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Period 1 ならまちを知りましょう。
第2話 柿の葉ずし 前編
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朝の目覚ましは、階下からの味噌汁の出汁の匂いだった。私はパジャマ姿の寝ぼけたまま、階段を下りた。居住スペースになっている二階には私とお母さん、お父さんの部屋がそれぞれ一つずつあり、リビングが大きく一つある。
そして一階はお店のスペースが、夕凪家のキッチンとダイニングの役割を果たす。朝と夜は営業時間外なのでそのまま一階で食べ、昼は休日は一階で作られたご飯を二階に持って行って食べる。平日、学校に行く時はお弁当を作って持って行くつもりだ。今日はその初日だ。
市立金幹高等学校は、ここから自転車で二十分ほどのところにある。何回かこの春休みに試しで行ってみたことがあった。一回目は例のごとく道に迷ったが、二回目以降は道も覚えてスムーズに行けるようになった。
朝ご飯はおにぎりと味噌汁、鮭の塩焼き。寝ぼけながらそれを完食して、午前五時。キッチン兼お店の厨房を借りてお弁当を作る。弁当箱は二段に分かれているから、一段目はご飯を敷き詰めよう。
二段目は……と頭の中でおかずパズルを組む。よし、完成だ。大きめの卵焼きを二個作って三分の一。ハムとウインナーで三分の一。あとはー、今はなんとなくがっつりとお肉が食べたい気分なので、豚肉を焼き肉のタレで焼こう。お野菜が足りないって? あらあら、いくら太らないからと言っても栄養バランスは疎かにしているわけじゃありませんのよ。なんせ元管理栄養士の娘ですから。
きちんとサラダは昨日のうちに用意しておいた。タッパーに入れて一晩冷やしていたから最高に冷たくなっている。ドレッシングは小分け袋のものを予め買っている。問答無用でごまドレだ。
よく食べるね、と中学時代も言われていた。その通りに酷い爆食い野郎なのだ。昨日もあんなにわらび餅を食べたというのに、ちゃっかり晩のカレーもおかわりし、その上お土産に買った葛まんじゅうも二個食べた。気付けば眠っていて、目が覚めるとベッドという有様だ。お父さんが運んでくれたのだろう。
作り終わる頃には六時を回っていた。入学式は八時半からで、さっき言った通りここから学校へは二十分なので焦る必要はない。のんびり歯磨きをして、のんびり制服に着替える。
制服で高校を選んだと言っても過言ではない。CDのジャケ写買いばりに適当だったと思う。清潔感のある真っ白いブラウス、分厚くてまだ固い臙脂色のブレザー。スカートも臙脂色で、膝より少し下ぐらい。これならタイツは履かなくていいかも。ニーソを履いて鏡の前に立つ。
そこには、普段の言動とはかけ離れた、優等生の夕凪春がいた。なんだこの可愛くて清楚な女は。青色のネクタイを締めると、さらに優等生感が増した。漫画でありがちな、女子校の一番の権力者みたいになっている。
確かに、金幹高校は県内の公立高校の中でトップ5に入る偏差値を誇る上に、どの部活も平均して強く、バスケ部や弓道部なんかはインターハイで過去に優勝もしている。そんな文武両道な金幹に通っている、と言うと必ず「ええ子やねぇ」と言われる。
制服を着ないといけない、きちんと登校しないといけない、ということ以外は基本的に校則もないみたいだ。スマホは休み時間に触ってもOKだし、髪は染めてもいい。もちろん髪型の規制なんかもない。ポニーテールじゃなくてもいっか。
「お母さま~、お団子手伝って~!」
今日のお店の開店準備をしているであろうが、構わずお母さんを呼ぶ。私一人では不器用なのでできやしない。
「はーい。もう完全に出れる準備しときなさーい」
「はーい」
髪を下して櫛で梳く。この間切ったばかりなのに、すぐに伸びてきちゃう。そんなことを考えながら、学校で上手く馴染めるか心配だった。中学校時代の友達に、よく私は「人生楽しそうな性格してるね」と言われる。大半のことはどうでもいいやー、と考えて生きている私でも、それなりに色んな悩みは抱えている。しょうもない悩みだけど。けど、お妃はいるし、なんとかなるでしょう。
「お待たせ。娘の晴れ舞台、綺麗に可愛くしないとね」
「入学式、お父さんが来るんだっけ」
