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Period 1 ならまちを知りましょう。
第3話 柿の葉ずし 後編
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四桁の暗証番号に合わせてダイヤルロックを外す。ハンドルにロックの輪をかけてサドルに跨り、手袋をはめる。手袋をはめない自転車運転など、死にに行っているみたいなものだ。化粧水くらい大事。手が悴んで何も持てなくなるから。
手袋とハンドルのグリップが良い感じに滑らず、ぎゅっと握って私はペダルを漕ぎ始めた。変速3の自転車のペダルは心地よい重さで、ほぼ平坦な道が続く三条通りを過ぎて行く。日中は賑わっているような三条通りでも、さすがに朝は閑散としている。
ものの五分ほどでJR奈良駅の近くに到着した。そのまま駅の横を、市役所の方へ進み二十四号線沿いに京都方面に走れば、すぐに金幹高校に着く。しかし、私は駅の前の観光案内所の前で一度自転車を停めた。
現在時刻、七時過ぎ。観光案内所の二階部分にあるスタバでホットコーヒーを買う。この観光案内所は実は国鉄時代の奈良駅舎跡なのだ。風流だなぁと思う。
ホットコーヒーを啜りながら、今まで自転車で来た道を振り返る。綺麗な朝日が昇り、石畳を白く光らせる。思わず笑みが零れてしまいそうなほど美しい光景だった。しかし、私の笑みは貴重なので拾い上げる。
そんな風に風流を感じながらコーヒーを半分まで飲んでいると、遠くの方から「お~い、春夏ちゃ~ん!」と言いながらこちらへ自転車を走らせる少女が来た。
「おはよう。やっぱアンタは何着ても似合うね」
自転車を停めて少女は前髪をかき上げる。その仕草はモデルや女優のそれと変わらないくらい破壊力がある。私と同じ制服に、灰色のダッフルコートと濃紺のストールを身につけているその少女は、灘希咲だ。
「えへ、そうかな? 春夏ちゃんも似合ってるよ」
こんな可愛くて美しい女の子に褒められると、どうもこそばゆい。けど嬉しすぎて抱きしめたくなる。だから抱きしめる。固い制服とコートで体積が増えているおかげで抱き心地が最高だ。
希咲とは幼稚園、小学校と同じところに通っていて仲が良かった。中学では希咲が引っ越してしまい離れ離れになってしまった。まさか私の引っ越し先が、希咲が引っ越し先の近所だとは思いもしなかった。家族ぐるみで仲が良かったから、お母さんが「あそこのマンション」と教えてくれたのだ。春休みの間に何度も遊びに行ったが、JR奈良駅の目と鼻の先にある高層マンションの1004号室が希咲の家だ。
「どど、どうしたの春夏ちゃん。あ、私もコーヒー頼んできていい?」
「もちろん。、まだ時間全然あるし。そこのベンチに座ってるから」
善意で希咲の自転車も移してあげ、変な石像の傍にあるベンチに座った。希咲は小学校の時と全然性格が変わっていた。名前も相まってか、その横柄な態度から希咲はみんなから「お妃」と呼ばれていた。そのぐらい何事にも自信家で、時には色んな人も傷つけていた。だから、春休みに再開してひっくり返るほど、私は驚いた。呼び方が「春夏」から「春夏ちゃん」に変わっているし、猪突猛進から温柔敦厚になっているし、目が覚めるほどの美人になっているし。
「どうしたの? 何か考え事?」
「いやいや、お妃の時代を思い出してさー」
「あー……。高校生になってまであんなの続けてたらさすがにヤバいよ。なんか恥ずかしいや」
コーヒーの温かさのせいか、はたまた照れからか、希咲の頬が仄かに赤らむ。
「じゃあ呼び方は……『希咲』が良いよね?」
なんだかこんなに優しい希咲を見ていると、昔の「お妃」というのは似合わない。あれだ、聖母。そうそう、聖母だ。希咲にはやっぱり希咲の方が似合う。そんな気が今はした。
