元勇者が教える、モブのスキルの活かし方 ~ベンチャーギルドが勇者ギルドを超えるまで~

Deadhimo

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第1章 元勇者アレスの放浪

第6話 ユクリアと危険な町

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「ユクリア、水!」
「はあい」

 城下を出て、俺とユクリアは行く先を決めず道を歩いていた。今は、唐突に水を要求したところだ。しかしユクリアのリュックからはすぐに水が出てきた。便利である。

「ゴクゴク……」

 しばらく日よけもなく歩いていたので生き返る気分だ。町を出ると何もない街道が続くので、一休みする店も無ければ、腰掛けるベンチもない。

「疲れたな」
「アレスさま、荷物何も持ってないのにそれはないですよお」

 ユクリアは出発時のままに大量のカバン類を持っていたが、俺はといえばベルトの短剣くらいしか持っていなかった。
 自分の半分くらいの背丈しかないユクリアに引っ越し道具を全て担がせる男……まがうことなきクズになっている。しかも、先の長い旅路でだ。

「わ、悪かった……手伝おう」

 自責の念に耐えられなくなり手分けを申し出てしまった。

「でもいいです。お仕事ですからちゃんともっていきますよ」

 ユクリアは額にうっすらと汗を浮かべ、きりっとした表情で使命感にあふれている
―――なんて健気なんだ!
 突然旅に連れ出されて、大量の荷物を持たされているのにけなげに頑張っている彼女に心を打たれてしまう。そうさせている張本人は俺だが……。

「あ、アレスさま。道標がありましたよ」

 引き続きだらだらと歩いていると、視界に木の道標が入ってきた。
 近づいてみると、道標には近隣の国の名前と、ラキア王国の町の名前とが記してあった。

「ひい、ここから《ラタイア》って近いんですか」

 その「ラキア王国の町」の名前をみてユクリアはびくついた。

「そうだな、ここから2日もすれば着くだろ」

 《ラタイア》という町は、海岸に近く、このラキア王国の領内では一番に南の大陸に続く海峡と近かった。つまりモンスターの脅威とも一番近かったということだ。

「もしかしてアレスさま、ラタイアに行くつもりですか」

 ユクリアはぷるぷると震えながらこちらを見た。

 ラタイアでは、南の大陸と近いせいで、よくモンスターがふらっと出没していたので《勇者ギルド》ではラタイアへと訓練に行くのが慣例だった。多分ユクリアも例にもれずそれに参加しているはずなので、トラウマがよみがえっているのかもしれない。

「そうだなー、ここから行けるのは隣国かラタイアだけだし」
「そしたら準備もなしに国を出るわけにもいきませんよねえ」

 他国に行くか危ない町に行くか、という選択肢にいったんは納得するユクリア。
 ただ、少しするともう一つの選択肢に気付いてしまった。

「……アレスさま、いったん帰りませんか?」
「ダメ」
「ダメですか」




『前線都市 ラタイア』



「着いたな、ラタイア!」

 城下町を出発して(追放されて)数日、元《不死の勇者》の俺とギルドメンバーランクEのモブであるユクリアは、この王国でモンスター支配地域に最も近い都市、ラタイアに到着した。

「思ったより怖くないですね」
「そうだな、こんなに人がいるのは驚きだ」

 町の様相はというと、市場だとか通りには城下と同じように人も多く、前線とはいえ人は変わらず生活しているようだった。

「でも、兵隊さんはとっても多い……やっぱり怖いかもです」

 普通の生活を営む人も多いが、町のところどころに数人の兵士も固まって立っている。
 これはやはり前線都市の物々しさといったところだろうか。

「まあ、ラタイアとは言っても毎日モンスターが出るわけじゃないから安心していいぞ」
「城下じゃあこんな兵隊さん歩いてないのにい」

 臨戦態勢な町の様相に、ユクリアは落ち着きを失っている。
 そんな俺の視界の端にカットフルーツの屋台が目に入った。

「でもな、カットフルーツの店までやってるんだぞ。危ないわけないじゃないか」

 俺の謎理論にユクリアは困った声を出した。そこに畳み掛ける。

「好きなフルーツ買ってやるから、な、どれがいい?」

 もはや赤子の気をそらそうとする親の気分だ。しかし、ユクリアの目は輝いた。

「依頼主に施しを受けるわけには……じゅる」

 前線の兵のためにラタイアには多くの物資が集められる。それはフルーツも一緒らしく、城下でお目にかかれないフルーツも並んでいることに気づいていることだろう。

「俺の旅の気分を上げるためだよ、一緒に食おうぜ?」
「じゅる……依頼の一部というわけですね。それなら一緒にたべることにします」

 なんとか彼女の説得に成功し、俺たちはその屋台へと近付いていった―――のだが。
 へいらっしゃい!と屋台の主の気持ち良い挨拶が飛んできたその瞬間、市場の通りの奥から怒号が飛んできた。

