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第二章 ノクターン家と悪徳商人
【第22話:愛を贈るとはこういうことだ(と思っている)】
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翌朝。
セシリアは早朝から妙な胸騒ぎで目を覚ました。
予感は的中した。
朝食の時間と同時に、玄関先がにわかに騒がしくなった。
「奥方様、お荷物が……また……」
メイドの声が震えている。
セシリアが出迎えると、目の前に広がっていたのは――
豪奢な家具の数々。
純白のドレッサーに始まり、金細工の化粧椅子、なぜか化粧台が三種類もある。
そのすべてが、「奥方様の生活をより快適に」との名目で運ばれてきたという。
さらには、珍しい香木を贅沢に詰めた「リラクゼーション用セット」なる大荷物まで届いていた。
説明によれば、奥方様の香りの好みを分析し、睡眠の質を高める配合を導き出したという。
(わたくし、いつの間にか研究対象になっておりましたの!?)
目の前で、次々と運ばれていく“贈り物の山”。
それを呆然と見つめていたセシリアは、意を決して口を開いた。
「……カイル様に、少しだけ、お話がありますの」
◇
「――多すぎ、ですわ」
応接室。
静かに差し出された紅茶の湯気の向こうで、セシリアは率直に告げた。
カイルは一瞬黙り込み、持っていた本をそっと閉じる。
『恋愛マスターの完璧理論』。
装丁が、今日はピンクと黒の“特装版”だった。
「……参考文献に、贈り物は多いほど良いと書いてあった」
「書いた方はどなた?」
「ミツギーノ・フラレテーノ、という人物だ」
「初耳ですわ」
「“恋愛敗北者にして、完全なる理論家”と評されていた」
「……それは、少し信頼性が心配ですわね」
カイルは微かに眉を寄せた。
「だが……“とにかく贈ること”。それが愛情表現であると……」
「ええ、それは分かりますの。でも、カイル様」
セシリアは、そっと微笑んだ。
「……私は、あなたの気持ちが知りたいのですわ。ものの数ではなく」
「……!」
カイルの紫の瞳が、ほんの一瞬だけ揺れた。
彼はゆっくりと椅子に腰を下ろし、ぽつりと呟く。
「……贈り物なら、できると思った」
「私は、“気持ちを贈る”という行為に、まだ……慣れていないから」
セシリアの心が、ほんのりと温かくなる。
(そう……これが、“不器用な彼なりの努力”)
だから、次の言葉は、優しく伝えたかった。
「カイル様。わたくし、物は十分にいただきました。ですからこれからはお言葉をいただきたく思います。」
彼の口元に、ほんのわずかな――けれど確かな微笑みが浮かんだ。
「…わかった」
(この微笑みが何よりも素敵な“贈り物”ですわ)
セシリアはそう思いながら、ルーナをそっと抱き上げた。
◇
「吟遊詩人……?」
「“あなたのためだけの歌を詠む”というのは、心を込めた贈り物の最上位に位置すると書かれていた」
「……どちらの資料に?」
「『恋愛マスターの完璧理論・応用編』だ」
(まだ読んでいたんですの!?)
セシリアは静かに、こめかみに指を添えて小さく深呼吸をした。
「カイル様。わたくし、派手なことも、薔薇の山も、吟遊詩人も……嫌いではありませんのよ?」
「でも、それよりも――」
「“あなたの声”が、一番嬉しいのですわ」
その一言に、カイルはぴたりと動きを止めた。
そして、ごく短く、けれど深く頷く。
「……分かった。では次は、“私の言葉”で伝える努力をしてみよう」
その決意のこもった目に、セシリアの胸がふわりと熱くなる。
(派手で不器用な人。でも、それでも一生懸命な人)
(……そういうあなたが、わたくしは――)
腕の中のルーナが「にゃあ」と小さく鳴いた。
◇
カイル様が「私の言葉で伝える努力をしてみよう」と仰ったあの日から、数日が経った。
相変わらず政務で忙しい日々の中、食事の時間もままならないほどの多忙ぶり。それでも、毎朝顔を合わせる時間だけは必ず確保してくださっていて、わたくしはそれだけで十分――そう、思っておりましたの。
でも。
その朝、カイル様はほんの少しだけ、わたくしを意識して視線をそらした気がしました。
(?)
