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第一章 プロローグ

プロローグ

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 ふと、思いついて書いてみる。


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 カタカタカタ…

 フロアにキーボードをたたく音が響く。
 すでに俺以外誰もいない。

 ざっと30人ほどが入るフロアで俺のデスク近く以外の照明はすでに落とされている。
 よくCMで見るような光景。

 社会に出るまでは絵空事だと思ってたけど、普通にあるのね。こういう光景。
 あぁ、ちなみに俺は現在、社内には事になっている。
 よくある働き方改革ってやつだ。

 確かに働き方は変わったよ?サビ残が増えただけだ。
 あ、それと在宅ワークも増えた。問題はその日が法定休日だという事だけだ。クソが。

 法律が施行された事により年収は大幅に下がった。業務量は減らなかったが。
 施行前は36協定ギリギリまで残業しても何も言われなかった(というか業務量が多すぎた)ので、高卒32歳の俺でも同世代の中で比較的貰えていた方だと思う。もう過去形だけどな。

 やっすい基本給と雀の涙の残業代と膨大な業務量が今の俺を成形していると言っていい。
 
「これは終わらんな…」
 何ともなしにそんな独り言が口から出た。現在、自社HPの更新中だ。これが終わったらSNSの管理に来週行われる新企画立案会議の資料作り、前月の宣伝広告費実績確認、自分のメール確認に代表メールアドレスの確認、上期下期の営業予算達成の確認に来季予算の作成…。

 急に息苦しさを感じてそばに置いてあるコーヒーカップを持つが、中身は空だった。

 立ち上がって給湯室に向かおうとして、ふと、窓から外を見る。
 13階のフロアからはまばらに明かりが灯ったビルがいくつか目に入る。時刻は午前2時を少しまわったところ。
 これでまだ火曜ですよ?いや、日が変わったから水曜か。ちょっと働きすぎじゃないですかね…。

 その光景を見て、急速にやる気が失せていくのがわかった。とうにやる気は無くなっていて惰性とほんのわずかな気力で凌いでいた気もするけど。

 給湯室でコーヒーを注いでデスクまで戻る。
 何ともなしにニュースサイトを斜め読みする。これも一応立派な仕事だ。
 
 俺の仕事は驚く程に多岐に渡る為、必要かどうかに関わらず情報は得る事を心掛けている。本当にそんなに業務が偏る事なんか無いだろう?と思われるかもしれないが、中小企業ではよくある光景、らしい。

 まぁ、実際には俺がいなくなっても普通に会社は回るんだろうけどね…。

 最近はこんなのが流行ってんだなぁ…と思っていると、ふと、ニュースサイトの広告バーが目に入った。
「そこのアナタ!プロサッカークラブを運営しよう!⇒⇒ココをクリック」
 コミカルなイラストで描かれたリクルートスーツを着たセミロングの女性キャラがにこやかに笑顔でグーサインをしている縦長の広告バーだった。

 昔よくやったシミュレーションゲームかな、と思いながら広告バーを見つめる。
 すると、グーサインをしていた女性のイラストがパッと切り替わり、まるで俺をじーっと見ているように見える。するとまたパッと切り替わり、必死にクリックボタンを指差し始めた。

「よく出来たgifだなぁ…」
 そんな事を思いながらニュースサイトのトップに戻ろうと矢印アイコンを動かす。すると女性の顔に段々と涙が浮かび始めた。
    ギョッとしながらも、こういった仕掛けを見るのは初めてではない。ただし最近ではあまり見掛けなくなった仕掛けだ。
    しかも自社サイトならまだしも、単なる広告バーにここまで手の込んだ仕掛けをする事は少ない。
 
 それからも俺は何度かクリックボタンとトップに戻るの間を行き来させながら女性の悲喜こもごもを繰り返させた。
    特にそこに意味は無い。強いて言うなら、仕掛けに興味があったのでどんなパターンがあるのか繰り返しただけだった。

