1 / 74
第一話、俺様三大怨霊に憑かれて溺愛されるようになりまして……。
1
しおりを挟む「う、ん……。ん」
まるで腹の上に重りでも乗せられているようだった。
まだ寒さの残るこの季節で寝苦しいのはおかしいと、桜木朝陽《さくらぎあさひ》は無理やり瞼を押し上げた。
やはり腹の上にナニカが乗っている。
しかも指先一つ動かせない。
いわゆる金縛りだというのが分かりため息をついた。
幼き頃からこうした心霊現象を体験している朝陽からすれば日常茶飯事のことで、また、自身で祓える力も防御する力もある。
今日も寝る前にきちんと結界を張って寝ていた。
しかしこうして金縛りに遭っている事を考えれば、朝陽の結界を破れるそれ相応の霊力を持つナニカだという事だ。
祓うのも面倒で、このまま寝てしまおうかと思いながら、眠気に負けそうになっていた時だった。
腰に乗っているナニカが蠢いて、朝陽の体を弄り出したのだ。
主に下半身だが、上半身にも擽ったいような妙な感覚があり、朝陽の眠気は漸く覚めてきた。
——は? もしかしなくても、今、犯されかけているのか?
一気に目が覚めた。
まさか男好きの色情狂がいるとは思いもしていなかった。
「良い度胸してんじゃねえか」
即座に金縛りを解き、腰の上に乗っているナニカを霊力で弾き飛ばす。
強制的に浄霊したと思ったのに、ナニカはベッドの下に飛ばされただけで、大したダメージを受けていなかった。
蠢く影が段々鮮明になっていき、一人の武者が顔を上げる。
ボサボサの長い黒髪の左側だけが短くなっているのを見ると、霊力の放出で無くなったのは髪の毛だけだったのだと知って朝陽は驚いた。
短くなった髪の隙間から、切れ長の目を持つ端正な顔立ちが顕《あらわ》になる。
宝石のように輝く本紫色の瞳が、驚きに見開かれていた。
唖然とする。
夜這い相手を間違えたのかと考えてしまったくらいだ。
女に困っていそうな顔ではない。
「お前、何故動ける?」
低音の声音が朝陽の聴覚を揺るがした。
朝陽はつられて口を開く。
「へ? あー、特異体質だから?」
遠く離れた実家で神社の神主をしている祖父も太鼓判を押す程に、朝陽の霊力はチートだった。
その上、厄介な体質でもある。
「お前の様な者は初めて会ったわ。ほう、これは中々面白い」
男は興味津々といった様子で顎に手をやり、朝陽を見つめていた。
朝陽はもう一度浄霊してやろうかと思考を巡らせたが、ふと思い当たる事があり、直接男に聞いてみる事にした。
どうも嫌な予感がする。
そんな予感は外れて欲しいとは思いつつも、朝陽は確信めいた物を感じていた。
朝陽の働いている会社の近くには、とある武者の首塚があるからだ。
関わりたくなかったし、気付かれたくもなかったので、極力気配を消していたつもりだった。
ゴクリと生唾を飲み込んだ。
「あの……お名前をお伺いしても宜しいでしょうか?」
つい下手に言葉を紡いだ。
「平ノ将門だ」
——やっぱりかー‼︎
頭を抱える。嫌な予感的中だ。
日本三大怨霊の一人と出会う予定等なかったというのに。
それに、平ノ将門がイケメンだなんて聞いていない。
学生時代に習った歴史や書籍で見た限りでは普通の顔だったと記憶している。
「マジか……」
知らなかったとはいえ、神格化しているあの有名な大怨霊の髪の毛を吹き飛ばしてしまったのは大失態だ。
