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Period 1 ならまちを知りましょう。
第5話 あすかルビー 後編
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現在時刻は午後二時ちょっと過ぎ。着く頃にはちょうど、三時のおやつの時間だろう。どんなメニューがあるのか夢想しながら、駐輪場へ歩き出す。ツーリングならぬ、スリーリングか。こうして勢力を拡大していって、いずれ暴走族みたいに三条通りをチャリンチャリン言わしながら登校することになったら面白いな。
三条通りのだいぶ近鉄奈良駅寄り、つまり私の家に近い方に叶恋の家はあった。暖色系のシンプルな照明に淡く照らされた店内は、清々しいほどにシンプルだった。カウンター席がコの字に18席。「コ」で言うところの横棒の部分に三席ずつ、縦棒の部分に六席の配置だ。店内には軽快なジャズが流れており、仄かに柑橘系のアロマも香る。
「おかえり。おや、随分若いお客さんだね。いらっしゃい」
カウンターの内側でグラスを磨いていたのは、爽やかなメガネの高身長お兄さんだった。叶恋のお父さんだろうか、若く見えるうちのお父さんよりもさらに若く見える。
「私がお金出すから、お父さんはコーヒー挽いといて」
「えっ? この子たち、叶恋の知り合いなの?」
「うん、友達。今日できたんだ」
叶恋はとびきりの笑顔で言った。その笑顔は眩しく、可愛かった。大人の女性みたいに「可愛い」というより「綺麗」が勝つ顔なのに、今の瞬間だけは少女のようなあどけなさがあって可愛かった。
「えっ、えっ? 叶恋、友達できたのか……?」
「うん、しかも『必中の艶花』と『二中のお妃』と」
いや、こいつ中学でも「お妃」って呼ばれてたんかい……。希咲は何も聞こえなかったかのように店内を見回している。
「『必中の艶花』って、やたら叶恋が敵対視してたくせにめちゃくちゃ好きだった?」
「あー! うるさいっ!」
「お母さんに報告してくるよ。これは凄いことだ……」
「ちょっと、コーヒーはー? ……ったく」
お父さんは二階へ上がって行ってしまった。
「ちょっと待ってて。確か昨日作ったやつがあったはず……。あ、あった。『あすかルビーのスペシャルショートケーキ』よ。コーヒーは今から挽くからちょっと待ってて」
出されたケーキは、ホールケーキを六か八等分したような三角に近い形をしていて、白い化粧をまとっていた。その上には真っ赤で大粒の苺が乗っていた。
「あすかルビー使ってるんだ。一回だけお婆ちゃんがくれたことあるけど、甘くておいしかった。いただきます……んん~甘い、美味しい!」
「うわ、急に性格変わるな……。ま、喜んでくれたなら本望です。灘さんも食べて……ど、どうしたの?」
横を見ると、希咲がじっと叶恋を見つめていた。眉に皺を寄せて、じっと。
「何か悪いことでもしたかな……?」
「『灘さん』って変な感じだし『希咲』でいいよ。その、どうやら私たちも友達らしいから」
「でも、ちょっとやっぱり恐れ多いかなって……」
「いいからっ。希咲って呼んで!」
「そこまで言うなら……分かった、希咲」
希咲は満足げにケーキを食べた。味わうように目を瞑ったあと、天に召される一歩手前みたいな顔で「美味しいです……」と呟いた。
普通の苺よりも粒が大きいせいか、ジューシー感が増す。飲み物でも飲んだかのような果汁感が口いっぱいに広がる。
「良かった。はい、ホットコーヒー」
ソーサーに乗った角砂糖とミルクを入れると、カップの中は薄橙の液体に満たされる。
「これも美味しい。本当はブラックで飲むべきなんだろうけど、苦いの苦手で。希咲は?」
「うん……。悔しいけど、美味しい……」
「なんか腹立つなぁ」
二人が視線をぶつけている。その目はどこか嬉しそうで、二人とも仲が良いのだろう。
「いらっしゃい……ってホントにお友達?」
階下から、部屋着姿の女性が下りてくる。モデルさんのように美しく背が高い。でも、どこか触れれば壊れてしまいそうな感じがする。叶恋のお母さんだろうか。この母にして、クールで清楚な子あり、という感じだな。
「お母さん、寝てなくていいの?」
「叶恋にお友達ができたって聞いて寝てらんないわよ。初めまして、叶恋の母です」
「初めまして。夕凪です。お邪魔してます」
「灘希咲です」
「叶恋にお友達……。お母さん嬉しくて泣いちゃうおうおうおうおう」
叶恋のお母さんは露骨な泣き真似をして、叶恋の肩を小突いた。ユニークなお母さんだな、と思う。ただし、疑問。
「『寝てなくていいの』、とは?」
「この人、病弱なくせにデザイナーの仕事を夜の間にするんだよ。だから、本来なら今は寝てる時間だから」
「病弱じゃないですー。私も頑張ってるんだから」
「はいはい、凄いの分かってますから寝て下さいー。倒れられて困るのはこっちなんです」
結局お母さんも一緒にコーヒーを一杯いただき、私と希咲は喫茶店をあとにした。喫茶店から帰る道は私と希咲では真反対だから、私たちもそこで別れた。仲良くしなよ、と念押しして。
