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EP 8
不完全なシステムと、庄屋の『変化』
吉太(きちた)の亡骸(なきがら)は、村の男たちによって静かに運ばれた。
女たちの泣き声だけが、夕暮れの東高村に響き渡っている。
勝利したはずだった。
だが、村の空気は、野盗が来る前よりも遥かに重く、冷え切っていた。
坂上真一は、血だまりが残る村の入り口に、一人立ち尽くしていた。
彼の脳裏では、先程の戦闘(シークエンス)が何度もリプレイされている。
(……なぜ、命令違反(バグ)が起きた?)
(原因1:高揚感(アドレナリン)による理性の麻痺)
(原因2:『手柄』という、この時代特有の非合理なインセンティブ)
(原因3:俺の指揮(コマンド)が、彼らの恐怖心と功名心を制御(コントロール)しきれなかった)
(結論:システムは、不完全だ)
人が死んだ。
防げたはずの死だった。
イージス艦長として、部下(リソース)の損耗(そんもう)をゼロに抑えることを信条としてきた坂上にとって、それは「任務失敗」を意味した。
「……坂上様」
弥助(やすけ)が、土に汚れた顔で近づいてきた。その目は赤く腫(は)れている。
「吉太の親父(おやじ)が……あんたに礼を言えって。助けてくれて、ありがとう、って……」
「……」
坂上は何も答えられなかった。
「あいつ……吉太のヤツ、バカだ! なんで飛び出したり……!」
弥助は、怒りと悲しみで言葉を詰まらせる。
「……弥助」
坂上は、弥助の目をまっすぐに見据えた。
「お前は、なぜ飛び出さなかった?」
「え……」
「お前も、あの時、興奮していたはずだ。なぜ、俺の『交戦厳禁』の命令を守った?」
「そ、それは……」
弥助は、坂上の射抜くような視線に圧(お)された。
「坂上様の声が、怖かったからだ……。それに、あんたの言う通りにしたら、本当に野盗が逃げてった。だから……あんたの言うことを聞くのが『正しい』って、思ったから」
(恐怖と、合理性への信頼……)
坂上は、人間の感情(バグ)を制御する、二つのパラメータを見つけた気がした。
その時だった。
庄屋が、数人の村の年長者を引き連れて、坂上の元へやってきた。
村人たちの顔には、恐怖と、そして奇妙な『期待』が浮かんでいた。
庄屋は、坂上の前に進み出ると、土下座(どげざ)と言っていいほど深く、土の上に頭(こうべ)を垂れた。
「……坂上様」
昨日までとは別人のような、絞り出す声だった。
「吉太のことは……本当に、残念じゃった。じゃが……」
庄屋は顔を上げる。その目は涙で濡れていた。
「あんた様がいなければ、我らは皆殺しにされ、女たちは連れ去られ……村は焼かれとった。吉太一人の犠牲(ぎせい)で済んだのは……いや、犠牲が出たのは、我らがあんた様の言うことを聞かなかったからじゃ!」
「!」
「わしらは、愚かじゃった!」
庄屋は、再び頭を土に叩きつけた。
「どうか! どうか、この村をお助けくだされ! あんた様の言う『しすてむ』とやらで、わしらをお守りいただきたい! この通りじゃ!」
庄屋に続き、後ろにいた年長者たちも、次々と土下座していく。
(……これが、この時代の『現実』か)
坂上は、目の前の光景を冷静に分析した。
吉太一人の「死」という明確なリスクが、昨日までの「何もしない」という非合理な経験則を、一瞬で上書きした。
彼らは、坂上の「防衛システム」を、ようやく「生存に必要なコスト」として認識したのだ。
「顔を上げてください、庄屋殿」
坂上は淡々と告げた。
「俺は神ではない。だが、『システム』を構築することならできる」
坂上は、弥助に向き直った。
「弥助。今すぐ、村の男衆(おとこしゅう)全員を集めろ。これより、この村の『防衛システム』を、フェーズ2に移行する」
「は、はいっ!」
弥助の顔に、悲しみとは違う、強い光が宿った。
「(もう、誰も死なせん)」
坂上は、吉太が倒れた血の跡を一瞥(いちべつ)し、硬く誓った。
「(この非合理な世界で、人命(リソース)を使い潰すシステムは、俺が全て書き換えてやる)」
夜の闇が迫る中、坂上の指揮(コマンド)のもと、東高村は、今度こそ村全体が一つの「システム」として動き出そうとしていた。
吉太(きちた)の亡骸(なきがら)は、村の男たちによって静かに運ばれた。
女たちの泣き声だけが、夕暮れの東高村に響き渡っている。
勝利したはずだった。
だが、村の空気は、野盗が来る前よりも遥かに重く、冷え切っていた。
坂上真一は、血だまりが残る村の入り口に、一人立ち尽くしていた。
彼の脳裏では、先程の戦闘(シークエンス)が何度もリプレイされている。
(……なぜ、命令違反(バグ)が起きた?)
