206 / 214
番外編
〈リクエスト〉暗闇の二日間 1
海陽様からのリクエストです!
本編「青い月」~「家族」のサキちゃんが眠っている間の夫たち側の話になります。
一応三人称視点ですが彼目線混じりながらなのでごちゃごちゃしてます……すみません……。
ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー
その日は、ここ最近同様に夏の陽気で日差しが照りつけ暑い昼だったが、夜になって急に気温が下がり半袖では肌寒く感じる程だった。
ハインツはリビングのソファに座り、ゆったりと寛ぎながら本を読んでいたのだが、隣に座るサキが少し眉を顰めながら考え込んでいるのに気づく。
声をかけたが、サキは首を横に振って、庭で風に当たってくると言い扉を開けて出て行った。
どんな些細なことでも悩みがあればすぐに教えて欲しいと思っているハインツは少しもどかしくなりながらも、自分の考えを持って行動するのがサキの良さであると深く理解しているので、大人しく彼女が戻ってくるのを待つことにした。
しかし思ったよりも早く玄関の方から音がして、サキが慌てた様子でリビングに駆け込んできた。
「ハインツさん!!」
あまりの剣幕にただ事ではないと瞬時に悟り、彼はすぐに立ち上がる。
「サキ!どうしたんだ!」
「月が……」
救いを求めるように彼女が伸ばした手を掴み、強い力でグッと引き寄せてその体を受け止める。
ハインツは自身の体にもたれかかったサキを抱きしめ支えるが、ぐったりとしていて様子がおかしい。
「サキ……!?どうした!サキ!」
どれだけ呼びかけても反応がない。
サキは完全に力の抜けた状態で気を失っていた。
突然の出来事だったがハインツは狼狽えることなく、彼女をソファに寝かせ応急処置を行う。
先程のハインツの声は三階まで届いたようで、夫たちも慌てた様子で降りてきた。
「サキさんに何かあったんですか!?」
「……えっ、さ、サキちゃん!!どうしたの!?大丈夫!?」
ヴェルストリアとラグトは飛びつくようにサキの傍に来るが、彼らが体に触れようとするのをハインツは制止する。
「サキが一度庭に出てから慌てて戻ってきて、その直後に急に倒れたんだ。意識を失っているだけのようだが何があるか分からない、迂闊に触れないほうが良い」
「た、倒れたって……どうして……さっきまで何ともなかったのに……け、怪我は無いですか?どこか打ってたり……」
「ヴェルストリア」
「は、はい……」
「外傷はない、大丈夫だ。とりあえずミスカとリュークを呼んできてくれ。ラグトは医者の手配を」
「っ……了解です」
戸惑う二人だったがハインツの指示に従い、それぞれサキの為に全力で走って行った。
あれから一夜明けて、サキはまだ目を覚まさなかった。
医者に診てもらった診断結果は、体には何の異常も無いと、無理に起こそうと手荒な真似をしないようにと言われたのみだった。
「もう、朝か……」
「……そうですね」
呟いたハインツに、ミスカはポツリと返事をする。
早々に医者が帰ってからも彼らはサキの寝室から離れることは無く、一晩中ほぼ無言の時を過ごしていた。
最初こそ「これからどうするか」「どうすればサキが目を覚ますか」など話してみたが、それが無意味だと途中で気づく。
何か病気にかかっていれば良いという訳では無いが、原因があれば対策を打てる。
しかしその原因が分からない今、彼らに出来ることはなかった。
家庭内の緊急時でも仕事は普段通りやらなくてはならない。
いつもの鍛練の時間を過ぎてから、ハインツはようやく重い腰を上げた。
「……昼から視察で外に出るから、何かあれば知らせてくれ」
そう言って彼が部屋を出ていき、リュークは俯きながらラグトに声をかける。
「今日、合同だっけ」
「そ……っすね」
二人も渋々立ち上がる。それに続いたミスカは、ずっとサキの手を握っているヴェルストリアの肩を軽く叩いた。
「ひとまず任せる。交代で見よう」
「……はい」
先の見えない不安を抱えながら、夫たちの暗い一日が始まった。
リュークとラグトは第二、三番隊合同訓練のため寮外へ出て、ミスカは不在のファーレンに代わり一番隊の監督に当たる。
「今日サキさんの朝飯無かったな……」
「え、しばらく食堂閉じるって聞いたけど」
「マジ!?それってサキさん居ないってこと?」
「うーん……何かあったとか、話無かったよな……」