帰りに、最近建てられたという観光案内所の前を通った。未来と過去が融合したような内観で、外観は奇抜に見えるそのデザインは、叶恋のお母さんによるものだという。奈良に止まらず、日本各地や海外にまで彼女のデザインは進出しているらしい。持ってるものが違うな、とふとそんなことを思った。苺、美味しかったなぁ、とも。
三条通りのだいぶ近鉄奈良駅寄り、つまり私の家に近い方に叶恋の家はあった。暖色系のシンプルな照明に淡く照らされた店内は、清々しいほどにシンプルだった。カウンター席がコの字に18席。「コ」で言うところの横棒の部分に三席ずつ、縦棒の部分に六席の配置だ。店内には軽快なジャズが流れており、仄かに柑橘系のアロマも香る。
「おかえり。おや、随分若いお客さんだね。いらっしゃい」
カウンターの内側でグラスを磨いていたのは、爽やかなメガネの高身長お兄さんだった。叶恋のお父さんだろうか、若く見えるうちのお父さんよりもさらに若く見える。
「私がお金出すから、お父さんはコーヒー挽いといて」
「えっ? この子たち、叶恋の知り合いなの?」
「うん、友達。今日できたんだ」
叶恋はとびきりの笑顔で言った。その笑顔は眩しく、可愛かった。大人の女性みたいに「可愛い」というより「綺麗」が勝つ顔なのに、今の瞬間だけは少女のようなあどけなさがあって可愛かった。
「えっ、えっ? 叶恋、友達できたのか……?」
「うん、しかも『必中の艶花』と『二中のお妃』と」
いや、こいつ中学でも「お妃」って呼ばれてたんかい……。希咲は何も聞こえなかったかのように店内を見回している。
「『必中の艶花』って、やたら叶恋が敵対視してたくせにめちゃくちゃ好きだった?」
「あー! うるさいっ!」
「お母さんに報告してくるよ。これは凄いことだ……」
「ちょっと、コーヒーはー? ……ったく」
お父さんは二階へ上がって行ってしまった。
「ちょっと待ってて。確か昨日作ったやつがあったはず……。あ、あった。『あすかルビーのスペシャルショートケーキ』よ。コーヒーは今から挽くからちょっと待ってて」
出されたケーキは、ホールケーキを六か八等分したような三角に近い形をしていて、白い化粧をまとっていた。その上には真っ赤で大粒の苺が乗っていた。
「あすかルビー使ってるんだ。一回だけお婆ちゃんがくれたことあるけど、甘くておいしかった。いただきます……んん~甘い、美味しい!」
「うわ、急に性格変わるな……。ま、喜んでくれたなら本望です。灘さんも食べて……ど、どうしたの?」
横を見ると、希咲がじっと叶恋を見つめていた。眉に皺を寄せて、じっと。
「何か悪いことでもしたかな……?」
「『灘さん』って変な感じだし『希咲』でいいよ。その、どうやら私たちも友達らしいから」
「でも、ちょっとやっぱり恐れ多いかなって……」
「いいからっ。希咲って呼んで!」
「そこまで言うなら……分かった、希咲」
希咲は満足げにケーキを食べた。味わうように目を瞑ったあと、天に召される一歩手前みたいな顔で「美味しいです……」と呟いた。
普通の苺よりも粒が大きいせいか、ジューシー感が増す。飲み物でも飲んだかのような果汁感が口いっぱいに広がる。
「良かった。はい、ホットコーヒー」
ソーサーに乗った角砂糖とミルクを入れると、カップの中は薄橙の液体に満たされる。
「これも美味しい。本当はブラックで飲むべきなんだろうけど、苦いの苦手で。希咲は?」
「うん……。悔しいけど、美味しい……」
「なんか腹立つなぁ」
二人が視線をぶつけている。その目はどこか嬉しそうで、二人とも仲が良いのだろう。
「いらっしゃい……ってホントにお友達?」
階下から、部屋着姿の女性が下りてくる。モデルさんのように美しく背が高い。でも、どこか触れれば壊れてしまいそうな感じがする。叶恋のお母さんだろうか。この母にして、クールで清楚な子あり、という感じだな。
「お母さん、寝てなくていいの?」
「叶恋にお友達ができたって聞いて寝てらんないわよ。初めまして、叶恋の母です」
「初めまして。夕凪です。お邪魔してます」
「灘希咲です」
「叶恋にお友達……。お母さん嬉しくて泣いちゃうおうおうおうおう」
叶恋のお母さんは露骨な泣き真似をして、叶恋の肩を小突いた。ユニークなお母さんだな、と思う。ただし、疑問。
「『寝てなくていいの』、とは?」
「この人、病弱なくせにデザイナーの仕事を夜の間にするんだよ。だから、本来なら今は寝てる時間だから」
「病弱じゃないですー。私も頑張ってるんだから」
「はいはい、凄いの分かってますから寝て下さいー。倒れられて困るのはこっちなんです」
結局お母さんも一緒にコーヒーを一杯いただき、私と希咲は喫茶店をあとにした。喫茶店から帰る道は私と希咲では真反対だから、私たちもそこで別れた。仲良くしなよ、と念押しして。
帰りに、最近建てられたという観光案内所の前を通った。未来と過去が融合したような内観で、外観は奇抜に見えるそのデザインは、叶恋のお母さんによるものだという。奈良に止まらず、日本各地や海外にまで彼女のデザインは進出しているらしい。持ってるものが違うな、とふとそんなことを思った。苺、美味しかったなぁ、とも。
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