​『異世界弁護士・桜田リベラは罪を憎み、法廷で悪を討つ。~同期の検事と裁判官は、甘味と激辛で戦場と化す~』

月神世一

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EP 4

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潜入! 闇カジノと情報屋の流儀
​ 桜田法律事務所に、蒼白な顔をした青年が駆け込んできたのは、昼下がりのことだった。
​「た、助けてください! このままでは実家の屋敷を取られてしまいます!」
​ 依頼人は、某伯爵家の三男坊。
 彼は震える手で、一枚の羊皮紙――借用書を差し出した。
 そこに記された金額は、金貨1000枚。一般市民なら三回は人生をやり直せる大金だ。
​「……闇カジノ、ですわね?」
 リベラは借用書を一瞥し、冷静に紅茶を啜った。
​「は、はい……。『ゴールデン・パラダイス』という会員制の賭博場です。最初は勝てたんですが、急に負けが込んで……気づいたらこんな借金を……」
「貴族のボンボンをカモにする、典型的な手口ですわね」
​ リベラはカップを置き、鋭い視線を向けた。
「その勝負、本当に『運』だけで負けましたか?」
「えっ……? いえ、確かにサイコロの目が不自然に変わったような気はしましたが……証拠なんて……」
​「証拠なら、これから掴めばいいのです」
 リベラは指をパチンと鳴らした。
​「キスケ。出番よ」
​ 音もなく、部屋の隅の影から男が現れた。
 手ぬぐいを頭に巻いた蕎麦屋、キスケだ。
​「へいへい。……お嬢、あの『ゴールデン・パラダイス』は厄介ですよ。ケツ持ちは『九尾族(きゅうびぞく)』だ。鼻が利くし、幻術も使う」
「だからこそ、貴方の腕が必要なの。……成功報酬は、月見屋の『新型製麺機』の導入費用全額でどう?」
​ キスケの半眼が、一瞬だけギラリと開いた。
「……ちっ。足元見やがって。製麺機は喉から手が出るほど欲しいですがね」
​ 彼は懐から黒い布を取り出し、顔を覆った。
 その瞬間、昼行灯の蕎麦屋の気配が消え、冷徹な『忍び』の空気が漂う。
​「承知しやした。……ちょっくら、狐狩りと洒落込みますか」
​ ***
​ 帝都の歓楽街、その地下深くに『ゴールデン・パラダイス』はあった。
 煌びやかなシャンデリアの下、欲望と金貨が飛び交う不夜城。
​ その天井裏の梁(はり)に、キスケはヤモリのように張り付いていた。
 カメレオン族のような透明化能力はない。だが、彼は視界の死角と空気の流れを読み、闇に溶け込む術(アート)を心得ている。
​(……VIPルームはあそこか)
​ 眼下では、先ほどの依頼人がハメられたであろうテーブルで、新たなカモ(小太りの商人)が脂汗を流していた。
 ディーラーを務めるのは、妖艶な美女。
 着物を崩して着こなし、その背後には金色の毛並みを持つ九本の尻尾が揺れている。九尾族の幹部だ。
​「さあさあ、張った張った♡」
​ 美女が壺の中でサイコロを振る。
 商人が「丁(偶数)!」と叫び、全財産を賭けた。
​ キスケは目を細めた。
 壺が開かれる直前、美女の尻尾の一本が、微かに揺れたのだ。
​(――風魔法か)
​ 尻尾で卓上の空気を操り、サイコロの目を強引にひっくり返した。
 結果は「半(奇数)」。商人は絶叫し、崩れ落ちる。
​(クロだな。……イカサマの瞬間は見た。あとはブツ(証拠)だが……)
​ キスケが懐から「記録用の魔道具(カメラ)」を取り出そうとした、その時だった。
​「――天井裏のネズミさん? 獣臭いわよ」
​ 美女が、天井を睨みつけた。
 九尾族の嗅覚は、獣人族の中でもトップクラスだ。忍びの気配は消せても、僅かな体臭までは消せない。
​「チッ、これだから犬っころ(狐)は嫌いなんだ!」