「ありがとう。やっぱり春夏ちゃんは優しいね」
「……っ!」
なんだよこの女神。もっかい抱きしめちゃおーっと。
「うわぁぁぁぁっっついぃぃぃぃ!!」
見事に希咲が持っていたコーヒーが私の首筋に零れた。
「あわわわ、春夏ちゃん大丈夫!?」
「……大丈夫。行こっか……」
「そ、そうだね……」
再び自転車に乗り、二十四号線を目指す。
二十四号線は国道なので、それなりに栄えている。マクドもあるしローソンもある。金幹の前には吉野家もあるからお得だ。何がお得なのか。
二十四号まで出るとさすがに私たちと同じ制服の人たちが増えてきた。歩いたり、自転車に乗ったり様々。男子は同じ臙脂色のブレザーに白のカッターシャツ。そして黒の長ズボン。カッコいいなーとは思う。
「なんかこうしてツーリングしてるのって久し振り。昔はよく土手とかで一緒に乗ったよね」
「あぁ、そうだね。でもこれからは毎日一緒だよ」
「……そういうことさらっと言うから、きっと春夏ちゃんはみんなからモテるんだろうね」
完全に無意識なのに、青春漫画の口説き文句みたいな台詞を吐いてしまう癖がある。これは本当に改めなければ。
そうこうしているうちに、金幹高校の正門に到着した。中に入って駐輪場に自転車を停め、校舎の吹き抜けになっている部分に掲示されているクラス分けの貼り紙を見た。今年も、希咲と同じクラスだった。
教室に入ると、一人がじっと私たちを見つめた。小柄で小動物みたいな女の子だった。
「ね、あの子私たちのこと見てない? 春夏ちゃんの知り合いなの?」
「えっ、希咲の知り合いじゃないの?」
二人が困惑の表情を見合わせていると、その女の子は駆け寄ってきて言った。
「あの、夕凪春夏さんですか……?」
私に用があるみたいだ。嘘を吐くわけにもいかないから頷く。すると女の子は「やっぱり!」と言って私の手を取る。
「私、ファンなんです! あ、ファンっていうのは、その、弓道の」
あぁ、そういうことか。理解できた。
「ど、どういうことなの?」
そりゃそうなるわな。私は空いている希咲の前の席に座って、きちんと順序立てて説明する。
「私さ、中学から弓道始めたんだ。それで全国とか行けてたの。優勝は全然できないけど。そしたら知らんうちにファンなるものができてたようで……。マイナースポーツだから、まさか初日で声かけられるとは思ってなかったよ」
私生活を知っている家族には抱腹絶倒されたが、道場上での私のあだ名は「必中の艶花」だ。やめて欲しい。本当に恥ずかしいから。しかもファン(自分で言うのもあれやな)層は圧倒的に女性が多いという。なんでだよ。
「ファンって、カッコいいね。私はスポーツ全般ダメダメだから、そういうの憧れるなぁ」
他人事のように希咲は外を見る。窓の外にはグラウンド、さらに向こうには池があり、その中心には古墳が堂々そびえ立っている。女の子はきゃっきゃと周りの友達と盛り上がっている。弓道部があるから、という理由でもこの学校を選んだが、生き辛そうだ。中学時代には学校の体育館に併設された弓道場の柵の外には、絶えず人が集まっていた。
「希咲は何部に入るつもり?」
金幹は色んな部活があり、そのほとんどが近畿や全国に出場している。運動部だけでなくともクイズ研究部などの文化部も強いらしい。
「気になってるのは料理部とかるた部。かるたは中学の時にやってたんだけど。なんか春夏ちゃんの話聞いたら弓道も興味出てきた」
「へぇ、料理部なんかあるんだ」
学校の部活紹介は、合格者学校説明会の時に既にあったが、私が弓道以外のスポーツをしていることを想像できなかったから、聞いていなかった。ましてや文化部なんて、柄じゃないから寝ていたかもしれない。
「そうだよ。春夏ちゃん、定食屋やってるからいらないかもね」