そう話す声が遠くから聞こえチラリと視線が向けられたミスカは、気づかぬふりをして休憩という名の事務作業時間を過ごす。
サキが倒れたと団員たちに伝えても、今の状況だとただ混乱させるだけ。黒騎士団全員がサキを大切に思っているからこそ、そのことを知ればより大きな動揺と不安を与えてしまうだろう。
「サキが居ない」ことに夫たちは何も触れず、違和感があるほど普段通りだった。
「……」
一段落ついたミスカは書類を纏め立ち上がる。
「おい」
「「は、はい!」」
先程の二人は急に上司に話しかけられ慌てて姿勢を正す。もしかしたら話を聞かれていて、彼の気分を害してしまったのかとビクビクしていた。
「靴紐が緩んでいる」
「あ、す、すみません!」
「足元が一番見落としがちで一番重要だ、気をつけろ」
大きな返事と共に勢いよく首を縦に振る部下たち。
「あと、この書類をそれぞれに渡してくれ。今回の配置と注意点が書いてある」
「……全員分……今作ったのか……?」
「すげぇ……」
「これを元に休憩明け演習を行うこと」
「「了解です!」」
今度は尊敬の眼差しを向けられたが、彼は「あとは任せた」と、颯爽と去って行った。
一方、夫たちが部屋を出ていき一人残されたヴェルストリア。
「サキさん」
「……」
「……サキさん」
昨夜から、何度彼女の名前を呼んだか分からない。
「もう朝になりましたよ、起きてください」
いつもサキは六時くらいに目を覚ます。そして五時に起きるヴェルストリアは一時間サキの寝顔を眺め、彼女が起きる瞬間の可愛らしい様子を一番に堪能する。
「朝食、作りに行きませんか?時間は過ぎちゃいましたけど……」
「もし私が起きれてなかったら起こしてね」と頼まれて、ほんのたまにだがヴェルストリアが起こすとサキは寝ぼけ眼で少し恥ずかしそうに笑う。
「今日は……随分お寝坊さんですね。……サキさん」
声をかけても軽く肩を叩いてみても、まるで起きる気配は無い。
先程まで、朝になれば起きるから大丈夫……と自分に言い聞かせていたけれどその期待も砕かれ、彼は必死に次の言い訳を探していた。
昼まで……眠りたい時もあるかもしれない、最近少し頻度が多かったとか、先輩たちが激しくし過ぎた……とか……。しっかり寝れば自然と目も覚めるだろうし……きっと大丈夫……。
大丈夫に何の確証も無いまま、早く……と願って、時間だけが過ぎていった。
ふと部屋の扉が開く音がして、誰かが家に帰って来ていたのだとようやく気づく。
「様子はどうだ」
「ミスカさん……」
いつの間にか昼前になっていて、そのことにもショックを受けながらヴェルストリアは弱々しく首を横に振った。
「まだ……目を覚ましません」
「……そうか」
ヴェルストリアは隣に来たミスカに促され、躊躇いながら立ち上がる。
「もうすぐラグトが戻ってくるだろうから、それまでは俺が居る」
「……はい」
「一番隊に資料を配った。お前の分も渡してあるから受け取ってくれ」
「……了解です」
彼は何度もサキを振り返りながら、ミスカに「お願いします」とだけ言い部屋を後にした。
ミスカは部屋の扉が閉まり切る前に視線を戻し、サキの手をそっと握る。
昨夜、ミスカはリュークと共に一時的に仕事場に戻っていて、サキが倒れたのはその短い十数分の間だった。ヴェルストリアが慌てた様子で走ってきた時、彼のあまりにも切羽詰まった青い顔を見て、二人は瞬時にサキに何かあったのだと悟った。
何事も無かったのに急に倒れた……まさかそんなことが起こるなんて……。
有り得ないと思いつつ、しかしサキはまだ目の前で眠っている。
今になってようやく現状を受け入れたミスカは、倒れた何かしらの原因があるだろうと考え、ふとハインツの「サキが倒れる直前に「月」と言っていた」という話を思い出す。
言いかけてそこで意識を失ってしまったが、それが何か関係があるのではないかと。
月と言えば、先日サキと同じ世界から来たという女性に会いに行った時の「青い月」のことが一番に頭に浮かんだ。
二人は共通して、この世界に来た夜に青い月を見たという。
あの後サキはその話を特に口にすることは無く、深く気にしているそぶりも見せなかった。
つまり、彼女から詳しく話を聞いていない。
……分からない……全く手がかりが無い……。
彼らは誰一人実際に青い月を見たことが無い。どういう現象なのか、どういう原理なのか想像もつかないのだ。
根本的な解決が出来ないまま、自分たちはただ待つだけなのか。
