​『S級ダンジョン最深部のコンビニ店長になりました。店員はパイルバンカー持ちのポーン。常連客がラスボスで困ってます』

月神世一

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EP 11

迷子のエルフは壁を抜けてやってくる
​ その日、地下1000階層の『コンビニ・天魔窟店』には、芳醇な出汁(だし)の香りが漂っていた。
​「そろそろ『おでん』の季節だからな」
​ 店長のサエキ・カズヤは、レジ横に設置した四角い金属製の鍋を満足げに眺めていた。
 黄金色のつゆの中で、大根、こんにゃく、卵、そして牛すじが、コトコトと音を立てて煮込まれている。
 ダンジョンの冷え切った空気の中で、この湯気は暴力的なまでの破壊力(飯テロ)を持っていた。
​「マスター。また得体の知れない煮込み料理を作っていますね。この『ハンペン』という白い物体は、スライムの死骸ですか?」
「違うよ。魚のすり身だ。……よし、仕込みは完璧だ」
​ カズヤがトングを置いて一息ついた、その時である。
​「――マスター。警戒を」
​ ポーンがピクリと耳を動かした。
 いつもの「敵襲」を告げる声色とは少し違う。困惑が混じっている。
​「高エネルギー体が接近中……ですが、座標がおかしいです」
「座標? 自動ドアの方じゃないのか?」
「いいえ。店舗の裏側……厨房の『壁』の向こうからです」
​ カズヤは首を傾げた。
 厨房の裏は、未開拓の硬い岩盤だ。
 ゴブリンが掘ってくるとも思えないし、ドラゴンなら壁ごと破壊してくるだろう。
 だが、今の反応はもっと静かで、それでいて――
​ ヌルッ。
​ 厨房のプレハブの壁が、水面のように波打った。
​「うわっ!?」
​ カズヤが仰け反る目の前で、壁から「何か」が滲み出てくる。
 それは幽霊のように壁をすり抜け――いや、空間位相がズレたまま、物理法則を無視して室内へと侵入してきた。
​ 現れたのは、銀色の髪を持つ少女だった。
 彼女は壁を抜けきった瞬間、店内の床の段差(わずか2センチ)に足を取られた。
​「あ」
​ 可愛らしい声が漏れる。
 彼女の体は、美しい放物線を描いて前方へと倒れ込む。
 その落下地点にあったのは――煮えたぎる『おでん鍋』だった。
​ ドッパァァァァァァンッ!!!!
​ 熱い出汁が飛散し、具材が宙を舞う。
 コンビニ店員にとっての悪夢、什器の破損と商品の廃棄。
 だが、それ以上に凄惨だったのは、鍋に頭から突っ込んだ少女の姿だ。
​「あつっ!? 熱いですぅぅぅ!?」
​ 少女は顔面を出汁まみれにしながら飛び起きた。
 額には『三角形のこんにゃく』が張り付き、銀髪からは『しらたき』が垂れ下がり、肩には『ちくわ』が乗っている。
 本来なら息を呑むような絶世の美少女のはずが、今はただの『歩くおでん』だった。
​「だ、大丈夫ですかお客様!?」
​ カズヤが慌てておしぼりを差し出す。
 だが、少女はバッと身構え、手に持っていた杖――精緻な彫刻が施された神聖な杖をカズヤに向けた。
​「近寄らないでください、邪悪な魔人め!」
​ 凛とした声で叫ぶが、こんにゃくがプルプル震えているせいで威厳はゼロだ。
​「魔人? いや、俺は店長で……」
「騙されません! ここはダンジョンの最深部。貴方がこの魔境を支配し、罪なき精霊を捕らえていることはお見通しです!」
​ 少女――エルフの次期女王候補、ルナ・シンフォニアは、レジにいるポーンを見て悲痛な声を上げた。
​「ああ、可哀想な精霊さん……! あんなふざけた服(コンビニ制服)を着せられて……! 今すぐ助けてあげますからね!」
​ ポーンは無表情で、「いえ、これは福利厚生支給品ですが」と言おうとしたが、ルナは聞く耳を持たない。
 彼女は杖に膨大な魔力を込めた。
 魔王クラスの魔力が、店内で渦を巻く。
​「食らいなさい! 聖なる世界樹の鉄槌を!」
​ 彼女は大きく杖を振りかぶり――そして、床に落ちていた『卵』を踏んだ。
​ ツルッ。
​「ほえ?」
​ ルナの体が再び宙を舞う。
 振り上げた杖が手からすっぽ抜け、回転しながらカズヤの方へ飛んでいく。
 魔法ではない。ただの物理的な投擲(とうてき)だ。
​ ゴツッ!!!!
​ 硬質な音が響き、カズヤの脳天に杖が直撃した。
​「ぐっ……!!」
​ カズヤは目の前に星を見ながら、カウンターに崩れ落ちた。
 ルナもまた、受け身を取れずに床にベチャリと倒れる。
 
 静寂が訪れた店内。
 残されたのは、散乱したおでんの具と、気絶した店長、そして目を回しているエルフの少女。
 ポーンは深く、深く溜息をつき、冷めた声で呟いた。
​「……マスター。どうやら、とんでもない『粗大ゴミ』が迷い込んできたようです」
​ 壁をすり抜けるほどの致命的な方向音痴と、敵も味方も巻き込むドジっ子属性。
 この日、『コンビニ・天魔窟店』に新たな(そして最大の)災害がやってきたのである。
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