天狗の囁き

井上 滋瑛

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第二十話 推察

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 宇喜多秀家、大谷吉継の三成への参画。
 これは大きな事であった。
 宇喜多秀家は備前に割拠した梟雄、宇喜多直家の子で、現在は備前岡山城主として五十七万石を領する大大名だ。
 晩年の子の為、直家が病死して家督を継いだ時は元服もしていなかった。
 その為、当時臣従していた織田家の秀吉に引き取られ、猶子となり寵愛された。
 その後秀吉の養女(前田利家の娘)を正室とし、外様でありながら一門衆として扱われた。
 またこの時既に他界しているが、姉は秀吉の養女となり、広家の妻となっていた。
 つまり広家にとっては義理の弟という事になる。
 この秀家が参画する事で、三成が“家康の豊臣家専横を弾劾する”大義を天下に示しやすくなったとも言える。
 次に大谷吉継は三成と同じく秀吉恩顧で、敦賀に五万石を領する小大名だ。
 三成の無二の親友で、三成に直言でき、そして三成が耳を貸す数少ない人物だ。
 吉継の参画は三成が戦略をたてる上で、相談できる大きな存在感を示す事は間違いない。

「確かか」
 広俊は念押しに対して、神妙な面持ちで頷いた。
 吉継は三成とは異なり、元々家康に対して敵意を持っている様子は、むしろ親しい様子すらあった。
「石田治部は融通が効かない分、頑固で執念深い御仁。
 蟄居されてより、何かあるのではないかと手のものに探らせておりました」
 広家は宙を睨む。
「宇喜多中納言は治部と親交があった上、去年の家中騒動で内府と悶着があった。
 両名が治部方につくのは、可能性として考えてはおったが……
 そうか……治部につくか。
 となると儂らだけで佐和山攻めちと難儀なるのう……」
 そう語りかける様に、俊実を振り返る。
 するとどうであろう。
 先程まで好々爺然としていた二宮俊実の表情は、歴戦の戦人へと大きく変貌していた。
 顔色は血気盛んに紅潮し、昂揚で盛り上がる肩からは漲る戦意が立ち昇る。
 老将も二人の話を聞き、状況の変化を理解している。
 広家は満足気に笑った。
「爺、今の話だけで十、いや、二十は若返ったようだぞ。
 今ならあの大太刀も振るえそうではないか。
 だがまだ少し気が早いぞ」
「やはり楽な戦などありませぬ。
 血が滾りますのう」 
 そして広家は広俊に向き直り、湯呑の白湯を飲み干した。
「やはり和尚(恵瓊)のお呼び出しは、佐和山に関しての下知でしょうか」
「恐らくは。
 だが呑気出来る状況ではなくなってしまったな」
 早馬で三成の挙兵を知った家康より、恵瓊の元へ指令が来た。
 広家も広俊も、恵瓊からの呼び出しはその為と考えていた。
 則ち『近江の佐和山城に向かい、三成を抑えよ』と。
 いち早く合流し、攻め手の相談をしようとの考えであろう。
 三成だけが相手であれば問題はなかった。
 しかし秀家と吉継が三成に味方する事がわかれば話は変わってくる。
 兵数の上では劣勢となり、それどころか三成、吉継、秀家が同時に大坂に軍を進めてくれば、三方から挟撃されてしまう。
「安芸中納言様にご報告の上、増援を向けていただくよう、お願いいたすべきでしょうか」
 広俊の提案に広家は首を左右に振る。
「いや、それはならん。
 今回の件は其方が申した通り、天下の大事になるやもしれぬ。
 今、安芸の軍勢を動かすのは危うい」
 すると広俊は鋭い眼光そのままに、身を屈めた。
「出雲侍従様が危うい、と仰るお考え、是非ご指南いただきとうございます」
 広家は尻がむず痒くなるのを感じた。
 広俊の言はまるで、若き頃に叔父隆景に教えを請うた自分の様ではないか。
