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第63話 不穏な流れ
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「そうか……。ルーンブレードが、あのクエストを受注したのか。」
「はい、申し訳ありません……」
眉間を押さえ唸るユーリに、エリカは頭を下げた。
「いや、謝らないでくれ。動きがないのをいいことに、ずっと扱いを保留にしていたこちら側の非だ。」
ユーリはそれを手で制し、考え事をするように、背を向けた。
すでに日は傾いており、部屋の中は茜色に染まっていた。
「このこと、ロルフは知っているのか?」
「いえ、知らせようとは思ったんですが……ちょうど、ギルドハウスは留守のようだったので……」
「そうか。だったらこの件は、あいつには伏せておいてくれ。」
「……!」
エリカは反論しようとしたが、振り向いたユーリの目を見て、その口を止めた。
「あいつはもう、ルーンブレードのギルドマスターじゃない。あまり無用な心配をさせるのも、な。」
「そう……でしたね……」
ユーリは自嘲気味に笑うと、いつもの表情に戻った。
「まあ、聖竜教会自体には、既に手を打ってあるしな。そっちに共有して、一旦様子を見よう。」
「……はい。アイアンゲートの、ライゼンさんですね。」
エリカの言葉に、こくりと頷いて返す。
「その調査自体、ギルドマスターがそのままなら、ルーンブレードに依頼したかったところなんだがな。これも、運命のいたずらってやつか。」
「……本当に、ままならないものですね。」
無意味と分かっていても、『ロルフが辞めなければ』と考えないのは難しい。
捉えようによっては、あの一件を境に、全てが不穏な方向へ転がり始めたとすら言える。
だが――
「ただ、私は……トワイライトが生まれたことにも、何か意味があるように思います。」
「ん。」
エリカのその言葉に、ユーリは一瞬驚いた顔をしたが、すぐ微笑んだ。
ロルフの家を訪れた時、ユーリはその小さなギルドを目にした。
まだまだ発展途上、粗削りな原石の集まり。
小さな輝き。
しかしその輝きは――いつか、この国を救ってくれるかもしれない。
不思議と、そんな感じがしたのだ。
「――そうだな。俺も、そう思う。」
ユーリは小さく笑って、窓の外の夕日を見上げた。
+++
コツ、コツ、コツ――
石畳を叩く音だけが、静かに夜に響く。
規則的なその音は、一つの古びた礼拝堂の前で止まり――扉を押し開ける、重々しい音に代わった。
「遅れて申し訳ない。神の牙、ロキ――ここに。」
大きな槍を体の横に立て、敬礼のような仕草をする。
建物の中で、いくつかの影が動いた。
「キヒヒ、ずいぶん遅かったじゃねーか。退屈で死ぬかと思ったぜ。」
「いや、何もないのはいいことでしょ……。はぁ、ダルい。」
「……があぁ……ぐるぅ……」
その中央に座る、奇妙に大柄な老人が、ゆっくりと顔を上げる。
顔の片側は飾り布で覆われており、手には大きな黒い杖が握られていた。
「待っていましたよ、ロキ……さあ、報告を聞きましょうか。」
老人はにこりと微笑み、前に来るようにと手招いた。
ロキはその近くへと歩み寄ると、胸に手を当て、片膝をついた。
「クエストは、無事に受注されました。大司教ゼエル様。」
「おお……!」
その言葉に、彼は椅子から立ち上がり、手を震わせた。
「素晴らしい! 来るのは、確かに強者なのですね?」
「ええ。少々、思慮深さには欠けますが……実力はAランクです。ご期待に添えるでしょう。」
「おおおお……!」
老人はすっかり陶酔した表情で、天を仰ぎ見た。
「でも、大丈夫なのかよ。黒晶獣は一匹減ったんだろ。どこかの誰かさんのせいでなぁ。」
「……俺のせいじゃない。ついたときにはもう死んでたって言っただろ……」
「クハハ、あの魔物を? そこらの冒険者が狩った後に、偶然見つけました、ってか?」
「はぁ、めんどくさいな……その口、縫い付けておこっか……?」
「――おやめなさい。」
杖を石畳に叩きつける音が響く。
その拍子に、突風が駆け抜けたかのように、礼拝堂は静寂に包まれた。
「……問題はありませんよ。まだ、残りはおりますし……最悪の場合でも、貴方たちがいる。そうでしょう?」
老人はそこまでいうと、返事を待たずに後ろを振り返り、にやあと口角を上げた。
「ああ、もうすぐ、もうすぐですよ……」
先ほどの手よりも更に高く、震える杖を掲げる。