「あー確かにそうだな」
家でも料理、学校でも料理なんて、そこまで女子力が高いわけでもないのにそこまでして料理をする必要はないか。毎日お弁当は作るつもりだし、最低限の料理さえできればいいかな、と思っている。
「やっぱ、私は弓道かな」
「私もたまに見に行くね。和服姿の春夏ちゃんもきっとカッコいいんだろうな~」
希咲はまた、明後日の方向を見つめながら私の和服でも想い浮かべるような表情を浮かべていた。練習の時は着るの面倒だからジャージでやるんだけどな……。
「三組、移動開始しろー。体育館は分かるな? 階段を下りて右に一直線だ」
それから数十分ぐらいは希咲との他愛もない話で過ぎて、教室の人数もだんだん増えていた。先ほどのクラスメイトが周りに私のことを広めていったので、私はその時限定で注目の的になってしまった。的を狙うはずの私が的だなんて、皮肉なこった。……なんてね。
クラスに入って来たのは、スーツをピチっと着こなした女性だった。この学校の先生だろうか。その吊り上がった目ときゅっと締められたポニーテールと、苦しそうなグラマラスなボディーとキツそうな口調から、怖い先生だなぁという印象を持った。
「三組は伊納時雨先生です」
体育館に、主任の高田先生の声がマイクを通して響く。二年生や三年生の集団から「うわぁ、三組かわいそ……」という、私たちを憐れむ声がいくつも聞こえた。壇上には先ほどの怖い先生が上がる。そうだ、私はフラグ回収のスペシャリストなんだった。
「あの怖そうな先生か……」
後ろの子が小さく呟いた。伊納先生が壇上からこちらを射抜くように睨んだのは、気のせいかはたまた。
「怖そうな先生だったねー」
希咲はまんざらでもなさそうに、牛乳片手に呟く。167センチある私とは違って、希咲は150センチと小柄だ。小学校の頃からこの比は変わっておらず、今でも昔に言われていた「夕凪と灘は凸凹コンビだな」という友達の発言を気にしているらしい。小動物みたいで可愛いのに、と思うけど。
「そうだね。あれ、希咲それって」
入学式と伊納先生による簡単なガイダンスを終えて、お昼ご飯を各自で食べている。このあとからもう部活の仮入部に行けることになっている。行かない人は帰宅している。
私は朝作って来た弁当を広げ、前の席には希咲も同様にして弁当を広げていた。しかし、一つ異質なものが混ざっている。
「柿の葉ずし?」
「うん、奈良と言えば柿の葉ずしだよね~」
緑の葉に包まれた直方体に整えられた握り飯。奈良県の特産品として、まず第一に挙げられるだろう柿の葉ずしだが、まさかお昼ご飯にも食べる人がいるのか。こっちに越してきてから食べたことはなかったから、あまり詳しくはない。
「って言っても中身は普通のおにぎりと変わらなくて、鮭とおかかなんだけどね」
えへへ、と笑いながら二個あるうちの一つをひょいと取って、柿の葉を捲って食べる。私も焼き肉のタレで焼いた豚肉の細切れを食べる。今まで食べたことがないから、ちょっと気になるな……。
「食べたい?」
「えっ」
こいつ、もしかしてサトリか? なんでもいいや、と開き直ってとりあえず頷く。私は食の前には無力だ。
「おかかでいいなら。はい、どうぞ」
「ありがとう」
柿の葉を捲って食べる。おかかのおにぎりと何一つ変わらない味が、口いっぱいに広がる。けど、柿の葉を巻いただけで郷土料理感が出るのはなぜだろう。
「美味しい?」
「うん。希咲が作ったの?」
「そうだよー。あ、お返しにそれちょーだい?」
悪戯っぽい笑みを浮かべながら、希咲は卵焼きを指す。その小悪魔的表情は「お妃」のものだった。あざと可愛いからもちろんよし。
「最初からそれが狙いなったな?」
「バレた? それよりもさ、それって春夏ちゃんが作ったの?」
「そうだよ」
「凄いね……。私にはまだできないよ。さすが定食屋の娘」