「そうなの、ごめんね行けなくて。どうしても店を留守にするわけにはいかないの。卒業式は私が行ったから、今度は宏樹くんの番」
お母さんはお父さんのことを「宏樹くん」と呼ぶ。そしてその宏樹くんはお母さんのことを「鈴」と呼ぶ。お父さんの方が一つ年上だ。私でも引くくらい二人は仲が良く、高校生の恋愛でも見ているみたいな気分で、なんだか背中がむず痒くなる。
「いいよ、高校生なんだから親二人も来てるとこなんかいないって」
二人は別に過保護というわけではない。どちらかと言えば放任寄りだ。だけど、こういう行事ごとの時は陰ながら支えようととても努力してくれる。
「お父さんはあとから来るんだよね」
「うん、車で近くの友達の家に止めるんだってさ。……よし、できたぞ。おぉ……我が娘ながら可愛いじゃん」
鏡を見ると、お団子が綺麗にちょこんと頭の真上に乗っていた。可愛いのか……お母さんが言うなら私は可愛いのだろう。はい、私可愛い。
「お弁当ちゃんとできた?」
実は今日がお弁当を持って行く初めての日なのだ。中学の時は給食があったから、急にお弁当になって大変さを知った。けれど、何度か試しで作っていくうちに料理の楽しさを知り、明日からは店のバイトもすることになっている。
早めに学校に着くのも悪くないかもしれない。校内施設はそれほど知らないから、探検しようか。そうそう、私はこういう探究心が普通の人よりも並外れているらしい(家族・友達談)。勉強でもなんでも、気になったことはすぐに調べる。だから昨日、若草山に道も分からないのに行き当たりばったりで行ったのだ。
別にそれが悪いことだとは思わない。さすがに昨日みたいに周りに迷惑をかけるのは良くないが。こんな私でさえある程度の常識はある。
「じゃあ、行ってくるよ」
玄関に置いたハンガーにかけてあるストールを取って首に巻きつける。初の制服デビューだから、上着はちょっと寒くても我慢。自転車の向かい風で死にそうになっても我慢。
あ、そうだ。
一度リュックを置いて、洗面所に戻った。化粧水をたっぷり塗る。毛糸がへばりついて不快極まりないが、この寒さの自転車運転に化粧水は必須だ。お肌はそれなりにケアしてきたつもりだ。だから、化粧をしなくても綺麗な肌を保っている。今も化粧はしていない。しなくても可愛い、と友達によく言われたからだ。自分で言うのは変だ、やめよう。
「行ってきます!」
大声で叫び、家を出た。
そして一階はお店のスペースが、夕凪家のキッチンとダイニングの役割を果たす。朝と夜は営業時間外なのでそのまま一階で食べ、昼は休日は一階で作られたご飯を二階に持って行って食べる。平日、学校に行く時はお弁当を作って持って行くつもりだ。今日はその初日だ。
市立金幹高等学校は、ここから自転車で二十分ほどのところにある。何回かこの春休みに試しで行ってみたことがあった。一回目は例のごとく道に迷ったが、二回目以降は道も覚えてスムーズに行けるようになった。
朝ご飯はおにぎりと味噌汁、鮭の塩焼き。寝ぼけながらそれを完食して、午前五時。キッチン兼お店の厨房を借りてお弁当を作る。弁当箱は二段に分かれているから、一段目はご飯を敷き詰めよう。
二段目は……と頭の中でおかずパズルを組む。よし、完成だ。大きめの卵焼きを二個作って三分の一。ハムとウインナーで三分の一。あとはー、今はなんとなくがっつりとお肉が食べたい気分なので、豚肉を焼き肉のタレで焼こう。お野菜が足りないって? あらあら、いくら太らないからと言っても栄養バランスは疎かにしているわけじゃありませんのよ。なんせ元管理栄養士の娘ですから。
きちんとサラダは昨日のうちに用意しておいた。タッパーに入れて一晩冷やしていたから最高に冷たくなっている。ドレッシングは小分け袋のものを予め買っている。問答無用でごまドレだ。
よく食べるね、と中学時代も言われていた。その通りに酷い爆食い野郎なのだ。昨日もあんなにわらび餅を食べたというのに、ちゃっかり晩のカレーもおかわりし、その上お土産に買った葛まんじゅうも二個食べた。気付けば眠っていて、目が覚めるとベッドという有様だ。お父さんが運んでくれたのだろう。
作り終わる頃には六時を回っていた。入学式は八時半からで、さっき言った通りここから学校へは二十分なので焦る必要はない。のんびり歯磨きをして、のんびり制服に着替える。
