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Period 1 ならまちを知りましょう。
第4話 あすかルビー 前編
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新品の体操服に着替え、弓道場を目指す。
この学校も中学同様、体育館に弓道場が併設されている。弓道場とは言っても、弓を射る場所以外は屋根が無いような、一般的で簡素な造りだ。弓は持ってこようと思っていたのに、普通に忘れてしまった。入学式で浮かれてしまった。
「失礼しまーす……」
静かに道場の中に入る。道場の中は、とても厳かな雰囲気だ。それもそのはず、弓道とは、弓矢の他に集中を武器にするスポーツだからだ。しかし、私が入っていくと皆が振り返り、目を丸くした。それはちょうど、クラスメイトの女の子と同じ瞳だった。
「あなた、夕凪春夏さん……?」
眼鏡にポーニーテールの明らかに優等生キャラの、恐らく先輩がこちらに歩み寄ってくる。
「は、はい。仮入部にと思いまして……」
「凄い……本物の『必中の艶花』だ……」
「その名前は、ちょっと恥ずかしいです……。仮入部とは言っても、多分入るのは確定なんで。改めまして、夕凪春夏です。よろしくお願いします」
深々と頭を下げた。武器の一つを家に忘れるといった失態を犯した、せめてもの償いとして真面目にした。部活とは言っても個人競技。ほとんど先輩や後輩、同級生の部員と関わらずに中学は終わった。きっと高校もそうだろう。
「私が部長の小野百恵です。軽く部活紹介をするわ。部員は全員で12人。三年が5人、二年が7人。私たち三年は次の大会で引退。一年生で来てくれたのは、今のところ夕凪さんと、あそこにいる綴喜さんね」
小野部長が指を差した方には、一人の少女が今まさに弓を引くところだった。「射法八節」を完璧にこなし、正しい射法で弓を引く。それが放たれた刹那、タン、と短い音が鼓膜を揺らす。矢は見事に的の中心に射られていた。
私は、この女を知っていた。彼女もまた、私を知っていた。だから、切れ長の鋭い目つきで睨まれた。
「あら、やっぱり知り合い? 全国とかで会ったりしたの?」
部長が嬉々とした表情で聞いてくる。周りの先輩方も興味津々だ。できれば早く弓をしたいんだけどな……。
「そうですよ。でも嫌われてるみたいです、私」
中学二年の時に初めて出会った。奈良の予選で、奈良市の代表として彼女が来ていた。その時は私が彼女を下し、その年の全国で私は決勝最下位の記録に終わった。翌年、私は推薦なしに金幹に行きたかったので、勉強のために早めに引退した。その年の全国で、彼女は表彰台の頂点に立っていた。
彼女の名は綴喜叶恋。ファンが付いてきゃあきゃあ言われていた私とは違って、無愛想で人情味もない本物のストイック。私も私で結構道場上では無愛想な方だが、どうやら違うらしい。私は正直こいつが苦手だ。苦手だと、信じ込んでいるような感覚だ。
「じゃあ、見せてもらおうかな。『必中の艶花』の一本」
「あの、それなんですけど……」
非常に言いにくいが、言うしかない。
「今日ちょっと弓を忘れてきちゃいまして。見学だけでも、と思ってきたんです」
「なるほど。今日はちょっと予備がなくって、貸せるものもないわ。ごめんなさい。ゆっくりして行ってね」
「ありがとうございます」
そう言って端に座り、綴喜叶恋のことばかり見る。他はさらっと見たが、綴喜叶恋の方が見ていて面白い。
綴喜叶恋と話したことはない。というか向こうの方から拒んできたのだ。だから、彼女は私を嫌っているんだと思う。他の人には、無愛想をエッセンスに加えながらもちゃんと話していたのに。
それにしても、こいつの弓、やっぱ綺麗だな。「弓」というのはあの弓のことを指すのではなく、「弓を射って的を矢で射抜く」までの一連の流れのことを言う。弓道には「正射必中」という言葉がある。これは、正しい射法で射られた矢は必ず的を射るという意味だ。そして、正しい弓の射法は「射法八節」と呼ばれ、八つの動作に分けられる。それを綺麗にこなし、彼女はどんどん的を射ていく。
「あのさ、さっきから何見てんの」
彼女はなんと、振り返って私を睨んできた。
「え……いや、綺麗だなって思って」
嘘ではない。本当に綺麗な射法だと思ったから、参考にしようと思っただけだ。
「なんなの、当てつけ?」
吐き捨てるように、彼女は言った。
「違うよ。だから言ってんじゃん。綺麗だって思ったから見てるだけだって」
「そ」
そう呟いて、綴喜叶恋はまた的に向き直った。何なんだ、一体。嫌な感じだ。そんな態度で来られると、こっちまで言い方がキツくなりそうだった。私はなんとか堪えて平静を装ったが、この子は知らないのか?