そう言われるとなんだか照れくさい。適当に誤魔化して、お弁当をぺろりと食べてしまった。さて、弓道部に仮入部行きますか。
「じゃあ、四時に正門集合で」
「分かった~」
希咲は手を振り、調理室へ向かって行った。私は反対の方向の更衣室へ歩きだす。
手袋とハンドルのグリップが良い感じに滑らず、ぎゅっと握って私はペダルを漕ぎ始めた。変速3の自転車のペダルは心地よい重さで、ほぼ平坦な道が続く三条通りを過ぎて行く。日中は賑わっているような三条通りでも、さすがに朝は閑散としている。
ものの五分ほどでJR奈良駅の近くに到着した。そのまま駅の横を、市役所の方へ進み二十四号線沿いに京都方面に走れば、すぐに金幹高校に着く。しかし、私は駅の前の観光案内所の前で一度自転車を停めた。
現在時刻、七時過ぎ。観光案内所の二階部分にあるスタバでホットコーヒーを買う。この観光案内所は実は国鉄時代の奈良駅舎跡なのだ。風流だなぁと思う。
ホットコーヒーを啜りながら、今まで自転車で来た道を振り返る。綺麗な朝日が昇り、石畳を白く光らせる。思わず笑みが零れてしまいそうなほど美しい光景だった。しかし、私の笑みは貴重なので拾い上げる。
そんな風に風流を感じながらコーヒーを半分まで飲んでいると、遠くの方から「お~い、春夏ちゃ~ん!」と言いながらこちらへ自転車を走らせる少女が来た。
「おはよう。やっぱアンタは何着ても似合うね」
自転車を停めて少女は前髪をかき上げる。その仕草はモデルや女優のそれと変わらないくらい破壊力がある。私と同じ制服に、灰色のダッフルコートと濃紺のストールを身につけているその少女は、灘希咲だ。
「えへ、そうかな? 春夏ちゃんも似合ってるよ」
こんな可愛くて美しい女の子に褒められると、どうもこそばゆい。けど嬉しすぎて抱きしめたくなる。だから抱きしめる。固い制服とコートで体積が増えているおかげで抱き心地が最高だ。
希咲とは幼稚園、小学校と同じところに通っていて仲が良かった。中学では希咲が引っ越してしまい離れ離れになってしまった。まさか私の引っ越し先が、希咲が引っ越し先の近所だとは思いもしなかった。家族ぐるみで仲が良かったから、お母さんが「あそこのマンション」と教えてくれたのだ。春休みの間に何度も遊びに行ったが、JR奈良駅の目と鼻の先にある高層マンションの1004号室が希咲の家だ。
「どど、どうしたの春夏ちゃん。あ、私もコーヒー頼んできていい?」
「もちろん。、まだ時間全然あるし。そこのベンチに座ってるから」
善意で希咲の自転車も移してあげ、変な石像の傍にあるベンチに座った。希咲は小学校の時と全然性格が変わっていた。名前も相まってか、その横柄な態度から希咲はみんなから「お妃」と呼ばれていた。そのぐらい何事にも自信家で、時には色んな人も傷つけていた。だから、春休みに再開してひっくり返るほど、私は驚いた。呼び方が「春夏」から「春夏ちゃん」に変わっているし、猪突猛進から温柔敦厚になっているし、目が覚めるほどの美人になっているし。
「どうしたの? 何か考え事?」
「いやいや、お妃の時代を思い出してさー」
「あー……。高校生になってまであんなの続けてたらさすがにヤバいよ。なんか恥ずかしいや」
コーヒーの温かさのせいか、はたまた照れからか、希咲の頬が仄かに赤らむ。
「じゃあ呼び方は……『希咲』が良いよね?」
なんだかこんなに優しい希咲を見ていると、昔の「お妃」というのは似合わない。あれだ、聖母。そうそう、聖母だ。希咲にはやっぱり希咲の方が似合う。そんな気が今はした。
「ありがとう。やっぱり春夏ちゃんは優しいね」
「……っ!」
なんだよこの女神。もっかい抱きしめちゃおーっと。
「うわぁぁぁぁっっついぃぃぃぃ!!」
見事に希咲が持っていたコーヒーが私の首筋に零れた。
