上 下
8 / 9
第二章 オーナー就任んん!!??

6.試合を観戦してみる(最終節後半)

しおりを挟む
 一時間ほど悩み、いくつかの変更を行って【試合観戦】をタッチした。

 俺の中での最適解を出したつもりだが、全くもって自信がなかった。
 何しろ俺は素人サラリーマンなのだ。ゲームと同じつもりで調子に乗っていた鼻っ柱を折られた気分だった。


 後半開始のホイッスルが鳴った。後半のキックオフは自チームのボールから始まった。
 一度自陣に下げたボールがいくつかの選手を経由して稲垣に繋がる。稲垣はそのまま個人技で突破を試みて態勢を崩しながらもシュートまで持ち込んだ。

 ボールは無情にもゴールバーを大きく超えてしまう。崩れた体勢からシュートを打った為にそのまま転んでしまった稲垣だが、すぐさま起き上がり少し俯き気味になりながらゆっくりと自陣に戻ろうと歩き出した。
 数歩歩いたところで稲垣の視線が上がる。その視線の先には、前原が立っていた。何かを大きな声で稲垣に言っているようだ。前原は両手を少し上げて労うように三度手を叩くと、すぐに振り返って自陣に走って戻って行く。
 ぽかん、とした表情の稲垣だったが、前原の労いに小さく失笑すると、歩くのを止めて小走りで自陣まで戻って行った。

 ナイスシュート!次も頼むぞ!
 前原がそう言っていたように見えた。その姿に俺は小さくガッツポーズをしながら。


■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

 結論として、戦術とシステムは変えなかった。

 前半の攻め込まれ方を見ると難しい判断だったが、最小限の失点で前半が終わった要因に戦術とシステムの適性が効いていると判断したのだ。
 前節を見ていないので、何がどう向上したのか、もしくは悪くなっているのかはわからない。
 変える事のメリットと変えない事のメリット双方を鑑みた結果、俺は変えないメリットを取ったのだ。少なくとも今のこの状況でこの2つを変える選択肢はそもそも俺の中ではほとんど現実味が無かった。

 では、俺は一時間も何を迷っていたのか。それは先程見た二人の光景が答えだというところか。

 まず、稲垣の能力・実績を再度詳しく見返してみた。
 やはりチーム内では頭一つ抜きんでていると言える。いくらキャプテンシーの欠如が甚だしく、また、横暴だとしてもこの状況でエースを外す事は考えていなかった。

 次に前原の能力・実績を詳しく見返してみた。
 【チーム編成】画面では能力の項目にキャプテンシーは表示されない。それに実績にもキャプテンマークを巻いた試合数などは表示されていない。
 能力を見ると平均よりも少し高い程度。個人能力にはこれと言って特筆すべき点は無かったが、ハーフタイム時に判明した連携だけはチーム内でずば抜けて周囲と構築されていた。稲垣と唯一連携線が繋がっていたのも前原のみだった。

 そして11人が配置された画面上のフィールドに目をやる。前半終了時点で0-1のスコアだったが、各選手の疲労度は相手チームの倍近い数字だった。

 このままでは過半数以上が試合終了まで持たないな…。

 選手交代は3人までしか行えない。それにケガなどの不測の事態を考えると後半開始前に3人枠を使い切ってしまう事も不可能。最大でも2名までだろう。
 最も疲労の濃い選手は守備的MFだった。FW稲垣とDF前原の中間に位置していた選手だが、前半終了時点にも関わらずチーム内でただ一人疲労度が70%を超えていた。
 この選手は確実に変えるしかない。ハーフタイム中に多少の体力回復は期待出来るとはいえ、疲労度70%超えは厳しい。ゲームのように疲労度100%まで何も変わらなければいいが、現実を考えるとそれはあり得ない。
 この選手は前半終了間際には明らかに足取りが周囲よりも重かった。

 後半開始に向けてこのMFのみ変えるしかないな…。そう思いながらベンチ外のMFに目をやる。ベンチに座っていた守備的MFは2名。だが、2名ともスタメンで出場していた選手よりも明らかに能力が低い。

 昇格がかかった最終節、そして0-1で負けている状況でこの2名のうちのいずれかを投入は出来ない。将来に向けて経験を積ませるなどの考え方もあるが、そもそも負けた時に俺がどうなってしまうのかもわかっていない。