神なんて信じていないミスカでも今だけは、そんな存在が自分たちを救ってくれないかと、淡い期待を抱いてしまうのだった。
昼頃、ラグトはミスカと代わりサキの様子見に就いた。
リュークはそのままハインツと共に外出するので、しばらく帰って来られない。
「……」
あの時、医者を呼ぶよう指示されたラグトは近くに居た団員二人に声をかけ、すぐに往診してくれる医者を必死に探した。ようやく見つけた医者は町の中でもそれなりに信頼のある人だったが、彼の診断には納得がいかなかった。
体に異常が無ければ結局何なのか。
「もっとちゃんと調べろ」とキレそうになったリュークをミスカが落ち着かせ、結局何も分からないまま医者は逃げるように帰ってしまった。
勿論団員二人には周りに言わないようにとお願いしてある。翌朝に心配の声をかけられたが、ラグトは首を横に振ることしか出来なかった。
「もう半日……過ぎたかな……」
しばらく何も食べていない状態で水分も摂っていない。こんなに長く目を覚まさないとは思わなくて、流石に何かは口にしないといけないだろう。
サキの上体を起こし、片腕で支える。もう片方の手を伸ばしコップを取ると、彼女の口元へ近づけた。
「サキちゃん、飲める?」
そう聞いても、返事は無い。
これに関しては多少無理やりにでもと思い、彼女の薄く開いた口元から水を飲ませるが、唇の端から零れていくだけだった。
慌てて濡れた顔と服を拭き、どうしたものかとラグトは悩む。
「……ちょっとごめんね」
コップの水を自身で口に含み、そのまま唇を重ねる。隙間の無いようにピッタリと。
初めてのことで苦戦しながらも少しずつ口移していき、コクッと彼女の喉を鳴らす音が聞こえラグトはホッとする。
顔を離して、見えるのは変わらないサキの静かな寝顔。
……こんなに悲しい口付けもあるのか……。
ただ唇を重ねて柔らかい感触を得ても、今は素直に喜べない。
何とも言えぬ虚無感が、彼の心にまた影を落とした。
本編「青い月」~「家族」のサキちゃんが眠っている間の夫たち側の話になります。
一応三人称視点ですが彼目線混じりながらなのでごちゃごちゃしてます……すみません……。
ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー
その日は、ここ最近同様に夏の陽気で日差しが照りつけ暑い昼だったが、夜になって急に気温が下がり半袖では肌寒く感じる程だった。
ハインツはリビングのソファに座り、ゆったりと寛ぎながら本を読んでいたのだが、隣に座るサキが少し眉を顰めながら考え込んでいるのに気づく。
声をかけたが、サキは首を横に振って、庭で風に当たってくると言い扉を開けて出て行った。
どんな些細なことでも悩みがあればすぐに教えて欲しいと思っているハインツは少しもどかしくなりながらも、自分の考えを持って行動するのがサキの良さであると深く理解しているので、大人しく彼女が戻ってくるのを待つことにした。
しかし思ったよりも早く玄関の方から音がして、サキが慌てた様子でリビングに駆け込んできた。
「ハインツさん!!」
あまりの剣幕にただ事ではないと瞬時に悟り、彼はすぐに立ち上がる。
「サキ!どうしたんだ!」
「月が……」
救いを求めるように彼女が伸ばした手を掴み、強い力でグッと引き寄せてその体を受け止める。
ハインツは自身の体にもたれかかったサキを抱きしめ支えるが、ぐったりとしていて様子がおかしい。
「サキ……!?どうした!サキ!」
どれだけ呼びかけても反応がない。
サキは完全に力の抜けた状態で気を失っていた。
突然の出来事だったがハインツは狼狽えることなく、彼女をソファに寝かせ応急処置を行う。
先程のハインツの声は三階まで届いたようで、夫たちも慌てた様子で降りてきた。
「サキさんに何かあったんですか!?」
「……えっ、さ、サキちゃん!!どうしたの!?大丈夫!?」
ヴェルストリアとラグトは飛びつくようにサキの傍に来るが、彼らが体に触れようとするのをハインツは制止する。
「サキが一度庭に出てから慌てて戻ってきて、その直後に急に倒れたんだ。意識を失っているだけのようだが何があるか分からない、迂闊に触れないほうが良い」
「た、倒れたって……どうして……さっきまで何ともなかったのに……け、怪我は無いですか?どこか打ってたり……」
「ヴェルストリア」
「は、はい……」
