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第3章
拝啓、お父様
しおりを挟む雨の匂いもすっかりと乾き、夏空が眩しく感じられる頃となってきましたわ。お元気でいらっしゃいますか? お父様。
アルファフォリス学園に入学し、三ヶ月と半月。早いものであっという間に一学期が終わりを迎えます。明日からは、夏休暇ですわね。
アクヤック家に帰省する日を楽しみにしていましたが、そちらにすぐには帰れそうにありません。
他のご子息ご令嬢達が、一夏のバカンスに身を委ね、心踊らせている中……貴方の可愛いヴィクトリアは、明日から合宿という強制イベントで、地獄の御使い共とともに過ごさなくてはいけませんのよ……。
貴方が私を売ったから……。
脳内で、お父様に向けて怨念を込めたお手紙の筆を置く。さわさわと風が私の頬を過ぎてゆく。空を見遣る。晴れ渡る青空。白い雲。眩しい日差し。静まり返った学園では、蝉の鳴き声がやけに大きく聴こえてくる。
ジーワジーワ
あぁ……。夏ですわね。
ジーワジーワ
楽しい筈の夏休み……。
ジーワジーワジーワ
私も本当は今頃、夏の海をバックにハンスと砂浜をかけていた筈……。
ジーワジーワジーワジー
ーおほほほほほほほほ。捕まえてご覧なさ~い。
ーお待ち下さい。お嬢様! そんなにはしゃがれては濡れてしまいますよ! ってうわっ!?
ー隙あり! うふふ。最初から濡れていれば、同じ事よ?
ジーワジーワジーワジーワ
私に水をかけられ、苦笑するハンス。海から反射される太陽の光が、ハンスにキラキラとエフェクトをかける。私に向けられた笑顔。その笑顔にドキリと胸が弾み、固まる。
ーお嬢様、貴女は本当に……仕方のない方だ。
ーきゃっ! ハンス! 離して!
徐に近づいてきたハンスに、腕をとられ抱きしめられる。濡れた衣服越しに触れ合う肌。
ー離しませんよ。捕まえてみろと言ったのは……お嬢様だ。
ーハンス。
ー離すわけがない……やっと捕まえたんだ。俺の……ヴィクトリア……
そう呟くハンス。その琥珀色の瞳が私を見据えて……そうして……
ジワジワジジジ
「ーってうるさくってよぉ! おちおち妄想にもふけれないじゃありませんの!? 私の乙女な世界を邪魔するだなんて、いい根性していますわね! 油に放り込んで、カラッとあげてさしあげましょうかぁ!? この蝉畜生ぉお!! 」
「いや、ヴィーちゃん。蝉に八つ当たりしても仕方ないでしょ。っというか言葉遣い……暑さでやられた? 」
椅子から立ち上がり、蝉に向けて声を荒らげる私の肩を、隣に座っていたフィロスが押さえつけてきますわ。邪魔よ、フィロス!ちっ、蝉どもが逃げてしまいましたわ!
「私のバカンスが! ハンスとの一夏のアバンチュールがぁああ……あとちょっと、あとちょっとでいいとこだったのにぃぃい!」
殆どの生徒は自宅へと帰省し、学園にいるのは先生方と、自宅に戻らず寮で過ごすという少数の生徒。そうして、閑散としたカフェテラスでお茶をするのは、三人の美少女。ええ、私とフィロスとルビアナですわ。オホホホ。合宿は明日からなので、今は手持ち無沙汰。此処でお茶を嗜みながら、愚痴を吐いていますの。
「えっと……ヴィー。元気だして? 」
対面では、ルビアナが困ったような顔でこちらを見つめてきますわ。
「無理よ。元気だなんてこれっぽっちもわきあがりませんわ。合宿だなんて……グレイ様主催の合宿だなんて……。地獄確定じゃありませんの。ありえませんわ。私のアバンチュールとだらけた日々を返して頂戴……」
夏は恋の季節なのよ?危険な恋に燃え上がる夏ですわ?お嬢様と執事の許されざる恋なんて、もってこいじゃない? ね?
私のプランCがっ!練に練ったハンス攻略計画がっ!実行する前に消えてしまいましたわ! うわぁーん!! 悔しくってよぉおお!
「まぁまぁ、私は嬉しいよぉ? 夏休暇もヴィーちゃんとこうして過ごす事ができて。夏の想い出をヴィーちゃんといっぱいいーっぱい作れるなんて、夢みたい」
ブツブツと恨み言を呟く私。ぺたぺたとくっつき頬擦りするフィロス。暑苦しいですわ!
「うぅ! これが夢ならどんなに良いか! 夢は夢でも悪夢ですけど!」
憤る私に、ルビアナが申し訳なさそうに答えますわ。
「ごめんねヴィー。実は私も嬉しいの。夏の間は、皆に会えないと思っていたから……だって、ヴィーやフィロスちゃんと一緒なら絶対楽しいよね! 二人と特別な想い出が作れるのって、すごく嬉しい」
照れながら
笑うルビアナ
マジ天使
はっ! ルビアナの愛らしさに、思わず俳句を詠んでしまいましたわ!
そうね……よく考えれば、私が【お友達】と夏を過ごした事なんてなかった。フィロスとルビアナ。私の大切な女の子のお友達。二人が喜んでいるのに、私だけ腐ってるなんて空気の読めない自己中令嬢ですわ!
「強制イベントに参加させられた事を、いつまでもぐじくじ嘆いてはダメですわ! どうせやるなら徹底的に楽しんでたくさん笑う! そうしなきゃもったいないですわよね! 」
女友達と過ごす初めての夏ですもの! いつまでも過ぎた事を悔やんで腐ってるだなんて、私らしくない!やりたい事をやらないでどうする! ヴィクトリア!
「ん。それでそヴィーちゃん。よっ! 男前! 」
「せっかくだもん。色々楽しい想い出を一緒に作ろう」
二人の笑顔に、自然と私の口元も緩みますわ。
「ええ。やりたい事をしますわよ。ふふふふ。一分一秒が命がけですもの! 」
そう高らかに宣言した私。
「うわー。ヴィーちゃんなんか企んでる。すっごい楽しみー」
「えっと、程々にね……ヴィー。やり過ぎはだめただよ?」
なぜか二人がそう返してきましたわ。普通に微笑んだ筈ですのに……。
……解せませんわ。
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