(原因1:高揚感(アドレナリン)による理性の麻痺)
(原因2:『手柄』という、この時代特有の非合理なインセンティブ)
(原因3:俺の指揮(コマンド)が、彼らの恐怖心と功名心を制御(コントロール)しきれなかった)
(結論:システムは、不完全だ)
人が死んだ。
防げたはずの死だった。
イージス艦長として、部下(リソース)の損耗(そんもう)をゼロに抑えることを信条としてきた坂上にとって、それは「任務失敗」を意味した。
「……坂上様」
弥助(やすけ)が、土に汚れた顔で近づいてきた。その目は赤く腫(は)れている。
「吉太の親父(おやじ)が……あんたに礼を言えって。助けてくれて、ありがとう、って……」
「……」
坂上は何も答えられなかった。
「あいつ……吉太のヤツ、バカだ! なんで飛び出したり……!」
弥助は、怒りと悲しみで言葉を詰まらせる。
「……弥助」
坂上は、弥助の目をまっすぐに見据えた。
「お前は、なぜ飛び出さなかった?」
「え……」
「お前も、あの時、興奮していたはずだ。なぜ、俺の『交戦厳禁』の命令を守った?」
「そ、それは……」
弥助は、坂上の射抜くような視線に圧(お)された。
「坂上様の声が、怖かったからだ……。それに、あんたの言う通りにしたら、本当に野盗が逃げてった。だから……あんたの言うことを聞くのが『正しい』って、思ったから」
(恐怖と、合理性への信頼……)
坂上は、人間の感情(バグ)を制御する、二つのパラメータを見つけた気がした。
その時だった。
庄屋が、数人の村の年長者を引き連れて、坂上の元へやってきた。
村人たちの顔には、恐怖と、そして奇妙な『期待』が浮かんでいた。
庄屋は、坂上の前に進み出ると、土下座(どげざ)と言っていいほど深く、土の上に頭(こうべ)を垂れた。
「……坂上様」
昨日までとは別人のような、絞り出す声だった。
「吉太のことは……本当に、残念じゃった。じゃが……」
庄屋は顔を上げる。その目は涙で濡れていた。
「あんた様がいなければ、我らは皆殺しにされ、女たちは連れ去られ……村は焼かれとった。吉太一人の犠牲(ぎせい)で済んだのは……いや、犠牲が出たのは、我らがあんた様の言うことを聞かなかったからじゃ!」
「!」
「わしらは、愚かじゃった!」
庄屋は、再び頭を土に叩きつけた。
「どうか! どうか、この村をお助けくだされ! あんた様の言う『しすてむ』とやらで、わしらをお守りいただきたい! この通りじゃ!」
庄屋に続き、後ろにいた年長者たちも、次々と土下座していく。
(……これが、この時代の『現実』か)
坂上は、目の前の光景を冷静に分析した。
吉太一人の「死」という明確なリスクが、昨日までの「何もしない」という非合理な経験則を、一瞬で上書きした。
彼らは、坂上の「防衛システム」を、ようやく「生存に必要なコスト」として認識したのだ。
「顔を上げてください、庄屋殿」
坂上は淡々と告げた。
「俺は神ではない。だが、『システム』を構築することならできる」
坂上は、弥助に向き直った。
「弥助。今すぐ、村の男衆(おとこしゅう)全員を集めろ。これより、この村の『防衛システム』を、フェーズ2に移行する」
「は、はいっ!」
弥助の顔に、悲しみとは違う、強い光が宿った。
「(もう、誰も死なせん)」
坂上は、吉太が倒れた血の跡を一瞥(いちべつ)し、硬く誓った。
「(この非合理な世界で、人命(リソース)を使い潰すシステムは、俺が全て書き換えてやる)」
夜の闇が迫る中、坂上の指揮(コマンド)のもと、東高村は、今度こそ村全体が一つの「システム」として動き出そうとしていた。
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