「あわわわ、春夏ちゃん大丈夫!?」
「……大丈夫。行こっか……」
「そ、そうだね……」
再び自転車に乗り、二十四号線を目指す。
二十四号線は国道なので、それなりに栄えている。マクドもあるしローソンもある。金幹の前には吉野家もあるからお得だ。何がお得なのか。
二十四号まで出るとさすがに私たちと同じ制服の人たちが増えてきた。歩いたり、自転車に乗ったり様々。男子は同じ臙脂色のブレザーに白のカッターシャツ。そして黒の長ズボン。カッコいいなーとは思う。
「なんかこうしてツーリングしてるのって久し振り。昔はよく土手とかで一緒に乗ったよね」
「あぁ、そうだね。でもこれからは毎日一緒だよ」
「……そういうことさらっと言うから、きっと春夏ちゃんはみんなからモテるんだろうね」
完全に無意識なのに、青春漫画の口説き文句みたいな台詞を吐いてしまう癖がある。これは本当に改めなければ。
そうこうしているうちに、金幹高校の正門に到着した。中に入って駐輪場に自転車を停め、校舎の吹き抜けになっている部分に掲示されているクラス分けの貼り紙を見た。今年も、希咲と同じクラスだった。
教室に入ると、一人がじっと私たちを見つめた。小柄で小動物みたいな女の子だった。
「ね、あの子私たちのこと見てない? 春夏ちゃんの知り合いなの?」
「えっ、希咲の知り合いじゃないの?」
二人が困惑の表情を見合わせていると、その女の子は駆け寄ってきて言った。
「あの、夕凪春夏さんですか……?」
私に用があるみたいだ。嘘を吐くわけにもいかないから頷く。すると女の子は「やっぱり!」と言って私の手を取る。
「私、ファンなんです! あ、ファンっていうのは、その、弓道の」
あぁ、そういうことか。理解できた。
「ど、どういうことなの?」
そりゃそうなるわな。私は空いている希咲の前の席に座って、きちんと順序立てて説明する。
「私さ、中学から弓道始めたんだ。それで全国とか行けてたの。優勝は全然できないけど。そしたら知らんうちにファンなるものができてたようで……。マイナースポーツだから、まさか初日で声かけられるとは思ってなかったよ」
私生活を知っている家族には抱腹絶倒されたが、道場上での私のあだ名は「必中の艶花」だ。やめて欲しい。本当に恥ずかしいから。しかもファン(自分で言うのもあれやな)層は圧倒的に女性が多いという。なんでだよ。
「ファンって、カッコいいね。私はスポーツ全般ダメダメだから、そういうの憧れるなぁ」
他人事のように希咲は外を見る。窓の外にはグラウンド、さらに向こうには池があり、その中心には古墳が堂々そびえ立っている。女の子はきゃっきゃと周りの友達と盛り上がっている。弓道部があるから、という理由でもこの学校を選んだが、生き辛そうだ。中学時代には学校の体育館に併設された弓道場の柵の外には、絶えず人が集まっていた。
「希咲は何部に入るつもり?」
金幹は色んな部活があり、そのほとんどが近畿や全国に出場している。運動部だけでなくともクイズ研究部などの文化部も強いらしい。
「気になってるのは料理部とかるた部。かるたは中学の時にやってたんだけど。なんか春夏ちゃんの話聞いたら弓道も興味出てきた」
「へぇ、料理部なんかあるんだ」
学校の部活紹介は、合格者学校説明会の時に既にあったが、私が弓道以外のスポーツをしていることを想像できなかったから、聞いていなかった。ましてや文化部なんて、柄じゃないから寝ていたかもしれない。
「そうだよ。春夏ちゃん、定食屋やってるからいらないかもね」
「あー確かにそうだな」
家でも料理、学校でも料理なんて、そこまで女子力が高いわけでもないのにそこまでして料理をする必要はないか。毎日お弁当は作るつもりだし、最低限の料理さえできればいいかな、と思っている。
「やっぱ、私は弓道かな」
