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碧い瞳に恋慕の情

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 リアムは目線を合わせるために、ノアの前に膝をついた。

「国の王になるというその覚悟、確かにこの胸に刻んだ。だが、ノアはまだ子どもだ。大きくなったとき、どうしたいかまた聞かせてくれ」
「……それまで、カルディア王国とはケンカしない?」

 ノアは、不安そうにリアムを見た。

「しないよ。ノアの家族が住む国だから、ケンカなんか、したくない」

 リアムはノアの頭をやさしく撫でると、立ちあがった。

「ミーシャ。時間だ。そろそろ行こう」

 リアムはミーシャの肩を抱くとビアンカを見た。

「義姉殿。心配いただきありがとうございました。しかし、子どもに関する発言は今後は許可しない。口を挟まないで欲しい。ミーシャにも、なにも言わないように」

 リアムはそのまま部屋を出て行こうとした。あわててノアに「またね」と声をかける。

「リアム、そろそろ行くって、どこへ行くつもりだ?」

 オリバーに話しかけられ、リアムは少しだけ振りかえった。

「ミーシャとともに、フルラ国へ支援の申し出に向かう」
「支援の申し出? そんなの書簡一つで済むだろ」

「それだけじゃない。クレアの墓参りとガーネット女公爵に、あらためてミーシャを嫁に望むと許可をもらいに行ってくる」

 オリバーは目を見開いた。

「つまり、あいさつに行くのか。子どもは作るつもりはないのに、婚前旅行。忙しいというわりに余裕だな。おまえ自身が独占欲丸出しの子ども、ということか」

 リアムが怒りを含んだ冷気を放ちはじめ、ミーシャの肌は粟立った。

「……この一月、こっちはあんたがめちゃくちゃにしてくれておかげで昼夜問わずに働き通しなんだ。少しくらい気分転換させろ」
「気分転換、大いにけっこう。ビアンカの言うようについでに子どもを作れ」

 リアムの怒気がさらに増した。みんながさっと、持っていた防寒具を着込みはじめる。

「みんな、口をそろえて子どもはまだかと言うが、信じられない。ミーシャは子どもを産む道具じゃない! オリバー。あんたにも、子どもについての発言は今後許可しない」

 リアムはミーシャの肩をぎゅっと抱きしめた。

「……ああ、そういうことか」

 オリバーはなにかを察したらしく、苦笑いした。

「これから二人でフルラ国への旅か。いいな。私もまたいつか、おまえと行きたい」
「だめだ。……土産買ってくるから、それで我慢しろ。……また来る」
「ああ、良い旅を」

 冷気を鎮めたリアムは、ミーシャを連れて部屋をあとにした。  


 氷の宮殿の、冷たくて白い通路を二人で歩く。手を繋いではいるが、リアムはさっきからなにもしゃべらず、ミーシャと目を合わせようとしなかった。

 リアムが子どもを欲しがらない理由がわかっていた。
 きっと、『父親』というものがわからないからだ。

 昔リアムは、『父だった先々帝は、子どもを平気で敵国に送るような冷徹な人だった』と言っていた。

 父親との接点は少なく、愛情が気薄だったのは、第二皇子だったからなのかはもう、わからない。魔力の扱いを教えてもらえなかったことが寂しかったと、幼いころのリアムはクレアに教えてくれた。父親への愛情をオリバーに求めた彼の気持ちは痛いほどわかる。

