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第22話 猫と交渉
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「俺、妖精に、会う。猫、邪魔、しない、で」
俺は猫を指さして言う。
ザラは俺の母とは違い、融通が利く方だ。
つまり、交渉ができるはずである。
「あらあら、ひどい。坊やを守るために見回りをして差し上げているのに」
アコニがわざとらしく口元を覆って嘆く。
「ふむ。なにやら企んでおるようじゃな。しかし、仔細を聞かねば、妾も易々と頷く訳にはいかぬぞ」
「妖精、これ、持ってる。これ、集めたい」
俺はポケットから、妖精の歯ブラシ――もとい、香木を差し出した。
「これは、ポミナの枝か――森の奥深くでありながら、日当たりの良いという矛盾した条件。しかも、魔素が中立な場所にしか生えぬ希少な低木と聞くが」
「妖精はそういう場所を探すのが得意ですものね。気まぐれな生き物ですし、気に入った相手の所にしか姿を現しませんから、商いの相手としてはどうかと思いますけれど」
アコニが澄まし顔で呟く。
「関係ないような顔しおって。お主も妖精と同じ精霊種の類であろうが。小鳥やネズミではなく、たまには香木の一つでも拾ってきたらどうじゃ?」
「あら。それは、ヒトも猿も二本足で歩こうと思えば歩けるから、猿のように果物を取ってこいというのと同じくらいの暴論ではなくて?」
ザラとアコニはそう言って軽口を叩き合う。
「いい匂い、すき。この家に要る! 彩り!」
家人は基本的に男が多く、正直汗臭い。
もちろん、彼らは不潔という訳でなく、むしろ衛生も軍学の範疇という発想で、義務的に清潔にはしているが、俺はさらに高度な『美しさ』を求める。
飯がまずいのは我慢できても、花と酒と香気のない生活は我慢ならない。
それが俺という生き物だ。
「ふむ。まあ、一度や二度ならば見逃さぬでもないが、妾にわざわざ断りをいれに来たということは、継続的な取引を望んでおろう。そうなれば、話は別じゃぞ。妾とて、カチュアへの面目もあるからの」
ザラの方が身分が上なので、本来なら俺の母に気を遣う必要はないのだが、上に立つ者だからこその気遣いもある。
「お礼、する! ねこには、パピルナの木、あげる!」
パピルナの木とは、地球でいうところの、マタタビである。
ザラから貰った辞書に書いてあった。
「あらあら、私に付け届けをくれるんですって。ザラ。なんてかわいい坊やかしら」
アコニは、俺に近づいてきて、頬を尻尾で撫でつけてきた。
くすぐったい。
「今から根回しの大切さを知っておるとは、良い貴族になれそうじゃの――妾には何もないのか?」
「香水、作る! それ、ザラに合ってない!」
俺は、ザラがトレードマーク代わりにくゆらせているパイプを指した。
今、彼女が漂わせているのは、桃のような、甘い香り――『フルーティ系』の香草だ。
おそらく、果物の皮を乾燥させて配合しただけのものだろうが、極単純化していうならば、「かわいい系」の外見に似合う香りであって、「美人で大人」なザラには全くふさわしくない。
彼女に合う香りは、ムスクを使う系統の、セクシーでエキゾチックな雰囲気の香り――いわゆる、『オリエンタル系』であるように思う。
「ずばり、言われましたわね。全く、この家の男たちはみな無粋で、その辺りのことに疎いんだから。今ザラが使ってるそれだって、グランがどこかで武器を仕入れたついでに貰ってきたおまけでしょう。全く、女性を馬鹿にしてるわ!」
アコニが、右手の肉球で自身の鼻をクシクシしながら呟く。
「そう言うてくれるな。この家はこれで良いのじゃ。奢侈に走りがちな貴族のこと、出費が多い軍家ならば贅沢は戒めすぎるくらいちょうどいい。旦那様は正しいぞよ」
ザラは気にせず、パイプをくゆらせている。
父からのプレゼントだから、自分には合わないと分かっていても使い続けているということなのだろう。
そんなところにも、人としての器量を感じられる。
「家、迷惑かけない。俺が、楽しむだけ」
俺は誤解なきように本心を語る。
光があればこそ、闇が際立つ。
真っ当に働く者がいればこそ、ホストが生きる余地が生まれる。
俺は、別にこの家の方針に、異議を唱えたいという訳ではない。
ただ、自分の美意識を満足させ、女を口説くのに必要な手土産の一つも確保しておきたいだけだ。
「わきまえてるならば良い。――というか、その年でなぜわきまえておるのじゃお主は。一体何者なのじゃー? ほれ、白状せい!」
ザラは戯れに、俺の頬をプニプニと突いてくる。
「男は、秘密があった方が、ステキ!」
俺は、ザラの手の甲に口づけて答えた。
「ふっ。違いない。赤子に一本取られるとは、妾も焼きが回ったかの――ふむ。まあ、我が子ならば止めるが、幸いお主は自由な第二夫人の末っ子。家の恩恵には預かれぬ分、多少のやんちゃをするくらいの役得はあってもよかろう」
