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第二章 マリアナ攻略
EP 20
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「鉄のハリネズミ vs 赤い津波」
1944年6月18日 - 満州・ハイラル国境線(ソ連軍側)
「……Инженера(技術者を呼べ)……」
イヴァン・スミルノフ政治将校は、凍てついた声で呟いた。彼は「第6親衛戦車軍」の生き残りだった。
ほんの数分前まで、彼の視界には「勝利」があった。800両のT-34が大地を埋め尽くし、数百機のIL-2(シュトゥルモヴィーク)が空を覆っていた。
今、空には何もない。
IL-2の編隊は、文字通り「蒸発」した。空中で閃光と共に「霧散」したのだ。
そして、大地には「鉄の置物」が並んでいた。
「……司令部(HQ)は? ヴァトゥーチン将軍は!?」
部下の報告は、恐怖で体を痙攣させながらもたらされた。
「……消滅。半径100メートル、全てが『抉(えぐ)れ』ました。……同時に、後方の『燃料補給車列』も……全滅です」
指揮系統は麻痺。燃料(血液)は絶たれた。T-34は「鉄の墓標」と化した。
スミルノフの反応は「恐怖」ではなかった。彼は、スターリングラードの地獄を生き抜いた男だ。彼の感情は、理解不能な現象に対する「イデオロギー的な怒り」だった。
「……魔術か」
彼は、東の空を睨んだ。「キーン」という、悪魔の啼き声のような音だけが、二度、空を切り裂いて消えた。
「政治将校。これは……我々の理解を超えてい……」
「黙れ」スミルノフは部下を遮った。「理解を超えるものなど存在しない。これはファシスト(日本)による、新型の『毒ガス』か『音響兵器』だ。それ以上でも以下でもない」
彼は司令部(の残骸)を迂回し、後方の通信車両に駆け込んだ。
「モスクワ(СТАВКА)に繋げ。スターリン同志に、緊急報告だ」
ノイズの向こう、クレムリンの受話器が繋がる。
「……同志書記長。スミルノフです。第6軍は、敵の『未知の決戦兵器』の奇襲を受け、停止しました」
『……停止? "停止"だと、スミルノフ?』
電話の向こうから、地を這うような静かな声が聞こえた。
「はっ。敵航空兵器……形状、確認不能。信じ難い速度です。ですが、」
スミルノフは、決定的な「観測」を加えた。
「――数は、極端に少ない。恐らく、試作機が『2機』です」
『…………2機だと?』
電話の向こうで、スターリンは「マッチ」を擦る音をさせた。
『……イヴァン。貴様は、ドイツ軍60万を包囲した『天王星作戦』を覚えているか?』
「はっ、もちろん……」
『あの時、マンシュタインが、たった一つの『虎(ティーガー)』大隊で我々の包囲網を破ろうとした。……結果は?』
「……我々の『物量』が圧殺しました」
『そうだ。……"魔術"だと? "決戦兵器"だと? 下らん』
スターリンは吐き捨てた。
『数が少ないなら、数で潰せ。……第6親衛戦車軍が『置物』になったなら、その後ろに控える『第39軍』、そして『第53軍』を、今、この瞬間、全線に投入しろ』
「―――なっ!?」スミルノフが息を呑んだ。「し、しかし同志書記長!それでは戦線が混乱し……」
『混乱など、構うものか』
スターリンは、地図上の「ハイラル」を指で叩いた。
『ドイツを砕いた『赤い津波』の全てを、あの小さな要塞に叩きつけろ。……『150万』の『波』の前では、いかなる『魔術』も洗い流される。……行け』
電話は切れた。
スミルノフは戦慄した。スターリンは、「戦術」を放棄した。これは「戦争」ではない。「蹂躙」だ。
「第6軍」という最初の波の「次」に控える、「本隊(150万)」の存在が、今、解き放たれた。
1944年6月18日 - 満州・ハイラル要塞地下司令部
