​最凶ダンジョンの最深部は娯楽施設でした。バイトの俺が魔王や女神を神対応していたら、いつの間にか世界を救っていた件

月神世一

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EP 6

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地下アイドルの絶叫オンステージ
「♪ガンガンガン! アタマガガン! 視界が回るよ三九度!」
「いらっしゃいませ……」
 俺が力なく挨拶すると、その客はマイク(魔導拡声器)を片手に、ステップを踏みながら入店してきた。
 透き通るような蒼い髪に、宝石のような鱗を持つ下半身。
 海中国家シーランの王女にして、現在は家出中の地下アイドル『深海 魚子(ふかみ ななこ)』こと、リーザ様だ。
「店員さーん! 一番奥の『カラオケBOX(防音室)』空いてるー? 今日もリハやるから!」
「空いておりますが……リーザ様、その歌は……」
「え? 新曲だよ! 『インフル・バスター ~お薬の時間よ~』! ルミナスの飲み屋で会った『ルチさん』って人が教えてくれたの! 地球の最新ヒットチャートだって!」
 ……またあの女神か。
 ルチアナ様、異世界の純粋な王女に何を吹き込んでいるんですか。インフルエンザの歌なんて地球でも流行ってませんよ。
「海の中だと泡で音が籠もっちゃうのよねー。やっぱり陸のスタジオ(ここ)が最高!」
「それは重畳です。……では、こちらへ」
 俺がリーザ様を個室へ案内しようとした、その時だ。
 ズズズズズズ……ッ!
 突如、天魔窟全体が激しく振動した。
 地震? いや、違う。この圧迫感は――水圧だ。
『警告! 警告! ダンジョン入り口より、大量の海水が流入中! 直ちに浸水します!』
 店内の警報が鳴り響く。
 モニターを見ると、一〇〇階層の巨大扉の隙間から、滝のような水が噴き出していた。
「リィィィザァァァァァッ!!」
 轟音と共に扉が吹き飛ぶ。
 濁流と共に雪崩れ込んできたのは、全長数十メートルはあろうかという巨大な海竜(シー・ドラゴン)だった。
 その巨体がロビーの天井を擦り、UFOキャッチャーを薙ぎ払う。
「お、お母様!?」
 リーザ様が悲鳴を上げた。
 現れたのは、海中国家の女王、リヴァイアサン様。
 どうやら娘の家出にブチ切れ、軍(津波)を率いて迎えに来たらしい。
「見つけたぞ、愛しい我が娘よ……! さあ、こんな汚らわしい陸の遊び場など沈めて、海へ帰るのです! 拒むなら、このダンジョンごと水圧で押し潰してあげます!」
「やだ! 私は帰らない! 私はアイドルになるの!」
「アイドルなどというふしだらな! 許しません! 『大海嘯(タイダル・ウェイブ)』!!」
 リヴァイアサン様が口を大きく開ける。
 魔力が収束し、ロビー全体を飲み込むほどの水塊が生成され始めた。
 まずい。これでは電子機器(ゲーム機)が全滅し、漏電で火災保険が下りない!
 俺はモップを放り投げ、海竜の前に立ちはだかった。
「お客様ァァッ!!」
 キィィィン!
 スキル【絶対接客】発動。
「当店は『水着での入店』は可能ですが、『海水の持ち込み』および『店舗の水没行為』は固くお断りしております!」
「なっ、何者ですか貴様は! 邪魔をするなら貴様もプランクトンに変えますよ!」
「当店、統括マネージャーの優助でございます。……お母様、娘さんの『晴れ舞台』を見ずに、水を差すおつもりですか?」
 俺の言葉に、リヴァイアサン様の動きがピタリと止まった。
「……晴れ舞台?」
「左様でございます。リーザ様は本日、ここ天魔窟にて『シークレット・ライブ』を行う予定でした。……そうですよね? リーザ様」
 俺は背後のリーザ様にウィンクを送る。
 彼女はコクコクと首を縦に振った。
「そ、そうだよ! お母様に見せるために練習してたの!」
「……ほう。あの音痴で内気なリーザが?」
 リヴァイアサン様が疑わしげに目を細める。
 俺はすかさず畳み掛けた。
「そこまで仰るなら、特等席をご用意いたします。娘さんの歌を聞いて、それでも『ふしだら』だと判断されるなら、その時は煮るなり焼くなり水没させるなり、お好きになさってください」
「……いいでしょう。ただし、少しでも耳障りなら即座にここを海にします」
 海竜の体が光に包まれ、人の姿――妖艶な美女の姿へと変わる。
 俺は彼女を、急遽用意した『VIP席(マッサージチェア)』へと案内した。
 ◇ ◇ ◇
 ステージ(と見立てたロビー中央)。
 スポットライトの魔法照明が、震えるリーザ様を照らし出す。
「優助さん……どうしよう、私、お母様の前で歌うなんて初めて……」
「大丈夫です。歌詞の意味は全く分かりませんが、貴女の『パッション』は本物です。思いの丈をぶつけてください」
「う、うん……!」
 俺は音響担当として、BGM(カラオケ音源)を再生した。
 アップテンポでカオスなイントロが流れる。
 リーザ様がマイクを握りしめ、カッと目を見開いた。
「聴いてください! 新曲、『インフル・バスター』!!」
 ♪ジャジャジャジャン!
「ガンガンガン! アタマガガン! インフルエンザ大魔王(ウィルス)やっつけろ!」
 リーザ様の歌声が響く。
 透き通るような美声。それが紡ぐ、狂気の歌詞。
「今だ! 必殺! タミフルパーンチ!!」
「……タミフル?」
 リヴァイアサン様が首を傾げる。
 だが、リーザ様は止まらない。ステージ狭しと泳ぎ回り(宙に浮き)、激しいダンスを披露する。
「コウ・セイ・ザイ! ビーム!(キラッ☆)」
 ビシッ! と指差すポーズが決まる。
 俺は舞台袖で、必死にサイリウム(誘導灯)を振って盛り上げた。
「ガンガンガン! アタマガガン! 二日酔い将軍(アルコール)許さない!」
「今だ! 必殺! ズルヤスミ(有給消化)!!」
 ……酷い歌詞だ。誰だよこれ教えたの。
 だが、リーザ様の表情は真剣そのものだった。汗を散らし、声を張り上げ、母親に向かって「私はここで生きるんだ!」という魂の叫びをぶつけている。
 歌が終わる。
 荒い息をつくリーザ様。静まり返るロビー。
 俺は恐る恐る、リヴァイアサン様の方を見た。
 怒っているか? 呆れているか?
 
