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第一部
2章-5
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初めてノワールにエルファーレン王国の農業地帯に連れてきてもらってから、一年が経った。
石壁の扉が開いたあの日、ノワールはカテリアーナをここに連れてきた目的を話してくれた。
「クローディアの遺言だ。自分がいなくなれば、カティはきっと家族によく扱われない。だからエルファーレン王国へ連れていってほしいとな」
「そういえば、おばあさまはエルファーレン王国を頼れと言っていたわ」
「案の定、クローディアが亡くなった後、カティは塔に閉じ込められた。探すのに骨が折れたぞ」
カテリアーナのペンダントに嵌まっている妖精石が出す微弱な魔力を頼りに探し出したとノワールは語る。
「これからはここで暮らすといい。この土地はカティのために用意した土地だ」
「用意した? もしかしてノワールはこの辺りの領主様なの?」
これだけの土地をカテリアーナのために用意したということは、ノワールが所有しているということだ。それなりの地位がなければ無理だろう。
「まあ……そうだな」
ノワールは歯切れが悪い返事をした。
「でも、ここはエルファーレン王国。妖精の国よね? 人間であるわたくしがいてもいいのかしら? そもそもノワールはどうしてここまでしてくれるの?」
「カティは俺を助けてくれた恩人だ。その恩返しでは理由にならないか? ここには俺以外は入ってこられない。安心して暮らせばいい」
人間族の国で迷い、怪我をしたノワールを保護して手当てをしてくれた恩返しだという。それにしては随分大げさだとカテリアーナは思う。同時にノワールに感謝する。
「ありがとう、ノワール。でもここで暮らすわけにはいかないわ」
「なぜだ? あのままラストリア王国にいてもカティは塔の中で一生を終えることになるかもしれないのだぞ」
「それでも逃げるわけにはいかないわ。どのみち成人したらあの国を出るつもりでいたの。それまで何とかして国王であるおとうさまにお願いをするわ。わたくしが本当に『妖精の取り替え子』であれば、簡単に放逐してくれるかもしれないわ」
父は塔に閉じ込める時に「本物のカテリアーナが見つかるまでは……」と言っていた。
カテリアーナは自分は本当に『妖精の取り替え子』で、妖精に攫われたほうのカテリアーナとなるはずだった子供がいるのではないかと考えている。そして、父はその行方を既に掴んでいるかもしれないとも。
考え事に没頭していたカテリアーナは「それはどうかな?」というノワールの呟きを聞いていなかった。
「成人したらというが、どうせ国を出るのであれば今でも構わないのではないか?」
「ラストリア王国では成人しないと通行許可証が発行されないの」
「ん? なぜ通行許可証が必要なのだ」
「夢があるの。わたくしは世界を見てみたい。妖精の国も含めてね。世界を旅するには通行許可証が必要でしょう?」
ノワールの耳がぴくっと動く。
「それは壮大な夢だが、妖精の国への入国は難しいぞ」
「隣国オルヴァーレン帝国のカルヴァン商会は妖精の国への入国を許されているでしょう? そこを頼ってみるわ。わたくしは自分の力で自由になって、世界を旅するの」
夢を語るカテリアーナの瞳は輝いていた。
◇◇◇
最近、アデライードの訪問がなくなったので不思議に思っていたのだが、どうやら隣国オルヴァーレン帝国の第二皇子との婚約が決まったらしい。
見張りの兵士たちはおしゃべりなので、自然とカテリアーナの耳にも入ったのだ。
アデライードが来なくなってからは、カテリアーナは頻繁に鍵を使って、エルファーレン王国へと通っていた。
エルファーレン王国へ逃げることを拒否はしたものの、あの田園は好きに使っていいとノワールが言ったからだ。
正直、ノワールの親切は嬉しかった。
カテリアーナはここで野菜や薬草を育てている。
育てた野菜は収穫してお腹いっぱい食べるのだ。
おかげで毎食パンと水だけの味気ない食事も我慢することができた。
ノワールはというと、時々ここを訪れてカテリアーナの作った料理を食べに来る。
石壁とつながっている木の扉は一軒の家の扉になっているのだ。鍵を使わなければ普通に住めるようになっている。炊事場と居室のみの小さな家だが、優しい木の香りがするこの家をカテリアーナは気に入っていた。
「王女として育ったわりには料理が上手いな」
「上手ではないけれど、時々、調理場に入り込んで薬膳料理の研究をしていたから人並には料理はできるわ」
「なるほど」
カテリアーナが作った野菜のゼリーを食べながら、ノワールは納得する。
食べ終わった後、ノワールはアメジストの瞳をカテリアーナに向ける。真摯な眼差しだ。カテリアーナも思わず居住まいを正す。
「カティ、成人したら正式にエルファーレン王国へ招待しよう」
「え? そんなことができるの?」
「上のほうに少しばかり顔が効くのだ。エルファーレン王宮からの正式な招待であれば、ラストリア国王も拒否はするまい」
「成人まであと二年と少しね。その日が楽しみだわ。ノワールが迎えに来てくれるの?」