 では、誰を投入するのか?控えはいない。かといってこのまま引っ張るのも自殺行為だ。

 ここで半ば妥協、半ば苦し紛れで変更したのが、前原のDFから守備的MFへのコンバートだった。
 前原を守備的MFにコンバートした理由はいくつかある。
 ①前原に比べて若干能力は落ちるが控えのDFがいた事
 ②前原のポジション適性にわずかだが守備的MFがあった事
 ③稲垣に前半2本のパスを通したのが前原だった事

 これらが前原をコンバートする際の理由付けだった。
 だが結局のところ、③の理由を肉付けする為の①・②だったのかもしれない。

 前半、稲垣へと通ったパスはたったの2本。その2本はいずれも前原からのロングパスだった。
 前原は明らかに稲垣へと繋ぐことを意識していたように思う。攻め込まれつつもボール奪取から即座に相手陣地へと視線を向け、すでに動き出していた稲垣へとロングパスを放ったのだ。
 途中からは相手チームもその動きを察知して前原・稲垣両選手へ積極的に身体を詰め始めた為にほとんど繋がらなくなってしまったが、それでも前原は稲垣へとロングパスを放ち続けた。
 前半だけで前原が稲垣へ放ったロングパスは驚異の12本。ほとんどは相手チームに阻まれてしまうも、前半で唯一チャンスらしいチャンスを生み出したのはこの二人の動きだけだった。

 これ以上の失点を重ねたくない気持ちもあったが、いずれにしてもこのままでは負けてしまう。負ければ昇格出来ずに終了、俺もどうなってしまうかわからない。俺は失点よりも得点を狙うべく二人のホットラインに賭けた。

 前半は触らなかった細かい作戦指示にも手を伸ばす。積極的に攻勢をかけるべく『前のめりで行け』を選択した。
 この指示は諸刃の剣だ。選手たちは積極的にゴールを狙いに行くが、当然守りへの意識は薄くなる。カウンター一発で失点を重ねる可能性も上がるのだ。それらのリスクを承知で俺は指示を行った。

 キャプテンマークは稲垣に付けたままにした。前原に戻す事も考えたが、慣れない守備的MFへのコンバートにキャプテンマークまで付けさせるのは負担が大きいと判断したのだ。他に特筆したキャンプテンシーを持った選手がいないという解説者の意見をそのまま鵜呑みにするのはわずかばかり恐かったが、ある意味で強烈な個性を持つ稲垣に任せている方が上手くいくように思えた。
 数値で表されないからこそ、選手を生きた人間として考えている自分に失笑してしまった。



 すでに後半開始から15分を過ぎていた。ハーフタイム中に先立って指示していた選手交代がボールラインを割った際に行われる。これで選手交代のカードを2枚切った。代えたのは前半終了時に代えたMFの次に疲労していた選手だ。
 相手チームも同じタイミングで選手交代をするようだ。しかも2人同時に変更するみたいだ。
 2名いた攻撃的MFに変えてFW1名、守備的MFを1名投入してきた。相手チーム情報では投入された2名ともそれほどの能力は持っていない。だが、2名ともに体力十分であり、すでに疲労の色が濃く見えるパラディスの選手たちに比べて明らかに足取りが軽い。

 その効果はすぐに表れた。選手交代の後すぐに始まったプレイで、相手チームがサイドへ大きく蹴りだす。そこには代わって入ったばかりの相手FWが走り込み、サイド際ギリギリでラインを割ることなくボールを受けるとそのまま猛然とサイドを走り出した。
 必死にサイドを守っていたDFが食らいつくが、スピードが違う。DFを振り切った相手FWが鋭いクロスを中央へ放った、ほぼフリーの状態で放ったクロスボール吸い込まれるようにゴール前に飛んでくる。マイナス方向へのクロスなので、GKは飛び出せない。ふと見ると、逆サイドから相手FWが走り込んでくるのが見えた。
 必死な顔でDFが相手FWに食らいついてスライディング奪取を狙うが、このままでは間に合わない!