「外傷はない、大丈夫だ。とりあえずミスカとリュークを呼んできてくれ。ラグトは医者の手配を」
「っ……了解です」
戸惑う二人だったがハインツの指示に従い、それぞれサキの為に全力で走って行った。
あれから一夜明けて、サキはまだ目を覚まさなかった。
医者に診てもらった診断結果は、体には何の異常も無いと、無理に起こそうと手荒な真似をしないようにと言われたのみだった。
「もう、朝か……」
「……そうですね」
呟いたハインツに、ミスカはポツリと返事をする。
早々に医者が帰ってからも彼らはサキの寝室から離れることは無く、一晩中ほぼ無言の時を過ごしていた。
最初こそ「これからどうするか」「どうすればサキが目を覚ますか」など話してみたが、それが無意味だと途中で気づく。
何か病気にかかっていれば良いという訳では無いが、原因があれば対策を打てる。
しかしその原因が分からない今、彼らに出来ることはなかった。
家庭内の緊急時でも仕事は普段通りやらなくてはならない。
いつもの鍛練の時間を過ぎてから、ハインツはようやく重い腰を上げた。
「……昼から視察で外に出るから、何かあれば知らせてくれ」
そう言って彼が部屋を出ていき、リュークは俯きながらラグトに声をかける。
「今日、合同だっけ」
「そ……っすね」
二人も渋々立ち上がる。それに続いたミスカは、ずっとサキの手を握っているヴェルストリアの肩を軽く叩いた。
「ひとまず任せる。交代で見よう」
「……はい」
先の見えない不安を抱えながら、夫たちの暗い一日が始まった。
リュークとラグトは第二、三番隊合同訓練のため寮外へ出て、ミスカは不在のファーレンに代わり一番隊の監督に当たる。
「今日サキさんの朝飯無かったな……」
「え、しばらく食堂閉じるって聞いたけど」
「マジ!?それってサキさん居ないってこと?」
「うーん……何かあったとか、話無かったよな……」
そう話す声が遠くから聞こえチラリと視線が向けられたミスカは、気づかぬふりをして休憩という名の事務作業時間を過ごす。
サキが倒れたと団員たちに伝えても、今の状況だとただ混乱させるだけ。黒騎士団全員がサキを大切に思っているからこそ、そのことを知ればより大きな動揺と不安を与えてしまうだろう。
「サキが居ない」ことに夫たちは何も触れず、違和感があるほど普段通りだった。
「……」
一段落ついたミスカは書類を纏め立ち上がる。
「おい」
「「は、はい!」」
先程の二人は急に上司に話しかけられ慌てて姿勢を正す。もしかしたら話を聞かれていて、彼の気分を害してしまったのかとビクビクしていた。
「靴紐が緩んでいる」
「あ、す、すみません!」
「足元が一番見落としがちで一番重要だ、気をつけろ」
大きな返事と共に勢いよく首を縦に振る部下たち。
「あと、この書類をそれぞれに渡してくれ。今回の配置と注意点が書いてある」
「……全員分……今作ったのか……?」
「すげぇ……」
「これを元に休憩明け演習を行うこと」
「「了解です!」」
今度は尊敬の眼差しを向けられたが、彼は「あとは任せた」と、颯爽と去って行った。
一方、夫たちが部屋を出ていき一人残されたヴェルストリア。
「サキさん」
「……」
「……サキさん」
昨夜から、何度彼女の名前を呼んだか分からない。
「もう朝になりましたよ、起きてください」
いつもサキは六時くらいに目を覚ます。そして五時に起きるヴェルストリアは一時間サキの寝顔を眺め、彼女が起きる瞬間の可愛らしい様子を一番に堪能する。
「朝食、作りに行きませんか?時間は過ぎちゃいましたけど……」
「もし私が起きれてなかったら起こしてね」と頼まれて、ほんのたまにだがヴェルストリアが起こすとサキは寝ぼけ眼で少し恥ずかしそうに笑う。
「今日は……随分お寝坊さんですね。……サキさん」
声をかけても軽く肩を叩いてみても、まるで起きる気配は無い。
先程まで、朝になれば起きるから大丈夫……と自分に言い聞かせていたけれどその期待も砕かれ、彼は必死に次の言い訳を探していた。
昼まで……眠りたい時もあるかもしれない、最近少し頻度が多かったとか、先輩たちが激しくし過ぎた……とか……。しっかり寝れば自然と目も覚めるだろうし……きっと大丈夫……。
大丈夫に何の確証も無いまま、早く……と願って、時間だけが過ぎていった。
ふと部屋の扉が開く音がして、誰かが家に帰って来ていたのだとようやく気づく。
「様子はどうだ」
「ミスカさん……」
