美醜逆転の異世界で騎士様たちに愛される

志季彩夜

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支え合い

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 薬を止めてから四週間後、身に覚えのある違和感を体に感じる。
 夜寝る時に使っている香油の匂いが突然キツくに思えてしまった。

「ハインツさん……」
「サキ、どうかしたか?具合が悪いか?」

 寝る準備……もしくはする準備をして彼を待っていたのだが、その匂いに私は手で鼻を押さえながら顔を顰めてしまい、そんな様子を見てハインツさんが駆け寄ってくる。

「きたかも……しれないです」
「!」

 とりあえず部屋から出てリビングで鼻を休める。

「ここなら大丈夫そうか?」
「はい、良くなりました」

 皆にも知らせて一応集まってもらったがこの時間だと医者は来れないので、その日はハインツさんの部屋で寝て次の日に診てもらうことになった。


「ほんと!?妊娠してた!?」
「うん……!」
「っ……サキぃ……!」

 リュークとギュっと抱きしめ合う。
 仕事から帰って来た夫たち一人ずつに笑顔で結果を報告し、夜になっても皆は喜びいっぱいではしゃいでいた。

「三人目か……」
「三人目だー!」

 ミスカさんは微笑みながら目元を緩ませ、ラグトさんはユウを抱えながらクルクル回っている。

「父さんたちどうしたの?」
「今ね、赤ちゃんがお腹の中にいるの。ユウもまたお兄ちゃんになるね」

 私の言葉にユウは不思議そうに首を傾げる。

「ぼくミアのお兄ちゃんだよ?」
「ミアのお兄ちゃんで、次産まれて来る赤ちゃんのお兄ちゃんにもなるんだよ」
「いっぱいお兄ちゃんになる……!」

 ヴェルくんに頭を撫でられ「お兄ちゃんお兄ちゃん」と喜ぶユウをお父さんたちは愛おしそうに見ていた。
 そして、 初めて夫として妊娠の報告を受けたヨルアノくんは、ずっとソワソワしていて落ち着かない様子だった。

「ヨルアノくん」
「!……サキさん……」

 少し泣きそうな彼はそれを隠すように私を抱きしめ肩に顔を埋めた。

「大変なんはこれからですもんね……」
「……そうだね」

 喜びと心配。半分ずつを抱えたその心境を理解して、私は彼の背を撫でた。

「でも、ほんまに嬉しいです!ありがとうございます!」
「うん!」

 それから徐々に重くなっていくつわりに私は改めて妊娠したのだということを実感し、辛くはありながらもやっぱり嬉しく思うのだった。

「リューク……」
「うん」

 優しく頬を撫でる彼の手に擦り寄る。

「次は……男の子かな、女の子かな」
「どっちかなぁ、お兄ちゃんもお姉ちゃんも居るからどっちでも安心だけど」
「ふふ……。ミアも結構面倒見いいかもね」

 子供が産まれてからは会話のほとんどが子供たちのことになった。勿論夫婦として二人だけの時は昔のような感じだけれど、必ず頭には子供たちのことが浮かび、やっぱりそんな話になってしまう。
 しかしこれからまた人数が増えていくと、時期によっては平等に考えたり接する事が出来なくなってしまうかもしれない。お父さんが六人も居るから一人ぼっちにさせるようなことは無いけれど、私自身がそういう風になってしまうのがやっぱり嫌だなと思うのだった。

「……ユウとミア、今どうしてる?」
「二人ともラグトが面倒見てるよ、多分庭に出てると思う。呼んでこよっか?」
「遊び終わったら……来て欲しいな」
「分かった!とりあえずラグトに言ってくるね」

 私に笑顔を向けて立ち上がり部屋を出て行ったリュークの背を見つめる。
 今自分から頼んでおいてなんだけれど、少しの間でも一人になるのは寂しい。特に精神の弱る時期だからというのもあるかもしれないが、常に皆に会いたいと思ってしまう。「夫の中の誰か」ではなく、それぞれと。
 扉が開く音がして、ユウが一番に駆け足で私の元へやって来た。