そして一時間が過ぎ、綴喜叶恋は帰る支度を始めた。そろそろ私が見ているのに嫌気が差したのか。まだ部活の時間はあるのに。しかし、なんと彼女は私を呼んだ。それは決して良いことを今から言われる兆候ではなかったが。私は弓道場の入口のすぐ傍に呼び出された。
「アンタ、夕凪春夏だよな。『必中の艶花』と呼ばれていた」
「うん」
「私はアンタが嫌いだ」
「えっ、あぁ。そう……」
別にこの子が私を嫌いであろうが、私には何の害もない。面と向かって言われると、やはり傷つくものではあるけれど。
「それだけ。逃げた奴に興味はない。じゃ、せいぜい頑張んのね。『必中の徒花』」
「ちょっと」
綴喜叶恋が帰路につこうとすると、彼女の背後には希咲が悲しそうな表情で立っていた。
「何? てか誰?」
「春夏ちゃんの友達」
「何の用?」
「謝ってよ」
「はぁ?」
「春夏ちゃんが、泣いてる。謝って。さっきのは酷いよ」
いや、希咲私は別に泣いてなんか──あれ、なんで私は泣いているのだろう。
悲しくない、わけがなかったというのか。私はどうやら心の弱い人間だったらしい。感じの悪い、悪印象な子に面と向かって「嫌い」と言われても、私は悲しい気持ちになるのか。初めて、ひとりでに涙が出てくる感覚を知った。
「知るかよ。私はこいつのことが嫌い。それには私だって理由があるから」
「じゃあ、その理由で納得させてよ。じゃないと、春夏ちゃんが嫌な気持ちのままだよ」
「だから、私が知ったことじゃないって言ってんだろ」
「……いい加減に、しろ。高校生にもなって、一言『ごめん』って言うだけのこともできねぇのかよ」
涙で感情とか色んなものが溶けてしまったのに、その言葉だけは聞き逃さなかった。誰が言ったのか、最初は処理が追いつかなかった。それが希咲が言った言葉であることを、私は全く気付けなかった。
「ひぃっ……まさか、アンタ……」
それに綴喜叶恋の気の弱い音にも、私は不思議を隠せなかった。
「謝れるな?」
「はい、謝りますごめんなさい。アンタの実力に嫉妬してただけなんです。泣かせるつもりじゃなかったって、それだけはちゃんと言いたいごめんなさい」
一体何が起こっているんだ。もう涙のせいとか関係なく意味が分からない。希咲が怒って、綴喜叶恋が急に気弱になって謝ってきている。その瞳にはビビった時に出る涙が浮かんでいる。あるいは、怖いものを見て放心状態の。
「私の友達泣かせる奴は、誰であろうと許さないから。それと、もう一つ言いたいことあるんじゃないの?」
綴喜叶恋は、モジモジと何かを恥じらうように下を見る。先ほどまでの、クールで怖い感じは全く感じられなかった。こっちの方が気弱で、なんとなく親近感が湧く。
「その、タイミング的に言おうと思ったんだけど。私はずっと、アンタが羨ましかった。だから、県大会で負けて悔しかった。全国に行けるような強さを持ってるのに、推薦で進学しないことに腹が立った。中学最後の大会で同じ土俵にアンタがいないのが悔しくて、苛立った。ずっとアンタに嫉妬してただけなんだ。だから……その、友達、になって欲しい……」
「今の流れでなんでそうなるっ!」
思わずツッコんでしまった。だけど、コイツが嫌な奴に見えたのは私のせいでもあることを知り、それをちゃんと告げられた以上無視できない。それに、きっと今のは本心だろう。恥ずかしいはずなのに、ちゃんと言ってくれたことに敬意を払わなければならない。
「ごめん……。でも、ずっと友達になりたかったのは本当なんだ。ライバルじゃなくて、普通に友達になれたらって思ってた。その……あんまり上手く言葉を伝えられなくて……」
「うん、いいよ。友達になろう。実は私も少し不安でさ。ずっと希咲に付きまとって他に友達ができないかもって思ってたし。叶恋、でいいかな?」
「……っ!」
「ちょっと、なんで泣くんだよっ」
