【完結済み】乙男な僕はモブらしく生きる

木嶋うめ香

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本編

逃げ出す僕は

「まだ赤いかな」

 あれから何とか泣き止んだ僕は、水に濡らしたタオルで瞼を冷やして少しでも赤みを消そうと頑張った。
 ファンデーションとか持ってないから、化粧で誤魔化すなんて出来ないから必死だ。

「少し赤いかな。少し目も充血してるなぁ。昨日具合悪いって早退してるから、ちょっとくらいの赤みとか充血は具合悪いで誤魔化せるかな」

 ちらりと壁の時計を見ると、まだ三十分位余裕がある。
 昨日早寝したから、今日いつもより早起きしたんだよね。お陰で目を冷やす時間が取れた。

「あ、そういえば今日数学あるんだった」

 数学の山口先生はランダムに指名して問題を解かせるんだけど、自信なさげな人を選んで指名してる風があって、数学が苦手な僕はよく指名されてしまう。
 予習をしっかりしていればなんとか解けるけれど、そうじゃないとかなり不安だ。

「ちょっと予習しよ」

 鞄に入れていた数学の教科書とノートを取り出し机に向かう。
 さささっと教科書を読み、例題を解いていく。

「このくらいやっておけばいいかな」

 教科書の問題を解き終わって、うーんと伸びをする。
 時計を見れば、登校時間が迫っていた。
 教科書とノートを鞄にしまい、もう一度鏡を覗き込む。

「少し充血治まったかな」

 まだ少し赤いけど、さっき程じゃない。
 これなら誰かに指摘されても、ちょっとまだ調子悪くてで誤魔化せそうだし泣いたせいだとは思われないだろう。

「よし、出掛けよ」

 コートを着込んでドアに向かう。
 寮の部屋の灯りはすべて人感センサーで点いたり消えたりする。
 人感センサー、ソファーに座っている時は点いたままなのにソファーに横になり眠ってしまうと灯りが徐々に暗くなり、眠って動きがしない時間が続くと完全に灯りが消えるし、人が居ても昼間で外から日差しが入ってある程度室内が明るければ灯りは点かないで間接照明だけちょっと点いてるとかだし、曇りや雨で室内が暗ければそれなりに灯りを点けてくれる優秀さだ。

「応援する。応援する。応援……無理」

 自分に言い聞かせながら部屋を出て外に出た、その瞬間見えた光景に無理だと悟った。
 悟ってしまった。

「おはよう、ハル」
「雅おはよ、昨日はありがとう。あの、なんで」

 雅の後ろに見える小さな体にパステルピンクの髪。
 どうして主人公がここにいるんだ。
 雅が居るのも驚いたけれど、主人公がいるのはどうして。

「おはようございます。体調大丈夫ですか?」

 可愛い顔、声もなんか可愛い。
 でもなんで雅と一緒にいるの?

「あの」
「あ、申し訳ありません。僕木村春と言います。昨日転校してきて、クラスの皆さんには昨日ご挨拶出来たのですが、鈴森様には挨拶出来なかったので」

 雅の後ろから隣に移動して僕に声を掛けて来た主人公は、体の大きな雅の隣に立つことでその華奢な体が余計に強調されて見える気がした。
 雅の隣に立つのに違和感がない。前世のゲームの画面で良く見ていた光景に胸が痛くなる。

「そうなんだ。鈴森千晴ですよろしくね」
「こちらこそ、よろしくお願いします」

 無理矢理笑顔を作ってそう言うと、主人公はがばっと勢いよく頭を下げた。
その姿を見て、主人公は平民なんだなと実感した。
 貴族の子息ならこういう礼はしない。それこそ幼児の頃から家庭教師に礼儀を教え込まれるから、こんな風な礼をしたら家庭教師に眉をしかめられるどころじゃないだろう。
 これ担任の前でもしてたとしたら、結構マズいかも。あの先生は礼儀に厳しかった筈だ。
 どうしよう、指摘した方がいいのかな。

「雅、あの」
「少し目元が赤いな。熱ないのか?」
「え、あの。うん大丈夫。雅が昨日お見舞いに持ってきてくれたスープとか朝食で頂いたし、あの大丈夫だから」

 心配そうに僕の顔に触れる雅の行動にドキドキしながら、ふと転校生の視線を感じて我に返った。
 このままだと三人で登校する事になる?
 僕を気にしながら、雅は隣に立つ主人公の事も気にしている様に見える。
 三人で登校となったら、どういう感じで歩けばいいんだろう。
 雅を真ん中に僕達が左右に分かれる? でも、今は登校時間中で道を歩く人も多いから三人で並んで歩くのはマナー違反だ。
 道は広いけれど、急いで歩く人を邪魔しない様に歩くのが暗黙の了解となっているのだ。
 だとしたら、誰か一人は前か後ろを歩く事になる。
 でも、それって誰が?
 雅の恋を応援するなら、二人を並ばせて僕は後ろを歩いた方がいい。
 でも、仲良く話す二人を見ながら登校するなんて、そんな苦行辛すぎる。

「あっ」

 歩きだそうとした雅の背中を見ながら、声を上げる。
 まだ無理。仲良しの二人を見るのはまだ、無理だよ。

「どうしたハル」
「忘れ物しちゃった。朝数学の予習してて教科書そのままにしてきちゃった」
「なんで忘れるかな」

 くすっと雅が笑う。その顔に一瞬見惚れて雅の隣の主人公の顔に冷静になる。

「ごめん、取ってくるから先に行ってて」
「ここで待ってるよ」
「すぐに追いつくから大丈夫。二人は先に」

 言いながら寮の中に入る。
 入ると言うより逃げ込む。
 ちらりと後ろを振り返ると、二人は寮に背を向け歩き出していた。

「これでいいんだよ」

 ずきずき痛む胸を抑えながら、僕は部屋へと急ぐ。
 教科書は鞄に入っているけれど、一応部屋まで戻った方がいいよね。すぐに外に出たら雅達に追いついてしまう。

「あれ、おはようございます。どうされたんですか」
「おはようございます。忘れ物しちゃって」
「そうでしたか、体調はいかがですか」
「はい。もう大丈夫です。ご心配掛けてスミマセン」
「いいえ。お元気になって良かったです。あ、引き留めて申し訳ありません」
「まだ時間余裕あるので大丈夫です。失礼します」

 にこやかに話す管理人に軽く頭を下げて、外に出ようとしている人達の流れに逆らって廊下を歩いて部屋に戻る。

「ふうっ」

 部屋の中に入って、締めたドアを背もたれにしゃがみ込む。

「二人を見るのがこんなに辛いなんて、どうしたらいいんだよ」

 泣いたら駄目だと息を吐いて、歯を食いしばって上を向く。

「応援する。応援する。応援するっ!」

 我慢仕切れずにポロリとこぼれ落ちた涙をぐいっと掌で拭って、勢いよく立ち上がる。
 応援すると自分に言い聞かせ、部屋の外に出る。
 人気のない廊下を一人歩きながら、僕は呪文の様に応援すると呟き続けた。

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