「……敵、後続部隊、前進開始!……数、不明!……地平線の全てが『T-34』です!!」
『ゴジラ・ネット(小型版)』のオペレーターが絶叫した。
地下司令部は、梅津美治郎ら関東軍司令部と、源田実ら「坂上システム」の出向組が、異様な緊張感の中で混在していた。
「見たか、源田中佐!」
梅津が、興奮で顔を紅潮させて詰め寄った。
「『秋水』の『神業』、見事だ!……敵は狼狽し、停止している!……今こそ、我が関東軍70万が『総攻撃』をかけ、奴らを国境の向こうへ叩き返す!!」
梅津の「旧い思想(精神論)」が、再び鎌首をもたげた。
「……まだ、そんな『夢』を見ているのか」
源田実は、ヘッドセットを外しながら、冷ややかに梅津を見た。
「叩き返す? 何で? 70万の『竹槍』でか?」
「なっ……!」
「坂上顧問の命令を忘れたか」
源田は、再補給を終え、汗だくで戻ってきた笹井醇一と西沢広義を司令部の席に着かせた。二人は、生まれて初めて「音速」を超えた衝撃とGで、まだ体の震えが止まらない。
「俺たちの任務は『勝利』ではない。『時間稼ぎ』だ」
源田は、梅津の目の前の地図に、新たな「線」を引き始めた。
「梅津閣下」
「……なんだ」
「その『精神論』が、ガダルカナルで何を失ったか、もう一度思い出せ」
源田の目が、ラバウルで死んだ志賀大尉(ガダルカナルで川口支隊の突撃を止めようとした源田の部下)を思い浮かべていた。
「―――ぐっ」梅津が言葉に詰まる。
「『秋水』2機のVT信管(タングステン弾芯)は、残り『6回』の出撃分しかない。……T-34を全滅させるのは『物理的』に不可能だ」
「……では、どうする!このまま見ているだけか!」
「いや」
源田は、梅津の「胸」を指差した。
「貴様の仕事は『勝つ』ことではない。……『掘る』ことだ」
「……掘る?」
「そうだ」
源田は、ハイラル要塞の周囲に引いた「線」――隘路(あいろ:狭い道)や盆地――を叩いた。
「これより、新戦術『鉄のハリネズミ』を開始する」
源田は関東軍70万を見渡した。
「関東軍70万は、今この瞬間より『盾』となれ。ハイラル周辺の隘路(あいろ)に、ありったけの『対戦車壕』『地雷原』『蛸壺』を掘れ。徹底的な『縦深防御陣地(キルゾーン)』を構築する」
「……そ、そんな『張子の虎』で、あの『赤い津波』が止まるものか!」
「止めるのは『虎』ではない」
源田は、酸素マスクを再び装着しようとする笹井と西沢の肩を叩いた。
「――『秋水(かれら)』だ」
源田は、二人の「ニュータイプ」に新しい「命令」を与えた。
「笹井、西沢。次の任務は『戦車狩り』ではない。……『工兵』だ」
「……工兵、でありますか?」笹井が聞き返した。
「そうだ。敵の進軍ルート上にある『橋』!『トンネル』!『鉄道網』!……それらを、VT信管(対地モード)で『ピンポイント爆撃』し、徹底的に『インフラ』を『破壊』しろ」
源田の口角が吊り上がった。
「ソ連軍を、意図的に『一本道』に追い込み、我々が『掘った』キルゾーンへと『誘導』する。……そこで『張子の虎(ハリネズミ)』が、文字通り『針』となって、奴らの『時間』を食い潰す!」
梅津は、その「戦術」の「非情さ」と「合理性」に、言葉を失った。70万は「勝つ」ためではなく、「時間を稼ぐ」ための「生贄」だったのだ。
1944年6月19日 - 満州・奉天(ほうてん)
その頃、堀越二郎と手島秀明は、ソ連軍の散発的な空爆(第一撃を逃れた旧式爆撃機)を避けながら、奉天の旧・満州飛行機製造の兵器工場に到着していた。
「……これが、現実か」
堀越は、工場の惨状を見て絶句した。
坂上の命令は「『秋水』と『VT信管』の『地下量産ライン』を構築せよ」というものだった。
だが、そこにあるのは、旧式の工作機械と、熟練工(の抜け殻)だけ。
「……手島君。これでは……ダメだ。タングステンも、ニッケルも、熟練工も、何もかもが足りない。『呉』の十分の一も……」
