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第二章 ノクターン家と悪徳商人
【第23話:もっと言葉で、伝えたいと思った】
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書斎の中。静寂を切り裂くように、ペン先が紙の上を走る音だけが響いていた。
「……愛とは、連続性が有効である……か」
低く呟いたのは、カイル・フォン・ノクターン公爵。
机の上には、『恋愛マスターの完璧理論DX(デラックス)』。
装丁が、今日は表にドラゴンと裏にフェンリルが描かれた“決定版”だった。
たった一行。
けれど、それを読んだセシリアは、確かに笑った。
心からの、やわらかな微笑みだった。
それを見た瞬間、カイルの中に新たな感情が芽生えていた。
「もう一度……いや、今度はさらに……」
彼はゆっくりと、白紙の便箋を取り出す。
そして、再びペンを取った。
今度は、前回よりもしっかりと想いを込めよう。
もっと明確に、具体的に――
(だが、どうすれば“的確”に伝わる?)
愛という感情を、言語化する。
それは、カイルにとって“戦略的な任務”にも似ていた。
「言葉には、根拠が要る」
「伝えるからには、論理的整合性も、明確な目的も不可欠だ」
そう判断したカイルは、愛情表現の“構成要素”を書き出し始める。
──愛情とは何か
──なぜ彼女に向けられるのか
──その継続可能性と安定性
──感情の変化に対する予測と配慮
……気がつけば、机の上には“愛情分析報告書”ともいうべき下書きが広がっていた。
「誓いの文面は必要だろうな……信頼性を担保するためにも」
彼はすごく真剣だった。
ふと、控えていた近衛騎士団副団長・ルネが書斎の扉をノックする。
「閣下、何かご用命でしょうか?」
「……便箋をもう十枚。それと、封蝋を頼む。色は“正式文書仕様”で構わん」
ルネが一瞬絶句する。
「……承知しました。差し支えなければ、形式の確認を……」
「今回は、“貴族の誓約文形式”を参考に構成している。形式に問題はないはずだ」
「……内容は?」
「愛の告白だ」
「…………」
ルネは微笑ましさと不安の混ざった顔で去っていった。
その夜。
完成した手紙は、銀縁の厚紙に手書きされた三十ページ超の大作だった。
最後の一行には、捺印された“ノクターン家の紋章”。
『以上により、私は貴女を愛することをここに宣言し、今後も誠実に、継続的にその感情を維持・向上する努力を続けていくことを誓約する。』
封を閉じると、カイルは満足げに頷いた。
「これならば、十分に伝わるはずだ」
そして――
朝の光が差し込む私室。
優雅な香りを漂わせる紅茶と、小さなお菓子を前にして、私は届いた封筒を手にしていた。
銀縁の、しっかりとした紙質。
封蝋には、ノクターン家の家紋。
(……また、手紙?)
ほんの数日前――彼から届いた手紙は、たった一行だった。
それでも、その言葉に私は、心を奪われてしまった。
(……もしかして、また……)
期待を抑えながら、私はそっと封を開けた。
厚い。
……妙に、厚い。
一枚、二枚――
ページが、次々と出てくる。
(えっ……これ、何ページ……?)
全三十一枚構成。
ページ下にはナンバリング。最終ページには、捺印された家紋と署名。
(……嫌な予感しかしませんわ)
意を決して、私は一文目を読み始めた。
『拝啓、貴女の笑顔が心に強く残る日々において、私は己の感情に一定の変化を自覚いたしました。』
(はい……?)
『本状はその自覚に基づき、以下の通り現時点における心情および見解を報告・提示するものといたします。』
(あの……)
『第一条:私、カイル・フォン・ノクターンは、奥方である貴女を愛する意思を確認した。』
『第二条:本意思は、理性と判断に基づいたものであり、日常的交流により強化された結果である。』
『第三条:以後、本意思の維持および表現に努めるものとし、努力の手段については随時更新されることを明記する。』
『第四条:今後・・・・』
『第五・・・』
『第・・・』
・・・
『以上。よって、愛情の継続を誓約する。』
【署名:カイル・フォン・ノクターン】
【印章:ノクターン家公式印】
(…………)
私は、そっとページを伏せて、紅茶を一口飲んだ。
(これ……ラブレターではなく、“愛情契約書”ですわよね?)
しかも、捺印付き。
まるで、どこかの国の重役文書のように、堅苦しく、整っていて――
(いえ、内容自体は……ちゃんと、愛の告白、なのですけれども……)
どうしてこんなに、感情が法的手続きみたいな形になっているのかしら。
思わず、溜息が出そうになった。
けれど。
けれど――
完璧に整えられたページ、まっすぐで美しい文字の並びを見ていると、ふと、胸がきゅっとなった。
(……この人、きっと、ものすごく考えて、悩んで……)
(それでも、“伝えたい”と思って書いてくださったのね)
たどたどしい“愛の言葉”を、彼は――きっと、自分なりに精いっぱい、書き綴ったのだ。
私はそっとページを拾い上げ、再び読み直す。
一文ごとに、笑いと温もりが込み上げてくる。
そして、最後の署名の横に記された一言。
『この想いは、決して一過性ではないことを、信じてほしい。』
(……やっぱり)
私は、笑ってしまった。
(間違いなく……これは、恋文ですわね。彼なりの)
「……愛とは、連続性が有効である……か」
低く呟いたのは、カイル・フォン・ノクターン公爵。
机の上には、『恋愛マスターの完璧理論DX(デラックス)』。
装丁が、今日は表にドラゴンと裏にフェンリルが描かれた“決定版”だった。
たった一行。
けれど、それを読んだセシリアは、確かに笑った。
心からの、やわらかな微笑みだった。
それを見た瞬間、カイルの中に新たな感情が芽生えていた。
「もう一度……いや、今度はさらに……」
彼はゆっくりと、白紙の便箋を取り出す。
そして、再びペンを取った。
今度は、前回よりもしっかりと想いを込めよう。
もっと明確に、具体的に――
(だが、どうすれば“的確”に伝わる?)