いつの間にか昼前になっていて、そのことにもショックを受けながらヴェルストリアは弱々しく首を横に振った。
「まだ……目を覚ましません」
「……そうか」
ヴェルストリアは隣に来たミスカに促され、躊躇いながら立ち上がる。
「もうすぐラグトが戻ってくるだろうから、それまでは俺が居る」
「……はい」
「一番隊に資料を配った。お前の分も渡してあるから受け取ってくれ」
「……了解です」
彼は何度もサキを振り返りながら、ミスカに「お願いします」とだけ言い部屋を後にした。
ミスカは部屋の扉が閉まり切る前に視線を戻し、サキの手をそっと握る。
昨夜、ミスカはリュークと共に一時的に仕事場に戻っていて、サキが倒れたのはその短い十数分の間だった。ヴェルストリアが慌てた様子で走ってきた時、彼のあまりにも切羽詰まった青い顔を見て、二人は瞬時にサキに何かあったのだと悟った。
何事も無かったのに急に倒れた……まさかそんなことが起こるなんて……。
有り得ないと思いつつ、しかしサキはまだ目の前で眠っている。
今になってようやく現状を受け入れたミスカは、倒れた何かしらの原因があるだろうと考え、ふとハインツの「サキが倒れる直前に「月」と言っていた」という話を思い出す。
言いかけてそこで意識を失ってしまったが、それが何か関係があるのではないかと。
月と言えば、先日サキと同じ世界から来たという女性に会いに行った時の「青い月」のことが一番に頭に浮かんだ。
二人は共通して、この世界に来た夜に青い月を見たという。
あの後サキはその話を特に口にすることは無く、深く気にしているそぶりも見せなかった。
つまり、彼女から詳しく話を聞いていない。
……分からない……全く手がかりが無い……。
彼らは誰一人実際に青い月を見たことが無い。どういう現象なのか、どういう原理なのか想像もつかないのだ。
根本的な解決が出来ないまま、自分たちはただ待つだけなのか。
神なんて信じていないミスカでも今だけは、そんな存在が自分たちを救ってくれないかと、淡い期待を抱いてしまうのだった。
昼頃、ラグトはミスカと代わりサキの様子見に就いた。
リュークはそのままハインツと共に外出するので、しばらく帰って来られない。
「……」
あの時、医者を呼ぶよう指示されたラグトは近くに居た団員二人に声をかけ、すぐに往診してくれる医者を必死に探した。ようやく見つけた医者は町の中でもそれなりに信頼のある人だったが、彼の診断には納得がいかなかった。
体に異常が無ければ結局何なのか。
「もっとちゃんと調べろ」とキレそうになったリュークをミスカが落ち着かせ、結局何も分からないまま医者は逃げるように帰ってしまった。
勿論団員二人には周りに言わないようにとお願いしてある。翌朝に心配の声をかけられたが、ラグトは首を横に振ることしか出来なかった。
「もう半日……過ぎたかな……」
しばらく何も食べていない状態で水分も摂っていない。こんなに長く目を覚まさないとは思わなくて、流石に何かは口にしないといけないだろう。
サキの上体を起こし、片腕で支える。もう片方の手を伸ばしコップを取ると、彼女の口元へ近づけた。
「サキちゃん、飲める?」
そう聞いても、返事は無い。
これに関しては多少無理やりにでもと思い、彼女の薄く開いた口元から水を飲ませるが、唇の端から零れていくだけだった。
慌てて濡れた顔と服を拭き、どうしたものかとラグトは悩む。
「……ちょっとごめんね」
コップの水を自身で口に含み、そのまま唇を重ねる。隙間の無いようにピッタリと。
初めてのことで苦戦しながらも少しずつ口移していき、コクッと彼女の喉を鳴らす音が聞こえラグトはホッとする。
顔を離して、見えるのは変わらないサキの静かな寝顔。
……こんなに悲しい口付けもあるのか……。
ただ唇を重ねて柔らかい感触を得ても、今は素直に喜べない。
何とも言えぬ虚無感が、彼の心にまた影を落とした。
あなたにおすすめの小説
女の子がほとんど産まれない国に転生しました。
さくらもち
恋愛
何番煎じかのお話です。
100人に3~5人しか産まれない女の子は大切にされ一妻多夫制の国に産まれたのは前世の記憶、日本で亭主関白の旦那に嫁いびりと男尊女卑な家に嫁いで挙句栄養失調と過労死と言う令和になってもまだ昭和な家庭!でありえない最後を迎えてしまった清水 理央、享年44歳
そんな彼女を不憫に思った女神が自身の世界の女性至上主義な国に転生させたお話。
当面は2日に1話更新予定!
