『F-35B、ミッドウェーに降臨す ~超エリート空自パイロット、一回限りの『魔法』で歴史を覆す~』

月神世一

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第二章 マリアナ攻略

EP 4

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呉(くれ)の『錬金術』
1942年8月1日 - 呉工廠・ジェットエンジン開発室(旧・第一ドック)
呉工廠の一角は、今や日本のいかなる機密施設よりも、厳重な警備が敷かれる「聖域」と化していた。
そこでは、帝国海軍(堀越)と帝国陸軍(手島)の「鬼才」が、寝食を忘れ、一つの「図面」に齧り付いていた。
坂上が提示した、『ユンカース・ユモ 004』の構造図だ。
「……違う、堀越さん!」
手島秀明が、陸軍の「ハ41(鍾馗のエンジン)」の設計図を叩きつけた。
「貴官(海軍)の『ネ20』は、タービンブレードの『耐熱性』が甘すぎる!
坂上顧問の言う『軸流式』を実現するには、陸軍(ウチ)が研究中の『ニッケル・クロム・モリブデン鋼』の配合が不可欠だ!」
「何を言うか、手島大佐!」
堀越も、零戦の図面を広げて反論する。
「陸軍の素材は『重すぎる』! そんなものでは、機体の『軽量化』という、航空機の『魂』が死ぬ!
坂上顧問が見せた『カーボンファイバー(F-35Bの残骸)』の『思想』は、軽さこそが正義だと示している!」
「だが、飛ぶ前に『溶ける』ぞ!」
「重くて『飛べない』ぞ!」
二人の天才の議論が、白熱する。
彼らは、東條の「監視役」や海軍の「技術者」という「所属」を、完全に忘れていた。
彼らの前にあるのは、ただ一つ。
坂上真一という「未来」が提示した、『ジェットエンジン』という名の、難解すぎる「パズル」だった。
「……二人とも、そこまでだ」
ドックに響いた坂上の静かな声に、二人はハッと我に返った。
坂上は、スマホの画面を二人に提示した。そこには、現代の「ジェットエンジン(ターボファン)」の、簡略化されたCGモデルが映し出されていた。
「堀越さん。貴方の『軽さ』は正しい。
手島大佐。貴方の『耐熱性』も正しい」
坂上は、CGモデルの「タービンブレード」部分を拡大した。
「だが、答えは『素材』だけにあるのではない。
――『冷却』だ」
「れ、冷却……?」
「ブレードの『中身』を、空洞にする」
坂上は、スマホに保存していた『フィルム冷却(Film Cooling)』の「概念図」を指差した。
「圧縮機から取り込んだ『冷たい空気』を、この『穴』から噴出させ、ブレードの『表面』を、高温ガスから『守る膜』を作るんだ」
「…………!!」
堀越と手島の顔から、血の気が引いた。
それは、「素材の限界」という「壁」にぶつかっていた二人の「常識」を、根底から覆す、「コロンブスの卵」だった。
「な……なんだ、この『発想』は……」
「金属を『冷やしながら』、燃焼させる……だと?」
「これは、俺の世界では『常識』だ」
坂上は、冷ややかに言った。
「堀越さんの『空力設計(軽さ)』と、手島大佐の『素材工学(硬さ)』。
その二つを、俺の『未来(冷却思想)』で、結合させる。
――これこそが、『ネ20改』の『心臓』だ」
陸軍の「技術」と、海軍の「技術」が、
坂上という「錬金術師」の手によって、
ありえない「融合」を、果たした瞬間だった。
「……これなら、いける」
堀越が、震える手で、計算尺を滑らせ始めた。
「……1年……いや、10ヶ月だ。
10ヶ月で、俺は、この『怪物』の『試作機』を、形にしてみせる……!」
東條が放った「楔」は、今や、プロジェクトの「推進剤」となっていた。
1942年8月5日 - 呉・海軍航空隊基地(旧・教練所)
ラバウルからの輸送機が、呉の滑走路に着陸した。
タラップを降りてきたのは、この1ヶ月半、ソロモンの「地獄」で坂上の「システム」を学んだ、二人の「ニュータイプ」だった。
笹井醇一と、西沢広義。
彼らの目には、もはや「個の技」に驕るエースの光はなく、「システム」の「歯車」としての、冷徹な光が宿っていた。
「……ここが、俺たちの『次の戦場』か」
西沢が、呉の空を見上げた。
「ようこそ、呉へ。二人とも、よくぞ生きて還った」
出迎えた坂上は、彼らを、真っ直ぐに「聖域(第一ドック)」へと連れて行った。
ライトアップされた、F-35Bの「墓標」。
そして、その隣で、堀越と手島が、狂ったように開発を進める『ネ20改』のモックアップ(木型)。
「……なんだ、これは」
笹井が、F-35Bの異様な形状に息を呑む。