「母さん!」
「ユウ……お父さんと遊んでたの?」
「うん!庭にこんなでっかいちょうちょいた!」

 両手を目一杯広げて表現するユウに、部屋に入ってきたリュークと、ミアを抱えたラグトさんが笑う。

「ユウに、母さんが……って言った瞬間すぐに走って行ってさ」
「ままー」
「ミアも凄い急かしてくるし」

 リュークの助けを借りながら体を起こしミアを抱っこする。ユウもよいしょと自分でベッドの上に登って私の背中に引っ付いた。

「ミアさっきおはな見てた!」
「そうなの、もういっぱい咲いてた?」
「んー……このくらい?」

 ユウは片手で小さい丸を作る。
 先程の蝶々と比べるとそれは咲いてないに等しいのではないか。

「まだ蕾って感じかな、ちらほら色は見えてるけど」

 ラグトさんの補足を聞いてリュークも頷く。

「ミスカがあと一か月……とか言ってた気がする」
「楽しみだなぁ……咲いたらまた部屋に飾りたいから」

 そう言い、私は棚に置かれた今は何も挿していない花瓶を見る。

「あの花瓶も結構長く使ってるね」
「うん、引っ越してきてすぐに買った物だったかな。あそこに置いてないと落ち着かなくなっちゃった」

 最初何も無かった私の部屋も今では沢山の物で溢れている。勿論片づけはちゃんとしているけど。
 ルークくんから貰ったパズルの隣に一つずつ思い出の物が並んでいき、ふとした時に眺めてはその日の出来事を思い返していた。

「くま!」
「あれはね、リュークお父さんがお母さんにプレゼントしてくれたの」

 クマちゃんのぬいぐるみに興味を持ったミアに、リュークがそれを取って近くで見せる。

「ふわふわだよー」
「ふわーわー」

 ミアはクマちゃんと握手をし抱きしめようとするが、よだれが付きそうになって慌てて彼が遮った。

「ママの大事な物だから飾っておこうね」
「やぁー!」

 手を離さず首を横に振って嫌がるから、ラグトさんも上手く口元が拭けずにいる。

「サキちゃんずっと膝に乗せてたら重いよね、ごめんね」

 ラグトさんがミアを両手で抱え、その隙にリュークがぬいぐるみを取り返した。

「っ、ぅ…うあぁぁ!くまぁぁ!」
「み、ミアのぬいぐるみも今度買いに行こう!」

 見せて渡しておいて勝手に奪ったので、随分酷いことをしてしまったと彼は焦りながらミアの頭を撫で慰める。

「ミアないちゃった?」
「泣いちゃった……」

 ユウとラグトさんは顔を見合わせる。

「ごめんねぇ……」
「やあぁぁー!ままぁぁー!!」

 結局泣き止まないミアは私の元へ戻ってきた。

「サキぃ……」
「ふふ……リュークったら、そんなにしょんぼりしないで」
「今横にならなくて大丈夫……?体辛くない……?」
「ユウとミアのお陰で元気になれたよ。ちょうどご飯の時間だし……ミアに飲ませようかな」

 リュークは娘に嫌われないかと大変心配していたが、何とか母乳で泣き止んだミアを抱っこ出来て安心して喜んでいた。

 ユウの時よりもミアが産まれてから早くの時期に妊娠したのでまだ離乳食だけでは足りないご飯分を与えなければならない。その為にも私自身がしっかり食事をして栄養を取りたいのだけれど、なかなか体が追い付かないのが現状で。
 一回に食べれる量が少ない分、食事の回数を増やす。今までよりもそのことを意識して何とか胃にご飯を入れていた。
 そしてそんな大変な日々を支えてくれるのはやっぱり夫たちだった。

「サキさん、ちょっと服脱がせますね」
「うん……」

 ヨルアノくんは持ってきたタオルとお湯を傍に置き、私の着ているワンピースのボタンを外す。
 私がお風呂に入れない日は彼らが代わりに体を拭いて綺麗にしてくれる。
 ユウを妊娠した初めての時、私は辛い状況下でやさぐれていて「わざわざそこまでしなくていい」と強い口調で拒否してしまった。
 皆に介護みたいなことをさせて手間をかけさせてばかりだと。彼らが微塵もそう思っていないと分かっているのに何だかイライラして、無駄に当たって余計に困らせていた。
 泣きながら言う私の文句を彼らは怒りもせず最後まで聞いて「サキが嫌ならしないけど自分たちはサキの為に、子供の為に何かしたい。これは自己満足だから、サキが心配するようなことは何も無い」と優しく説得した。
 それで完全にイライラが晴れたわけでは無かったけれど、何度かやってもらう内に気持ちも落ち着いて彼らに任せようと受け入れることが出来た。

