トワイライト・ギルドクエスト

野良トマト

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第75話 モフモフパニック①

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「――つまり、『Bランク以上のクエストでは連携が重要になる』というわけではなく、そもそも前提条件として『連携が必要な状況が発生する』と判断されたクエストが、CからBへと上がるわけです。そのためまず重要なのは、『何故連携が必要と判断されたのか』と、『どのような連携が必要になるのか』を受注書から読み取ることであり――」

 ロルフは複数のギルドマスターを前に、講義を行っていた。
 この場は『ギルド集会』といって、ギルド協会が月初に開催している情報共有会のようなものだ。

 参加は任意であり、主にその月の定例クエストの発行予定や、魔石の価格変動の傾向などが告知される。
 それらは有用な情報ではあるが、定例クエストのほとんどはC、Bランクのため、必然的に参加ギルドもC、Bランクばかりになる。

 そのため初心者向けの講習会などもたまに行っているのだが、今回はその枠を使ってBランク向けの講義をしてほしい――と、エリカに頼まれていたのだ。


「……ふぅ。」

 講義が終わり、ぞろぞろとギルドマスターたちが帰っていくのを見送りながら、ロルフは小さく息を吐いた。
 久しぶりだったのもあるが、やはり大勢の前で話すというのは緊張するものだ。

 廊下の長椅子に腰掛けると、目の端にこちらへ歩いてくるエリカの姿が見えた。

「お疲れ様です、ロルフさん。」

 エリカは笑顔で、片手に持った飲み物を差し出した。
 ロルフがそれを受け取ると、エリカは嬉しそうに顔の横で手を合わせた。

「素晴らしい講義でしたよ。これならきっと、Bランククエストの受注率も上がるはずです。」
「うーん、そうだといいんだが……今一つ、自信はないな。やっぱり、エリカさんの方から説明してもらった方が良かったんじゃないか?」
「もう、そんなことありませんよ。依頼するギルド協会側じゃなくて、実際にBランクで実績を残しているギルドマスターが言うから、説得力があるんです。」

 エリカは人差し指をくるくる回しながら反論した。

「それに、ロルフさんの話し方は、わかりやすいんですよ。とっても。」
「はは、そういってもらえるとありがたいな。」

 そこまで言って、ロルフは手元の飲み物に、一度視線を落とした。
 ふいに、会話が途切れる。

「……? どうか、しました?」
「あ、ああ……いや……」

 その曖昧な返事に、エリカが小さく首をかしげる。


 今日、ここに来た理由は、二つある。

 一つはこの、Bランク向けの講義をするため。
 もう一つは……ロイドの言っていた、『Sランククエスト』の件について、聞くためだ。

 前者は先ほど終わったところだが、後者については、それほど単純なことではない。

 ロイドから聞いた内容によると、アドノスは既に『受理済み』のクエスト受注書を持っている。
 そして、AランクギルドであるルーンブレードがSランククエストを受けるためには――どんな経路を辿ったとしても――最終的には、必ずエリカの許可が必要になる。

 つまり、エリカはこの件を知っていて、あえて話題に上げていないのだ。

 ロイドに聞いた当初は多少ショックを受けたものの、冷静に考えれば、それは当然のこと。
 自分は既にルーンブレードのギルドマスターではなく、ギルド協会側の人間でもない。赤の他人なのだ。

 この件について聞く権利など、最初から持ち合わせていない。

「……」

 ロルフはため息とともに、目を閉じた。
 脳裏に、魔物を前に豪快に剣を振るう、アドノスの姿が浮かぶ。

 そのパーティーは、ルーンブレードで最も強かった。
 司令塔でもあるアドノス自身も戦闘の才があり、頭も切れる。経験を積んでいけば、いずれ確実にSランクに手が届くだろう。

 しかし――今はまだ、その段階ではない。

 なまじ頭が良い分、アドノスは戦闘中に一度でも『自分の考えが正しい』と思い込むと、それを修正できなくなる節がある。
 戦略においては、著しく柔軟性に欠けるのだ。

 一方でSランククエストというのは、『対象が極めて強力かつ、不測の事態が発生する可能性が高い』と判断されたクエスト。

 あまりにも組み合わせが悪い。


 だが、だからといって、どうする?

 他のギルドの提言で、一度受理されたクエストを却下することなど、できるはずもない。
 運良く行先を聞けて、アドノスに追いつけたとしても、こちらの説得を聞くとも思えない。

 『何かしなければならない』という焦りだけが募り、『何をすべきか』は一向に見えてこない。
 いや、『何もできない』と知っていたからこそ、エリカは何も伝えなかったのではないか。
 だとすれば――

 ――モフ。

「……?」

 目を閉じたまま自問自答する中、ふと何かが足に触れるのを感じた。

 ――モフモフ。

 気のせいではない。
 何かが足の近くで動いている。

 足元に目をやる。
 すると、長椅子の影から頭をのぞかせている、足より一回り大きいくらいの、まるまるとした生き物と目が合った。

「これは……オオケダマネズミじゃないか。どうしてこんなところに?」

 こんな可愛らしい見た目でも、オオケダマネズミは一応魔物だ。

 ほとんどどこの森にも生息していて、『魔石かじり』の異名を持つ。これは倒した魔物の魔石を回収しないでいると、この魔物が持っていってしまうためだが、その手際が実に見事で、当初は『森では魔石が蒸発する』と信じられていたらしい。
 オスメスで大きく性質が違うのだが、オスはこのように小さく、凶暴性も低いため、ペットとして飼われることも珍しくない。
 それが逃げ出して、迷い込んだといったところだろうか。

「何にしても、一応捕まえとかないとな。エリカさん、何か網のようなものは……」

 そう言って顔を上げると、エリカは真っ青な顔で固まっていた。

 そういえばエリカさん、ネズミが苦手だった気がするな。
 となると、魔物は一人で捕まえねばならないか。まあ最悪、一匹なら素手でもどうにか……

 などと考えていると、エリカの震える手が、ロルフの足元を指した。

「……ろ、ろろ、ロルフさん……あ……あし……」
「ん?」

 その指に従い、再び足元に目を落とす。
 すると足元から出ていた可愛らしい顔は、二つに増えていた。

「んん??」

 するとその右隣からも、ピョコリ。
 左端からもピョコリ。
 真ん中からも――

 ――モフモフ、モフモフ、モモモモモ。

「こ、これは……?!」

 次の瞬間、その大量の毛玉は、弾けるように足元を飛び出した。
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