いつもなら目を見て淡々と「おはよう」と仰るのに、今日はほんの少し目線が泳いでいらした。珍しく、紅茶を一口飲む手の動きがぎこちなくて、胸の中にふわりとした予感が芽生えましたの。
その予感が的中したのは、その日の夕方のこと。
書き物机の上に、一通の封筒が置かれておりました。ノクターン家の文様入り、でもどこかぎこちない筆致で書かれた「セシリアへ」の文字。
丁寧な、完璧に整ったその文字を見た瞬間、心臓が跳ねました。
(……まさか、まさか)
震える手で封を切り、中から現れたのは、たった一枚の手紙。上質な便箋に、短く綴られたその言葉たち――それは、まぎれもなく、カイル様からのラブレターでした。
セシリアへ
何をどう書けばいいのか分からない。
君のように上手に言葉を紡げるわけではないが、
それでも、君の声を聞いて、君の姿を見て、
少しずつ、この心が動くことを感じている。
君といると、静かな時間が愛おしいと思える。
君の笑顔を見たいと思う。
私は、君と生きていきたいと思っている。
拙い言葉で、すまない。
―カイル―
読んだ瞬間、わたくしはその場に座り込んでしまいました。
胸が、ぎゅっとなって、涙がにじむ。こんなにも不器用で、でも真摯で、心からわたくしのことを思ってくださっている言葉――まるで宝石のように、きらきらと光って見えましたの。
「……うれしゅうございます……」
ぽつりと、口をついて出た言葉が、涙でかすれておりました。
こんな手紙、初めてでした。誰よりも冷徹と噂されていたあのカイル様が、こんなにも誠実に、こんなにもまっすぐに、わたくしに心を向けてくださっている。
わたくしはそっと手紙を胸に抱き締め、笑顔になったかと思えば、また涙がにじんでしまって――忙しない心の動きが、自分でも可笑しくなってしまいます。
気がつけば、足元のルーナが小さく鳴いておりました。
「……あら、見てしまいましたのね、ルーナ。これは……乙女の秘密ですのよ?」
にゃあと返してくる彼女の声に、小さく笑ってしまいます。わたくし、こんなにも嬉しいと感じたのは、いつ以来かしら。
大切に、両手で便箋を包み込むように持ち、そっと引き出しを開けました。中には、もう使わなくなった宝石箱がありますの。
でも――いえ、違いますわね。今、この瞬間から、この箱は本当の意味で宝石をしまう場所となりました。
「あなたからの初めての手紙。わたくし、一生の宝物にいたしますわ」
心の中でそう囁きながら、便箋をやさしく箱の中にしまい、蓋を閉じました。鍵はかけませんの。だって、きっと、またいつか――そう、願いを込めて。
その夜、寝室の窓から見上げた月が、ことのほか優しく輝いておりました。
セシリアは早朝から妙な胸騒ぎで目を覚ました。
予感は的中した。
朝食の時間と同時に、玄関先がにわかに騒がしくなった。
「奥方様、お荷物が……また……」
メイドの声が震えている。
セシリアが出迎えると、目の前に広がっていたのは――
豪奢な家具の数々。
純白のドレッサーに始まり、金細工の化粧椅子、なぜか化粧台が三種類もある。
そのすべてが、「奥方様の生活をより快適に」との名目で運ばれてきたという。
さらには、珍しい香木を贅沢に詰めた「リラクゼーション用セット」なる大荷物まで届いていた。
説明によれば、奥方様の香りの好みを分析し、睡眠の質を高める配合を導き出したという。
(わたくし、いつの間にか研究対象になっておりましたの!?)
目の前で、次々と運ばれていく“贈り物の山”。
それを呆然と見つめていたセシリアは、意を決して口を開いた。
「……カイル様に、少しだけ、お話がありますの」
◇
「――多すぎ、ですわ」
応接室。
静かに差し出された紅茶の湯気の向こうで、セシリアは率直に告げた。
カイルは一瞬黙り込み、持っていた本をそっと閉じる。
『恋愛マスターの完璧理論』。
装丁が、今日はピンクと黒の“特装版”だった。
「……参考文献に、贈り物は多いほど良いと書いてあった」
「書いた方はどなた?」
「ミツギーノ・フラレテーノ、という人物だ」
「初耳ですわ」
「“恋愛敗北者にして、完全なる理論家”と評されていた」
「……それは、少し信頼性が心配ですわね」
カイルは微かに眉を寄せた。
「だが……“とにかく贈ること”。それが愛情表現であると……」
「ええ、それは分かりますの。でも、カイル様」
セシリアは、そっと微笑んだ。
「……私は、あなたの気持ちが知りたいのですわ。ものの数ではなく」
「……!」
カイルの紫の瞳が、ほんの一瞬だけ揺れた。
彼はゆっくりと椅子に腰を下ろし、ぽつりと呟く。
「……贈り物なら、できると思った」
「私は、“気持ちを贈る”という行為に、まだ……慣れていないから」
セシリアの心が、ほんのりと温かくなる。
(そう……これが、“不器用な彼なりの努力”)
だから、次の言葉は、優しく伝えたかった。
「カイル様。わたくし、物は十分にいただきました。ですからこれからはお言葉をいただきたく思います。」
彼の口元に、ほんのわずかな――けれど確かな微笑みが浮かんだ。
「…わかった」
(この微笑みが何よりも素敵な“贈り物”ですわ)
セシリアはそう思いながら、ルーナをそっと抱き上げた。
◇
「吟遊詩人……?」
「“あなたのためだけの歌を詠む”というのは、心を込めた贈り物の最上位に位置すると書かれていた」
「……どちらの資料に?」
「『恋愛マスターの完璧理論・応用編』だ」
(まだ読んでいたんですの!?)
