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前日譚
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これは、エラ=キャンベルが吸血鬼兄弟と出逢う、キッカケの前日譚――。
「はぁ……お腹空いたなぁ」
それなりに大きな腹の虫が闇夜の森に鳴り響く。普段は鮮やかな翡翠の髪も、照明の無い夜では輝くことも出来ない。周囲の不気味な静寂と人気の無さが心細さとなって募っていく。
「……ここ、何処だろう。確か、ハリー地区の検問は通った気がするけど……」
齢十八のエラが所属するは交易を生業としている小さな商隊。
幼い頃に両親を亡くした彼は、威勢と面倒見の良い隊長を筆頭に仲間にも恵まれて商隊の一員として今日まで過ごしてきた。それはエラが望む限り、今後も約束された未来のはず、だった。
「おや、本当にヒトが迷い混んでいるとは」
「だ、誰⁉」
明かりが無かった土地にエラの目先で光が宿る。
そこには物腰柔らかそうな、立ち姿からしても紳士的な人物が立っていた。
ふと、エラは男性の顔を見て記憶を辿る。先日到着したばかりの土地のはずなのに、何故か銀色の髪と美しい紅い瞳に見覚えがあった。
「突然現れて、大変失礼しました。私はこのスティング領を取り締まる、領主のアッシュ=スティングです。お見知りおきを」
「スティング領の領主……えっ、あのアッシュ様⁉」
笑顔で綻ぶ、目先の大物にエラはつい驚きの声音を上げる。ハッとなり、我に返ると謝罪を施した。
「し、失礼しました。まさか領主様にお会い出来るとは……。あ、ボクは小規模な商隊に所属している者です」
「はい、存じております。長旅、お疲れ様でした」
挨拶と、労いに対する感謝で二度お辞儀をする。
学校という、本来学ぶべき勉学の場所に通ってはいないとはいえ立場や礼儀は商隊の仲間から最低限は教えられていた。
それでも頭に描いた疑問符は口に出してしまうようで。
「しかし、領主様が如何にこのような場所に?」
「ふふ、ちょっとした趣味の散歩です。深い意味は特にありませんよ」
にこり、と瞼を閉じた笑みを浮かべる。
「夜のお散歩、ですか……。あ、そうだ。お恥ずかしながら、ボク道に迷ってしまったみたいで……その、領主様にお願いするのは大変失礼なのですが……。町まで案内を」
「――申し訳ありません。残念ですが、それは難しい相談です」
「え……アッシュ、様?」
悲鳴にもならない声音がエラを襲う。目先の信じ難い光景が彼の両目が認知する。
それは、感情の単語を一言で表すのなら……恐怖。
アッシュ=スティングと名乗る人物の口元に、二本、真っ白な牙が月明かりに照らされる。
「迷える私の可愛い、可愛い子羊さん。この森の通称、何と呼ばれているか、ご存じでしょうか」
エラは状況が上手く読み取れず、頭が働かない故に問われた内容にぱくぱくと口を動かすだけ。その恐怖心が彼の欲求を掻き立てる。
「――血と涙の森。ようこそ。あなた方、人間が呼称する吸血鬼の住み処へ。歓迎しますよ、新たな我々の召使として」
怯え、慌てふためく旅人にアッシュは手を翳す。
人智を超越した能力は己の欲望を最大限に満たす為の道具、と不敵に嗤った。
「はぁ……お腹空いたなぁ」
それなりに大きな腹の虫が闇夜の森に鳴り響く。普段は鮮やかな翡翠の髪も、照明の無い夜では輝くことも出来ない。周囲の不気味な静寂と人気の無さが心細さとなって募っていく。
「……ここ、何処だろう。確か、ハリー地区の検問は通った気がするけど……」
齢十八のエラが所属するは交易を生業としている小さな商隊。
幼い頃に両親を亡くした彼は、威勢と面倒見の良い隊長を筆頭に仲間にも恵まれて商隊の一員として今日まで過ごしてきた。それはエラが望む限り、今後も約束された未来のはず、だった。
「おや、本当にヒトが迷い混んでいるとは」
「だ、誰⁉」
明かりが無かった土地にエラの目先で光が宿る。
そこには物腰柔らかそうな、立ち姿からしても紳士的な人物が立っていた。
ふと、エラは男性の顔を見て記憶を辿る。先日到着したばかりの土地のはずなのに、何故か銀色の髪と美しい紅い瞳に見覚えがあった。
「突然現れて、大変失礼しました。私はこのスティング領を取り締まる、領主のアッシュ=スティングです。お見知りおきを」
「スティング領の領主……えっ、あのアッシュ様⁉」
笑顔で綻ぶ、目先の大物にエラはつい驚きの声音を上げる。ハッとなり、我に返ると謝罪を施した。
「し、失礼しました。まさか領主様にお会い出来るとは……。あ、ボクは小規模な商隊に所属している者です」
「はい、存じております。長旅、お疲れ様でした」
挨拶と、労いに対する感謝で二度お辞儀をする。
学校という、本来学ぶべき勉学の場所に通ってはいないとはいえ立場や礼儀は商隊の仲間から最低限は教えられていた。
それでも頭に描いた疑問符は口に出してしまうようで。
「しかし、領主様が如何にこのような場所に?」
「ふふ、ちょっとした趣味の散歩です。深い意味は特にありませんよ」
にこり、と瞼を閉じた笑みを浮かべる。
「夜のお散歩、ですか……。あ、そうだ。お恥ずかしながら、ボク道に迷ってしまったみたいで……その、領主様にお願いするのは大変失礼なのですが……。町まで案内を」
「――申し訳ありません。残念ですが、それは難しい相談です」
「え……アッシュ、様?」
悲鳴にもならない声音がエラを襲う。目先の信じ難い光景が彼の両目が認知する。
それは、感情の単語を一言で表すのなら……恐怖。
アッシュ=スティングと名乗る人物の口元に、二本、真っ白な牙が月明かりに照らされる。
「迷える私の可愛い、可愛い子羊さん。この森の通称、何と呼ばれているか、ご存じでしょうか」
エラは状況が上手く読み取れず、頭が働かない故に問われた内容にぱくぱくと口を動かすだけ。その恐怖心が彼の欲求を掻き立てる。
「――血と涙の森。ようこそ。あなた方、人間が呼称する吸血鬼の住み処へ。歓迎しますよ、新たな我々の召使として」
怯え、慌てふためく旅人にアッシュは手を翳す。
人智を超越した能力は己の欲望を最大限に満たす為の道具、と不敵に嗤った。
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