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第二章 オーナー就任んん!!??

5.試合を観戦してみる(最終節ハーフタイム)

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 俺は今、試合前と同じようにロッカールームで笑ったまま固まった女性を見ながら画面を見ている。上段に表示される前半終了時点のスコア。

【0-1】

 数字だけを見るとそれなりに善戦していたかのように見えるが、実態は惨憺ものだった。画面の向こうのフィールドに浮かぶ11人の選手を見る。どの選手も画面越しだけでは、一体何を考えてどう感じたのか、何も伝わってこない。ただただシステマチックに数値とパラメータが並んでいるだけだ。

 【切替】ボタンを目的の画面に切り替わるまでタッチする。各選手の調子を表示していた顔の部分が切り替わっていく。
 能力・ポジション…あった、これだ。
 俺は所謂【連携】画面、各選手と周囲選手との連携度合いを表す画面で止まった。じっと【連携】画面を見つめる。稲垣、前原…その他選手。そこには重要な情報が隠されていた。

 前半開始前の解説者の言葉がそのまま画面に表されていた。
 【連携】画面では、周囲選手と連携が取れている選手間で線が映し出される。
 無し→白→オレンジ→赤色 と、こういった感じで連携が取れている選手間ほど連携線が濃く表示される。チーム自体がまだ若く、在籍年数も短い為にほとんどが白もしくはごく一部の選手間だけでオレンジが出ているのみ。赤色は確かかなり特殊な選手間もしくは相当年数を共に過ごさないと表示されなかったはずだ。

 前原は周囲の選手と最低でも白色線で繋がっていた。後ろを守るGKと真横に位置しているDFとはオレンジ線が表示されている。ごく一部の選手間というのは前原が繋げていたこの2本だけで、他の選手間は全て白色のみだった。さすがは不動のキャプテンといった所か。元、が付いてしまったが。

 問題は稲垣だった…。俺は前半開始前、昔取った杵柄のようにゲーム感覚で戦術・システム・キャプテンを入れ替えた。これはある意味で正解で誤っていたようだ。

 前半を一言で表せばそれはまぁ、荒れた前半だった。スコアを0-1で抑えられたのが奇跡のようにさえ感じられたものだ。相手チームのポゼッション率は驚異の64%と表示されていた。これはサッカーを少しでも知る人間なら相当驚くに違いない。言い表せば、試合中のほとんどを守備に回っていたと言える。

 試合内容は完全に防戦一方だった。
 常に相手チームにボールを保持されるストレス。相手チームからの波状攻撃が続く。
 時折ボールを奪取出来ても攻撃に繋げられない。守備陣から前線へとボールが渡る前に中央エリアあたりで再度ボールを奪取され、あわやカウンター狙いからの逆カウンターを食らう場面もあった。

 俺はサッカー自体には詳しくないが、前半の殊勲者を挙げるなら間違いなく前原のはずだ。必死にゴール前を守り、周囲選手とも上手く連携を取って相手チームの攻撃を防いでいたように思う。ただ、唯一の失点が相手FWの放ったシュートが前原のクリアしようと出した右足に当たって不規則な弾道となってゴールに吸い込まれてしまった事だけが悔やまれる。

 突然コースが変わってしまったシュートに当然の事ながらGKが全く反応できず、そのまま失点となってしまったのだ。それが前半終了間際42分頃。前原はショックからなのか思わずゴール前に座り込んでしまい、周囲の選手になんとか引き上げられて立ち上がっていた。

 その間、公式試合初のキャプテンである稲垣は何をしていたのか。

 何もしていなかった。いや、何もさせてもらえなかったという方が正しいのかもしれない。
 
 【連携】画面を見ると、稲垣にはほぼ線がどの選手からも繋がっていなかったのだ。
 試合開始前、俺は各選手の能力やスキル、数字しか見ていなかった。俺自身はこのチームの事を全くといって知らない。どの選手がどんな特徴なのかどんな癖があるのか、特色はなんなのか。それらを全く知らないのだ。
 解説者が語っていたような過去実績など知る由もない。なんたってついさっきまではただのサラリーマンだったのだから知らなくて当然だ。