セシリアは静かに、こめかみに指を添えて小さく深呼吸をした。
「カイル様。わたくし、派手なことも、薔薇の山も、吟遊詩人も……嫌いではありませんのよ?」
「でも、それよりも――」
「“あなたの声”が、一番嬉しいのですわ」
その一言に、カイルはぴたりと動きを止めた。
そして、ごく短く、けれど深く頷く。
「……分かった。では次は、“私の言葉”で伝える努力をしてみよう」
その決意のこもった目に、セシリアの胸がふわりと熱くなる。
(派手で不器用な人。でも、それでも一生懸命な人)
(……そういうあなたが、わたくしは――)
腕の中のルーナが「にゃあ」と小さく鳴いた。
◇
カイル様が「私の言葉で伝える努力をしてみよう」と仰ったあの日から、数日が経った。
相変わらず政務で忙しい日々の中、食事の時間もままならないほどの多忙ぶり。それでも、毎朝顔を合わせる時間だけは必ず確保してくださっていて、わたくしはそれだけで十分――そう、思っておりましたの。
でも。
その朝、カイル様はほんの少しだけ、わたくしを意識して視線をそらした気がしました。
(?)
いつもなら目を見て淡々と「おはよう」と仰るのに、今日はほんの少し目線が泳いでいらした。珍しく、紅茶を一口飲む手の動きがぎこちなくて、胸の中にふわりとした予感が芽生えましたの。
その予感が的中したのは、その日の夕方のこと。
書き物机の上に、一通の封筒が置かれておりました。ノクターン家の文様入り、でもどこかぎこちない筆致で書かれた「セシリアへ」の文字。
丁寧な、完璧に整ったその文字を見た瞬間、心臓が跳ねました。
(……まさか、まさか)
震える手で封を切り、中から現れたのは、たった一枚の手紙。上質な便箋に、短く綴られたその言葉たち――それは、まぎれもなく、カイル様からのラブレターでした。
セシリアへ
何をどう書けばいいのか分からない。
君のように上手に言葉を紡げるわけではないが、
それでも、君の声を聞いて、君の姿を見て、
少しずつ、この心が動くことを感じている。
君といると、静かな時間が愛おしいと思える。
君の笑顔を見たいと思う。
私は、君と生きていきたいと思っている。
拙い言葉で、すまない。
―カイル―
読んだ瞬間、わたくしはその場に座り込んでしまいました。
胸が、ぎゅっとなって、涙がにじむ。こんなにも不器用で、でも真摯で、心からわたくしのことを思ってくださっている言葉――まるで宝石のように、きらきらと光って見えましたの。
「……うれしゅうございます……」
ぽつりと、口をついて出た言葉が、涙でかすれておりました。
こんな手紙、初めてでした。誰よりも冷徹と噂されていたあのカイル様が、こんなにも誠実に、こんなにもまっすぐに、わたくしに心を向けてくださっている。
わたくしはそっと手紙を胸に抱き締め、笑顔になったかと思えば、また涙がにじんでしまって――忙しない心の動きが、自分でも可笑しくなってしまいます。
気がつけば、足元のルーナが小さく鳴いておりました。
「……あら、見てしまいましたのね、ルーナ。これは……乙女の秘密ですのよ?」
にゃあと返してくる彼女の声に、小さく笑ってしまいます。わたくし、こんなにも嬉しいと感じたのは、いつ以来かしら。
大切に、両手で便箋を包み込むように持ち、そっと引き出しを開けました。中には、もう使わなくなった宝石箱がありますの。
でも――いえ、違いますわね。今、この瞬間から、この箱は本当の意味で宝石をしまう場所となりました。
「あなたからの初めての手紙。わたくし、一生の宝物にいたしますわ」
心の中でそう囁きながら、便箋をやさしく箱の中にしまい、蓋を閉じました。鍵はかけませんの。だって、きっと、またいつか――そう、願いを込めて。
その夜、寝室の窓から見上げた月が、ことのほか優しく輝いておりました。
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