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第一部

2章-3

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 石壁の向こうには信じられない光景が広がっていた。

「ここは塔の中のはず……なぜ田園地帯が広がっているの?」

 隠し部屋だと思っていたカテリアーナの想像は見事に外れた。

 眼前に広がるのは森に囲まれた広い田園地帯だった。久しぶりに目にする陽の光は眩しく、カテリアーナは目をすがめる。

 後ろでバタンと扉が閉まる音がする。カテリアーナが振り返るとそこには木の扉があった。

「石壁じゃない? ここはどこなの?」

「エルファーレン王国の農業地帯だ」

 どこからか少女のような甲高い声が聞こえる。カテリアーナは声の主を探し、周りを見回す。

「どこを見ている? ここだ」

 足元から声が響く。下を見るとノワールがカテリアーナを見上げていた。アメジストの瞳がキラキラと輝いている。

「まさか……」
「そうだ」

 一瞬、カテリアーナの思考が停止する。そしてしばらくの後、やっと声を絞り出す。

「ノワールがしゃべった!?」

◇◇◇

 猫のノワールが人間の言葉を発している。事実を受け入れらないカテリアーナはどう反応していいのか分からない。

「驚いているようだな。まずは順を追って話そう。クローディアから妖精のことは学んでいるな?」
「え? ええ」

 妖精の王国には人間以外の様々な種族が暮らしている。

 妖精族側の果ての国はエルファーレン王国で国王は怪物のような姿をしている。これはラストリア王国側の噂だ。

「俺は妖精猫ケットシーの一族の者だ」
「妖精猫? ノワールはケットシーなの」

 祖母から学んだ妖精の種族名にあったものだ。記憶からケットシーの情報を引き出す。

 ケットシーとは人の言葉を話し、二本足で歩く妖精猫だ。ケットシーは賢く、古語から人間の言葉、妖精の言葉を操る。かなり高等な教育水準であることが窺えると学んだ。

「それでノワールはしゃべれるのね。でも、離宮では普通の猫みたいに鳴いていたわよね。みんなが驚くから?」
「なぜか人間の国では話すことができないのだ。恥ずかしかったぞ。にゃあとか鳴くのは……」

 ぷっとカテリアーナは噴き出す。ノワールが照れていると分かったからだ。

「何がおかしい?」
「いえ。どうりでノワールは賢いと思ったのよ」

 クスクスと笑うカテリアーナを見て、ノワールは不貞腐れて近くにあったベンチに飛び乗る。

 カテリアーナもベンチに座ると、ノワールを撫でる。

「それでここに連れてきてくれたのはノワールでしょう? 待って! エルファーレン王国と言ったわね?」

 いかにラストリア王国とエルファーレン王国が隣国同士でも国境がある。

 塔の中からエルファーレン王国へいきなりつながる道があるはずがない。

「正確に言うと俺の力だけではない。その鍵のペンダントの力を借りて、ここまで道をつなげたのだ」

 ノワールがカテリアーナの胸元にかかっているペンダントを見やる。

「この鍵のペンダント? これは何なの?」
「そのペンダントにまっている石は妖精石エルフストーンという」
妖精石エルフストーン?」
「人間の国にはないものだ。初めはクローディアが持たせたものかと思ったが……」

 妖精石エルフストーンについてノワールは説明を始める。妖精石エルフストーンは魔法の結晶であり、妖精の国の鉱山でしか採れない貴重な石だ。魔法を持たない人間の国では出回っていない。

 カテリアーナのペンダントに嵌まっている妖精石エルフストーンは『転移』の魔力を持っている石らしい。おかげでここまで道をつなげることができたノワールは語る。

 ノワールの説明はカテリアーナには難しく、何のことだがさっぱり分からない。人間は魔法を使わないからだ。

「わたくし以外の人間に見えないのはこれが魔法の石だからなの?」
「そうだ。しかしカティには見えている」

 ドクンと心臓の音が跳ねる。

「わたくしはやはり『妖精の取り替え子』なの……ね」
「可能性はある。だが、遥か昔『妖精の取り替え子』が行われていた時代に取り替えられた妖精の血で先祖返りしただけかもしれない」
「ラストリア王家にも『妖精の取り替え子』がいたというの?」
「さてな。記録が残っているわけではない。あくまで可能性だ」

 がくがくとカテリアーナの手が震える。ノワールはそっとカテリアーナの膝に乗るとゴロゴロと喉を鳴らす。するとカテリアーナの気持ちは自然と落ち着いた。

「ありがとう、ノワール。慰めてくれるの?」
「猫の喉の音は癒しになるらしいからな」

 ふふとカテリアーナが微笑むと、ノワールの瞳が優しく細められる。

「それで、そなたをここに連れてきた目的だが……」

 再び、滔々とうとうとノワールが語り始める。
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