 そこには――。
「うぅ……うっ……うあああああん!!」
 号泣する海竜の女王の姿があった。
「す、素晴らしいわリーザ……! 『タミフル』が何なのかはサッパリ分からないけれど、貴女の『本気』は伝わったわ! あんなに小さかった貴女が、こんなに立派に『ズルヤスミ』を叫べるようになるなんて……!」
 親バカフィルター、全開である。
「お、お母様……!」
「認めます! アイドル活動を認めます! なんなら、シーランの国庫を使ってドームツアーを組みなさい!」
「それは自分で稼ぐからいい!」
 二人は抱き合い、親子の絆を確かめ合った。
 リヴァイアサン様の目から溢れる大量の涙で、結局ロビーが水浸しになったのは計算外だったが。
「統括マネージャーと言いましたね」
 帰り際、リヴァイアサン様が俺に振り返った。
「貴方の機転に感謝します。……これは迷惑料です」
 彼女が置いていったのは、巨大な『大粒真珠』の山だった。
 総額、数億エーン。
「また来ますわ。次は最前列(アリーナ)を用意しておきなさい」
「かしこまりました。お待ちしております」
 俺は深々と頭を下げ、海へと帰っていく巨大な親子の背中を見送った。
 ……やれやれ。
 床のモップ掛け(二回目)を始めようとした俺の背後で、再びドアベルが鳴る。
「やあ。ここが噂の『中間管理職の墓場』……じゃなかった、憩いの場かい?」
 そこに立っていたのは、疲れた顔をした魔族の紳士と、胃薬を持った女天使だった。
 ……今夜も長い夜になりそうだ。
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