トワイライト・ギルドクエスト

野良トマト

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第121話 お屋敷での怪異④

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「基本陣形の変更……ですか?」
「ああ。」

 そう言って頷くロルフに、四人は顔を見合わせた。

「スゥが新たに土魔法を会得したことで、かなり広範囲に対処できるようになった。そこで正式にスゥを盾役とし、エトを近接主力に着ける。つまり、二人の役割を交換するわけだな。」
「なるほど、土の魔法は防御に使えるけど、雷の魔法は攻撃向きだから……ってことね。」
「流石だな、リーシャ。その通りだ。」

 照れて顔を逸らすリーシャの隣で、スゥは両手を上げて喜んだ。

「おお! スゥはパーティーの守護神になるのだ!」
「うーん、神かどうかはわからんが……パーティーの安全性に大きく影響する役割なのは間違いない。見る場所もやることも増えるし、防御に使うとなると魔剣の扱いも難しくなる。明日から特訓だな。」
「うへぇ……が、頑張るのだ。」

 上げた手をしおしおと下ろし、スゥは頭を振った。
 ロルフはそれを見て微笑している。

「……エト? どうかしたのですか?」
「!」

 突然、マイアがこちらの顔を覗き込んだ。
 慌てて顔を上げると、ちょうど首を傾げたロルフと目が合った。

「ん、どうしたエト。何か気になることがあるか?」
「あ、いえ! もちろん、問題ないです。あはは……」

 両手を振りながら、そう答える。

 もちろん、ロルフさんの判断は正しいと思うし、何の異論もない。
 でも、内心では少し、寂しい気持ちがあった。

 盾役……皆を守る役割。
 それが気に入っていたし、好きだったから――


+++


 場所は変わり、屋外、北側の庭園――

「……ワイバーン、ファイア。」

 マイアが構えたクロスボウから、複数の矢が撃ち出される。
 それは迫りくる巨像の、足の関節部分に、一本違わず衝突した。

 石材は固く、傷をつけた様子はないが、鉄の矢尻を噛んだ関節が、一瞬動きを止める。

「いいわ。開杖+2プラス ツー――『ウィンドブラスト』!!」

 その隙に、リーシャの放つ高出力魔法が直撃。
 その巨体はゆっくりと後ろへ仰け反り、ついには土煙とともに、地面へと崩れた。

 しかし相手もただでは倒れぬとばかりに、そのまま大きく腕をふるい、周囲の土砂を投擲してきた。

「そうはいかんのだぁ!」

 それに対し、スゥが二本の斧を同時に地面に叩きつける。これはスゥの魔剣の、魔法起動のトリガーだ。
 前方の地面が大きく隆起し、飛来する岩と砂は、その土の壁に衝突して動きを止めた。

「エト!! 行って!」
「うんっ!」

 リーシャの言葉を皮切りに、エトは弾けるように走り出した。
 スゥが隆起させた地面で助走をつけ、一回転して空中に飛び上がる。
 両手で大剣の柄を握ると、青白い火花が刀身に走った。

「――ライトニングッッ!」

 振り下ろした刃先からほとばしった電撃が、真下にいる巨像を貫く。
 その反動で逆に宙返りし、エトは軽やかに地面に着地した。

 巨像はゆっくりと起き上がったが、先程までより少し動きがぎこちない。

 攻撃が、効いている。

「いける……!」

 エトは、なんとも言えない高揚感を感じていた。

 不意打ちだったとはいえ、以前は自分が手も足も出なかった相手。
 それが今や、こんなに強力な武器があって。強力な仲間がいて。
 同等に――いや、ずっと有利に立ち回れている。

 それに。

「やああああっ!!」

 エトは動きの鈍った巨像の周りを跳ね回り、雷の刃の斬撃を何度も繰り出した。

 体が、軽い。
 まるで羽でもついたみたい。

 シロちゃんの力を、ずっと近くに感じる。
 今なら、もっと何かを引き出せるような、そんな気がする。

「……エトって、あんなに速かったっけ……?」
「いえ……あんな速度は、見たことが……」

 二人が困惑する中、更に大きな一撃を加え、エトは最初にいた地点に着地した。足元にサークル状の青白い火花が散る。

 巨像はというと、同じく火花を散らしながら、大きく背後にのけぞっていた。

「スゥちゃん!!」
「おっと、合点承知なのだ!!」

 入れ替わるように、再びのスゥの魔法。弾けるように隆起した地面が石像へと直撃し、その巨体はニ、三歩よろめくように後退すると、そのまま仰向けに倒れようとしていた。

 このとき、エトはほとんど、勝利を確信していた。

 動きは鈍くなっているのだから、これで起き上がってきたとしても、次はさらに簡単に転倒させられるはず。
 あとはそれを、動かなくなるまで繰り返せば良い。

 それだけのはずだった。

「……ぁっ!」
「?」

 この戦闘の轟音の中にあって、エトの耳のみが、辛うじてその声を拾った。

 誰かの、悲鳴……?

 反射的に、倒れかけた巨像の周囲に目を走らせる。
 それを見つけたとき、エトは思わず呼吸を止めた。

「カレン、さん……?!」

 ちょうど巨像が倒れようとしている真下、屋敷の瓦礫の影に、その姿はあった。
 振動で足を滑らせたのか、うつ伏せの状態で、巨像を見上げて固まっている。

 時が止まったかのような静寂。

 なんで、どうしてここに。
 いや、それより、助けないと。どうやって?

 スゥちゃんからは死角。リーシャちゃんの魔法は溜めがいる。マイアちゃんの矢じゃ威力が足りない。
 そもそも正確に位置を伝えられないと、攻撃に巻き込んでしまうかもしれない。

 でも、私の位置からじゃ――私の能力チカラじゃ、届かない――!

 永遠とも思える一瞬が、エトの中で反響する。
 その思考は少しずつ、絶望へと染まってゆく。

 助けられない。
 あんなものに潰されたら、間違いなく、すぐに。
 そしたら回復魔法の使えるリーシャちゃんにも、治癒術師のマイアちゃんにだって、どうすることもできない。

 いやだ。
 助けて。
 誰か助けて。

 私なら、――

 …。


 足元から散る、黒い稲妻。

 気がつくと、エトは巨像の真下で、剣を振り上げて静止していた。
 右側には、切り落とされた巨像の腕。左側には、もはや動かなくなった、それ以外。その延長線上には、建物に深く刻まれた、大きな斬撃後。

 そして足元には、呆然とこちらを見上げる、カレンの姿があった。

 「あなた、は……誰、ですの……?」

 絞り出すようにそういったカレンの瞳に、漆黒の髪と真紅の瞳が映り込む。

 思考が回るより早く、体中から力が抜け、エトはそのまま前のめりに倒れた。
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