「私もたまに見に行くね。和服姿の春夏ちゃんもきっとカッコいいんだろうな~」
希咲はまた、明後日の方向を見つめながら私の和服でも想い浮かべるような表情を浮かべていた。練習の時は着るの面倒だからジャージでやるんだけどな……。
「三組、移動開始しろー。体育館は分かるな? 階段を下りて右に一直線だ」
それから数十分ぐらいは希咲との他愛もない話で過ぎて、教室の人数もだんだん増えていた。先ほどのクラスメイトが周りに私のことを広めていったので、私はその時限定で注目の的になってしまった。的を狙うはずの私が的だなんて、皮肉なこった。……なんてね。
クラスに入って来たのは、スーツをピチっと着こなした女性だった。この学校の先生だろうか。その吊り上がった目ときゅっと締められたポニーテールと、苦しそうなグラマラスなボディーとキツそうな口調から、怖い先生だなぁという印象を持った。
「三組は伊納時雨先生です」
体育館に、主任の高田先生の声がマイクを通して響く。二年生や三年生の集団から「うわぁ、三組かわいそ……」という、私たちを憐れむ声がいくつも聞こえた。壇上には先ほどの怖い先生が上がる。そうだ、私はフラグ回収のスペシャリストなんだった。
「あの怖そうな先生か……」
後ろの子が小さく呟いた。伊納先生が壇上からこちらを射抜くように睨んだのは、気のせいかはたまた。
「怖そうな先生だったねー」
希咲はまんざらでもなさそうに、牛乳片手に呟く。167センチある私とは違って、希咲は150センチと小柄だ。小学校の頃からこの比は変わっておらず、今でも昔に言われていた「夕凪と灘は凸凹コンビだな」という友達の発言を気にしているらしい。小動物みたいで可愛いのに、と思うけど。
「そうだね。あれ、希咲それって」
入学式と伊納先生による簡単なガイダンスを終えて、お昼ご飯を各自で食べている。このあとからもう部活の仮入部に行けることになっている。行かない人は帰宅している。
私は朝作って来た弁当を広げ、前の席には希咲も同様にして弁当を広げていた。しかし、一つ異質なものが混ざっている。
「柿の葉ずし?」
「うん、奈良と言えば柿の葉ずしだよね~」
緑の葉に包まれた直方体に整えられた握り飯。奈良県の特産品として、まず第一に挙げられるだろう柿の葉ずしだが、まさかお昼ご飯にも食べる人がいるのか。こっちに越してきてから食べたことはなかったから、あまり詳しくはない。
「って言っても中身は普通のおにぎりと変わらなくて、鮭とおかかなんだけどね」
えへへ、と笑いながら二個あるうちの一つをひょいと取って、柿の葉を捲って食べる。私も焼き肉のタレで焼いた豚肉の細切れを食べる。今まで食べたことがないから、ちょっと気になるな……。
「食べたい?」
「えっ」
こいつ、もしかしてサトリか? なんでもいいや、と開き直ってとりあえず頷く。私は食の前には無力だ。
「おかかでいいなら。はい、どうぞ」
「ありがとう」
柿の葉を捲って食べる。おかかのおにぎりと何一つ変わらない味が、口いっぱいに広がる。けど、柿の葉を巻いただけで郷土料理感が出るのはなぜだろう。
「美味しい?」
「うん。希咲が作ったの?」
「そうだよー。あ、お返しにそれちょーだい?」
悪戯っぽい笑みを浮かべながら、希咲は卵焼きを指す。その小悪魔的表情は「お妃」のものだった。あざと可愛いからもちろんよし。
「最初からそれが狙いなったな?」
「バレた? それよりもさ、それって春夏ちゃんが作ったの?」
「そうだよ」
「凄いね……。私にはまだできないよ。さすが定食屋の娘」
そう言われるとなんだか照れくさい。適当に誤魔化して、お弁当をぺろりと食べてしまった。さて、弓道部に仮入部行きますか。
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