ザラは冗談めかして笑いながらも、結局、そう言って俺との談合を受け入れてくれた。
俺は猫を指さして言う。
ザラは俺の母とは違い、融通が利く方だ。
つまり、交渉ができるはずである。
「あらあら、ひどい。坊やを守るために見回りをして差し上げているのに」
アコニがわざとらしく口元を覆って嘆く。
「ふむ。なにやら企んでおるようじゃな。しかし、仔細を聞かねば、妾も易々と頷く訳にはいかぬぞ」
「妖精、これ、持ってる。これ、集めたい」
俺はポケットから、妖精の歯ブラシ――もとい、香木を差し出した。
「これは、ポミナの枝か――森の奥深くでありながら、日当たりの良いという矛盾した条件。しかも、魔素が中立な場所にしか生えぬ希少な低木と聞くが」
「妖精はそういう場所を探すのが得意ですものね。気まぐれな生き物ですし、気に入った相手の所にしか姿を現しませんから、商いの相手としてはどうかと思いますけれど」
アコニが澄まし顔で呟く。
「関係ないような顔しおって。お主も妖精と同じ精霊種の類であろうが。小鳥やネズミではなく、たまには香木の一つでも拾ってきたらどうじゃ?」
「あら。それは、ヒトも猿も二本足で歩こうと思えば歩けるから、猿のように果物を取ってこいというのと同じくらいの暴論ではなくて?」
ザラとアコニはそう言って軽口を叩き合う。
「いい匂い、すき。この家に要る! 彩り!」
家人は基本的に男が多く、正直汗臭い。
もちろん、彼らは不潔という訳でなく、むしろ衛生も軍学の範疇という発想で、義務的に清潔にはしているが、俺はさらに高度な『美しさ』を求める。
飯がまずいのは我慢できても、花と酒と香気のない生活は我慢ならない。
それが俺という生き物だ。
「ふむ。まあ、一度や二度ならば見逃さぬでもないが、妾にわざわざ断りをいれに来たということは、継続的な取引を望んでおろう。そうなれば、話は別じゃぞ。妾とて、カチュアへの面目もあるからの」
ザラの方が身分が上なので、本来なら俺の母に気を遣う必要はないのだが、上に立つ者だからこその気遣いもある。
「お礼、する! ねこには、パピルナの木、あげる!」
パピルナの木とは、地球でいうところの、マタタビである。
ザラから貰った辞書に書いてあった。
「あらあら、私に付け届けをくれるんですって。ザラ。なんてかわいい坊やかしら」
アコニは、俺に近づいてきて、頬を尻尾で撫でつけてきた。
くすぐったい。
「今から根回しの大切さを知っておるとは、良い貴族になれそうじゃの――妾には何もないのか?」
「香水、作る! それ、ザラに合ってない!」
俺は、ザラがトレードマーク代わりにくゆらせているパイプを指した。
今、彼女が漂わせているのは、桃のような、甘い香り――『フルーティ系』の香草だ。
おそらく、果物の皮を乾燥させて配合しただけのものだろうが、極単純化していうならば、「かわいい系」の外見に似合う香りであって、「美人で大人」なザラには全くふさわしくない。
彼女に合う香りは、ムスクを使う系統の、セクシーでエキゾチックな雰囲気の香り――いわゆる、『オリエンタル系』であるように思う。
「ずばり、言われましたわね。全く、この家の男たちはみな無粋で、その辺りのことに疎いんだから。今ザラが使ってるそれだって、グランがどこかで武器を仕入れたついでに貰ってきたおまけでしょう。全く、女性を馬鹿にしてるわ!」
アコニが、右手の肉球で自身の鼻をクシクシしながら呟く。
「そう言うてくれるな。この家はこれで良いのじゃ。奢侈に走りがちな貴族のこと、出費が多い軍家ならば贅沢は戒めすぎるくらいちょうどいい。旦那様は正しいぞよ」
ザラは気にせず、パイプをくゆらせている。
父からのプレゼントだから、自分には合わないと分かっていても使い続けているということなのだろう。
そんなところにも、人としての器量を感じられる。
「家、迷惑かけない。俺が、楽しむだけ」
俺は誤解なきように本心を語る。
光があればこそ、闇が際立つ。
真っ当に働く者がいればこそ、ホストが生きる余地が生まれる。
俺は、別にこの家の方針に、異議を唱えたいという訳ではない。
ただ、自分の美意識を満足させ、女を口説くのに必要な手土産の一つも確保しておきたいだけだ。
「わきまえてるならば良い。――というか、その年でなぜわきまえておるのじゃお主は。一体何者なのじゃー? ほれ、白状せい!」
ザラは戯れに、俺の頬をプニプニと突いてくる。
「男は、秘密があった方が、ステキ!」
俺は、ザラの手の甲に口づけて答えた。
「ふっ。違いない。赤子に一本取られるとは、妾も焼きが回ったかの――ふむ。まあ、我が子ならば止めるが、幸いお主は自由な第二夫人の末っ子。家の恩恵には預かれぬ分、多少のやんちゃをするくらいの役得はあってもよかろう」
ザラは冗談めかして笑いながらも、結局、そう言って俺との談合を受け入れてくれた。
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