「モンスター2匹出現!!!町に侵入!!!」

 鎧も付けていない血濡れの兵士がそう叫びながら走ってくる。そしてそのすぐ後ろから―――家ほどの大きさのモンスターが2体、通りへと飛び込んできた。
 モンスターは出現するなり、雄叫びをあげた。その声は市場だけでなく町全体に響き渡るほどの大きさで、通りにいる人々は悲鳴を上げ逃げ始める。

「市民は逃げろ!おい、戦闘準備だ!」

 市場の中央に居た司令官らしい外見の兵士が叫ぶと、先ほどまで通りで散り散りに立っていた20人ほどの兵士たちがそこへ集まっていった。
 それを俺とユクリアはカットフルーツ屋台の前で突っ立ったまま眺めていた。

「アレスさま」

 ユクリアがこちらを見つめた。

「なんだ、フルーツか?ほら」

 店主が逃げ出した屋台から、器に盛られたフルーツを差し出した。

「そうじゃなくて。さっそくモンスターが出てますよ!」

 俺のジョークは一蹴された。

「しかも2体か、あいつらじゃあ無理かもな」

 モンスターの戦闘力は1体で《不死の勇者》1人に相当する。いろんな要素を組み合わせればそこまで単純な話ではないのだが、とりあえず兵士20人で対処するのが不可能なことだけは明白だった。



「グルルルアアァァ!」

 雄叫びと共に、通りの店をなぎ倒しながらモンスターがこちらに向かってくる。それに負けじと兵士も叫ぶ。

「密集陣形、構え!」

 5人4列に並んだ兵士たちが密集し、最前列の兵が盾を構えた。後ろの列の兵士はそれぞれ前の兵に体重をかけるように身体を接し、槍を逆手に掲げ、最前列の兵の盾の前に穂先を構えた。これは、この大陸の集団戦術である密集陣形―――ファランクス―――だ。

 しかし見たところ彼らは《加護》を持たない兵士……モンスターの突撃を耐えられる保証はない。あの密集陣形で1体の突撃を食い止めとしても、2体目を対処する手段はないだろう。

「アレスさま、あの人たちを助けてあげないんですか……?」

 ぷるぷると震えながらもユクリアは俺に言った。逃げようとか、どうするかとか云った考えより先に心配なのが彼らであることに、俺は心を打たれた。

「そんな訳ないだろ?助けてきてやるから、ユクリアは安全な所に隠れてな」

 実を言うとユクリアを抱えて逃げてやろうと思っていたのだが、こう言われては格好をつけるしかない。

「あ、その前に槍を2本出してくれ。盾もな」
「そうですよね……はい、アレスさま」

 ユクリアは手提げ鞄からスルスルと槍と盾を取り出した。それを受け取り、左手に盾と1本の槍を持ち、もう片方の手にも槍を握った。

「じゃあちょっと、人助けしてくるわ」

 ユクリアに向けてそう言うと「リピー」と小さくつぶやく。すると《加護》が発動し、俺の後ろから突風が巻き起こる。
 突風に煽られながら少しだけ助走を付けて跳ぶと、そのまま風に乗り、兵士たちの真横へと着地した。

「よお皆さん、助けは必要?」
「なんだお前は!邪魔だ!」

 兵士たちはこちらに一瞥もくれることなく言った。こんなに冷たくあしらわれるとは思わずショックだ。

「来るぞ!オオオ!」

 気付けばモンスターは目前まで迫ってきていた。そして次の瞬間、叫ぶ兵士のファランクスとモンスターが衝突した。
 ボコン―――と衝突の鈍い音が響く。兵士たちは大股数歩分くらいの幅を、一瞬で後ろへ押し込まれる。

「押せえ!」

 最初の衝突を防げたのは意外だった。そして兵士たちは力をこめ、一気に前へと踏み出てモンスターへぶつかった。

「突け!!!」

 モンスターに密着した兵士たちは、それから離れることなく一斉に槍を突き出した。
 モンスターの表皮に次々と槍が突き刺さり、血が吹き出る。
 そして、一瞬の静寂が訪れた。

