『婚約破棄されたので冷徹公爵と契約結婚したら、徐々に甘くなってきた件』

ひとりさんぽ(一人三歩)

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第二章 ノクターン家と悪徳商人

【第22話:愛を贈るとはこういうことだ(と思っている)】

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 翌朝。

 セシリアは早朝から妙な胸騒ぎで目を覚ました。
 予感は的中した。
 朝食の時間と同時に、玄関先がにわかに騒がしくなった。

「奥方様、お荷物が……また……」

 メイドの声が震えている。
 セシリアが出迎えると、目の前に広がっていたのは――
 豪奢な家具の数々。
 純白のドレッサーに始まり、金細工の化粧椅子、なぜか化粧台が三種類もある。

 そのすべてが、「奥方様の生活をより快適に」との名目で運ばれてきたという。

 さらには、珍しい香木を贅沢に詰めた「リラクゼーション用セット」なる大荷物まで届いていた。
 説明によれば、奥方様の香りの好みを分析し、睡眠の質を高める配合を導き出したという。

(わたくし、いつの間にか研究対象になっておりましたの!?) 

 目の前で、次々と運ばれていく“贈り物の山”。
 それを呆然と見つめていたセシリアは、意を決して口を開いた。

「……カイル様に、少しだけ、お話がありますの」



「――多すぎ、ですわ」

 応接室。

 静かに差し出された紅茶の湯気の向こうで、セシリアは率直に告げた。
 カイルは一瞬黙り込み、持っていた本をそっと閉じる。

 『恋愛マスターの完璧理論』。
 装丁が、今日はピンクと黒の“特装版”だった。

 「……参考文献に、贈り物は多いほど良いと書いてあった」

「書いた方はどなた?」

「ミツギーノ・フラレテーノ、という人物だ」

「初耳ですわ」

「“恋愛敗北者にして、完全なる理論家”と評されていた」

「……それは、少し信頼性が心配ですわね」

 カイルは微かに眉を寄せた。

 「だが……“とにかく贈ること”。それが愛情表現であると……」

「ええ、それは分かりますの。でも、カイル様」

 セシリアは、そっと微笑んだ。

「……私は、あなたの気持ちが知りたいのですわ。ものの数ではなく」

「……!」

 カイルの紫の瞳が、ほんの一瞬だけ揺れた。
 彼はゆっくりと椅子に腰を下ろし、ぽつりと呟く。

「……贈り物なら、できると思った」
「私は、“気持ちを贈る”という行為に、まだ……慣れていないから」

 セシリアの心が、ほんのりと温かくなる。

 (そう……これが、“不器用な彼なりの努力”)

 だから、次の言葉は、優しく伝えたかった。

 「カイル様。わたくし、物は十分にいただきました。ですからこれからはお言葉をいただきたく思います。」

 彼の口元に、ほんのわずかな――けれど確かな微笑みが浮かんだ。

「…わかった」

(この微笑みが何よりも素敵な“贈り物”ですわ)

 セシリアはそう思いながら、ルーナをそっと抱き上げた。


 
「吟遊詩人……?」

「“あなたのためだけの歌を詠む”というのは、心を込めた贈り物の最上位に位置すると書かれていた」

「……どちらの資料に?」

「『恋愛マスターの完璧理論・応用編』だ」

(まだ読んでいたんですの!?)

 セシリアは静かに、こめかみに指を添えて小さく深呼吸をした。
 
「カイル様。わたくし、派手なことも、薔薇の山も、吟遊詩人も……嫌いではありませんのよ?」
「でも、それよりも――」
「“あなたの声”が、一番嬉しいのですわ」

 

 その一言に、カイルはぴたりと動きを止めた。
 そして、ごく短く、けれど深く頷く。

「……分かった。では次は、“私の言葉”で伝える努力をしてみよう」

 その決意のこもった目に、セシリアの胸がふわりと熱くなる。

(派手で不器用な人。でも、それでも一生懸命な人)
(……そういうあなたが、わたくしは――)

 腕の中のルーナが「にゃあ」と小さく鳴いた。

 ◇

  カイル様が「私の言葉で伝える努力をしてみよう」と仰ったあの日から、数日が経った。

 相変わらず政務で忙しい日々の中、食事の時間もままならないほどの多忙ぶり。それでも、毎朝顔を合わせる時間だけは必ず確保してくださっていて、わたくしはそれだけで十分――そう、思っておりましたの。

 でも。

 その朝、カイル様はほんの少しだけ、わたくしを意識して視線をそらした気がしました。

 (?)

 いつもなら目を見て淡々と「おはよう」と仰るのに、今日はほんの少し目線が泳いでいらした。珍しく、紅茶を一口飲む手の動きがぎこちなくて、胸の中にふわりとした予感が芽生えましたの。

 その予感が的中したのは、その日の夕方のこと。

 書き物机の上に、一通の封筒が置かれておりました。ノクターン家の文様入り、でもどこかぎこちない筆致で書かれた「セシリアへ」の文字。

 丁寧な、完璧に整ったその文字を見た瞬間、心臓が跳ねました。

 (……まさか、まさか)

 震える手で封を切り、中から現れたのは、たった一枚の手紙。上質な便箋に、短く綴られたその言葉たち――それは、まぎれもなく、カイル様からのラブレターでした。

 セシリアへ

 何をどう書けばいいのか分からない。

 君のように上手に言葉を紡げるわけではないが、
 それでも、君の声を聞いて、君の姿を見て、
 少しずつ、この心が動くことを感じている。

 君といると、静かな時間が愛おしいと思える。
 君の笑顔を見たいと思う。

 私は、君と生きていきたいと思っている。

 拙い言葉で、すまない。

 ―カイル―

 読んだ瞬間、わたくしはその場に座り込んでしまいました。

 胸が、ぎゅっとなって、涙がにじむ。こんなにも不器用で、でも真摯で、心からわたくしのことを思ってくださっている言葉――まるで宝石のように、きらきらと光って見えましたの。

 「……うれしゅうございます……」

 ぽつりと、口をついて出た言葉が、涙でかすれておりました。

 こんな手紙、初めてでした。誰よりも冷徹と噂されていたあのカイル様が、こんなにも誠実に、こんなにもまっすぐに、わたくしに心を向けてくださっている。

 わたくしはそっと手紙を胸に抱き締め、笑顔になったかと思えば、また涙がにじんでしまって――忙しない心の動きが、自分でも可笑しくなってしまいます。

 気がつけば、足元のルーナが小さく鳴いておりました。

「……あら、見てしまいましたのね、ルーナ。これは……乙女の秘密ですのよ?」

 にゃあと返してくる彼女の声に、小さく笑ってしまいます。わたくし、こんなにも嬉しいと感じたのは、いつ以来かしら。

 大切に、両手で便箋を包み込むように持ち、そっと引き出しを開けました。中には、もう使わなくなった宝石箱がありますの。

 でも――いえ、違いますわね。今、この瞬間から、この箱は本当の意味で宝石をしまう場所となりました。

「あなたからの初めての手紙。わたくし、一生の宝物にいたしますわ」

 心の中でそう囁きながら、便箋をやさしく箱の中にしまい、蓋を閉じました。鍵はかけませんの。だって、きっと、またいつか――そう、願いを込めて。

 その夜、寝室の窓から見上げた月が、ことのほか優しく輝いておりました。


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