僕を抱きかかえて教室に入る。
 担任が入ってくる前でも五月蠅く騒ぐ人がいないのは、流石の育ちの良さなんだろう。
 授業を受ける準備をしているか、話すにしても勉強している人を邪魔しない程度の声、そんな教室は僕達が入った途端、音が消えたのだった。

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