元イージス艦長(50)、戦国に落ちる。~「誉れ」も「忠義」も非合理だ。最先端のシステム思考で、誰も死なない「太平の世」を築きます

月神世一

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EP 7

不完全な勝利と、最初の『死』
「野郎ども! なんだぁ、こりゃあ!」
野盗の頭目(かしら)らしき男が、街道の隘路(あいろ)を塞ぐ、作りかけの粗末な逆茂木(さかもぎ)を蹴りつけた。
予想外の「抵抗」に、5人の前進が止まる。
「頭(かしら)! 罠(わな)ですぜ!」
「こんなもんで、俺たちを止められると思うか!」
弥助(やすけ)が、柱だけの見張り台から叫んだ。
「坂上様! 止まった!」
「よし!」
坂上は村の入り口で、冷静に戦況を分析する。
(敵の陣形が崩れた。指揮系統(リーダー)が前に出すぎている。リスク管理(リスクマネジメント)の基本がなっていない)
「弥助! 監視を続けろ! 他の者は持ち場を離れるな! 交戦(エンゲージ)は厳禁だ!」
坂上は、家々の屋根が重なる、最も暗い影の一点を見つめた。
(今だ……)
その瞬間、坂上が視線を送った屋根の上から、小さな影が猫のように躍(おど)り出た。
早乙女蘭だ。
「!?」
野盗の一人が気配に気づき、上を向く。
だが、蘭の動きは、彼らの認識速度を遥かに超えていた。
「ヒッ!」
蘭は、逆茂木を乗り越えようとしていた頭目の顔面に、狙いすまして竹筒から『目潰し(唐辛子と灰を混ぜたもの)』を噴射した。
「ぐわぁぁぁっ! 目が! 目があぁぁ!」
頭目が顔を押さえて転げ回る。
完璧なタイミングでの「指揮系統の無力化」。
「か、頭!」
「てめぇ! 何しやがった!」
残る4人の野盗がパニックに陥る。
そのうちの一人が刀を抜き、蘭が着地した方向へ闇雲に斬りかかろうとした。
しかし、その足はもつれた。
蘭が逃走経路(アウェイルート)に撒(ま)いておいた『撒菱(まきびし)』を踏み抜いたのだ。
「ぎゃっ! 足が!」
たった一人。
たった数秒。
蘭は、坂上の命令通り「戦闘」ではなく「攪乱(かくらん)」に徹し、5人の武装集団の戦闘能力を、ほぼゼロにした。
「す、すげえ……」
弥助の仲間の一人、吉太(きちた)が、その光景を見て息をのんだ。
野盗たちは、目が見えない頭目と、足を押さえる仲間を抱え、完全に戦意を喪失した。
「ば、化け物だ! この村には忍びがいるぞ!」
「退(ひ)くぞ! 退けぇ!」
「やった! 逃げていくぞ!」
弥助が歓声を上げる。
庄屋の家に避難していた村人たちも、おそるおそる顔を出し始めた。
脆弱な村が、野盗を撃退した。奇跡的な勝利だ。
……その時だった。
「待てや、こらぁ!」
吉太が、手に持っていた鍬(くわ)を振り上げ、坂上の静止(「交戦厳禁」)を破って飛び出した。
「吉太! 戻れ! 命令違反だ!」
坂上の怒声が響く。
だが、勝利に興奮し、恐怖が怒りに転換した若者には、もうその「システム」の声は届いていなかった。
「うおおお!」
吉太が狙ったのは、仲間を助けて逃げようとしていた、最後尾の野盗だった。
「!」
野盗は、背後からの殺気に気づき、振り返りざまに、持っていた刀を水平に薙(な)いだ。
それは、訓練も受けていない、ただ生きるための必死の反撃だった。
ザシュッ。
鈍い音が響いた。
吉太の動きが、ぴたりと止まる。
その胸には、深々と刀が突き刺さっていた。
「……ぁ……」
吉太は、自分が何をしたのか、何をされたのか分からない顔で、ゆっくりと崩れ落ちた。
「き、吉太ぁぁぁ!」
弥助が叫ぶ。
野盗は、自分が人を殺したことに怯え、刀を放り出すようにして逃げていった。
……静寂が訪れた。
勝利の歓声は、どこにもなかった。
弥助たちが、血だまりに倒れる吉太に駆け寄るが、もう息はなかった。
女子供の泣き声が、村に響き渡る。
坂上は、その場に立ち尽くしていた。
蘭が、音もなく彼の隣に戻ってきた。その顔は、血の気を失い、真っ青だった。
「……命令通り、攪乱は、実行しました。でも……っ」
坂上は、蘭の言葉に答えなかった。
彼は、吉太の亡骸(なきがら)を、ただ見つめていた。
(システムは、機能した)
(敵の指揮系統を破壊し、最小限の戦闘行為で敵を無力化し、撤退させる。作戦(オペレーション)は成功だ)
(だが……)
彼の脳裏に、特攻で死んだ祖父の顔と、守るべきだったはずの広島の街が蘇る。
(なぜ、死んだ?)
(システムは、人命を守るためにある)
(『勝利』への興奮、『誉れ』を求める感情……そんな非合理なバグが、命令(システム)を上書きし、命を奪った)
(俺のシステムは、まだ不完全だ。この『人間の感情』という最大のリスクを、計算に入れていなかった)
坂上は、血に濡れた自分の手を、まるで初めて見るかのように見つめた。
自分が直接下した手ではない。だが、自分が構築した「戦場」で、人が死んだ。
50年の人生で、初めての『実戦』の重みだった。
「これが……戦乱の世、か」
坂上の口から漏れた声は、ひどく乾いていた。
コーヒーが、無性に飲みたかった。
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