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まどろみと腕の中⑴

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 イライジャは、日付が変わってから戻ってきた。
 報告によると、オリバーらしき男は、隣国へ逃げてしまったという。
 国境の警備はいつもの倍に増やし、あらゆる想定と準備をする。やれることすべて済ませたころ、空は白みはじめていた。
 ミーシャとリアムは寝台に横になるとすぐ、深い眠りについた。

 数時間後、泥のように眠っていたが、窓から差し込む強い日差しを受けてミーシャはリアムより先に目を覚ました。

 珍しく、窓の外が吹雪いていない。そろそろ昼だろうかとまどろみの中、起きあがろうとしたときだった。

 「師匠」と呼ばれて、ミーシャの心臓は跳ねあがった。一気に目が覚めてしまい、そろりと振り返った。
 隣で寝ている彼はまだ夢の中だった。寝言だったとわかり、ほっと胸をなでおろす。

 ――熟睡してる。よっぽど疲れているのね。

 リアムとは初日から一緒に寝ているが、彼よりも先に目覚めたのは今回が初めてだった。この際だからと寝顔をじっくり眺める。

 伏せられた長い睫は髪と一緒の銀色で、日の光に照らされて輝いている。
 肌も子どものころと変わらずきめが細かく、つやつやしている。透きとおる白さでうらやましい。

 リアムは王族で、大きな魔力を持っているのに、立場や力に傲ることなく努力家だ。剣の鍛錬も欠かせないため、全身程よく筋肉がついている。
 やさしくて、人を思いやれる人。賢く、非の打ち所がない彼にみんなが魅了される。なのに当の本人は、孤独の中にずっといる。

 ――また奪われる。大切な人を失うのはこりごり。か……。

 民を守り、導くのが皇帝としての責務だと思い、奪われ失うくらいなら特別な人も子どももいらない。幸せはもう、訪れないと言っていた。

 ミーシャは、リアムにも幸せになって欲しいと、どうしても望んでしまう。
 自分の未来を描けなくさせてしまったクレアの罪深さに、胸が潰されそうだった。

 ――十六年ものあいだ、オリバー大公殿下はどこで、なにをしていたの?

 なぜ今まで一度も姿を見せなかったのに、このタイミングで『リアムの敵』として現れたのか、目的も理由も、わからないことだらけだった。

 ――リアムは、オリバー大公殿下と会ったらどうするつもりなのかな……。

「怖い夢でも見たのか?」
 
 思考の海に沈んでいたミーシャは声をかけられ、ぱっと顔をあげた。目を覚ましたリアムと目が合って、また、心臓がかってに跳ねた。

「陛下、おはようございます」
「難しい顔をしていた」
「……寝坊したと思っていたんです」
「俺も寝坊だ。温かくて、起きられない」
「まだ寝ててください。そのほうが身体は回復します」

 リアムはミーシャに手を伸ばした。なんだろうと前屈みになると、首の後ろを手がまわり、引き寄せられた。

「ちょっ、陛下?」
「その台詞、そっくりきみに返す。魔力を使いすぎているだろう。休め」

 近すぎる。離れようと手で彼の胸を押したが、びくともしない。猫を相手しているみたいに、リアムの大きな手が頭をよしよしと撫でている。

「私は、炎の鳥から魔力をもらえるんです。だから、大丈夫です!」
「だったら、炎の鳥で俺を温めて」

 そんなことを言われたら断れない。ミーシャは抵抗するのをやめて、リアムの腕の中に大人しく収まった。

「わかりました。いいですよ。私、陛下のぬいぐるみですし。これからは懐炉にもなります」
「懐炉か。たしかに温かくて、手放せなくなりそうだ」

 いままでは、同じ寝台を使ってもただの添い寝だったが、オリバー大公殿下が生きていたとわかってからは、ミーシャを抱きしめることに躊躇がなくなった。

 おかげで心臓は朝から全力稼働だ。これは治療、自分は人間懐炉だと、何度も言い聞かせる。

 おだやかな声で話すリアムとは違い、ミーシャはいつまでもこの状況に慣れないでいた。

 ――治療に前向きになったというよりは、私を、クレアと重ねているのかも。

 よくないな。と思いながらも彼を拒むことはできないし、したくない。

「いつも言っているが、なにか不便があれば遠慮はいらないから」
「ありがとうございます」

 とくとくと彼の心音が聞こえる。
 昨夜のリアムは無茶しそうで心配だったが、今は落ち着いている。ひとまず安堵した。
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