堀越が絶望しかけた、その時。工場の奥から、轟音と共に「最新鋭」のエンジン音が響いた。
「……この音は!」
手島が案内されるまま奥へ進むと、そこには陸軍の「切り札」――『五式戦闘機(キ100)』の、まだ新しい「生産ライン」が存在した。
「……手島中佐。これこそが、陸軍の『希望』です。この『五式戦』さえ量産できれば、IL-2など……」
工場の陸軍責任者が誇らしげに説明するのを、手島は「手」で制した。
「……堀越さん」
手島は、冷徹な「技術官僚(システム)」の顔で言った。
「ゼロから『秋水』のラインを作る時間はありません」
「……まさか、手島君」
「その、まさかです」
手島は、陸軍の工場責任者に向き直った。
「――今この瞬間より、この『五式戦』の『全生産ライン』を『強奪』します」
「―――なっ!?」
「全ての資材、全ての熟練工、全ての『希望』を、海軍の『秋水』と『VT信管』の量産に『振り向けろ』」
「……き、貴様!手島!何を……!これは『陸軍』の『管轄』だぞ!」
「文句があるなら、梅津(総司令官)に言え」
手島は、源田実から預かってきた「全権委任状(東條の最終命令の写し)」を叩きつけた。
「『旧い希望(五式戦)』は、もういらん。……我々は『未来(秋水)』を、この『地下』で『造る』」
技術者たちの「第二の戦場」が、ソ連の空爆の「下」で始まった。
1944年6月20日 - スイス・ベルン / 呉・最高顧問執務室
「――結論から言おう、ミスター・ヤマモト」
スイス・ベルンの片田舎。中立国スイスの「安全家屋(セーフハウス)」で、山本五十六は「背広」姿で、OSS(米戦略情報局:CIAの前身)のヨーロッパ責任者、アレン・ダレスと対峙していた。
「『マリアナ』での、君たちの『勝利』は認める。……率直に言って、我々は『狼狽(ろうばい)』している。……あの『ロケット機(秋水)』と『魔法の砲弾(VT信管)』は、我々の『B-29』の『戦略(ゲーム)』を『破壊』した」
「……では、講和のテーブルに」山本が口を開こうとした。
「だが」ダレスはそれを遮った。「なぜ、今さら『講和』だ?」
ダレスは、吸っていた葉巻の煙を、山本の顔に吹きかけた。
「君たちは『勝った』。だが、我々は『負けていない』。……日本はまだ、東條が辞めただけの『帝国主義(ファシズム)』国家のままだろう」
「我々は『民主化』への……」
「『言葉』はいい」
ダレスは冷たく言った。
「……我々の『本当の切り札(ビッグ・ワン)』が、ニューメキシコの砂漠で『完成』すれば、……君たちの『秋水』が何機あろうと、日本(トウキョウ)に『勝ち目』は無い。……それを、君たちの『最高顧問(ミスター・サカガミ)』は知っているはずだ」
山本は、坂上が言った「交渉は難航する」という言葉を噛み締めた。米国は、マリアナで負けても、なお「核」という「最終カード」で「強気」なのだ。
「……ダレス君」山本は静かに言った。「君は『北』を見ているか?」
「……北? シベリアのことか?」
「そうだ。『赤い熊(スターリン)』が、満州で南下を始めた。……我々がマリアナで『時間』を稼いでいる間に、だ」
「……!」ダレスの目が、初めて鋭く光った。
「我々(日本)が、『米ソ』の『防波堤』となる。……それが、我々が提示する『講和』の『最大の価値』だ」
「……ハッ」ダレスは鼻で笑った。「『防波堤』?……あの『張子の虎(関東軍)』がか?……馬鹿を言うな。スターリンの『機械化師団』が、満州を蹂躙し終えるのに『数週間』もかかるまい。……我々が君たちと『手を組む価値』は、無い」
「―――(詰みだ……!)」
山本は、米国の「情報網」が、ソ連の「力」を正確に分析していることに戦慄した。
「防波堤になる」という「口約束」だけでは、「核(カード)」を止められない……!