その先に見えるのは、ステンドグラスに描かれた、竜の紋章。
「この醜く穢れた世界を……私が、救う、その時が……!!」
「はい、申し訳ありません……」
眉間を押さえ唸るユーリに、エリカは頭を下げた。
「いや、謝らないでくれ。動きがないのをいいことに、ずっと扱いを保留にしていたこちら側の非だ。」
ユーリはそれを手で制し、考え事をするように、背を向けた。
すでに日は傾いており、部屋の中は茜色に染まっていた。
「このこと、ロルフは知っているのか?」
「いえ、知らせようとは思ったんですが……ちょうど、ギルドハウスは留守のようだったので……」
「そうか。だったらこの件は、あいつには伏せておいてくれ。」
「……!」
エリカは反論しようとしたが、振り向いたユーリの目を見て、その口を止めた。
「あいつはもう、ルーンブレードのギルドマスターじゃない。あまり無用な心配をさせるのも、な。」
「そう……でしたね……」
ユーリは自嘲気味に笑うと、いつもの表情に戻った。
「まあ、聖竜教会自体には、既に手を打ってあるしな。そっちに共有して、一旦様子を見よう。」
「……はい。アイアンゲートの、ライゼンさんですね。」
エリカの言葉に、こくりと頷いて返す。
「その調査自体、ギルドマスターがそのままなら、ルーンブレードに依頼したかったところなんだがな。これも、運命のいたずらってやつか。」
「……本当に、ままならないものですね。」
無意味と分かっていても、『ロルフが辞めなければ』と考えないのは難しい。
捉えようによっては、あの一件を境に、全てが不穏な方向へ転がり始めたとすら言える。
だが――
「ただ、私は……トワイライトが生まれたことにも、何か意味があるように思います。」
「ん。」
エリカのその言葉に、ユーリは一瞬驚いた顔をしたが、すぐ微笑んだ。
ロルフの家を訪れた時、ユーリはその小さなギルドを目にした。
まだまだ発展途上、粗削りな原石の集まり。
小さな輝き。
しかしその輝きは――いつか、この国を救ってくれるかもしれない。
不思議と、そんな感じがしたのだ。
「――そうだな。俺も、そう思う。」
ユーリは小さく笑って、窓の外の夕日を見上げた。
+++
コツ、コツ、コツ――
石畳を叩く音だけが、静かに夜に響く。
規則的なその音は、一つの古びた礼拝堂の前で止まり――扉を押し開ける、重々しい音に代わった。
「遅れて申し訳ない。神の牙、ロキ――ここに。」
大きな槍を体の横に立て、敬礼のような仕草をする。
建物の中で、いくつかの影が動いた。
「キヒヒ、ずいぶん遅かったじゃねーか。退屈で死ぬかと思ったぜ。」
「いや、何もないのはいいことでしょ……。はぁ、ダルい。」
「……があぁ……ぐるぅ……」
その中央に座る、奇妙に大柄な老人が、ゆっくりと顔を上げる。
顔の片側は飾り布で覆われており、手には大きな黒い杖が握られていた。
「待っていましたよ、ロキ……さあ、報告を聞きましょうか。」
老人はにこりと微笑み、前に来るようにと手招いた。
ロキはその近くへと歩み寄ると、胸に手を当て、片膝をついた。
「クエストは、無事に受注されました。大司教ゼエル様。」
「おお……!」
その言葉に、彼は椅子から立ち上がり、手を震わせた。
「素晴らしい! 来るのは、確かに強者なのですね?」
「ええ。少々、思慮深さには欠けますが……実力はAランクです。ご期待に添えるでしょう。」
「おおおお……!」
老人はすっかり陶酔した表情で、天を仰ぎ見た。
「でも、大丈夫なのかよ。黒晶獣は一匹減ったんだろ。どこかの誰かさんのせいでなぁ。」
「……俺のせいじゃない。ついたときにはもう死んでたって言っただろ……」
「クハハ、あの魔物を? そこらの冒険者が狩った後に、偶然見つけました、ってか?」
「はぁ、めんどくさいな……その口、縫い付けておこっか……?」
「――おやめなさい。」
杖を石畳に叩きつける音が響く。
その拍子に、突風が駆け抜けたかのように、礼拝堂は静寂に包まれた。
「……問題はありませんよ。まだ、残りはおりますし……最悪の場合でも、貴方たちがいる。そうでしょう?」
老人はそこまでいうと、返事を待たずに後ろを振り返り、にやあと口角を上げた。
「ああ、もうすぐ、もうすぐですよ……」
先ほどの手よりも更に高く、震える杖を掲げる。
その先に見えるのは、ステンドグラスに描かれた、竜の紋章。
「この醜く穢れた世界を……私が、救う、その時が……!!」
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