「だって、友達できたの初めてでぇ……。家族以外の人に名前で呼ばれたの、本当に初めてだったからぁ……」
叶恋はズビズビ鼻を啜りながら言う。私はなんだか急に抱きしめたくなった。
「はい、よしよーし。これからよろしく、叶恋」
「うん……春夏……」
「それで、希咲さん。話があるんですが」
そう、問題は希咲の方だ。いや、今はお妃か。
「な、何?」
「何? じゃないわ。いくら言い方がキツかったとしても、あんな言い方で脅しちゃダメでしょ」
「だ、だってそいつが春夏ちゃんを……」
「そいつじゃなくて、叶恋だよ。私は過去を引きずるのは面倒だからしないよ。でも、普通に希咲も謝って。で、叶恋と仲直りしたら許してあげる」
情緒不安定だった私でさえ、背筋がゾワっとするほどドスの効いた声だったし、口も悪かった。希咲が私を思って、というのを考慮しても謝らないといけない。ここをうやむやにするのは気持ちが悪い。
「ごめん……」
「私も悪かった。ごめん。えっと、やっぱり灘さんだよな?」
「知り合い?」
「中学一緒だったから。直接話したことはなかったけど、ずっと『必中の艶花』特集の弓道の雑誌読んでたかもって思い出したから」
「なっ……」
「まさかあれが春夏ちゃんだったとはね。実はファンの一人だったんじゃない?」
「う、うるさい。もう帰るからっ」
「家、どこなの?」
「三条通り。家の一階が喫茶店になってる」
「えっ! じゃあ一緒に登校しようよ。私猿沢池のすぐ側だから。今日も一緒に帰ろう」
「分かった。なんか、嫌な思いさせちゃったと思うからさ、何か一品私がごちそうするよ」
「やった。ありがとう」
この学校も中学同様、体育館に弓道場が併設されている。弓道場とは言っても、弓を射る場所以外は屋根が無いような、一般的で簡素な造りだ。弓は持ってこようと思っていたのに、普通に忘れてしまった。入学式で浮かれてしまった。
「失礼しまーす……」
静かに道場の中に入る。道場の中は、とても厳かな雰囲気だ。それもそのはず、弓道とは、弓矢の他に集中を武器にするスポーツだからだ。しかし、私が入っていくと皆が振り返り、目を丸くした。それはちょうど、クラスメイトの女の子と同じ瞳だった。
「あなた、夕凪春夏さん……?」
眼鏡にポーニーテールの明らかに優等生キャラの、恐らく先輩がこちらに歩み寄ってくる。
「は、はい。仮入部にと思いまして……」
「凄い……本物の『必中の艶花』だ……」
「その名前は、ちょっと恥ずかしいです……。仮入部とは言っても、多分入るのは確定なんで。改めまして、夕凪春夏です。よろしくお願いします」
深々と頭を下げた。武器の一つを家に忘れるといった失態を犯した、せめてもの償いとして真面目にした。部活とは言っても個人競技。ほとんど先輩や後輩、同級生の部員と関わらずに中学は終わった。きっと高校もそうだろう。
「私が部長の小野百恵です。軽く部活紹介をするわ。部員は全員で12人。三年が5人、二年が7人。私たち三年は次の大会で引退。一年生で来てくれたのは、今のところ夕凪さんと、あそこにいる綴喜さんね」
小野部長が指を差した方には、一人の少女が今まさに弓を引くところだった。「射法八節」を完璧にこなし、正しい射法で弓を引く。それが放たれた刹那、タン、と短い音が鼓膜を揺らす。矢は見事に的の中心に射られていた。
私は、この女を知っていた。彼女もまた、私を知っていた。だから、切れ長の鋭い目つきで睨まれた。
「あら、やっぱり知り合い? 全国とかで会ったりしたの?」
部長が嬉々とした表情で聞いてくる。周りの先輩方も興味津々だ。できれば早く弓をしたいんだけどな……。
「そうですよ。でも嫌われてるみたいです、私」
中学二年の時に初めて出会った。奈良の予選で、奈良市の代表として彼女が来ていた。その時は私が彼女を下し、その年の全国で私は決勝最下位の記録に終わった。翌年、私は推薦なしに金幹に行きたかったので、勉強のために早めに引退した。その年の全国で、彼女は表彰台の頂点に立っていた。