同日 - 呉・最高顧問執務室
坂上真一の机には、「二通」の「暗号電報」が、同時に届いていた。
一通は、スイスの山本から。『交渉難航。米(ダレス)、我々の『対ソ防衛能力』を『信用せず』』。
一通は、ハイラルの源田から。『『ハリネズミ』戦術、開始。秋水2機、インフラ破壊任務に移行。だが、敵本隊(150万)の南下速度、予測以上』。
「……ダメだ」
坂上は、二つの電報を握りしめた。
「スイスの山本長官に『カード』が足りない。……米国(ヤンキー)は、『口約束』を信じない。……俺たちが、本当に『ソ連(赤い熊)』の『喉笛(のどぶえ)』に『噛みつける』という『事実』を信じていない」
坂上は、ハイラル司令部の源田実へ、直通の「最優先」電信を打った。
「――源田司令。戦術目標を変更する」
『……変更?坂上か。今『ハリネズミ』が始まったところだぞ!』
「『時間稼ぎ』に『加え』、『証拠』を撮れ」
『……証拠?』
「そうだ」
坂上は、自室に厳重保管されている『スマートフォン』を起動した。その「カメラロール」には、坂上が2025年から持ってきた「ガダルカナル」や「東京大空襲」の写真が並んでいる。
「……今から送る『データ』を『現地』で『再現』しろ」
坂上は、秋水隊(笹井・西沢)に直接、命令を切り替えた。
「――笹井!西沢! 次の『インフラ破壊』任務の『後』だ!」
「『赤い津波(T-34の群れ)』の『ど真ん中』に突っ込め!」
「VT信管(対地)を『最適高度』で『炸裂』させ、奴らの『残骸』を『積み上げろ』!」
「……そして、」
坂上は、この「二正面作戦」を「繋ぐ」、唯一の「弾丸」を命じた。
「――その『地獄(残骸)』の上を、超低空で『飛べ』!」
「――搭載した『ガンカメラ(G4M)』で、『お前たち』が『何』を『やった』のか、『一枚残らず』、『撮影』しろ!」
「……その『写真(しょうこ)』を、俺が『スイス』の『クソッタレ(ダレス)』の『目玉』に、ねじ込んでやる!!」
「対ソ防衛戦」の「戦果」が、「対米政治戦」の「切り札」となる。
坂上の「二手同時(ツー・フロント・ウォー)」が、今、初めて「連動」した。
1944年6月18日 - 満州・ハイラル国境線(ソ連軍側)
「……Инженера(技術者を呼べ)……」
イヴァン・スミルノフ政治将校は、凍てついた声で呟いた。彼は「第6親衛戦車軍」の生き残りだった。
ほんの数分前まで、彼の視界には「勝利」があった。800両のT-34が大地を埋め尽くし、数百機のIL-2(シュトゥルモヴィーク)が空を覆っていた。
今、空には何もない。
IL-2の編隊は、文字通り「蒸発」した。空中で閃光と共に「霧散」したのだ。
そして、大地には「鉄の置物」が並んでいた。
「……司令部(HQ)は? ヴァトゥーチン将軍は!?」
部下の報告は、恐怖で体を痙攣させながらもたらされた。
「……消滅。半径100メートル、全てが『抉(えぐ)れ』ました。……同時に、後方の『燃料補給車列』も……全滅です」
指揮系統は麻痺。燃料(血液)は絶たれた。T-34は「鉄の墓標」と化した。
スミルノフの反応は「恐怖」ではなかった。彼は、スターリングラードの地獄を生き抜いた男だ。彼の感情は、理解不能な現象に対する「イデオロギー的な怒り」だった。
「……魔術か」
彼は、東の空を睨んだ。「キーン」という、悪魔の啼き声のような音だけが、二度、空を切り裂いて消えた。
「政治将校。これは……我々の理解を超えてい……」
「黙れ」スミルノフは部下を遮った。「理解を超えるものなど存在しない。これはファシスト(日本)による、新型の『毒ガス』か『音響兵器』だ。それ以上でも以下でもない」
彼は司令部(の残骸)を迂回し、後方の通信車両に駆け込んだ。
「モスクワ(СТАВКА)に繋げ。スターリン同志に、緊急報告だ」
ノイズの向こう、クレムリンの受話器が繋がる。