 ひとしきりパターンを確認し終えて、興味が無くなった俺は、マウスから手を放してコーヒーに口を付ける。興味が無くなったとはいえ、胸中で少しだけこの広告に賛辞を送っていた。
 単なる広告一つにここまで手を掛けるのは中々に大変だ。実は俺程度には計り知れない遠大な計画や徹底的に練り上げられたマーケティングをもとにしたものならいざ知らず、普通ならここまで手が込んだ広告はしないはずだ。費用もそうだが一番は面倒だ。あらゆるパターンを落とし込み、クリックからダウンロードさせる為に作る広告は、まぁ面倒くさい。どうしてもそれなりのクオリティで落とし込む事がほとんどだろう。
 
 広告バーの中の女性は肩で息をしていた。いや、本当によく出来た仕掛けだわこれ。
 恐らく矢印アイコンが動かずに〇秒以上経過で動き出すギミックなのだろうが、さすがにここまでの広告を見たのは初めてだった。

「うーーむ。なるほど、こういったオモシロ仕掛けもアリかもなぁ…。……ん?」
 オモシロ仕掛け、と言ったところで女性が急にこちらを見た。目じりに涙を浮かべながらめちゃくちゃ睨んでいる。
 いかにも『私怒ってます!』といった感じだ。物凄くプリプリ怒っている。
 俺が苦笑しながらも様子も見ていると…。

「えっ…!?どういう事!?」
 なんと怒っていた女性が広告バーの中から出てきて、肩を切らしながら画面上を歩き始めた。画面の少し離れた矢印アイコンに辿り着くと、そのまま引っ張り出した。
    どういう事なんだ!?
 驚きながらも俺は慌ててマウスを動かそうとする。…なんだこれ!めちゃくちゃ重たい!
 画面の中では額に青筋立てながら矢印アイコンを全力で引っ張る女性。どう見ても広告バーに引っ張り込もうとしている。俺はというと、必死に矢印アイコンを閉じるボタンに動かそうとしている。
 ここまで来てもはやこれがギミックではないと理解していた。だがそんな事を考えている場合ではない。
    とりあえず気味が悪すぎる!
    このまま広告サイトに飛ばされたらどんなウイルスに感染するかわかったものではない。しかも俺のPCは業務の都合上、管理者権限を付与されている。
 勿論、仮に感染したとしてすぐさま業務に支障が出るようなヤワなセキュリティではないとしても、だ。


「あぁ、もう!なんなんだよコイツ!気持ち悪いな!」
 俺のその一言に、女性があからさまにイラッ、としたのがわかった。
 矢印アイコンから手を離すと、こちらを見ながら仁王立ちとなる。なんなんだ…?
 俺は気味の悪さも忘れて画面に釘付けとなってしまっていた。
 女性キャラは矢印に背を向けて数歩下がった。まるでルーチンのように一歩一歩を確かめるように下がり、規定の歩数になったのか、くるりとその場で半転する。        
    …若干だけ姿勢を落とし矢印を見つめたかと思うと床を蹴り出して小走りで矢印まで向かい始めた。矢印半歩手前で左足を踏み込む。勢いに乗って右足を振りかぶると、矢印アイコンを蹴り飛ばしたのだ。
 どう見てもPKですありがとうございました。

「うおっ!あちぃぃぃぃ!!!」
 反動でマウスごと右側に思いっきり引っ張られた。デスク上の資料が散らばり、コーヒーもこぼれてしまい、ズボンにかかってしまった。先ほど淹れたばかりのコーヒーはまだ熱く、思わず大きな声を出してしまった。

 ニヤリ…そんな擬音が聞こえてくるような悪人顔で女性は笑っている。すでに矢印アイコンはクリックバーの真上まで来ていた。
 
    コイツマジふざけんなよ…。
    そんな事を考えていると女性はクリックバーの上で思いっきりジャンプした。
 ジャンプから落下してくる間にスカートがめくれる。あ、しましまパンツ見えた…。
 予想していなかったのか慌ててスカートを両手で押さえながら落下してくる女性キャラ。思わずニヤリとしてしまう俺。憤怒の表情で僕を睨みながら落下してくるとそのまま矢印アイコンを踏みつけた。

 …カチッ。

 マウスのクリックを音が響き、そのまま僕はこの世からいなくなった。
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