制服で高校を選んだと言っても過言ではない。CDのジャケ写買いばりに適当だったと思う。清潔感のある真っ白いブラウス、分厚くてまだ固い臙脂色のブレザー。スカートも臙脂色で、膝より少し下ぐらい。これならタイツは履かなくていいかも。ニーソを履いて鏡の前に立つ。
そこには、普段の言動とはかけ離れた、優等生の夕凪春がいた。なんだこの可愛くて清楚な女は。青色のネクタイを締めると、さらに優等生感が増した。漫画でありがちな、女子校の一番の権力者みたいになっている。
確かに、金幹高校は県内の公立高校の中でトップ5に入る偏差値を誇る上に、どの部活も平均して強く、バスケ部や弓道部なんかはインターハイで過去に優勝もしている。そんな文武両道な金幹に通っている、と言うと必ず「ええ子やねぇ」と言われる。
制服を着ないといけない、きちんと登校しないといけない、ということ以外は基本的に校則もないみたいだ。スマホは休み時間に触ってもOKだし、髪は染めてもいい。もちろん髪型の規制なんかもない。ポニーテールじゃなくてもいっか。
「お母さま~、お団子手伝って~!」
今日のお店の開店準備をしているであろうが、構わずお母さんを呼ぶ。私一人では不器用なのでできやしない。
「はーい。もう完全に出れる準備しときなさーい」
「はーい」
髪を下して櫛で梳く。この間切ったばかりなのに、すぐに伸びてきちゃう。そんなことを考えながら、学校で上手く馴染めるか心配だった。中学校時代の友達に、よく私は「人生楽しそうな性格してるね」と言われる。大半のことはどうでもいいやー、と考えて生きている私でも、それなりに色んな悩みは抱えている。しょうもない悩みだけど。けど、お妃はいるし、なんとかなるでしょう。
「お待たせ。娘の晴れ舞台、綺麗に可愛くしないとね」
「入学式、お父さんが来るんだっけ」
「そうなの、ごめんね行けなくて。どうしても店を留守にするわけにはいかないの。卒業式は私が行ったから、今度は宏樹くんの番」
お母さんはお父さんのことを「宏樹くん」と呼ぶ。そしてその宏樹くんはお母さんのことを「鈴」と呼ぶ。お父さんの方が一つ年上だ。私でも引くくらい二人は仲が良く、高校生の恋愛でも見ているみたいな気分で、なんだか背中がむず痒くなる。
「いいよ、高校生なんだから親二人も来てるとこなんかいないって」
二人は別に過保護というわけではない。どちらかと言えば放任寄りだ。だけど、こういう行事ごとの時は陰ながら支えようととても努力してくれる。
「お父さんはあとから来るんだよね」
「うん、車で近くの友達の家に止めるんだってさ。……よし、できたぞ。おぉ……我が娘ながら可愛いじゃん」
鏡を見ると、お団子が綺麗にちょこんと頭の真上に乗っていた。可愛いのか……お母さんが言うなら私は可愛いのだろう。はい、私可愛い。
「お弁当ちゃんとできた?」
実は今日がお弁当を持って行く初めての日なのだ。中学の時は給食があったから、急にお弁当になって大変さを知った。けれど、何度か試しで作っていくうちに料理の楽しさを知り、明日からは店のバイトもすることになっている。
早めに学校に着くのも悪くないかもしれない。校内施設はそれほど知らないから、探検しようか。そうそう、私はこういう探究心が普通の人よりも並外れているらしい(家族・友達談)。勉強でもなんでも、気になったことはすぐに調べる。だから昨日、若草山に道も分からないのに行き当たりばったりで行ったのだ。
別にそれが悪いことだとは思わない。さすがに昨日みたいに周りに迷惑をかけるのは良くないが。こんな私でさえある程度の常識はある。
「じゃあ、行ってくるよ」
玄関に置いたハンガーにかけてあるストールを取って首に巻きつける。初の制服デビューだから、上着はちょっと寒くても我慢。自転車の向かい風で死にそうになっても我慢。
あ、そうだ。
一度リュックを置いて、洗面所に戻った。化粧水をたっぷり塗る。毛糸がへばりついて不快極まりないが、この寒さの自転車運転に化粧水は必須だ。お肌はそれなりにケアしてきたつもりだ。だから、化粧をしなくても綺麗な肌を保っている。今も化粧はしていない。しなくても可愛い、と友達によく言われたからだ。自分で言うのは変だ、やめよう。
「行ってきます!」
大声で叫び、家を出た。
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