「……同志書記長。スミルノフです。第6軍は、敵の『未知の決戦兵器』の奇襲を受け、停止しました」
『……停止? "停止"だと、スミルノフ?』
電話の向こうから、地を這うような静かな声が聞こえた。
「はっ。敵航空兵器……形状、確認不能。信じ難い速度です。ですが、」
スミルノフは、決定的な「観測」を加えた。
「――数は、極端に少ない。恐らく、試作機が『2機』です」
『…………2機だと?』
電話の向こうで、スターリンは「マッチ」を擦る音をさせた。
『……イヴァン。貴様は、ドイツ軍60万を包囲した『天王星作戦』を覚えているか?』
「はっ、もちろん……」
『あの時、マンシュタインが、たった一つの『虎(ティーガー)』大隊で我々の包囲網を破ろうとした。……結果は?』
「……我々の『物量』が圧殺しました」
『そうだ。……"魔術"だと? "決戦兵器"だと? 下らん』
スターリンは吐き捨てた。
『数が少ないなら、数で潰せ。……第6親衛戦車軍が『置物』になったなら、その後ろに控える『第39軍』、そして『第53軍』を、今、この瞬間、全線に投入しろ』
「―――なっ!?」スミルノフが息を呑んだ。「し、しかし同志書記長!それでは戦線が混乱し……」
『混乱など、構うものか』
スターリンは、地図上の「ハイラル」を指で叩いた。
『ドイツを砕いた『赤い津波』の全てを、あの小さな要塞に叩きつけろ。……『150万』の『波』の前では、いかなる『魔術』も洗い流される。……行け』
電話は切れた。
スミルノフは戦慄した。スターリンは、「戦術」を放棄した。これは「戦争」ではない。「蹂躙」だ。
「第6軍」という最初の波の「次」に控える、「本隊(150万)」の存在が、今、解き放たれた。
1944年6月18日 - 満州・ハイラル要塞地下司令部
「……敵、後続部隊、前進開始!……数、不明!……地平線の全てが『T-34』です!!」
『ゴジラ・ネット(小型版)』のオペレーターが絶叫した。
地下司令部は、梅津美治郎ら関東軍司令部と、源田実ら「坂上システム」の出向組が、異様な緊張感の中で混在していた。
「見たか、源田中佐!」
梅津が、興奮で顔を紅潮させて詰め寄った。
「『秋水』の『神業』、見事だ!……敵は狼狽し、停止している!……今こそ、我が関東軍70万が『総攻撃』をかけ、奴らを国境の向こうへ叩き返す!!」
梅津の「旧い思想(精神論)」が、再び鎌首をもたげた。
「……まだ、そんな『夢』を見ているのか」
源田実は、ヘッドセットを外しながら、冷ややかに梅津を見た。
「叩き返す? 何で? 70万の『竹槍』でか?」
「なっ……!」
「坂上顧問の命令を忘れたか」
源田は、再補給を終え、汗だくで戻ってきた笹井醇一と西沢広義を司令部の席に着かせた。二人は、生まれて初めて「音速」を超えた衝撃とGで、まだ体の震えが止まらない。
「俺たちの任務は『勝利』ではない。『時間稼ぎ』だ」
源田は、梅津の目の前の地図に、新たな「線」を引き始めた。
「梅津閣下」
「……なんだ」
「その『精神論』が、ガダルカナルで何を失ったか、もう一度思い出せ」
源田の目が、ラバウルで死んだ志賀大尉(ガダルカナルで川口支隊の突撃を止めようとした源田の部下)を思い浮かべていた。
「―――ぐっ」梅津が言葉に詰まる。
「『秋水』2機のVT信管(タングステン弾芯)は、残り『6回』の出撃分しかない。……T-34を全滅させるのは『物理的』に不可能だ」
「……では、どうする!このまま見ているだけか!」
「いや」
源田は、梅津の「胸」を指差した。
「貴様の仕事は『勝つ』ことではない。……『掘る』ことだ」
「……掘る?」
「そうだ」
源田は、ハイラル要塞の周囲に引いた「線」――隘路(あいろ:狭い道)や盆地――を叩いた。
「これより、新戦術『鉄のハリネズミ』を開始する」
源田は関東軍70万を見渡した。
「関東軍70万は、今この瞬間より『盾』となれ。ハイラル周辺の隘路(あいろ)に、ありったけの『対戦車壕』『地雷原』『蛸壺』を掘れ。徹底的な『縦深防御陣地(キルゾーン)』を構築する」