彼女の名は綴喜叶恋。ファンが付いてきゃあきゃあ言われていた私とは違って、無愛想で人情味もない本物のストイック。私も私で結構道場上では無愛想な方だが、どうやら違うらしい。私は正直こいつが苦手だ。苦手だと、信じ込んでいるような感覚だ。
「じゃあ、見せてもらおうかな。『必中の艶花』の一本」
「あの、それなんですけど……」
非常に言いにくいが、言うしかない。
「今日ちょっと弓を忘れてきちゃいまして。見学だけでも、と思ってきたんです」
「なるほど。今日はちょっと予備がなくって、貸せるものもないわ。ごめんなさい。ゆっくりして行ってね」
「ありがとうございます」
そう言って端に座り、綴喜叶恋のことばかり見る。他はさらっと見たが、綴喜叶恋の方が見ていて面白い。
綴喜叶恋と話したことはない。というか向こうの方から拒んできたのだ。だから、彼女は私を嫌っているんだと思う。他の人には、無愛想をエッセンスに加えながらもちゃんと話していたのに。
それにしても、こいつの弓、やっぱ綺麗だな。「弓」というのはあの弓のことを指すのではなく、「弓を射って的を矢で射抜く」までの一連の流れのことを言う。弓道には「正射必中」という言葉がある。これは、正しい射法で射られた矢は必ず的を射るという意味だ。そして、正しい弓の射法は「射法八節」と呼ばれ、八つの動作に分けられる。それを綺麗にこなし、彼女はどんどん的を射ていく。
「あのさ、さっきから何見てんの」
彼女はなんと、振り返って私を睨んできた。
「え……いや、綺麗だなって思って」
嘘ではない。本当に綺麗な射法だと思ったから、参考にしようと思っただけだ。
「なんなの、当てつけ?」
吐き捨てるように、彼女は言った。
「違うよ。だから言ってんじゃん。綺麗だって思ったから見てるだけだって」
「そ」
そう呟いて、綴喜叶恋はまた的に向き直った。何なんだ、一体。嫌な感じだ。そんな態度で来られると、こっちまで言い方がキツくなりそうだった。私はなんとか堪えて平静を装ったが、この子は知らないのか?
そして一時間が過ぎ、綴喜叶恋は帰る支度を始めた。そろそろ私が見ているのに嫌気が差したのか。まだ部活の時間はあるのに。しかし、なんと彼女は私を呼んだ。それは決して良いことを今から言われる兆候ではなかったが。私は弓道場の入口のすぐ傍に呼び出された。
「アンタ、夕凪春夏だよな。『必中の艶花』と呼ばれていた」
「うん」
「私はアンタが嫌いだ」
「えっ、あぁ。そう……」
別にこの子が私を嫌いであろうが、私には何の害もない。面と向かって言われると、やはり傷つくものではあるけれど。
「それだけ。逃げた奴に興味はない。じゃ、せいぜい頑張んのね。『必中の徒花』」
「ちょっと」
綴喜叶恋が帰路につこうとすると、彼女の背後には希咲が悲しそうな表情で立っていた。
「何? てか誰?」
「春夏ちゃんの友達」
「何の用?」
「謝ってよ」
「はぁ?」
「春夏ちゃんが、泣いてる。謝って。さっきのは酷いよ」
いや、希咲私は別に泣いてなんか──あれ、なんで私は泣いているのだろう。
悲しくない、わけがなかったというのか。私はどうやら心の弱い人間だったらしい。感じの悪い、悪印象な子に面と向かって「嫌い」と言われても、私は悲しい気持ちになるのか。初めて、ひとりでに涙が出てくる感覚を知った。
「知るかよ。私はこいつのことが嫌い。それには私だって理由があるから」
「じゃあ、その理由で納得させてよ。じゃないと、春夏ちゃんが嫌な気持ちのままだよ」
「だから、私が知ったことじゃないって言ってんだろ」
「……いい加減に、しろ。高校生にもなって、一言『ごめん』って言うだけのこともできねぇのかよ」
