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第二部
1章-4
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エルシーに導かれ食堂に現れたカテリアーナを見て、フィンラスは息を吞んだ。フィンラスだけではない。食堂にいた給仕たちもだ。
カテリアーナのあまりの美しさに誰もが目を奪われた。
「お待たせいたしました。カテリアーナ様をお連れいたしました、陛下」
「あ、ああ」
食堂の入り口でエルシーに声をかけられ、フィンラスは己の間抜けな生返事に驚いた。
席に着いたカテリアーナが訝しそうにする。
「フィンラス様。どうかされましたか?」
さすがに一国の国王を使用人たちの前で愛称で呼ぶわけにはいかないので、カテリアーナはあえてフルネームでフィンラスに声をかける。
「いや。お転婆姫が化けたものだと思ってな」
「まあ! 誰がお転婆姫ですか?」
ぷうと頬を膨らませるカテリアーナの愛らしい仕草に、誰もが顔を緩ませる。
晩餐のメニューはカテリアーナが食べられないものは何一つなかった。フィンラスがあらかじめ料理人にカテリアーナの苦手なものを伝えてくれたのだろう。
野菜をふんだんに使ったオードブル、メインは肉に見えるように豆を加工したステーキ、デザートは新鮮な果物。肉や魚が食べられないカテリアーナに配慮されたものだった。
給仕たちはカテリアーナの食べっぷりに驚いたようだ。所作こそ優雅だが食事の摂取量が多い。同じ年頃の娘たちに比べると、倍以上はあるのだ。
大食いだとフィンラスから聞いてはいたが、その食べっぷりはいっそ清々しいほどだ。
カテリアーナが料理を完食したと聞いた料理人たちの気合いの入りようが変わったのは、仕方のないことだろう。
◇◇◇
エルシーに手伝ってもらい、入浴を終えたカテリアーナは座り心地のいいソファで寛いでいた。
扉をノックする音が聞こえる。おそらくフィンラスだろう。
訪問があることは聞いていたので、入浴後、寝間着ではなく部屋着に着替えていた。
まだ、結婚前の男女が会うのだ。二人きりというわけにはいかないので、エルシーに部屋で待機してもらっている。
入室許可をすると、フィンラスが部屋の中に入ってきた。
「カテリアーナ、疲れているところをすまない」
「いいえ。晩餐前に少しうたた寝しましたので、大丈夫ですわ。フィンラス様こそお疲れでは?」
「俺は大丈夫だ」
猫は一日の半分は寝ているのだ。しかし、夜行性だったとカテリアーナは失礼なことを考えていた。実際、ケットシーは夜に強いが、だからといって半日寝てばかりではない。生活形態は人間と変わらないのだ。
カテリアーナの向かい側のソファに座ると、フィンラスは一本の瓶をテーブルの上に置く。
「これは何ですか?」
「果実酒だ。先日、カテリアーナは成人を迎えただろう? 祝いの酒だ。初心者でも飲みやすいものを選んだ」
どこの国でも飲酒が許されるのは成人後のようだ。カテリアーナも今日初めて酒を飲む。
エルシーがグラスを二つ用意し、果実酒を注いでくれる。
フィンラスとカテリアーナはグラスを持つ。
「成人おめでとう、カテリアーナ」
「ありがとうございます、フィンラス様」
グラスを軽くぶつけると、高く澄んだいい音がする。
カテリアーナは一口果実酒を飲む。爽やかな甘酸っぱさの中に少し苦みが混じった果実酒は芳醇な味だ。
「美味しい」
「それはよかった」
楽しみながら果実酒を味わっていると、フィンラスから話が切り出された。
「明日からのことだが、カテリアーナには妃教育を受けてもらうことになる。王族としての教育はクローディアから受けているとは思うが、人間と妖精の国では異なることもあると思う」
「はい。わたくしも妖精のことをいろいろ学びたいと思っております」
「三ヶ月後には各種族の国を訪問することになる。カテリアーナの披露目をするためにな」
王族が結婚する時、先に伴侶の披露目をするのが妖精の国の習わしだ。各種族の国を訪問して挨拶をする。フィンラスとカテリアーナの成婚の儀は早くても半年後になるという。
人間の国では各国の代表が結婚式に出席し、その後披露宴を行うのだ。
「それは、妖精の国を探訪できるというわけですね?」
「そういうことになるな」
「それは楽しみですわ」
フィンラスはカテリアーナに驚かされてばかりだ。
ノワールとしてカテリアーナを見守っていた時も思っていたことだが、カテリアーナは常に前向きだ。どんなに辛くても絶望はしない。決して後ろを振り向かず、前を向いて生きている。
ふっと笑うと、フィンラスはカテリアーナを見つめる。
「そういえば、カテリアーナは世界を旅するのが夢だったな」
「ええ。だからワクワクします」
フィンラスは部屋を退室する間際、思い出したように振り返る。
「カテリアーナ、まだ約束を果たしていなかったな。時間が空いたら二人きりで遠乗りでもするか」