「……グルアアァ!」

 その静寂はモンスターの咆哮によりかき消される。同時に、巨大な獣の外見をしているモンスターは、彼らの槍と彼ら自体を振り払うように、首を大きくしならせて、密集陣形にその頭を思い切りぶつけた。
 その攻撃だけでも、先ほどの衝突と同じくらいの衝撃音が響き―――兵士たちの陣形は崩れ、後ろへ倒れこんでしまった。モンスターは勝ち誇ったような咆哮を再び上げる。
 そしてトドメ、というようにモンスターは地に伏せた兵士たちに飛び掛かった。

「リピー」

 俺はここで再び《加護》を発動させた。もう言うまでもなく、加護の発動と共に突風が吹きすさぶ。しかし一つ変わって、今度は自分の背後からではなく、前方からの突風だ。
 兵士へ飛びかかろうと宙を舞っていたモンスターは、突風により飛び立った位置まで引き戻され、着地に失敗し、ゴロゴロと転がってゆく。

「やっぱり助け、必要だったろ?」

 モンスターを吹き飛ばして安心した俺は、横で転がっている兵士たちに言った。 







『やっぱり助け、必要だったろ?』

 さっきまで絶体絶命だった兵士たちは、倒れたままこちらをみる。

「たすかった……」

「すごい《加護》だな」

 兵士たちは次々に俺に対する賛辞を口にした。ひさしぶりの勇者扱いで少し気分がいい。
 こう話している間にも、モンスターはこちらへ進もうと必死に手足を動かしているが、俺の起こす強風の前に一歩の前進もかなわない。

「なあ、やっぱり凄いよな?」

 突風を吹かせ続けながら、調子付いて兵士の一人にさらに問いかける。ウンウン、と頷いてくれるので俺は大満足だ。勇者と呼ばれていた時には《加護》を誇ったり、ひけらかしたりすることは全くなかったのだが、ギルドマスターに「ちょっと風を吹かすだけの雑魚」と呼ばれたことがまだ心の奥に引っかかっているようだ。
 そのモヤモヤを吹き飛ばすように、風も少し強くなる。
 そのまま風を吹かせ、兵士が体勢を整える時間を稼いだ。

―――そして、司令官だろう兵士があることに気付く。

「動けなくしたは良いが、ここからどうするんだ?」
「……」
「おい」
「……」

 俺は沈黙した。風の音だけが響く。
 後ろをちらりと見て、ユクリアが遠くで隠れていることを確認してから、俺は口を開いた。

「俺にもどうすればいいかわからない……」

 情けなくそう言うと、先ほどまで尊敬の目でこちらを見ていた兵士たちはいそいそと陣形を整え始めた。

「もしや勇者かと思ったが、違ったようだな」

 整列しなおし、密集陣形の右前方(この隊形において最も重要な位置)に立ちなおした、司令官が眉をひそめて言う。
 違うんだ―――と主張しようと思ったが、さらに言葉をつづける彼に遮られた。

「しかし勇者ギルド員だろう。助かった、王国兵として礼を言おう」

 そして右手を差し出してきた。俺も槍を地に突き立て握手に応じる。いまさら勇者だったことを告白する気にもなれず、笑顔を返した。
 握手をしながらユクリアを見ると、親指を立ててグーサインをしてくれている。ナイス!というメッセージなんだろう。

 そして、そのグーサインを返すために俺が握った手を離すと、また司令官率いる部隊全体は、そのまま風に囚われているモンスターの方に向きなおした。

「よし。突撃陣形、構え!」

 彼らはラキア王国兵、ほとんどがロクな《加護》を持たないかそもそも《加護》を受けておらず、訓練で鍛えた肉体と技術のみで戦う兵士たちだ。

 王国兵たちは国内の治安や防衛のために、王族に忠誠を誓う。なので人間と戦うための力は持っているが、モンスターと戦う術や能力は持ち合わせていない。
 そんな彼らが、人間離れした異能を持つ《不死の勇者》でも命の取り合いになるようなモンスターに対し、忠誠の下に、再び攻撃を仕掛けようとする姿はとても勇敢だった。

 しかし、俺は元《不死の勇者》としてこういった光景を何度も見てきた。ギルドメンバーのモブや、王国兵がその勇敢さを発揮するときの結末を。

 それはタイムリープ前にみたラタイアイ平原や、この町での訓練で見たもので……。

「何か忘れてないか?」

 ふと、俺は気付く。このモンスターとの戦いで、すっかり注意を逸らしてしまった重大なことがあった。

「アレスさま!よこーーー!!!!!」

 その知覚が俺の脳内を駆け巡るったのと同時に、ユクリアの叫び声が聞こえた。

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