​ キスケは即座に天井を蹴った。
 同時に、美女の放った「狐火」が天井を焼き払う。
 ドカッ! と床に着地したキスケを、屈強な用心棒たちが取り囲んだ。
​「殺しなさい! 店の秘密を見た者は生かしておけないわ!」
「へっ、多勢に無勢ってか。……なら、こいつを食らいな!」
​ キスケは懐から袋を取り出し、宙に放り投げた。
 中から飛び散ったのは――白い粉。
​「煙玉か!? 構わん、切れ!」
「あいにく、ただの煙じゃねぇよ。こいつは俺が引いた**『特製・更科(さらしな)そば粉』**だ!」
​ キスケが火種を弾く。
 空中に充満した微細な粉塵に、火が引火した。
​ ドォォォォォォン!!
​ 粉塵爆発。
 局所的な爆風と閃光が、用心棒たちを吹き飛ばす。
 さらに、焼き焦げた蕎麦の香ばしい匂いが充満し、九尾族の鋭敏な鼻を強烈に刺激した。
​「げほっ、ごほっ!? 鼻が、鼻がァァ!」
「へいお待ち! ……代金はツケとくぜ!」
​ 混乱の最中、キスケはディーラーの美女の懐から「イカサマ用の磁石サイコロ」を掠め取り、爆煙に紛れて姿を消した。
​ ***
​ 数十分後。
 カジノの入り口の扉が、凄まじい音と共に蹴破られた。
​「こんばんは。……違法賭博の摘発に参りましたわ」
​ 砂煙の中から現れたのは、桜田リベラ。
 その後ろには、鬼の形相をした龍魔呂と、キスケがニヤリと笑って立っている。
​「な、なんだ貴様らは! ここは九尾族のシマだぞ!」
 支配人の男が怒鳴り込んできたが、リベラは冷ややかに一枚の紙――キスケが持ち帰った証拠写真と、イカサマサイコロを突きつけた。
​「刑法第186条、常習賭博罪および賭博開帳図利罪。……さらに、イカサマによる金銭搾取は詐欺罪(246条)にも該当します」
​「け、刑法だと? 知ったことか! 我々は帝国の法など受けん!」
「ええ、そうおっしゃると思いましたわ」
​ リベラはパチンと指を鳴らした。
 カジノの外から、整然とした足音が響いてくる。
 現れたのは、純白の翼を持つ警察天使の一団だった。
​「なっ……セレスティアの治安部隊!?」
「私の友人の検察官(デューラ)に頼んで、特別に動いてもらいましたの。『賭博の売上が、反社会勢力の資金源になっている疑いがある』と通報したら、喜んで令状を出してくれましたわ」
​ 天使たちの背後には、デューラの冷徹な影が見え隠れしている。
 リベラは支配人に詰め寄った。
​「民法第90条、公序良俗違反。……違法な賭博によって生じた借金は『無効』です。よって、私の依頼人の借金1000枚はチャラ。さらに――」
​ 彼女はカジノの金庫を指差した。
​「被害者への慰謝料として、この店の全売上を没収(差し押さえ)させていただきます。文句があるなら裁判所へどうぞ? 裁判長(タバスコ中毒)も手薬煉引いて待っていますわよ?」
​「そ、そんな馬鹿なァァァ……!」
​ ***
​ 翌日。桜田法律事務所。
 キスケは念願の『新型製麺機』を愛おしそうに磨いていた。
​「へっへっへ。これさえあれば、十割蕎麦も夢じゃねぇ」
「いい仕事でしたわ、キスケ。おかげで事務所の運営資金も潤沢になりました」
​ リベラは没収した金の一部(成功報酬)を帳簿につけながら、満足げに頷く。
 その横で、龍魔呂が蕎麦を啜りながら呟いた。
​「……にしても、蕎麦粉で爆破とはな。食べ物を粗末にするなよ」
「阿呆。あれは賞味期限切れの廃棄粉だ。俺が一番、蕎麦を愛してらぁ」
​ キスケは鼻の下を指で擦り、ニヒルに笑った。
 表はしがない蕎麦屋、裏は凄腕の情報屋。
 彼の集める「噂」が、次はどんな巨悪を暴くのか。それはまた別の話である。
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