それはあの場所に連れていくという意味だ。
「はい。ぜひ!」
もう一つ、フィンラスはなぜノワールとしてカテリアーナの前に現れていたのかという疑問があった。しかし、カテリアーナはあえて追求しなくてもいいと思っている。
カテリアーナのあまりの美しさに誰もが目を奪われた。
「お待たせいたしました。カテリアーナ様をお連れいたしました、陛下」
「あ、ああ」
食堂の入り口でエルシーに声をかけられ、フィンラスは己の間抜けな生返事に驚いた。
席に着いたカテリアーナが訝しそうにする。
「フィンラス様。どうかされましたか?」
さすがに一国の国王を使用人たちの前で愛称で呼ぶわけにはいかないので、カテリアーナはあえてフルネームでフィンラスに声をかける。
「いや。お転婆姫が化けたものだと思ってな」
「まあ! 誰がお転婆姫ですか?」
ぷうと頬を膨らませるカテリアーナの愛らしい仕草に、誰もが顔を緩ませる。
晩餐のメニューはカテリアーナが食べられないものは何一つなかった。フィンラスがあらかじめ料理人にカテリアーナの苦手なものを伝えてくれたのだろう。
野菜をふんだんに使ったオードブル、メインは肉に見えるように豆を加工したステーキ、デザートは新鮮な果物。肉や魚が食べられないカテリアーナに配慮されたものだった。
給仕たちはカテリアーナの食べっぷりに驚いたようだ。所作こそ優雅だが食事の摂取量が多い。同じ年頃の娘たちに比べると、倍以上はあるのだ。
大食いだとフィンラスから聞いてはいたが、その食べっぷりはいっそ清々しいほどだ。
カテリアーナが料理を完食したと聞いた料理人たちの気合いの入りようが変わったのは、仕方のないことだろう。
◇◇◇
エルシーに手伝ってもらい、入浴を終えたカテリアーナは座り心地のいいソファで寛いでいた。
扉をノックする音が聞こえる。おそらくフィンラスだろう。
訪問があることは聞いていたので、入浴後、寝間着ではなく部屋着に着替えていた。
まだ、結婚前の男女が会うのだ。二人きりというわけにはいかないので、エルシーに部屋で待機してもらっている。
入室許可をすると、フィンラスが部屋の中に入ってきた。
「カテリアーナ、疲れているところをすまない」
「いいえ。晩餐前に少しうたた寝しましたので、大丈夫ですわ。フィンラス様こそお疲れでは?」
「俺は大丈夫だ」
猫は一日の半分は寝ているのだ。しかし、夜行性だったとカテリアーナは失礼なことを考えていた。実際、ケットシーは夜に強いが、だからといって半日寝てばかりではない。生活形態は人間と変わらないのだ。
カテリアーナの向かい側のソファに座ると、フィンラスは一本の瓶をテーブルの上に置く。
「これは何ですか?」
「果実酒だ。先日、カテリアーナは成人を迎えただろう? 祝いの酒だ。初心者でも飲みやすいものを選んだ」
どこの国でも飲酒が許されるのは成人後のようだ。カテリアーナも今日初めて酒を飲む。
エルシーがグラスを二つ用意し、果実酒を注いでくれる。
フィンラスとカテリアーナはグラスを持つ。
「成人おめでとう、カテリアーナ」
「ありがとうございます、フィンラス様」
グラスを軽くぶつけると、高く澄んだいい音がする。
カテリアーナは一口果実酒を飲む。爽やかな甘酸っぱさの中に少し苦みが混じった果実酒は芳醇な味だ。
「美味しい」
「それはよかった」
楽しみながら果実酒を味わっていると、フィンラスから話が切り出された。
「明日からのことだが、カテリアーナには妃教育を受けてもらうことになる。王族としての教育はクローディアから受けているとは思うが、人間と妖精の国では異なることもあると思う」
「はい。わたくしも妖精のことをいろいろ学びたいと思っております」
「三ヶ月後には各種族の国を訪問することになる。カテリアーナの披露目をするためにな」
王族が結婚する時、先に伴侶の披露目をするのが妖精の国の習わしだ。各種族の国を訪問して挨拶をする。フィンラスとカテリアーナの成婚の儀は早くても半年後になるという。
人間の国では各国の代表が結婚式に出席し、その後披露宴を行うのだ。
「それは、妖精の国を探訪できるというわけですね?」
「そういうことになるな」
「それは楽しみですわ」
フィンラスはカテリアーナに驚かされてばかりだ。
ノワールとしてカテリアーナを見守っていた時も思っていたことだが、カテリアーナは常に前向きだ。どんなに辛くても絶望はしない。決して後ろを振り向かず、前を向いて生きている。
ふっと笑うと、フィンラスはカテリアーナを見つめる。
「そういえば、カテリアーナは世界を旅するのが夢だったな」
「ええ。だからワクワクします」
フィンラスは部屋を退室する間際、思い出したように振り返る。
「カテリアーナ、まだ約束を果たしていなかったな。時間が空いたら二人きりで遠乗りでもするか」
それはあの場所に連れていくという意味だ。
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