きちんと確認してから攻撃すれば良かった。
どうしようか悩んだ末に「お詫びに髪の毛を整えさせてください」と朝陽は頭を下げた。
「ほう、お前俺に触れるのか。けったいな奴だな」
「はい。特異体質なので……」
意気消沈しつつも、大切な事なのでもう一度言った。
実際、自他ともに認める程には朝陽は特異体質なのだ。
視えるし、聞こえるし、意思疎通も可能の上、除霊も出来れば、浄霊も出来るし、何なら結界も張れる。それプラス、霊からも触れられるし、朝陽からも霊に触れる事が出来た。
将門を風呂場に招き、朝陽は鋏に霊力を込めてから刃を入れてみる。すると、男の髪の毛が切れた。
男らしく凛々しい顔立ちが隠れるのは勿体ないと感じて、片側だけ長めのショートにしたツーブロックにすると、将門が感心した様に朝陽を見ている。
昔から他人と関わり合うのが苦手で美容室へ行くのに抵抗があり、自分で髪を切っていたのがこんな所で役に立った。
「中々良いではないか。器用だなお前」
「ありがとうございます」
「先程のように話せ。後、将門でいい」
邪魔な虫でも払う様に片手を振られてしまい、朝陽は安堵の吐息をつく。
どうやら機嫌は悪くないらしい。
祟られずに済みそうだ。
「これでどうだ? 将門は顔立ちがいいからこの方が似合うと思うぞ。今風になっちまったけどな。それにその綺麗な目を隠すのは勿体ない」
切り落とした髪の毛を片づけようとすると、不思議な事にタイルの上から消えていた。
まあいいか、と頭を切り替える。
将門は気に入った様子で鏡を見ていた。
「おい、鎧もどうにかしろ」
「俺の部屋着で良ければ……」
朝陽が大きめサイズの服をクローゼットから取り出してきて手渡すと、将門は徐に鎧を外し始めた。
脱いだ側から床に吸い込まれるように消えていく。
片付けが必要ないのはとても便利だ。
「もっと苦しくない物はないのか。軽くて肌触りはいいが息苦しい」
朝陽には大きめの服でも、体躯の良い将門が着れば服が小さく見える。
推定重量四十キロはある鎧よりかは良いと思う、とは言葉にしなかった。
それにもっと大きいのを寄越せと言われても残念ながら朝陽は一人暮らしの身だ。
朝陽の服以外はある筈もない。
「俺の服で一番大きいのがその服なんだよ。将門の体躯が良過ぎるのが悪い。明日会社帰りに買ってくるからそれまで我慢してくれないか」
朝陽は尻目に将門を見た。
「会社とは何だ?」
平安時代から時代が変わり過ぎている。
耳に入る言語や、目に映る物全てが珍しいのだろう。
何から何まで説明しないといけないのは煩わしいが、簡単に告げた。
「あー。仕事って言えば分かるか? 労働だ。将門の居た塚の近くに大きな建物があっただろう? 俺はそこで働いてる」
またしても興味津々と言った様子で将門が朝陽を見ている。
「成る程な。ところでお前、名は何と言う?」
「桜木朝陽だ。塚から憑いてきたんじゃないのか?」
首を傾げた朝陽に、将門が口を開く。
「さてな。気が付いたら此処に居た」
沈黙が流れた。段々考えるのも面倒になってきて「寝るから静かにしていてくれるとありがたい」とだけ伝えると朝陽は目を閉じる。
将門はいつの間にか部屋から居なくなっていた。
***
「おい、朝陽。あれは何だ?」
「……」
「何だこの四角いものは。面妖《めんよう》な」
——アンタが一番面妖だ!