 ――彼の気持ちを大切にしたい。けど……。

 昔のミーシャなら我慢し、胸の内に留めて終わっていた。今は、リアムの気持ちを尊重すると同時に、自分の気持ちも尊重する。
 意を決めると立ち止まり、彼の手を引いた。

「リアム。私も、発言の許可をいただいてよろしいでしょうか?」
「……どうした?」

 氷のように美しい碧い瞳に見つめられると、いつも心臓が跳ねる。落ち着かせてからミーシャは口を開いた。

「私、リアムの子どもが欲しいです」

 彼の目が大きく見開かれた。
リアムの口から直接「だめだ」と言われたどうしようと、胸の鼓動がばくばくと速くなる。

「ミーシャまで、どうし……、」
「復興で、忙しいのはわかっています。だから、今すぐじゃなくてもいい」

 ミーシャはリアムの言葉を遮るように伝え続けた。

「国が落ち着いたら、あなたの子どもを産みたい」
「ビアンカ以外にも、誰かに、なにか言われたのか?」
「違う」

 リアムの顔がつらそうに歪む。ミーシャは彼の頬に手を伸ばした。

「聞いて。これは私の意思です。誰かの意見でも、誰かのためでもない。リアムと、自分のためです。父親がどういうものかわからなくても、きっと、あなたなら大丈夫」

 リアムはミーシャの手の中で、首を横に振った。

「ミーシャまで、なんで……」
「世継ぎとか、そういう意味じゃないの。ただ、私は愛するあなたと家族を築きたい。二人だけの家族もいいけれど、三人、四人と多いと賑やかで、きっと、楽しい」

 自分よりもたくましくて広い胸に顔を埋め、抱きしめた。

「リアムが、どうしてもいやだというのなら、しかたない。けれど、私の気持ちは知っていて。孤高の狼、氷の皇帝を、私なら温めてあげられる。寂しくならないように、温もりをわけてあげられる炎の魔女を、信じて」

 リアムは黙ってしまった。ゆっくりとミーシャの肩に触れ、抱きついていたのをそっと、引き剥がされる。

 ――軽蔑しただろうか? なにも言ってくれないからわからない。
 想いを伝えるって、難しい。

 面と向き合って伝えても、わかり合えないことはある。それでも、彼の傍にいたい。
 
「リアム。重たいことを言ってごめんなさい。もちろん私の気持ちより、リアムの思うよう……、」
「ミーシャ」

 突然、リアムは跪いた。
 驚いて今度はミーシャが目を見開いた。手を取られ、指先に彼の唇が触れる。

「……リアム?」

 しばらくそのままの姿勢で動かない。どうしたらいいのかわからなかった。名前を呼んでも顔をあげてくれない。伏せられた銀色のまつ毛を見つめる。

「麗しき我が夜明けの女神。俺も、発言の許可をいただいてもよろしいでしょうか?」
「もちろんです」

 リアムはゆっくりと顔をあげた。銀色の髪がさらりと揺れる。前髪から覗く、ミーシャを見つめる碧い瞳は切実で、燃えるような恋慕の情が見て取れた。

「ミーシャは、俺との子どもを、本心から望んでくれる?」

 甘くしびれるような声に胸がとくんと跳ねた。

「……はい」

 こくりと頷くと、彼はやさしく目を細めた。

「本心なら、……俺にお願いをしながら、キスをして」

 とくとくと胸が早鐘を鳴らす。
 自分を見あげるリアムの片方の肩に、そっと手を置く。顔を近づけると、朱鷺色の髪が彼の身体に垂れて触れる。

 きれいなリアムの唇に自分の唇を重ねた。離れるときに「お願い」と伝えると、手をぎゅっと握られた。

「俺は、きみに弱い。ミーシャに惚れている。きみの願いはなんでも叶えてあげたい」

「リアムの気持ちは嬉しいです。だけど、あなたの気持ちが伴わないのはいやです」

「俺の気持ちは、きみを失いたくない。ただそれだけだ。三度目は、耐えられない」

 リアムは、空いているもう片方の手でミーシャの髪を掬うように触れると、愛しそうにキスをした。
 髪先だというのに、それだけで身体の芯に熱が灯る。彼の何気ない仕草一つ一つに魅了され、心が奪われる。

「子どもを産むのは命がけだ。女性の身体にだけ大きな負担をかける。……ミーシャに万が一のことがあったらと考えると、怖くてしかたがない。子どもなど望めない」

 リアムの声と、表情は切羽詰まったものだった。
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