ある魔王兄弟の話し

子々々

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グリモワールマーケット

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城の中を歩いていると色んなものが聞こえる。
甲冑の音。訓練の声。談笑。そして──。

「いやぁあああ!!間に合わない!間に合わないよぉおおおお!!」
「落ちちゃう!!このままじゃ新刊落ちちゃうよおおおおお!!」
「ああああああ!!セリフ抜けてるうううう!!背景抜けてるうううう!!」
「十ページ!一日十ページやれば来週のイベントに間に合うわ!!」
「…………」

女性達の修羅場の声。一つの風物詩。
ああそうか。もうそんな時期なのか…。
グリモワールマーケット。通称グリマケ。
三十年前にシアが興した、年に二回行われる世界最大規模のイベント。
各々が本を出し、当日は会場内限定でその本が販売される。
夢と欲望の詰まった珠玉の一冊を求めてわざわざ遠くの国から王族や貴族がお忍びで来る程だ。

「嗚呼…なんて素晴らしい悲鳴だ。惚れ惚れするよ」
「悪趣味め」

この締め切り地獄を生み出した張本人に悪態を吐く。

「そんな事言わないでよ兄上。兄上だって楽しんでるでしょ?」
「本をな本を。誤解を招くような言い方はよせ」
「あぁ、一体どれだけの兄上の陵辱本が出るんだろう」

グリマケが生まれた理由が、兄フィドゥの陵辱本を読んでみたいというとんでもなく邪悪な理由だとは誰も想像出来まい。

「そうそう!聞いてよ兄上!なんとあのNTRの神、ブラームス先生の新刊が出るんだよ!」
「純情ものだと騙されてトラウマを作ってくれたあの忌まわしい本の作家の新刊か……」

ブラームスはシアの一番のお気に入りの作家だ。
生々しくリアルな描写、そして希望を少しずつ与えながら最後にどん底につき落とす、主人公に一切救いのない容赦ない内容はフィドゥ含め多くの読者にトラウマを植えつけた。
シアに騙されたフィドゥはショックのあまり熱を出して一週間寝込んだ程だ。

「主人公視点で読むから辛いんだよ。傘男視点で読めば全然平気だよ?」
「お前はいつも殺る側視点で物語りを読むからな……」

シアの度を超した加虐性は一周回って頼もしすらある。

「逆に兄上は何が欲しい?」
「グルメ旅行記と歴史本」
「おもんな」
「うるせぇ」
「私が陵辱される本とか、私に調教されてる本とか欲しくないの!?」
「どっちも解釈違いだから無理だ」

何故か不満そうにフィドゥを睨む。

「というか、基本ナマモノは無理だ。逆にお前は平気だよな」
「兄上がモブ共に雌調教されるのは興奮するし正直間近で見てみたいとすら思うよ」
「…………」

しかしフィドゥは一度も後ろを掘られた事がない。後ろの穴のみ満足して前が使えなくなったらシア本人が困るからだ。
初めて体を繋げた日からシアは徹底して抱かれる側だった。
逆に自分を抱こうとは思わなかったのかと一度だけ尋ねた事あったが、抱かれる方が一番気持ち良いのだと、そう答えた。

「NTRはね、脳を破壊されるあの衝撃と快楽が堪らないんだ。初めてブラームス先生の本を読んだ時の衝撃と破壊は昨日の事のように覚えている…」

恍惚とした表情で語るシア。
弟の事は心から愛してる。だが、ジャンルの好みだけは決して相容れないのだと改めて実感させられたのだった。
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