 だが考えはあっても確証などはなく、憶測の域をでない。
 それを“指南”など出来ようか。
『話してやらねばなるまい
 生前の黄梅院はお主の問いに、逐次応えてくれておったではないか』
「いやしかし、儂は黄梅院様の様な明晰なる頭脳、慧眼を持つわけではない」
 広家は天狗の声に対して、思わず声にして答えた。
 広俊はこれを自分に対する返答と受け取った。
「何をご謙遜申されますか。
 今の毛利家中で出雲侍従様程、重ねた戦歴で知勇を磨き込まれた方はおりませぬ。
 例え黄梅院様がご存命だったとしても、某は出雲侍従様のお考えをお聞きしたいのです」
 広家は閉口してしまった。
『福原式部もこう申しておる。
 誰が考え、誰が話そうが、一寸先の不確かさは変わりはせぬ。
 ならばお主の考えをそのままに伝えてやるがよい。
 式部は確かな予知を望んでいるのではない。
 お主の考えを聞きたいのだ。
 それがかつて黄梅院がお主に託した事ではないか。
 それに、我もまたお主が此度の件をどう見ているのか興味がある』
 広俊と天狗にせがまれた広家は、黙って目を閉じ天を仰いだ。
 そして暫し思案し、ゆっくりと眼を開く。
「わかった。
 確かな事などなく、うつけの妄言として聞かせよう」
 広俊は喜色を浮かべて身を乗り出した。
「治部は恐らく、宇喜多中納言を大将に据え『内府の専横許すまじ』とでも檄文を発するだろう。
 さすれば、追随する者は他にも現れる筈だ。
 最近の内府の動きに対して、反感を持つ者は少なからずおるからな。
 会津中納言も当然治部に与する。
 この動きは天下、日ノ本全土に波及するだろう。
 儂ら毛利も、傍観者ではいられまい」
 食い入るように広家を見る広家はゆっくりと頷いた。
「誰ぞ、行基図(日本地図)を持って参れ」
 小姓が持ってきた地図を広家、広俊、俊実が囲う。
「よいか、今関東に内府がおり、それに黒田甲斐守(長政)五千四百、福島六千、細川五千百、藤堂二千五百が従っておる。
 この者らが治部につくとは思えん。
 仮にその動きがあったとして、内府があの手この手で上手く抱き込むであろう。
 その北に会津中納言」
 小姓が持ってきた地図を床に拡げ、広家は指し示して話を始める。
「会津中納言は間違いなく治部につくが、会津のすぐ隣には内府に昵懇で、会津とは犬猿の最上。
 そして何を考えているのかよくわからん伊達者(伊達政宗)がおる故、安易に会津を出て内府を追う事はないだろう。
 まぁ、奥州で勝手にやり合うだろう。
 問題はここからだ。
 関東より引き返す内府は恐らく軍を二手、ないし三手にわけて西進する筈だ。
 東海道、中山道、海路……
 道中の大名はどうでるかのう……伊達者以上によくわからんのが上田の安房守(真田昌幸)だ……
 確か長男には(徳川重臣の)本多殿の娘が、次男には大谷刑部(吉継)の娘が嫁いでいた筈。
 どちらについても不思議ではない。
 とはいえ安房守が治部につけば、中山道の行軍は順調に、とはいかぬだろう」
 広家は地図の東から主だった大名の動向の予測を立てていく。
 広俊は大いに驚いた。
 毛利家の重臣として上坂中に、他家の大名や家臣達と接点を持つ機会はある。
 とはいえ遥か遠方で関わりの薄い他家の縁故や、過去から最近までの確執等、様々な情報をここまで把握しているのか。
 かつて『毛利両川』と呼ばれ、毛利宗家を支えた武の吉川、知の小早川。
 その軍事、政治体制は時を経て吉川広家と毛利秀元がその役割を担っている。
 だが秀元がここまで他家の情報を把握できているだろうか。
 また分析、予測できるだろうか。
 広家の他家の動向予測はそのまま畿内へ移り、次に四国へ、そして毛利の中国を飛ばして九州、という所で一旦言葉が止まった。
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