ある魔王兄弟の話し

子々々

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シアという吸血鬼

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シアは吸血鬼である。吸血種の中でも真祖に最も近い吸血鬼として周囲の吸血鬼達から期待と尊敬をされていた。
期待というのは、一族の復興の事である。
シアの一族は所謂真祖の直系でどの子供達も強力な力を保有し、かつて人間と魔族達が争っていた時代では大いに力を奮っていたらしいのだが、人間と魔王軍の戦いの結果魔王軍は敗北し、真祖も勇者によって討たれた。
そこから一族の権威は急速に衰えていった。
魔王の後継者争いにも参加したのだが真っ先に敗れたのも原因の一つであろう。
その為少しでも強い力を持った吸血鬼と結婚し子供を産み、必要とあらば近親婚も繰り返した。
そうやって一族の復興の為だけに心血を注いできた結果、念願の先祖返りを果たした子供が産まれたのだった。

「私が父の養子になったのは、風の噂で後継者を探してるって聞いたからなんだ」
「……最初からお前を魔王にする気満々だったって事か?」

ベッドの中、互いの肌の体温を確かめ合いながら魔王となったばかりのフィドゥはどうして自分を魔王にしたのか尋ねると、シアはそう答えた。

「その通りさ。でも父の城には既に兄上がいた」

幼かったシアを一族はやや強引に先代魔王に押し付けていったが、既に人狼のフィドゥがいた。
先代魔王は別にフィドゥを後継者にするつもりは無かったらしいのだが、それでも先代魔王の息子として恥ずかしくないように自ら勉学に励んでいた。
ある日突然、先代魔王は新しい家族だよと言ってシアを連れて来た。
ここへ来た時のシアはどこか虚だったのを覚えている。
この子とも仲良くしてねと言われても、フィドゥはシアの扱いに非常に困っていた。
なにしろ何を見せても話しかけてもシアは反応を見せず、ずっと、「一族の為に頑張らなきゃ…」と繰り返し言いながら勉強をしていたのだから。
それでとうとうしびれを切らしたフィドゥはシアの私物を取り上げたのだ。そこで初めてシアは怒りの感情を露わにし、二人は初めての喧嘩をした。
幼くとも破壊力抜群の兄弟喧嘩はそれはそれはとても悲惨なものだった。
誰もが嘆く中で先代魔王だけは、兄弟喧嘩は当たり前だよと和かにしていた。

「小さい時から一族の為一族の為に繰り返し言われ続けられていたから、洗脳に近いかもね」
「でも概ね期待通りだったんじゃないのか?実際お前はかなり優秀だ。人の使い方も、国の回し方も、オレ以上に理解している。そして誰もがお前に期待を寄せていた。新たな魔王はお前だって」
「私が魔王になったら、確実に戦争は起こるよ?私を持ち上げていた連中は戦争を望む奴らばかりだから」
「…………」

シアの手腕で魔族領は大いに成長した。昔よりも発展していった。これなら人間相手にリベンジできると、かつて敗北を味わった者達が賑わい立っていた。
長命種の多い魔族領では、千年経とうとが未だに人間に深く恨みを持つ魔族は少なくなかった。
シアの一族も例外ではなかったし、先々代魔王の幹部を務めていたのもあって、シアが魔王となってしまえば恐らく一族は戦争の準備を周囲に働きかけるに違いない。

「だから兄上が良いんだ。父上が築いてきた平和を、私のせいで台無しにしたくない。平和な国には平和主義の兄上が一番なのさ」

フィドゥは仮面も相まってなかなか迫力のある姿をしてるが実際は温厚かつ平和主義で、逆にシアは友好的な好青年に見えて気性は荒く容赦が無いのだ。
だからよく物を壊し、人を傷つけ、フィドゥが度々喧嘩の相手をして、ようやくシアは自身の気性の荒さを抑えれるようになれたのだ。
フィドゥと先代魔王の献身の結果とも言える。
ただ、争いが起これば確実にストッパーが外れる恐れもあったので、シアは魔王候補を自ら降りた。

「……お前の一族は…いや、何でもない」

シアの実家はどんな反応だったんだと聞こうとして、無粋だなと思って途中で止めてしまった。しかし、

「あ、そうそう。それで思い出した。悪いんだけどさ、1週間空けてもいいかな」
「……何処か出かけに行くのか?」
「里帰りだよ」
「!?」
「心配しなくてもちゃぁんとケジメぐらいはつけてくるさ」

チュッチュッとフィドゥの額に何度もキスを落とし、それから「おやすみ!」と速攻で眠りに就いた。
フィドゥは少しだけ不安を抱きつつも、シアを抱き寄せ静かに眠りに就いた。
予告通りシアは1週間城を空けた。
「実家と絶縁してきたよ!」と、あっけらかんと笑ってみせながら無事に戻ってきた時は本当に心の底から安堵した。
嬉しさでシアを抱きしめた時、嗅ぎなれない香水に混じって血と灰の匂いがしたのは気のせいだという事にした。
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