涙で感情とか色んなものが溶けてしまったのに、その言葉だけは聞き逃さなかった。誰が言ったのか、最初は処理が追いつかなかった。それが希咲が言った言葉であることを、私は全く気付けなかった。
「ひぃっ……まさか、アンタ……」
それに綴喜叶恋の気の弱い音にも、私は不思議を隠せなかった。
「謝れるな?」
「はい、謝りますごめんなさい。アンタの実力に嫉妬してただけなんです。泣かせるつもりじゃなかったって、それだけはちゃんと言いたいごめんなさい」
一体何が起こっているんだ。もう涙のせいとか関係なく意味が分からない。希咲が怒って、綴喜叶恋が急に気弱になって謝ってきている。その瞳にはビビった時に出る涙が浮かんでいる。あるいは、怖いものを見て放心状態の。
「私の友達泣かせる奴は、誰であろうと許さないから。それと、もう一つ言いたいことあるんじゃないの?」
綴喜叶恋は、モジモジと何かを恥じらうように下を見る。先ほどまでの、クールで怖い感じは全く感じられなかった。こっちの方が気弱で、なんとなく親近感が湧く。
「その、タイミング的に言おうと思ったんだけど。私はずっと、アンタが羨ましかった。だから、県大会で負けて悔しかった。全国に行けるような強さを持ってるのに、推薦で進学しないことに腹が立った。中学最後の大会で同じ土俵にアンタがいないのが悔しくて、苛立った。ずっとアンタに嫉妬してただけなんだ。だから……その、友達、になって欲しい……」
「今の流れでなんでそうなるっ!」
思わずツッコんでしまった。だけど、コイツが嫌な奴に見えたのは私のせいでもあることを知り、それをちゃんと告げられた以上無視できない。それに、きっと今のは本心だろう。恥ずかしいはずなのに、ちゃんと言ってくれたことに敬意を払わなければならない。
「ごめん……。でも、ずっと友達になりたかったのは本当なんだ。ライバルじゃなくて、普通に友達になれたらって思ってた。その……あんまり上手く言葉を伝えられなくて……」
「うん、いいよ。友達になろう。実は私も少し不安でさ。ずっと希咲に付きまとって他に友達ができないかもって思ってたし。叶恋、でいいかな?」
「……っ!」
「ちょっと、なんで泣くんだよっ」
「だって、友達できたの初めてでぇ……。家族以外の人に名前で呼ばれたの、本当に初めてだったからぁ……」
叶恋はズビズビ鼻を啜りながら言う。私はなんだか急に抱きしめたくなった。
「はい、よしよーし。これからよろしく、叶恋」
「うん……春夏……」
「それで、希咲さん。話があるんですが」
そう、問題は希咲の方だ。いや、今はお妃か。
「な、何?」
「何? じゃないわ。いくら言い方がキツかったとしても、あんな言い方で脅しちゃダメでしょ」
「だ、だってそいつが春夏ちゃんを……」
「そいつじゃなくて、叶恋だよ。私は過去を引きずるのは面倒だからしないよ。でも、普通に希咲も謝って。で、叶恋と仲直りしたら許してあげる」
情緒不安定だった私でさえ、背筋がゾワっとするほどドスの効いた声だったし、口も悪かった。希咲が私を思って、というのを考慮しても謝らないといけない。ここをうやむやにするのは気持ちが悪い。
「ごめん……」
「私も悪かった。ごめん。えっと、やっぱり灘さんだよな?」
「知り合い?」
「中学一緒だったから。直接話したことはなかったけど、ずっと『必中の艶花』特集の弓道の雑誌読んでたかもって思い出したから」
「なっ……」
「まさかあれが春夏ちゃんだったとはね。実はファンの一人だったんじゃない?」
「う、うるさい。もう帰るからっ」
「家、どこなの?」
「三条通り。家の一階が喫茶店になってる」
「えっ! じゃあ一緒に登校しようよ。私猿沢池のすぐ側だから。今日も一緒に帰ろう」
「分かった。なんか、嫌な思いさせちゃったと思うからさ、何か一品私がごちそうするよ」
「やった。ありがとう」
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