 だが、これはもう少し注意深く確認すればわかっていたはずだ。二流のGKより超一流のFWの方がゴール前を守るのに適しているなど、本来あり得るはずがないのだ。

 確かに俺は試合をどこからどうやって見ていたのかは今もわかっていない。だが、目の前を必死で走っていたのは

 前原は必死に声を出し、時には身振り手振りも加えながらゴールを守り、稲垣は全くパスが回ってこない事に不貞腐れたように中央エリア付近からほとんど動かなかった。たまにボールを奪取した守備陣から前線へパスが送られる際に必死で両手を足元に突き出して俺に寄越せと態度と表情で示していただけだった。

 前半で稲垣にボールが渡ったのは唯一2回だけだった。稲垣はその2回を個人技でなんとか打破しようとドリブル突破を試みるも相手ゴール手前でDFに潰されていた。相手チームはそのままカウンターを仕掛け、勢いに乗ってシュートを放ち、前原の右足に当たってゴールへと吸い込まれていったのだ。

 前原はショックから座り込み、稲垣は相手チームにボールを奪取された後に自陣へと戻るのが遅くゴールされた時点でやっと中央エリアまで戻ってきたところだったという体たらく。

 スコアは0-1だが、0-3でもおかしくなかったように思えた。



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 前半終了のホイッスルが短く吹かれる。

 選手たちの表情は明らかに疲労が顔に浮かび、へとへとだった。その中でも前原はGKとしきりに両手を使いながら話を交わしているのが見えた。前半の課題点の洗い出しなどを議論していたのかもしれない。

 その時、中盤を守っていたMFだろうか、一人の選手が走り出し、ゆっくりと歩きながら戻ってきている途中の稲垣の前まで来ると胸倉を掴みながら何かを叫び始めた。
 何を言っているのかはわからないがかなり怒った表情をしている。稲垣はそれは冷めた目で見ていたが何かを呟いて嘲るように笑った。
 激高する選手、思わず殴り掛かりそうになるのを複数の選手がなんとか止めに入って事なきを得たのだ。
 その状況に気づいた前原が急いで駆けてくるとMF選手の肩に後ろから手を回し、苦笑しつつ話をしながらロッカールームへと一緒に戻っていった。稲垣はその間その場に止まって見ていたが、俺からでも分かるように、ハンッ!と鼻で笑うと先程と同じようにゆっくりと歩きながら両チームで最後にピッチを後にした。


 画面を再度じっくりと見る。そこからは生の声、表情は見えてこない。
 幸い、試合開始前に試したが【チーム編成】画面を触っている間はどうも時間が止まっているようだった。手元の腕時計とロッカールームの時計とどちらも確認したのでこれは間違いない。どちらの時計も秒針が途中でピタリと止まったまま全く動かなかったのだ。

 本来、前半と後半の間のハーフタイムは15分間しかない。その中で監督は前半の課題点を洗い出し、システム戦術を見直し、疲労が見える選手は入れ替え、後半に向けて指示を行う。
 俺には選手への具体的な指示は出来ない。選手たちの顔が見えないしコミュニケーションも図れないからだ。
 
 だが、だからこそ俺にしか出来ない事がある。この無限の時間でじっくりと判断し、相手チーム含めて情報を精査出来るのだ。試合が始まってしまえば俺にはもう何も出来ない。この【チーム編成】がほぼ俺の全てと言えるだろう。



 もうかれこれ一時間は悩んだだろうか。時計が動かないので体感時間だが。
 いくつかの方法を模索し、実際にフィールド上で配置してみてまた配置前に戻す、といった事を何度か繰り返し、最終的にいくつかの変更を行った。

 変えるべきポイントは変えたと思うし、変えないべきポイントは変えてない。はずだ。

 この試合が終わった時に、俺はどうなるのかまだ全くわからない。負けたとしたら元の世界に戻れるのか、勝ったらそのまま昇格して継続されるのか。
 いずれにしても今の俺に出来る事は目の前の後半をベストな試合になるように最善を尽くすしかない。


 俺は変更点などを含めて何度も見返し、最後に軽く深呼吸すると【試合観戦】のボタンを押したのだった。
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