愛という感情を、言語化する。
それは、カイルにとって“戦略的な任務”にも似ていた。
「言葉には、根拠が要る」
「伝えるからには、論理的整合性も、明確な目的も不可欠だ」
そう判断したカイルは、愛情表現の“構成要素”を書き出し始める。
──愛情とは何か
──なぜ彼女に向けられるのか
──その継続可能性と安定性
──感情の変化に対する予測と配慮
……気がつけば、机の上には“愛情分析報告書”ともいうべき下書きが広がっていた。
「誓いの文面は必要だろうな……信頼性を担保するためにも」
彼はすごく真剣だった。
ふと、控えていた近衛騎士団副団長・ルネが書斎の扉をノックする。
「閣下、何かご用命でしょうか?」
「……便箋をもう十枚。それと、封蝋を頼む。色は“正式文書仕様”で構わん」
ルネが一瞬絶句する。
「……承知しました。差し支えなければ、形式の確認を……」
「今回は、“貴族の誓約文形式”を参考に構成している。形式に問題はないはずだ」
「……内容は?」
「愛の告白だ」
「…………」
ルネは微笑ましさと不安の混ざった顔で去っていった。
その夜。
完成した手紙は、銀縁の厚紙に手書きされた三十ページ超の大作だった。
最後の一行には、捺印された“ノクターン家の紋章”。
『以上により、私は貴女を愛することをここに宣言し、今後も誠実に、継続的にその感情を維持・向上する努力を続けていくことを誓約する。』
封を閉じると、カイルは満足げに頷いた。
「これならば、十分に伝わるはずだ」
そして――
朝の光が差し込む私室。
優雅な香りを漂わせる紅茶と、小さなお菓子を前にして、私は届いた封筒を手にしていた。
銀縁の、しっかりとした紙質。
封蝋には、ノクターン家の家紋。
(……また、手紙?)
ほんの数日前――彼から届いた手紙は、たった一行だった。
それでも、その言葉に私は、心を奪われてしまった。
(……もしかして、また……)
期待を抑えながら、私はそっと封を開けた。
厚い。
……妙に、厚い。
一枚、二枚――
ページが、次々と出てくる。
(えっ……これ、何ページ……?)
全三十一枚構成。
ページ下にはナンバリング。最終ページには、捺印された家紋と署名。
(……嫌な予感しかしませんわ)
意を決して、私は一文目を読み始めた。
『拝啓、貴女の笑顔が心に強く残る日々において、私は己の感情に一定の変化を自覚いたしました。』
(はい……?)
『本状はその自覚に基づき、以下の通り現時点における心情および見解を報告・提示するものといたします。』
(あの……)
『第一条:私、カイル・フォン・ノクターンは、奥方である貴女を愛する意思を確認した。』
『第二条:本意思は、理性と判断に基づいたものであり、日常的交流により強化された結果である。』
『第三条:以後、本意思の維持および表現に努めるものとし、努力の手段については随時更新されることを明記する。』
『第四条:今後・・・・』
『第五・・・』
『第・・・』
・・・
『以上。よって、愛情の継続を誓約する。』
【署名:カイル・フォン・ノクターン】
【印章:ノクターン家公式印】
(…………)
私は、そっとページを伏せて、紅茶を一口飲んだ。
(これ……ラブレターではなく、“愛情契約書”ですわよね?)
しかも、捺印付き。
まるで、どこかの国の重役文書のように、堅苦しく、整っていて――
(いえ、内容自体は……ちゃんと、愛の告白、なのですけれども……)
どうしてこんなに、感情が法的手続きみたいな形になっているのかしら。
思わず、溜息が出そうになった。
けれど。
けれど――
完璧に整えられたページ、まっすぐで美しい文字の並びを見ていると、ふと、胸がきゅっとなった。
(……この人、きっと、ものすごく考えて、悩んで……)
(それでも、“伝えたい”と思って書いてくださったのね)
たどたどしい“愛の言葉”を、彼は――きっと、自分なりに精いっぱい、書き綴ったのだ。
私はそっとページを拾い上げ、再び読み直す。
一文ごとに、笑いと温もりが込み上げてくる。
そして、最後の署名の横に記された一言。
『この想いは、決して一過性ではないことを、信じてほしい。』
(……やっぱり)
私は、笑ってしまった。
(間違いなく……これは、恋文ですわね。彼なりの)
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