「……そ、そんな『張子の虎』で、あの『赤い津波』が止まるものか!」
「止めるのは『虎』ではない」
源田は、酸素マスクを再び装着しようとする笹井と西沢の肩を叩いた。
「――『秋水(かれら)』だ」
源田は、二人の「ニュータイプ」に新しい「命令」を与えた。
「笹井、西沢。次の任務は『戦車狩り』ではない。……『工兵』だ」
「……工兵、でありますか?」笹井が聞き返した。
「そうだ。敵の進軍ルート上にある『橋』!『トンネル』!『鉄道網』!……それらを、VT信管(対地モード)で『ピンポイント爆撃』し、徹底的に『インフラ』を『破壊』しろ」
源田の口角が吊り上がった。
「ソ連軍を、意図的に『一本道』に追い込み、我々が『掘った』キルゾーンへと『誘導』する。……そこで『張子の虎(ハリネズミ)』が、文字通り『針』となって、奴らの『時間』を食い潰す!」
梅津は、その「戦術」の「非情さ」と「合理性」に、言葉を失った。70万は「勝つ」ためではなく、「時間を稼ぐ」ための「生贄」だったのだ。
1944年6月19日 - 満州・奉天(ほうてん)
その頃、堀越二郎と手島秀明は、ソ連軍の散発的な空爆(第一撃を逃れた旧式爆撃機)を避けながら、奉天の旧・満州飛行機製造の兵器工場に到着していた。
「……これが、現実か」
堀越は、工場の惨状を見て絶句した。
坂上の命令は「『秋水』と『VT信管』の『地下量産ライン』を構築せよ」というものだった。
だが、そこにあるのは、旧式の工作機械と、熟練工(の抜け殻)だけ。
「……手島君。これでは……ダメだ。タングステンも、ニッケルも、熟練工も、何もかもが足りない。『呉』の十分の一も……」
堀越が絶望しかけた、その時。工場の奥から、轟音と共に「最新鋭」のエンジン音が響いた。
「……この音は!」
手島が案内されるまま奥へ進むと、そこには陸軍の「切り札」――『五式戦闘機(キ100)』の、まだ新しい「生産ライン」が存在した。
「……手島中佐。これこそが、陸軍の『希望』です。この『五式戦』さえ量産できれば、IL-2など……」
工場の陸軍責任者が誇らしげに説明するのを、手島は「手」で制した。
「……堀越さん」
手島は、冷徹な「技術官僚(システム)」の顔で言った。
「ゼロから『秋水』のラインを作る時間はありません」
「……まさか、手島君」
「その、まさかです」
手島は、陸軍の工場責任者に向き直った。
「――今この瞬間より、この『五式戦』の『全生産ライン』を『強奪』します」
「―――なっ!?」
「全ての資材、全ての熟練工、全ての『希望』を、海軍の『秋水』と『VT信管』の量産に『振り向けろ』」
「……き、貴様!手島!何を……!これは『陸軍』の『管轄』だぞ!」
「文句があるなら、梅津(総司令官)に言え」
手島は、源田実から預かってきた「全権委任状(東條の最終命令の写し)」を叩きつけた。
「『旧い希望(五式戦)』は、もういらん。……我々は『未来(秋水)』を、この『地下』で『造る』」
技術者たちの「第二の戦場」が、ソ連の空爆の「下」で始まった。
1944年6月20日 - スイス・ベルン / 呉・最高顧問執務室
「――結論から言おう、ミスター・ヤマモト」
スイス・ベルンの片田舎。中立国スイスの「安全家屋(セーフハウス)」で、山本五十六は「背広」姿で、OSS(米戦略情報局:CIAの前身)のヨーロッパ責任者、アレン・ダレスと対峙していた。
「『マリアナ』での、君たちの『勝利』は認める。……率直に言って、我々は『狼狽(ろうばい)』している。……あの『ロケット機(秋水)』と『魔法の砲弾(VT信管)』は、我々の『B-29』の『戦略(ゲーム)』を『破壊』した」
「……では、講和のテーブルに」山本が口を開こうとした。
「だが」ダレスはそれを遮った。「なぜ、今さら『講和』だ?」