次の日、朝陽が出社すると将門は急に現れたかと思いきや、矢継ぎ早に朝陽に質問しては纏わり付いた。
いや、纏わりつくを通り越して朝陽は将門に背後から、ガッシリと抱きしめられている。
——顔、めっちゃ近いんだけど……。
それに肩が重くて仕方ない。
答えようにも、ここで口を開いては、朝陽の独り言になってしまう。
それは避けたかった。
トイレの個室に駆け込み、誰も居ないのを確認してから将門に視線を合わせる。
「あのな。将門の姿は他の人間には視えないんだよ。俺が質問に答えると、独り言を喋ってるみたいで周りには変に思われる。家でなら質問に全部答えるから、部屋以外では大人しくしてくれると助かる」
下手すりゃ精神科を勧められそうだ。
「何だそんな事か。有象無象など気にしなければ良いだろう? 朝陽、お前には俺が視える。それが真実だ」
そう割りきれればどんなにいいか。
過去が断片的にフラッシュバックした。
これまでに霊が視えて良い思いをした事は無ければ、周りから良い扱いをされた覚えもない。
朝陽はいつも嘘つき呼ばわりされ、爪弾きにされてきた。
人間は異端者には恐ろしく残酷になる。
「そういう訳にはいかないんだよ。頼むから下にある塚の中にでも居てくれないか? 仕事が終わったら迎えに行くから」
「嫌だ。あそこは退屈だ。断る」
交渉は秒で決裂した。
62
あなたにおすすめの小説
牛獣人の僕のお乳で育った子達が僕のお乳が忘れられないと迫ってきます!!
ほじにほじほじ
BL
牛獣人のモノアの一族は代々牛乳売りの仕事を生業としてきた。
牛乳には2種類ある、家畜の牛から出る牛乳と牛獣人から出る牛乳だ。
牛獣人の女性は一定の年齢になると自らの意思てお乳を出すことが出来る。
そして、僕たち家族普段は家畜の牛の牛乳を売っているが母と姉達の牛乳は濃厚で喉越しや舌触りが良いお貴族様に高値で売っていた。
ある日僕たち一家を呼んだお貴族様のご子息様がお乳を呑まないと相談を受けたのが全ての始まりー
母や姉達の牛乳を詰めた哺乳瓶を与えてみても、母や姉達のお乳を直接与えてみても飲んでくれない赤子。
そんな時ふと赤子と目が合うと僕を見て何かを訴えてくるー
「え?僕のお乳が飲みたいの?」
「僕はまだ子供でしかも男だからでないよ。」
「え?何言ってるの姉さん達!僕のお乳に牛乳を垂らして飲ませてみろだなんて!そんなの上手くいくわけ…え、飲んでるよ?え?」
そんなこんなで、お乳を呑まない赤子が飲んだ噂は広がり他のお貴族様達にもうちの子がお乳を飲んでくれないの!と言う相談を受けて、他のほとんどの子は母や姉達のお乳で飲んでくれる子だったけど何故か数人には僕のお乳がお気に召したようでー
昔お乳をあたえた子達が僕のお乳が忘れられないと迫ってきます!!
「僕はお乳を貸しただけで牛乳は母さんと姉さん達のなのに!どうしてこうなった!?」
*
総受けで、固定カプを決めるかはまだまだ不明です。
いいね♡やお気に入り登録☆をしてくださいますと励みになります(><)
誤字脱字、言葉使いが変な所がありましたら脳内変換して頂けますと幸いです。
【本編完結】転生したら、チートな僕が世界の男たちに溺愛される件
表示されませんでした
BL
ごく普通のサラリーマンだった織田悠真は、不慮の事故で命を落とし、ファンタジー世界の男爵家の三男ユウマとして生まれ変わる。
病弱だった前世のユウマとは違い、転生した彼は「創造魔法」というチート能力を手にしていた。
この魔法は、ありとあらゆるものを生み出す究極の力。
しかし、その力を使うたび、ユウマの体からは、男たちを狂おしいほどに惹きつける特殊なフェロモンが放出されるようになる。
ユウマの前に現れるのは、冷酷な魔王、忠実な騎士団長、天才魔法使い、ミステリアスな獣人族の王子、そして実の兄と弟。
強大な力と魅惑のフェロモンに翻弄されるユウマは、彼らの熱い視線と独占欲に囲まれ、愛と欲望が渦巻くハーレムの中心に立つことになる。
これは、転生した少年が、最強のチート能力と最強の愛を手に入れるまでの物語。
甘く、激しく、そして少しだけ危険な、ユウマのハーレム生活が今、始まる――。
本編完結しました。
続いて閑話などを書いているので良かったら引き続きお読みください
あなたと過ごせた日々は幸せでした
蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。
ウサギ獣人を毛嫌いしているオオカミ獣人後輩に、嘘をついたウサギ獣人オレ。大学時代後輩から逃げたのに、大人になって再会するなんて!?
