ある魔王兄弟の話し

子々々

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フィドゥという人狼

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フィドゥは端的に言えば周りに嫌われていた。それはフィドゥ自身も気づいている。
何故彼がここまで嫌われているのかといえば、ひとえに魔王ドラネウスのカリスマ性にあった。
勇者に討たれ、空席になった魔王の座を巡って人から魔族同士の争いが始まり、それを見事収めたのが古の龍と呼ばれた彼であった。
争いを圧倒的な力で鎮圧し、バラバラになった魔族達をカリスマで纏め上げた。
だから彼を慕う魔族は非常に多いのだ。
だからこそ、特別な力──邪眼は魔族であってもタブーなので隠さなくてはいけない──も無ければ特別な血筋も持たない、小さな集落から拾われてきた野良狼であるフィドゥは敵視されていた。
ただフィドゥは一族から冷遇されてきたものの、代々積み重ねてきた配偶本能のお陰で学習能力は非常に高かった。
教師の無理難題をあっさりとこなし、作法やマナーも短期間で完璧にこなせるようになってしまった。
体罰と称して弱者を痛ぶる事を楽しんでいた教師達は、当然ながら面白くない。
だから重箱の隅をつつくように執拗にフィドゥに嫌がらせを繰り返していた。
フィドゥは分かっていたが、必死で我慢し続けた。

「今日から新しい家族になった子だ。仲良くしてね」
「え……?」

ある日突然ドラネウスはもう一人の養子を迎えた。
周りの魔族達を圧倒する程の美しい吸血鬼の少年だった。
新たな養子を迎えたという事は、父は自分に期待していないのかと本来なら悲しみに打ちひしがれていただろうが、新しい家族となったシアはとにかく性格に難があった。
我が儘で癇癪持ちで気に入らなければすぐに暴力に訴える。とにかく性格が最悪な吸血鬼だった。
シアの美しさを持て囃していた者達はいつしかシアを恐れるようになった。
しかしシアは美しいだけでなく、フィドゥ以上に能力が高く、そして幼いながらに強かったため、これこそが魔王の器だと魔族本来の本能が刺激されたのか、シアを恐れるのと同時にドラネウスとはまた違う形でシアを崇敬する魔族が増えていった。
それがより、シアの悪辣さを増長させていった。

シアは間違いなく魔王と呼ぶに相応しい器だった。
彼が魔王となれば平穏は崩れ去り、先々代以上の破壊、蹂躙、陵辱が行われていたかもしれない。
しかしそうしなかったのは、フィドゥがいたからである。
フィドゥはシアの運命の番だった。
しかし生粋の怪物であるシアは愛し方を知らなかった。だからフィドゥを傷つける事でしか彼を愛せなかったが、フィドゥが突然反撃に出たのだ。
二人の喧嘩は喧嘩の範疇を超えて殺し合いとなった。
あれだけ大人しかったフィドゥがどうして突然シアに牙を向けたのかは不明であったが、単純にシアの躊躇ない蹂躙行為が人狼としての闘争本能を呼び起こしたのだ。

互いの血を浴び、肉片を飛ばして骨を剥き出しにさせながら二人は笑いながら殺し合った。
その場にいた大人達は恐怖した。
あれだけ馬鹿にしていたハズの野良狼もまた、怪物だったのだ。
やがてドラネウスが止めに入り、二人の殺し合いは終わりを告げた。

生まれて初めて感じる痛みだった。そして初めて感じた高揚感でもあったのだ。
だから二人は同時に思った。

この吸血鬼/人狼をもっと蹂躙したいと。

「──ま、その後なんやかんやあって今の形に収まったんだ」
「いやいやいや!?そのなんやかんやが一番大事じゃねぇの!?」

ベルドナーは興味本位でフィドゥにシアの出会いを聞いたのだが、予想以上にバイオレンスだった。
ドラネウスに拾われてそれ以降の扱いに同情はしたが、シアとの出会いからの激変には驚きしかなかった。

「もう兄上、恥ずかしいからあまり昔の話ししないでよ~」
「何処に恥ずかしがる要素があった!?」
「だってあの時の私は自分の才能にかまけて周りを見下して有頂天になっていたんだ。軽率な自分に拷問を掛けてやりたいぐらいだよ」
「もっと自分を大切にしな」

シアはフィドゥと殺し合った事で、彼が自分より上の存在だと認識するようになり、兄として慕い始めた。
その変化に最初は戸惑ったものの、すぐに受け入れて弟を溺愛した。
それから二人はいつしか番として愛し合うようになった。
事実は小説よりも奇なりというが、この二人を見てるとあながち間違いではないのだろう。

こいつらには一生勝てねぇな…と、仲睦まじい二体の怪物を眺めながら、ベルドナーは冷めた紅茶を啜るのだった。
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