ダレスは、吸っていた葉巻の煙を、山本の顔に吹きかけた。
「君たちは『勝った』。だが、我々は『負けていない』。……日本はまだ、東條が辞めただけの『帝国主義(ファシズム)』国家のままだろう」
「我々は『民主化』への……」
「『言葉』はいい」
ダレスは冷たく言った。
「……我々の『本当の切り札(ビッグ・ワン)』が、ニューメキシコの砂漠で『完成』すれば、……君たちの『秋水』が何機あろうと、日本(トウキョウ)に『勝ち目』は無い。……それを、君たちの『最高顧問(ミスター・サカガミ)』は知っているはずだ」
山本は、坂上が言った「交渉は難航する」という言葉を噛み締めた。米国は、マリアナで負けても、なお「核」という「最終カード」で「強気」なのだ。
「……ダレス君」山本は静かに言った。「君は『北』を見ているか?」
「……北? シベリアのことか?」
「そうだ。『赤い熊(スターリン)』が、満州で南下を始めた。……我々がマリアナで『時間』を稼いでいる間に、だ」
「……!」ダレスの目が、初めて鋭く光った。
「我々(日本)が、『米ソ』の『防波堤』となる。……それが、我々が提示する『講和』の『最大の価値』だ」
「……ハッ」ダレスは鼻で笑った。「『防波堤』?……あの『張子の虎(関東軍)』がか?……馬鹿を言うな。スターリンの『機械化師団』が、満州を蹂躙し終えるのに『数週間』もかかるまい。……我々が君たちと『手を組む価値』は、無い」
「―――(詰みだ……!)」
山本は、米国の「情報網」が、ソ連の「力」を正確に分析していることに戦慄した。
「防波堤になる」という「口約束」だけでは、「核(カード)」を止められない……!
同日 - 呉・最高顧問執務室
坂上真一の机には、「二通」の「暗号電報」が、同時に届いていた。
一通は、スイスの山本から。『交渉難航。米(ダレス)、我々の『対ソ防衛能力』を『信用せず』』。
一通は、ハイラルの源田から。『『ハリネズミ』戦術、開始。秋水2機、インフラ破壊任務に移行。だが、敵本隊(150万)の南下速度、予測以上』。
「……ダメだ」
坂上は、二つの電報を握りしめた。
「スイスの山本長官に『カード』が足りない。……米国(ヤンキー)は、『口約束』を信じない。……俺たちが、本当に『ソ連(赤い熊)』の『喉笛(のどぶえ)』に『噛みつける』という『事実』を信じていない」
坂上は、ハイラル司令部の源田実へ、直通の「最優先」電信を打った。
「――源田司令。戦術目標を変更する」
『……変更?坂上か。今『ハリネズミ』が始まったところだぞ!』
「『時間稼ぎ』に『加え』、『証拠』を撮れ」
『……証拠?』
「そうだ」
坂上は、自室に厳重保管されている『スマートフォン』を起動した。その「カメラロール」には、坂上が2025年から持ってきた「ガダルカナル」や「東京大空襲」の写真が並んでいる。
「……今から送る『データ』を『現地』で『再現』しろ」
坂上は、秋水隊(笹井・西沢)に直接、命令を切り替えた。
「――笹井!西沢! 次の『インフラ破壊』任務の『後』だ!」
「『赤い津波(T-34の群れ)』の『ど真ん中』に突っ込め!」
「VT信管(対地)を『最適高度』で『炸裂』させ、奴らの『残骸』を『積み上げろ』!」
「……そして、」
坂上は、この「二正面作戦」を「繋ぐ」、唯一の「弾丸」を命じた。
「――その『地獄(残骸)』の上を、超低空で『飛べ』!」
「――搭載した『ガンカメラ(G4M)』で、『お前たち』が『何』を『やった』のか、『一枚残らず』、『撮影』しろ!」
「……その『写真(しょうこ)』を、俺が『スイス』の『クソッタレ(ダレス)』の『目玉』に、ねじ込んでやる!!」
「対ソ防衛戦」の「戦果」が、「対米政治戦」の「切り札」となる。
坂上の「二手同時(ツー・フロント・ウォー)」が、今、初めて「連動」した。
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