「俺が乗ってきた『魔法』だ。今はもう、飛ばないがな」
「……こっちの、筒は?」
西沢が、プロペラのない『ネ20改』の木型を、怪訝そうに指差した。
「君たちが、次に乗る『翼』の、心臓だ」
坂上は、二人のエースに、決定的な「未来」を告げた。
「敵は、『B-29』。
飛行高度、1万メートル。
速度、時速570キロ以上(零戦の最高速度より速い)。
そして、12.7ミリ機銃を『10門以上』、全方位に装備している」
「…………!」
笹井と西沢は、愕然とした。
「ば、馬鹿な! そんな『空中要塞』、零戦では、近づくことすら……!」
「ああ、できない」
坂上は、即答した。
「だから、君たちには、『零戦』を、捨ててもらう」
坂上は、『秋水(仮称)』――堀越が描き始めた、ジェット迎撃機の、荒々しいスケッチを、二人に叩きつけた。
プロペラのない、鋭角的な、異形の戦闘機だった。
「君たちが乗るのは、これだ。
最高速度は、時速800キロを超える。
上昇力は、零戦の『3倍』だ」
「……800キロ!?」
「だが」
坂上は、二人の目を、射抜くように見据えた。
「この機体で、『ドッグファイト(格闘戦)』は、一切、禁止する」
「なっ……!」
「いいか、よく聞け」
坂上は、ガダルカナルで教えた「ロッテ戦法」の、さらに「先」を、語り始めた。
「君たちの仕事は、『戦闘』ではない。『作業』だ。
① 源田さん(ゴジラ・ネット)が、敵(B-29)を300キロ手前で捕捉する。
② 君たちは、地上からの『完璧な誘導』に従い、敵の『上空』、高度1万2千で待機する。
③ 敵が、計算された『キルゾーン』に入った瞬間、
④ 『急降下(一撃)』。
⑤ 敵の護衛機が反応する前に、堀越たちが作る『新型機関砲(VT信管の応用)』を、
⑥ 『ワンパス(一撃)』で、全弾、叩き込む。
⑦ そして、そのまま『離脱(リタイア)』する」
「……ま、待ってくれ」
笹井が、混乱した頭で反論した。
「それは、『戦闘』じゃない! ただの『的当て』だ!
俺たちの『技』は、どこで使うんだ!」
「使わない」
坂上は、冷酷に言い放った。
「君たちの『技(エースの勘)』は、B-29(システム)の前では、無力だ。
志賀大尉の『死』を、忘れたか?」
「…………っ」
笹井の顔が、強張った。志賀の最期が、脳裏をよぎる。
「『個』の技に頼るから、死ぬんだ」
坂上は、続けた。
「だが、『システム』で戦えば、死なない。
君たちは、ラバウルでそれを学んだはずだ。
これは、その『最終解答』だ。
君たちは、『エース』である必要はない。
俺の『命令(システム)』通りに、正確に『引き金』を引く、
――『最高の歯車(ニュータイプ)』に、なってもらう」
笹井と西沢は、ゴクリと唾を飲んだ。
彼らは、理解した。
坂上が、ガダルカナルで彼らに教えた「ロッテ戦法」は、
全て、この「未来の戦い」のための、「基礎訓練」であったことを。
「……分かった」
西沢が、先に口を開いた。「俺は、やる。
『技』で戦って、志賀さんみたいに死ぬのは、もう御免だ」
「……ああ」
笹井も、頷いた。「坂上さん。俺たちを、『B-29を狩る』ための、
――『道具』に、してくれ」
エースの「プライド」が、完全に「死んだ」瞬間だった。
そして、未来の「ジェット戦術」を担う、最初の「教官」が、誕生した瞬間でもあった。
その頃、市ヶ谷・首相官邸。
東條英機の元に、一本の「極秘電」が届いていた。
呉に送った憲兵隊からの、定期報告だった。
『――対象(テシマ)、完全ニ『寝返レリ』。
現在、海軍(ホリコシ)ト、昼夜ヲ問ワズ、新型発動機(ジェット)ノ開発ニ『没頭』。
陸軍ノ機密情報(ソザイ・カコウギジュツ)、スベテ海軍側ニ開示ス。
坂上真一、『プロジェクト』ヲ完全ニ掌握セリ――』
バキン!
東條は、読んでいた書類を握り潰し、愛用の湯呑みを、壁に叩きつけた。
「……あの、裏切り者が……!」
東條が放った「楔」は、抜け落ちたどころか、敵の「武器」に作り替えられてしまった。
「……坂上……真一……!」
東條は、もはや「海軍の神」ではなく、一個の「敵」として、その名を、憎悪と共に刻み付けた。
「……呼べ」
東條は、新たな指示を出した。「内務省の、『特高(とっこう)』の男を、呼べ。
……呉の『外』から、
あの『神』の、
『アキレス腱』を、断ち切ってやる……」
坂上の「技術戦」は、今、
呉の「内(開発)」と、市ヶ谷の「外(暗闘)」という、
二つの戦場で、同時に、火蓋が切られようとしていた。
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