「力強くないですか……?痛かったら言うてください」
「大丈夫……」

 真剣な表情で私の体をそっと拭く彼をぼんやり見ながら少し前のことを思い出す。
 それはつわりが酷くなる前に彼と話していたこと。


「サキさんは……つわりの時はどんな感じか先に聞いといて良いですか?」
「そう…だね、私は臭いに敏感になるのと、特にご飯が食べれなくなっちゃって。昨日食べれたものも今日は駄目……みたいな状態だから毎日食べれるもの探して少しずつ食べてたかな」
「それが何か月も続くんですもんね……」

 自分のことのようにとても苦しい表情をするヨルアノくん。

「俺……不慣れやし、ちゃんと頑張らな……」
「そんなに気負わなくて良いよ?皆だってユウの時は初めてだったんだから」
「……すみません、ちょっと……無駄に気合い入っとるみたいで」

 そう呟き彼は少し俯く。

「サキさんが妊娠されとった時……俺は何も出来んかったから……」

 ユウとミアのつわりの時、私はずっと家に居て団員たちに会うことは無かった。あくまでヨルアノくんは夫……家族では無く「他人」だったから、そこまで干渉することは出来ない。いくら寮と家との物理的な距離が近くても、そこには二人を隔てる大きな壁がある。
 その間もヨルアノくんはずっと私を心配して待っていてくれた。

「皆さんが充分しとったんは分かっとります。俺がおらんでも良いんやけど……どうにか役に立てたらなって思っとりました」

 何も出来ないもどかしさ、顔も見ることの出来ない不安。私はその気持ちの全てを理解することは難しいけれど、皆が遠征に行ってその帰りを待っている時と似ているのでは無いかと勝手ながらに想像した。

「……私が寮に居た時はヨルアノくん凄く気にかけてくれていたでしょ?私の体調のことも子供のことも。支えになってたし嬉しかった。それがヨルアノくんを好きだなって思った理由の一つだよ」
「っ……迷惑じゃなかったんですね……良かったぁ……。自分でうざったいよなぁ思うても止まらんくて……」

 彼は顔に手を当て一度うずくまったが、すぐにバッと勢いよく立ち上がる。

「でもそのお陰でサキさんと結婚出来てんのやから、俺凄い!ありがとう!」
「ふふ、ありがとう」

 ヨルアノくんの前向きなところに私は何度も救われてきた。
 でも彼もこうやって悩んで迷うこともある。これからは家族として、私も彼の支えになりたい。
 それに、ヨルアノくんが深く悩んでいる時は大体私に関してのことだから……失礼かもだけど嬉しく思ってしまう。
 真っ直ぐに私の全てに向き合ってくれる、それが何より嬉しくて……。


「サキさん、他気持ち悪いとこ無いですか?一応全身拭けたと思うたんですけど」

 彼の声を聞いて、過去に飛んでいた思考を取り戻す。

「ん……凄くさっぱりした」
「そんなら良かったです!今眠いですか?」
「ちょっとだけ……」
「ずっとここに居るんで大丈夫ですよ」

 とりあえずきちんと出来たことにホッとした様子で頭を撫でてくれる彼に、私は小さく呟いた。

「ヨルアノくん……いつもありがとう」
「!」

 急な感謝の言葉に彼は少し驚いたが、その後幸せそうに頷いた。

「どういたしまして!……あはは!改めて言ってもらえるん、ちょっと恥ずかしいですね」

 照れて笑う彼が可愛くて、思わず手を伸ばし頬に触れると、ヨルアノくんはその手と指を絡め、屈んで顔を近づけてキスをする。
 お互いが目を閉じて、次に開いた時に見えた彼は目を細めて穏やかな笑みを浮かべていた。
 たまに覗かせるこのヨルアノくんの大人っぽい雰囲気に、私は何度もドキドキしてしまう。

「俺も、ありがとうございます」
「……どういたしまして」
「サキさんもちょっと恥ずかしそうやん」
「ふふ……照れちゃった」

 笑い合う二人の唇が再び重なる。
 何度も交わされる優しい口付けの中で体の辛さも忘れ、私はそっと瞼を閉じた。
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