「ああ。約束しよう」
しかし、ラストリア国王がこの時ある思惑を持っていたことをカテリアーナは知らない。
石壁の扉が開いたあの日、ノワールはカテリアーナをここに連れてきた目的を話してくれた。
「クローディアの遺言だ。自分がいなくなれば、カティはきっと家族によく扱われない。だからエルファーレン王国へ連れていってほしいとな」
「そういえば、おばあさまはエルファーレン王国を頼れと言っていたわ」
「案の定、クローディアが亡くなった後、カティは塔に閉じ込められた。探すのに骨が折れたぞ」
カテリアーナのペンダントに嵌まっている妖精石が出す微弱な魔力を頼りに探し出したとノワールは語る。
「これからはここで暮らすといい。この土地はカティのために用意した土地だ」
「用意した? もしかしてノワールはこの辺りの領主様なの?」
これだけの土地をカテリアーナのために用意したということは、ノワールが所有しているということだ。それなりの地位がなければ無理だろう。
「まあ……そうだな」
ノワールは歯切れが悪い返事をした。
「でも、ここはエルファーレン王国。妖精の国よね? 人間であるわたくしがいてもいいのかしら? そもそもノワールはどうしてここまでしてくれるの?」
「カティは俺を助けてくれた恩人だ。その恩返しでは理由にならないか? ここには俺以外は入ってこられない。安心して暮らせばいい」
人間族の国で迷い、怪我をしたノワールを保護して手当てをしてくれた恩返しだという。それにしては随分大げさだとカテリアーナは思う。同時にノワールに感謝する。
「ありがとう、ノワール。でもここで暮らすわけにはいかないわ」
「なぜだ? あのままラストリア王国にいてもカティは塔の中で一生を終えることになるかもしれないのだぞ」
「それでも逃げるわけにはいかないわ。どのみち成人したらあの国を出るつもりでいたの。それまで何とかして国王であるおとうさまにお願いをするわ。わたくしが本当に『妖精の取り替え子』であれば、簡単に放逐してくれるかもしれないわ」
父は塔に閉じ込める時に「本物のカテリアーナが見つかるまでは……」と言っていた。
カテリアーナは自分は本当に『妖精の取り替え子』で、妖精に攫われたほうのカテリアーナとなるはずだった子供がいるのではないかと考えている。そして、父はその行方を既に掴んでいるかもしれないとも。
考え事に没頭していたカテリアーナは「それはどうかな?」というノワールの呟きを聞いていなかった。
「成人したらというが、どうせ国を出るのであれば今でも構わないのではないか?」
「ラストリア王国では成人しないと通行許可証が発行されないの」
「ん? なぜ通行許可証が必要なのだ」
「夢があるの。わたくしは世界を見てみたい。妖精の国も含めてね。世界を旅するには通行許可証が必要でしょう?」
ノワールの耳がぴくっと動く。
「それは壮大な夢だが、妖精の国への入国は難しいぞ」
「隣国オルヴァーレン帝国のカルヴァン商会は妖精の国への入国を許されているでしょう? そこを頼ってみるわ。わたくしは自分の力で自由になって、世界を旅するの」
夢を語るカテリアーナの瞳は輝いていた。
◇◇◇
最近、アデライードの訪問がなくなったので不思議に思っていたのだが、どうやら隣国オルヴァーレン帝国の第二皇子との婚約が決まったらしい。
見張りの兵士たちはおしゃべりなので、自然とカテリアーナの耳にも入ったのだ。
アデライードが来なくなってからは、カテリアーナは頻繁に鍵を使って、エルファーレン王国へと通っていた。
エルファーレン王国へ逃げることを拒否はしたものの、あの田園は好きに使っていいとノワールが言ったからだ。
正直、ノワールの親切は嬉しかった。
カテリアーナはここで野菜や薬草を育てている。
育てた野菜は収穫してお腹いっぱい食べるのだ。
おかげで毎食パンと水だけの味気ない食事も我慢することができた。
ノワールはというと、時々ここを訪れてカテリアーナの作った料理を食べに来る。
石壁とつながっている木の扉は一軒の家の扉になっているのだ。鍵を使わなければ普通に住めるようになっている。炊事場と居室のみの小さな家だが、優しい木の香りがするこの家をカテリアーナは気に入っていた。
「王女として育ったわりには料理が上手いな」
「上手ではないけれど、時々、調理場に入り込んで薬膳料理の研究をしていたから人並には料理はできるわ」
「なるほど」
カテリアーナが作った野菜のゼリーを食べながら、ノワールは納得する。
食べ終わった後、ノワールはアメジストの瞳をカテリアーナに向ける。真摯な眼差しだ。カテリアーナも思わず居住まいを正す。
「カティ、成人したら正式にエルファーレン王国へ招待しよう」
「え? そんなことができるの?」
「上のほうに少しばかり顔が効くのだ。エルファーレン王宮からの正式な招待であれば、ラストリア国王も拒否はするまい」
「成人まであと二年と少しね。その日が楽しみだわ。ノワールが迎えに来てくれるの?」
「ああ。約束しよう」
しかし、ラストリア国王がこの時ある思惑を持っていたことをカテリアーナは知らない。
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