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氷の障壁
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リアムは氷の剣を作ると、迷わず斬りかかった。
オリバーは、剣先が頭に触れる前に氷で盾を作り、攻撃をぎりぎりで塞いだ。
「リアム、久しいな。会いたかったぞ」
「黙れ」
剣の上からオリバーに圧をかける。力が拮抗していたが、リアムが先に彼の脇腹に蹴リを入れた。
叔父が倒れこむと続けざまに剣を振り下ろしたが、それは避けられた。
オリバーが間合いを取るために後ろへさがると、リアムは一瞬で氷の防護壁を作って、ミーシャのもとへ駆けよった。
「大丈夫か?」
リアムはミーシャを抱き起こしてくれた。
震える手でしがみつく。
彼が来てくれたことに安堵すると同時に、無力な自分が悔しくて情けなかった。
リアムはすぐに髪の一部が焼けて切れているのに気がついた。彼の顔が、悲しみと怒りに満ちていく。
「……許さない」
リアムの身体から冷気が一気に溢れる。本気で怒っている。ミーシャは身体への負担が心配で、焦った。
「リアム、だめ。力を、感情をコントロールして!」
――一気に凍化が進んでしまう!
氷の壁は分厚く、床から天井までしっかりと塞がっていた。向こうではオリバーが、「いたた……」と情けない声をもらしている。
「おい、もう少し手加減しろ。こっちは病みあがりなんだ。勘弁してくれ」
「……ずっと、氷の中で眠っていたらしいな」
ミーシャはリアムの言葉に驚いた。
「ああ。八年……くらいかな」と言いながらオリバーは、あぐらをかいて座った。
「十六年前。クレアは炎の鳥で私が作った魔鉱石をすべて焼き尽くしてくれたが、私のことは焼かずに生かした。しかし、あのときすでにこの身体は凍化が深刻で、動けなくなっていたんだ。そのあと、おまえは力を暴走させただろう? フルラ国全土が一瞬凍ったらしいが、俺もそのときに一緒に凍ってしまった」
オリバーは火傷の跡が残る腕を見せながら、「凍化を遅らせようとあがいた名残だ」と言った。
「でも、オリバー大公殿下の身体も、クレアの身体もフルラ国にはなかった」
ミーシャの言葉に、オリバーは頷いた。
「フルラの大地を埋め尽くした氷はすぐに溶けたのに、一人だけ溶けずに凍ったままの俺をある人が、氷の国へ運んでくれたんだ。八年眠った影響か、目覚めてからしばらくは動けなかった」
「ある人とは誰だ」
「俺のかわいい妹だよ」
リアムはつらそうに顔を歪ませた。誰のことだろうと考えていると、分厚い氷の壁の向こうでオリバーが立ちあがったのがわかった。
床に手を伸ばし、何かを拾っている。
「魔女のお嬢さん、俺に嘘をついていたね。どうやらクレア魔鉱石ではないようだが、魔鉱石、持っていたじゃないか」
ミーシャは、はっとなって自分の手首に触れた。
「……ない。なんで? いつのまに?」
「ブレスレットはさっき、お嬢さんが逃げ回っているときに落としたよ。なるほど、未完成品だったが、魔女が肌身離さず持つことで少しずつ魔鉱石になったようだな。……これは、ありがたくもらっておく」
オリバーが、ブレスレットを持ったままゆっくりと離れて行く。
「待て!」
リアムは自分で作った氷の壁を強く叩いた。こちらに背を向けていたオリバーは振りかえった。
「賢い我が甥リアム。今度こそ選択を誤るな。誰を生かし、誰を殺すのか。間違えるなよ」
オリバーはバルコニーのドアを開け、部屋から出て行った。
リアムはすぐに氷の壁を溶かしはじめた。
「オリバー大公殿下を追うつもりですか?」
「ああ。追う」
「今は、カルディアに備えなければ」
「わかってる。だが、きみのブレスレットも奪われた。魔鉱石になっているんだろう?」
「私の魔鉱石は、氷の魔力を使うオリバー大公殿下には扱いきれません。だから……、」
リアムはもう一度、氷の壁を強く殴った。
「あいつを許せない……! 師匠を死に追いやり、今もなお貶める男を放っておけない!」
氷を解かそうと、再び険しい顔で前を向くリアムの碧い瞳は、憎しみと哀しみに染まっていた。
ミーシャは彼の腕に手を当て背伸びをすると、そっと、横顔にキスをした。
リアムは目を見開くと、氷を溶かすのを止めてミーシャに向き直った。
「憎しみに染まってはだめよ。復讐は誰も幸せにしない。成したところであなたの心は救われない」
まっすぐ目を見て伝えた。
リアムは眉間にしわを寄せたると、ミーシャの頬に愛しむように触れた。そして、髪をそっと掴むと、焼け焦げた部分にキスをした。
落ち着いてくれた。そう思ったが、
「……それでも誰かが止めないといけない。たとえ、叔父を殺すことになっても」
彼の瞳の奥は、憎しみの青い炎が揺らめいたままだった。
「リアム!」
「俺は救いを求めていない。ただ、ミーシャやみんなを守りぬく。それだけだ」
リアムは、ひびが入り、薄くなっているところへ氷の剣を突き刺すと、無理やりこじ開けた。
「待って」
「ミーシャはここにいろ」
彼は壁を強引に抜けると、ミーシャが穴を抜ける前に、瞬時に修復して閉じこめた。
「だめ! お願い行かないで、リアム!」
喉が痛くなるほど叫んだが、彼は振り返ることなく、オリバーを追って行ってしまった。
一人部屋に残されてしまったミーシャは、氷の壁を何度も強く叩いた。
この騒ぎでも侍女たちはこない。きっとリアムが近寄るなと言ってから部屋に入ってきたのだろう。
なにもできない自分が悔しくて、床に座りこんだ。
自分だってオリバーは許せない。しかし、リアムに叔父を殺すという選択をさせてはならない。絶対に。
「落ち込んでいる場合じゃない。早くここから抜け出さないと」
息を整えると立ちあがって、リアムが作った氷の壁をあらためて隅々まで見た。
彼が通った穴はあの短時間できれいに塞がっている。やはり溶かすより作るほうが得意のようだ。
「魔力も使い過ぎてる。身体が凍って、すぐに動けなくなる……」
壁は部屋を二分していた。こっち側には暖炉がある。薪をくべて火を起こし、炎の鳥を呼ぼうと考えた。薪を暖炉の中に並べていると、急に寒くなった。
驚いて振りかえると、氷の壁をするりと通り抜けて、白くて大きな狼が入ってきた。
「白狼? え、どうして?」
いつもリアムの傍にいる白狼だ。しかし普段はミーシャに近寄ってこない。
「こんにちは。白狼さん」
あいさつをすると、白狼はミーシャの前に座った。
頭をまっすぐ天井に向かってあげて、首元を見せてくれた。おかげで長い毛の合間に、朱く光る物を見つけた。
「これ、もしかして……クレア魔鉱石?」
オリバーは、剣先が頭に触れる前に氷で盾を作り、攻撃をぎりぎりで塞いだ。
「リアム、久しいな。会いたかったぞ」
「黙れ」
剣の上からオリバーに圧をかける。力が拮抗していたが、リアムが先に彼の脇腹に蹴リを入れた。
叔父が倒れこむと続けざまに剣を振り下ろしたが、それは避けられた。
オリバーが間合いを取るために後ろへさがると、リアムは一瞬で氷の防護壁を作って、ミーシャのもとへ駆けよった。
「大丈夫か?」
リアムはミーシャを抱き起こしてくれた。
震える手でしがみつく。
彼が来てくれたことに安堵すると同時に、無力な自分が悔しくて情けなかった。
リアムはすぐに髪の一部が焼けて切れているのに気がついた。彼の顔が、悲しみと怒りに満ちていく。
「……許さない」
リアムの身体から冷気が一気に溢れる。本気で怒っている。ミーシャは身体への負担が心配で、焦った。
「リアム、だめ。力を、感情をコントロールして!」
――一気に凍化が進んでしまう!
氷の壁は分厚く、床から天井までしっかりと塞がっていた。向こうではオリバーが、「いたた……」と情けない声をもらしている。
「おい、もう少し手加減しろ。こっちは病みあがりなんだ。勘弁してくれ」
「……ずっと、氷の中で眠っていたらしいな」
ミーシャはリアムの言葉に驚いた。
「ああ。八年……くらいかな」と言いながらオリバーは、あぐらをかいて座った。
「十六年前。クレアは炎の鳥で私が作った魔鉱石をすべて焼き尽くしてくれたが、私のことは焼かずに生かした。しかし、あのときすでにこの身体は凍化が深刻で、動けなくなっていたんだ。そのあと、おまえは力を暴走させただろう? フルラ国全土が一瞬凍ったらしいが、俺もそのときに一緒に凍ってしまった」
オリバーは火傷の跡が残る腕を見せながら、「凍化を遅らせようとあがいた名残だ」と言った。
「でも、オリバー大公殿下の身体も、クレアの身体もフルラ国にはなかった」
ミーシャの言葉に、オリバーは頷いた。
「フルラの大地を埋め尽くした氷はすぐに溶けたのに、一人だけ溶けずに凍ったままの俺をある人が、氷の国へ運んでくれたんだ。八年眠った影響か、目覚めてからしばらくは動けなかった」
「ある人とは誰だ」
「俺のかわいい妹だよ」
リアムはつらそうに顔を歪ませた。誰のことだろうと考えていると、分厚い氷の壁の向こうでオリバーが立ちあがったのがわかった。
床に手を伸ばし、何かを拾っている。
「魔女のお嬢さん、俺に嘘をついていたね。どうやらクレア魔鉱石ではないようだが、魔鉱石、持っていたじゃないか」
ミーシャは、はっとなって自分の手首に触れた。
「……ない。なんで? いつのまに?」
「ブレスレットはさっき、お嬢さんが逃げ回っているときに落としたよ。なるほど、未完成品だったが、魔女が肌身離さず持つことで少しずつ魔鉱石になったようだな。……これは、ありがたくもらっておく」
オリバーが、ブレスレットを持ったままゆっくりと離れて行く。
「待て!」
リアムは自分で作った氷の壁を強く叩いた。こちらに背を向けていたオリバーは振りかえった。
「賢い我が甥リアム。今度こそ選択を誤るな。誰を生かし、誰を殺すのか。間違えるなよ」
オリバーはバルコニーのドアを開け、部屋から出て行った。
リアムはすぐに氷の壁を溶かしはじめた。
「オリバー大公殿下を追うつもりですか?」
「ああ。追う」
「今は、カルディアに備えなければ」
「わかってる。だが、きみのブレスレットも奪われた。魔鉱石になっているんだろう?」
「私の魔鉱石は、氷の魔力を使うオリバー大公殿下には扱いきれません。だから……、」
リアムはもう一度、氷の壁を強く殴った。
「あいつを許せない……! 師匠を死に追いやり、今もなお貶める男を放っておけない!」
氷を解かそうと、再び険しい顔で前を向くリアムの碧い瞳は、憎しみと哀しみに染まっていた。
ミーシャは彼の腕に手を当て背伸びをすると、そっと、横顔にキスをした。
リアムは目を見開くと、氷を溶かすのを止めてミーシャに向き直った。
「憎しみに染まってはだめよ。復讐は誰も幸せにしない。成したところであなたの心は救われない」
まっすぐ目を見て伝えた。
リアムは眉間にしわを寄せたると、ミーシャの頬に愛しむように触れた。そして、髪をそっと掴むと、焼け焦げた部分にキスをした。
落ち着いてくれた。そう思ったが、
「……それでも誰かが止めないといけない。たとえ、叔父を殺すことになっても」
彼の瞳の奥は、憎しみの青い炎が揺らめいたままだった。
「リアム!」
「俺は救いを求めていない。ただ、ミーシャやみんなを守りぬく。それだけだ」
リアムは、ひびが入り、薄くなっているところへ氷の剣を突き刺すと、無理やりこじ開けた。
「待って」
「ミーシャはここにいろ」
彼は壁を強引に抜けると、ミーシャが穴を抜ける前に、瞬時に修復して閉じこめた。
「だめ! お願い行かないで、リアム!」
喉が痛くなるほど叫んだが、彼は振り返ることなく、オリバーを追って行ってしまった。
一人部屋に残されてしまったミーシャは、氷の壁を何度も強く叩いた。
この騒ぎでも侍女たちはこない。きっとリアムが近寄るなと言ってから部屋に入ってきたのだろう。
なにもできない自分が悔しくて、床に座りこんだ。
自分だってオリバーは許せない。しかし、リアムに叔父を殺すという選択をさせてはならない。絶対に。
「落ち込んでいる場合じゃない。早くここから抜け出さないと」
息を整えると立ちあがって、リアムが作った氷の壁をあらためて隅々まで見た。
彼が通った穴はあの短時間できれいに塞がっている。やはり溶かすより作るほうが得意のようだ。
「魔力も使い過ぎてる。身体が凍って、すぐに動けなくなる……」
壁は部屋を二分していた。こっち側には暖炉がある。薪をくべて火を起こし、炎の鳥を呼ぼうと考えた。薪を暖炉の中に並べていると、急に寒くなった。
驚いて振りかえると、氷の壁をするりと通り抜けて、白くて大きな狼が入ってきた。
「白狼? え、どうして?」
いつもリアムの傍にいる白狼だ。しかし普段はミーシャに近寄ってこない。
「こんにちは。白狼さん」
あいさつをすると、白狼はミーシャの前に座った。
頭をまっすぐ天井に向かってあげて、首元を見せてくれた。おかげで長い毛の合間に、朱く光る物を見つけた。
「これ、もしかして……クレア魔鉱石?」
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