旦那様が多すぎて困っています!? 〜逆ハーレム異世界ラブコメ〜
ことりとりとん
恋愛
男女比8:1の逆ハーレム異世界に転移してしまった女子大生・大森泉
転移早々旦那さんが6人もできて、しかも魔力無限チートがあると教えられて!?
のんびりまったり暮らしたいのにいつの間にか国を救うハメになりました……
イケメン山盛りの逆ハーレムです
前半はラブラブまったりの予定。後半で主人公が頑張ります
小説家になろう、カクヨムに転載しています
私が美女??美醜逆転世界に転移した私
鍋
恋愛
私の名前は如月美夕。
27才入浴剤のメーカーの商品開発室に勤める会社員。
私は都内で独り暮らし。
風邪を拗らせ自宅で寝ていたら異世界転移したらしい。
転移した世界は美醜逆転??
こんな地味な丸顔が絶世の美女。
私の好みど真ん中のイケメンが、醜男らしい。
このお話は転生した女性が優秀な宰相補佐官(醜男/イケメン)に囲い込まれるお話です。
※ゆるゆるな設定です
※ご都合主義
※感想欄はほとんど公開してます。
異世界は『一妻多夫制』!?溺愛にすら免疫がない私にたくさんの夫は無理です!?
すずなり。
恋愛
ひょんなことから異世界で赤ちゃんに生まれ変わった私。
一人の男の人に拾われて育ててもらうけど・・・成人するくらいから回りがなんだかおかしなことに・・・。
「俺とデートしない?」
「僕と一緒にいようよ。」
「俺だけがお前を守れる。」
(なんでそんなことを私にばっかり言うの!?)
そんなことを思ってる時、父親である『シャガ』が口を開いた。
「何言ってんだ?この世界は男が多くて女が少ない。たくさん子供を産んでもらうために、何人とでも結婚していいんだぞ?」
「・・・・へ!?」
『一妻多夫制』の世界で私はどうなるの!?
※お話は全て想像の世界になります。現実世界とはなんの関係もありません。
※誤字脱字・表現不足は重々承知しております。日々精進いたしますのでご容赦ください。
ただただ暇つぶしに楽しんでいただけると幸いです。すずなり。
【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)
かのん
恋愛
気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。
わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・
これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。
あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ!
本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。
完結しておりますので、安心してお読みください。
婚約解消されたら隣にいた男に攫われて、強請るまで抱かれたんですけど?〜暴君の暴君が暴君過ぎた話〜
紬あおい
恋愛
婚約解消された瞬間「俺が貰う」と連れ去られ、もっとしてと強請るまで抱き潰されたお話。
連れ去った強引な男は、実は一途で高貴な人だった。
黒騎士団の娼婦
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
夫を亡くし、義弟に家から追い出された元男爵夫人・ヨシノ。
異邦から迷い込んだ彼女に残されたのは、幼い息子への想いと、泥にまみれた誇りだけだった。
頼るあてもなく辿り着いたのは──「気味が悪い」と忌まれる黒騎士団の屯所。
煤けた鎧、無骨な団長、そして人との距離を忘れた男たち。
誰も寄りつかぬ彼らに、ヨシノは微笑み、こう言った。
「部屋が汚すぎて眠れませんでした。私を雇ってください」
※本作はAIとの共同制作作品です。
※史実・実在団体・宗教などとは一切関係ありません。戦闘シーンがあります。
義兄に甘えまくっていたらいつの間にか執着されまくっていた話
よしゆき
恋愛
乙女ゲームのヒロインに意地悪をする攻略対象者のユリウスの義妹、マリナに転生した。大好きな推しであるユリウスと自分が結ばれることはない。ならば義妹として目一杯甘えまくって楽しもうと考えたのだが、気づけばユリウスにめちゃくちゃ執着されていた話。
「義兄に嫌われようとした行動が裏目に出て逆に執着されることになった話」のifストーリーですが繋がりはなにもありません。