 走り込んで来たFWがクロスにダイビングヘッドシュートを狙う。
 俺はこの時点で失点を覚悟していた。これで0-2。すでに後半は20分を回ろうとしている。疲労が濃い中での追加失点。もはや負けが確定してしまったかもしれない…。

 DFのスライディングで止めきれないまま、相手FWの強烈なダイビングヘッド!GKが必死に手を伸ばす。好セーブで辛くも右手の端に当てたボールはゴールポストへと直撃した。ボールがゴール前を強いスピードで転がっていく。それに気づいたクロスを上げた選手がスピードそのままに走り込んで来るのが見えた。このままではフリーのままで打ち込まれてしまう。

 相手FWがシュートを打ち込み体勢に入ろうとした時、強烈なタックルが当てられた。
 それは前原だった。ファウル覚悟でタックルを見舞う。強引にインターセプトをすると、そのまま大声を上げながら前を向いた。そこには稲垣が見えたのだろう。稲垣はすでに走り出していた。

 前半ほとんど動いていなかった稲垣には体力が十分に余っていた。相手DFの裏を抜くように走り出すと相手ゴールへと走る。前原がロングボールを放った。
 油断していたのだろう、ロングボールに視線を向けた一瞬の隙に走り出した稲垣にマークを外されてしまう。
 満を持してフリーで前原からのロングボールを拾うと、ボールの勢いを殺すことなく足元でトラップし、そのままシュートを放つ。中途半端に飛び出していたGKは万全の状態でセービング態勢に入れず、呆気ないほど簡単にボールはゴール右隅に吸い込まれた。

 強く握られた右手の拳を高々と上げ、稲垣が自陣に向いて吠えた。その視線の先には前原がいたのかもしれない。
 同じようにピッチ中央付近にいた前原も歓喜の雄たけびを上げる。

 どうだ!見たか!
 お前ならやってくれると思っていた!!
 そんな声が聞こえてくるようだった。
 沸き立つサポーター。チームも同点に戻して勢いに乗る。俺はキックオフが始まるまでの短い時間で【チーム編成】を開き、3人目の交代を行った。攻撃的MFに代えてハーフタイム時に逡巡した守備的MFを投入したのだ。
 守備的MF2名を横に並べる。前原と今入ったばかりの選手だ。少しでも前原の守備への負担を減らすべく、元気あふれる選手を入れる。能力的には低いがすでに後半40分を回っている。ここまでくれば全選手が気力でプレーを行っているのだ。
 この状況なら能力が低い選手でも体力でカバー出来ると判断した。


 キックオフのホイッスルが鳴る。互いに疲労もあって攻めあぐねる中、先程投入されたばかりの守備的MFが一人気を吐いた。相手FWからボールを奪うと、そのままダッシュした。その先には前原がいる。軽く当てたボールが短いパスとなり前原に繋がった。

 前原が前を向く。先ほどのシーンと同じようにすでに稲垣は走り出している。放たれるロングボール。
 まるでコピーしたかのように同じ動きを見せた二人の連携がそのままゴールを生み出した。

 

 試合はそのまま逆転勝利で終了した。結果は2-1。
 ピッチ上では昇格が決まってセレモニーが行われている。優勝は逃したが、勝ち点差2でなんとか2位フィニッシュ。J3への昇格が正式に決まった形だ。

 稲垣と前原が肩を組んで笑っている。その打ちに前原が隣にいた選手とも肩を組んだ。そうして歓喜の輪が選手達に広がる。若干の違和感を感じさせつつ他選手が稲垣とも肩を組んでいた。当の稲垣は全く気にしていなさそうだったが。サポーター達も一緒に昇格を喜んでいる。決して多い数ではなかったが、喉が枯れんばかりの大声で応援する姿は選手たちに勇気を与えてくれたはずだ。

 
 最終節をなんとか勝利したパラディス一ノ瀬。
 明日からは昇格後に向けて動き出すのだろう。

 そして俺はどうなるのだろうか。
 喜ぶ選手たちを見ても、手放しでは喜べなかった。目の前の選手たちは肩を組んで笑いながらはしゃいでいる。若い選手たちの中には涙を流しているほどだ。



 …これはゲームだけどゲームじゃないんだ。
  生きている選手達で、システムだけではないんだ。


 胸の中に大きなしこりが生まれるのを感じつつ、俺はもう何度目かの意識を失うのだった。
しおりを挟む

処理中です...