灯璃
BL
ごく普通に大学に通う、宇佐木 寧(ねい)には、ひょんな事から懐いてくれる後輩がいた。
オオカミ獣人でアルファの、狼谷 凛旺(りおう)だ。
ーここは、普通に獣人が現代社会で暮らす世界ー
獣人の中でも、肉食と草食で格差があり、さらに男女以外の第二の性別、アルファ、ベータ、オメガがあった。オメガは男でもアルファの子が産めるのだが、そこそこ差別されていたのでベータだと言った方が楽だった。
そんな中で、肉食のオオカミ獣人の狼谷が、草食オメガのオレに懐いているのは、単にオレたちのオタク趣味が合ったからだった。
だが、こいつは、ウサギ獣人を毛嫌いしていて、よりにもよって、オレはウサギ獣人のオメガだった。
話が合うこいつと話をするのは楽しい。だから、学生生活の間だけ、なんとか隠しとおせば大丈夫だろう。
そんな風に簡単に思っていたからか、突然に発情期を迎えたオレは、自業自得の後悔をする羽目になるーー。
みたいな、大学篇と、その後の社会人編。
BL大賞ポイントいれて頂いた方々!ありがとうございました!!
※本編完結しました!お読みいただきありがとうございました!
※短編1本追加しました。これにて完結です!ありがとうございました!
旧題「ウサギ獣人が嫌いな、オオカミ獣人後輩を騙してしまった。ついでにオメガなのにベータと言ってしまったオレの、後悔」
平凡なぼくが男子校でイケメンたちに囲まれています
七瀬
BL
あらすじ
春の空の下、名門私立蒼嶺(そうれい)学園に入学した柊凛音(ひいらぎ りおん)。全寮制男子校という新しい環境で、彼の無自覚な美しさと天然な魅力が、周囲の男たちを次々と虜にしていく——。
政治家や実業家の子息が通う格式高い学園で、凛音は完璧な兄・蒼真(そうま)への憧れを胸に、新たな青春を歩み始める。しかし、彼の純粋で愛らしい存在は、学園の秩序を静かに揺るがしていく。
****
初投稿なので優しい目で見守ってくださると助かります‼️ご指摘などございましたら、気軽にコメントよろしくお願いしますm(_ _)m
今日もBL営業カフェで働いています!?
卵丸
BL
ブラック企業の会社に嫌気がさして、退職した沢良宜 篤は給料が高い、男だけのカフェに面接を受けるが「腐男子ですか?」と聞かれて「腐男子ではない」と答えてしまい。改めて、説明文の「BLカフェ」と見てなかったので不採用と思っていたが次の日に採用通知が届き疑心暗鬼で初日バイトに向かうと、店長とBL営業をして腐女子のお客様を喜ばせて!?ノンケBL初心者のバイトと同性愛者の店長のノンケから始まるBLコメディ
※ 不定期更新です。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
陰キャな俺、人気者の幼馴染に溺愛されてます。
陽七 葵
BL
主人公である佐倉 晴翔(さくら はると)は、顔がコンプレックスで、何をやらせてもダメダメな高校二年生。前髪で顔を隠し、目立たず平穏な高校ライフを望んでいる。
しかし、そんな晴翔の平穏な生活を脅かすのはこの男。幼馴染の葉山 蓮(はやま れん)。
蓮は、イケメンな上に人当たりも良く、勉強、スポーツ何でも出来る学校一の人気者。蓮と一緒にいれば、自ずと目立つ。
だから、晴翔は学校では極力蓮に近付きたくないのだが、避けているはずの蓮が晴翔にベッタリ構ってくる。
そして、ひょんなことから『恋人のフリ』を始める二人。
そこから物語は始まるのだが——。
実はこの二人、最初から両想いだったのにそれを拗らせまくり。蓮に新たな恋敵も現れ、蓮の執着心は過剰なモノへと変わっていく。
素直になれない主人公と人気者な幼馴染の恋の物語。どうぞお楽しみ下さい♪
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる