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二人で生きていく
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*ミーシャ*
炎の鳥のおかげで帝都にはすぐに着いた。灯りが消えた街を上空から眺める。
丘の上に立つ氷の宮殿のすぐ下に広がる帝都は、元は要塞都市だったため、街を囲むように大きな壁がある。洪水が侵入した北側の、壁や建物は被害が大きかった。
「家が氷と、水の中……」
目を逸らしたくなるような光景が広がっていて、胸が痛んだ。
「リアム、見て。要塞壁の塔に取り残されている人がいる」
「衛兵が残って監視しているんだろう。あと、自力で避難が困難な怪我人と病人のようだな」
「急がなくちゃ」
衛兵たちは、炎の鳥の背に乗って夜空を飛ぶリアムとミーシャに気づき、上を見あげている。
ミーシャは一度、水面ぎりぎりまで降りた。低空飛行で障害物を避けながら飛ぶ。逃げ遅れた人がいないか二人で声をかけ続けた。
帝都の中央付近で、大きな建物の屋根が水面から覗いていた。ミーシャは一度、そこへ降り立つことにした。
「イライジャたち、半日で数十万人もいる帝都民をよく移動させられたな」
取り残された人がいないか確認しながらリアムは言った。
「それは、……人々が悪い魔女を恐れて、だと思う」
ミーシャはリアムの視線を感じながら、小さな炎の鳥を灯り代わりに飛ばす。水面に朱色がゆらゆらと映る。
「イライジャさまと騎士の方々にお願いしたの。炎を操る【魔女】が、宮殿の地下の氷を溶かす【から逃げろ】と、声をかけながら避難誘導してって」
「なんだって?」
「そうするしかなかったの」
ミーシャは説明を続けた。
「私は、カルディア王国との国境から炎の鳥で飛びまわりながら氷の宮殿に来たの。人々は炎と氷に沈むのを恐れ、逃げ出したんだと思う」
二十年前に土地を焼かれた人たちは、再び現れた炎の鳥と魔女に、戦々恐々だったことだろう。
「ごめんなさい。みんなを助けるためとはいえ、人々に怖い思いをさせた」
下を向き、拳をきつく握った。
「リアムは、魔女を悪く言う本が広まらないようにしてくれたり、私のお披露目パーティーを開いたりしてくれたけれど、そのすべてを台無しにした。本当に、ごめ……」
最後まで言い切る前にミーシャは抱きしめられた。
「ごめんはたくさん貰ったからいらない。謝るな」
ずっと張っていた気がゆるみ、涙がこみあげてきた。泣かないように唇の端を噛む。呼吸を落ち着かせてから口を開いた。
「人が助かるなら、どう思われようとかまわなかったの。これからも私は、困っている人を見かけたら助けてしまうと思う。だけど、それだけじゃ足りない」
ミーシャは、彼の腰に手をまわし抱きしめると、顔をあげた。
「心臓が止まるとき、強く思った。リアムのことが好き。離れたくないって。これからも傍にいたいから、あなたのために私は悪い魔女ではなく皇帝にふさわしい魔女として、みんなに認めてもらえるように努力する。今度こそ、あなたの隣に立つ妃として、がんばりたい。ううん、がんばる」
リアムは真剣な顔で見つめてきた。
「大丈夫、心配ない。俺はこの国の皇帝だ。誰を妃にするのか、それは俺が決めるし、誰の指図も受けない。好きな人と一緒になるのに、民や、周りの賛成は必要ない」
ミーシャは首を横に振った。
「あなたは人々を導く希望よ。民や周りの意見を無下にしてはだめ。そんなことをしたら……オリバー大公殿下と同じ。また、悲劇を繰りかえす」
「無下にはしないし、悲劇は繰りかえさない。俺には頼れる臣下がいるし、ミーシャがいる。時間はかかるかもしれないが、みんな、きっとわかってくれる」
リアムが大丈夫というのなら本当にいつか、魔女を認めてもらえる日が訪れるかもしれないと、淡い期待が胸を過ぎった。
「リアムのおかげで元気が出てきた。だけど、それでも全員の理解を得るのは無理だと思う。そうなったときは……」
「皇帝を辞めればいい」
「……え?」
目を見張った。「身を引くとか言うなよ」と、先に釘を刺し、リアムはミーシャの額に自分の額を重ねた。
「理解を得られないときは俺も、オリバーのように愛する人を、民よりもミーシャを選ぶ」
「リアム!」
「皇帝に未練はないと言っただろ。グレシャー帝国にはノアがいる。母親で皇女のビアンカもいるし、ジーンやイライジャもいる。政ごとには関われなくても、オリバーの知恵を借りることはできる。俺たちの存在が、誰にも受け入れられないというならばその時は、二人で生きよう」
目を見張り固まっていると、リアムはミーシャの頬を両手で包み、唇を重ねた。
「だけど、リアムには大切な人たちがたくさん……」
「その大切な人たちは、きっとわかってくれる」
ミーシャの脳裏に、ジーンやイライジャ、、ナタリーやノアなど、この国にきて知り合った人たちの顔が次々に浮かんだ。
「温かくて、花や木々が生い茂る色彩豊かなフルラ国の片隅で、ひっそりと生きるのもいいと思わないか? 雪が見たくなったらミーシャのために降らせてあげる。暑いときは氷を作ってあげる。なにも問題はない」
リアムのやさしさはやはり特別製だ。ミーシャは、震える唇を引き結んだ。小さく頷き、彼の胸に顔を埋めた。
「……リアムが皇帝でも、皇帝じゃなくなっても、私は変わらずあなたが好き。絶対に守る」
「俺にもミーシャを守らせて」
リアムはミーシャを包みこむようにやさしく抱きしめた。
そこへ、突然白狼が降って現われ、「ウオンッ!」と一鳴きした。ぱっと離れる。
「……白狼、すまん。わかってる」
「リアム、白狼はなんて?」
「救助はどうした。イチャつくのはあとにしろ。俺たちばかり働かせるなだって」
「……白狼さん、ほんとごめん……」
二人で苦笑いしたあと、白狼を撫でてご機嫌を取った。
「ミーシャ。フルラ国での隠居生活は、もしもの時の話だ。今は目の前のことを、やれるだけのことやるしかない」
ミーシャは頷くと、再び大きな炎の鳥を呼んだ。
「リアム。白狼たちが逃げ遅れた人を探してくれているあいだに一度、帝都を抜けて南に向かいます。避難民のようすを見に行きましょう」
「わかった」
炎の鳥の背に再び乗ると、高い位置にある月に向かって飛び発った。
帝都の要塞壁を抜けると、点々と四方に伸びる小さな朱い光の列が見えた。夜にもかかわらず、遠くへと逃げる人々だ。それとは別に、帝都の傍で動かない灯りもあった。
帝都の外へ避難した、たくさんの帝都民だ。イグルーや簡易テントを構えて、寒さをしのいでいた。
「ミーシャ、俺が先にみんなの前に降りる。合図したらミーシャも降りてきて」
「わかりました」
炎の鳥が高度を下げて飛ぶと、リアムは地上へ飛び降りた。
炎の鳥のおかげで帝都にはすぐに着いた。灯りが消えた街を上空から眺める。
丘の上に立つ氷の宮殿のすぐ下に広がる帝都は、元は要塞都市だったため、街を囲むように大きな壁がある。洪水が侵入した北側の、壁や建物は被害が大きかった。
「家が氷と、水の中……」
目を逸らしたくなるような光景が広がっていて、胸が痛んだ。
「リアム、見て。要塞壁の塔に取り残されている人がいる」
「衛兵が残って監視しているんだろう。あと、自力で避難が困難な怪我人と病人のようだな」
「急がなくちゃ」
衛兵たちは、炎の鳥の背に乗って夜空を飛ぶリアムとミーシャに気づき、上を見あげている。
ミーシャは一度、水面ぎりぎりまで降りた。低空飛行で障害物を避けながら飛ぶ。逃げ遅れた人がいないか二人で声をかけ続けた。
帝都の中央付近で、大きな建物の屋根が水面から覗いていた。ミーシャは一度、そこへ降り立つことにした。
「イライジャたち、半日で数十万人もいる帝都民をよく移動させられたな」
取り残された人がいないか確認しながらリアムは言った。
「それは、……人々が悪い魔女を恐れて、だと思う」
ミーシャはリアムの視線を感じながら、小さな炎の鳥を灯り代わりに飛ばす。水面に朱色がゆらゆらと映る。
「イライジャさまと騎士の方々にお願いしたの。炎を操る【魔女】が、宮殿の地下の氷を溶かす【から逃げろ】と、声をかけながら避難誘導してって」
「なんだって?」
「そうするしかなかったの」
ミーシャは説明を続けた。
「私は、カルディア王国との国境から炎の鳥で飛びまわりながら氷の宮殿に来たの。人々は炎と氷に沈むのを恐れ、逃げ出したんだと思う」
二十年前に土地を焼かれた人たちは、再び現れた炎の鳥と魔女に、戦々恐々だったことだろう。
「ごめんなさい。みんなを助けるためとはいえ、人々に怖い思いをさせた」
下を向き、拳をきつく握った。
「リアムは、魔女を悪く言う本が広まらないようにしてくれたり、私のお披露目パーティーを開いたりしてくれたけれど、そのすべてを台無しにした。本当に、ごめ……」
最後まで言い切る前にミーシャは抱きしめられた。
「ごめんはたくさん貰ったからいらない。謝るな」
ずっと張っていた気がゆるみ、涙がこみあげてきた。泣かないように唇の端を噛む。呼吸を落ち着かせてから口を開いた。
「人が助かるなら、どう思われようとかまわなかったの。これからも私は、困っている人を見かけたら助けてしまうと思う。だけど、それだけじゃ足りない」
ミーシャは、彼の腰に手をまわし抱きしめると、顔をあげた。
「心臓が止まるとき、強く思った。リアムのことが好き。離れたくないって。これからも傍にいたいから、あなたのために私は悪い魔女ではなく皇帝にふさわしい魔女として、みんなに認めてもらえるように努力する。今度こそ、あなたの隣に立つ妃として、がんばりたい。ううん、がんばる」
リアムは真剣な顔で見つめてきた。
「大丈夫、心配ない。俺はこの国の皇帝だ。誰を妃にするのか、それは俺が決めるし、誰の指図も受けない。好きな人と一緒になるのに、民や、周りの賛成は必要ない」
ミーシャは首を横に振った。
「あなたは人々を導く希望よ。民や周りの意見を無下にしてはだめ。そんなことをしたら……オリバー大公殿下と同じ。また、悲劇を繰りかえす」
「無下にはしないし、悲劇は繰りかえさない。俺には頼れる臣下がいるし、ミーシャがいる。時間はかかるかもしれないが、みんな、きっとわかってくれる」
リアムが大丈夫というのなら本当にいつか、魔女を認めてもらえる日が訪れるかもしれないと、淡い期待が胸を過ぎった。
「リアムのおかげで元気が出てきた。だけど、それでも全員の理解を得るのは無理だと思う。そうなったときは……」
「皇帝を辞めればいい」
「……え?」
目を見張った。「身を引くとか言うなよ」と、先に釘を刺し、リアムはミーシャの額に自分の額を重ねた。
「理解を得られないときは俺も、オリバーのように愛する人を、民よりもミーシャを選ぶ」
「リアム!」
「皇帝に未練はないと言っただろ。グレシャー帝国にはノアがいる。母親で皇女のビアンカもいるし、ジーンやイライジャもいる。政ごとには関われなくても、オリバーの知恵を借りることはできる。俺たちの存在が、誰にも受け入れられないというならばその時は、二人で生きよう」
目を見張り固まっていると、リアムはミーシャの頬を両手で包み、唇を重ねた。
「だけど、リアムには大切な人たちがたくさん……」
「その大切な人たちは、きっとわかってくれる」
ミーシャの脳裏に、ジーンやイライジャ、、ナタリーやノアなど、この国にきて知り合った人たちの顔が次々に浮かんだ。
「温かくて、花や木々が生い茂る色彩豊かなフルラ国の片隅で、ひっそりと生きるのもいいと思わないか? 雪が見たくなったらミーシャのために降らせてあげる。暑いときは氷を作ってあげる。なにも問題はない」
リアムのやさしさはやはり特別製だ。ミーシャは、震える唇を引き結んだ。小さく頷き、彼の胸に顔を埋めた。
「……リアムが皇帝でも、皇帝じゃなくなっても、私は変わらずあなたが好き。絶対に守る」
「俺にもミーシャを守らせて」
リアムはミーシャを包みこむようにやさしく抱きしめた。
そこへ、突然白狼が降って現われ、「ウオンッ!」と一鳴きした。ぱっと離れる。
「……白狼、すまん。わかってる」
「リアム、白狼はなんて?」
「救助はどうした。イチャつくのはあとにしろ。俺たちばかり働かせるなだって」
「……白狼さん、ほんとごめん……」
二人で苦笑いしたあと、白狼を撫でてご機嫌を取った。
「ミーシャ。フルラ国での隠居生活は、もしもの時の話だ。今は目の前のことを、やれるだけのことやるしかない」
ミーシャは頷くと、再び大きな炎の鳥を呼んだ。
「リアム。白狼たちが逃げ遅れた人を探してくれているあいだに一度、帝都を抜けて南に向かいます。避難民のようすを見に行きましょう」
「わかった」
炎の鳥の背に再び乗ると、高い位置にある月に向かって飛び発った。
帝都の要塞壁を抜けると、点々と四方に伸びる小さな朱い光の列が見えた。夜にもかかわらず、遠くへと逃げる人々だ。それとは別に、帝都の傍で動かない灯りもあった。
帝都の外へ避難した、たくさんの帝都民だ。イグルーや簡易テントを構えて、寒さをしのいでいた。
「ミーシャ、俺が先にみんなの前に降りる。合図したらミーシャも降りてきて」
「わかりました」
炎の鳥が高度を下げて飛ぶと、リアムは地上へ飛び降りた。
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