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EP 25
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過労死寸前の不死鳥
『パティスリー・アオタ』の噂は、聖都の地下水脈のように静かに、しかし確実に広がっていた。
開店から数日。夜な夜な訪れるシスターや神官たちの顔には、日々の疲れが嘘のように消え、艶やかな輝きが戻っていたからだ。
そんなある夜のこと。
閉店間際の店に、重苦しい足音と共に一人の女性が現れた。
「……いらっしゃいませ」
青田優也が顔を上げると、そこには幽鬼のように揺らめく女性が立っていた。
フードを目深に被っているが、隙間から見える燃えるような赤髪はボサボサで艶がなく、目の下には濃いクマができている。
美しい顔立ちをしているはずが、今は「残業続きで終電を逃したOL」のような悲壮感が漂っていた。
「……ここね。どんな疲れも癒やす『魔法の菓子屋』は」
彼女はカウンターに倒れ込むように座った。
「お客様、大丈夫ですか?」
「大丈夫じゃないわよ……。肌はカサカサ、髪はパサパサ、肩凝りは岩のように硬い……。不死鳥なのに、もうすぐ過労で灰になりそうなのよ……」
彼女はフードを脱ぎ捨て、バン! とカウンターを叩いた。
「あの竜王(バカ)はラーメン作りで仕事をサボるし! 駄犬(フェンリル)は山を凍らせて生態系を壊すし! その尻拭いは全部私! 私なのよ!!」
彼女の背後で、怒りの炎が揺らめいた。
優也は確信した。彼女こそが、この世界の調停者の一柱、不死鳥フレアだ。
「……心中お察しします。中間管理職は辛いものですね」
「分かる!? 分かってくれるのね!? ああ、もう……私に『美』と『潤い』を頂戴。生きる気力が湧くような、とびきりのやつを……!」
切実なオーダー。
優也は頷き、厨房へと向かった。
今の彼女に必要なのは、濃厚なクリームやパイではない。
水分とビタミン、そして心を鎮める香り。すなわち「食べるエステ」だ。
優也が取り出したのは、Amazonフレッシュ便で取り寄せた最高級ブランド桃『清水白桃』。
その白く透き通る果肉を丁寧に湯剥きし、白ワインとシロップ、そしてレモンで軽く煮込む(コンポート)。
火を入れすぎず、生のフレッシュさを残すのがコツだ。
煮汁には、ローズヒップとハイビスカス、そして食用の『ダマスクローズ』の花弁を加え、ゼラチンで冷やし固めて「ジュレ」にする。
カクテルグラスに、ピンク色のジュレを敷き詰め、その上に丸ごとの桃のコンポートを鎮座させる。
仕上げに、ミントの葉と、金箔を少々。
「お待たせしました。『白桃のコンポートとジュレ ~薔薇の香りを添えて~』です」
出された瞬間、フレアの目が釘付けになった。
照明を受けてキラキラと輝くピンク色のジュレ。その中に浮かぶ、艶めかしい白桃の曲線。
それはまるで、宝石箱のような輝きを放っていた。
「綺麗……。なんて美しいの……」
「崩して、ジュレと一緒に召し上がってください」
フレアはスプーンを手に取り、震える手で桃をすくった。
とろりとした果肉と、プルプルのジュレが口の中へと運ばれる。
――ちゅるん。
その瞬間。
彼女の体内で、何かが爆発した。
「……んんッ!!!」
口いっぱいに広がる、桃の豊潤な甘味と果汁。
それを追いかけるように、薔薇の高貴な香りが鼻腔を抜け、脳の芯までリラックスさせる。
冷たく、瑞々しい喉越しが、乾ききった彼女の細胞の一つ一つに染み渡っていく。
「あぁっ……! 潤う……! 私の細胞が、魂が、水を吸って生き返っていくわ……!」
ボッ!!!
突然、フレアの全身から真紅の炎が噴き上がった。
店内のルナとキャルルが「ひゃあっ!?」と悲鳴を上げる。
それは破壊の炎ではない。『再生の炎』だ。
炎が収まると、そこに座っていたのは、先ほどの疲れ切った女性ではなかった。
髪は天使の輪ができるほど艶やかに輝き、肌は赤ちゃんのようにもちもちと白く、瞳には生気が満ち溢れている。
絶世の美女、完全復活。
「す、すごい……! 肩凝りが消えた! 肌荒れが治った! 何これ、エリクサーより効くじゃない!」
フレアは頬に手を当て、手鏡で自分の顔を見てうっとりとした。
そして、キラキラした瞳で優也を見た。
「貴方……名前は?」
「青田優也です」
「ユーヤ! 貴方、最高よ! 私の専属シェフになりなさい! いや、いっそ結婚して!」
フレアがカウンター越しに身を乗り出し、優也の手を握った。
「貴方がいれば、私は永遠に美しくいられるわ! さあ、今すぐ婚姻届を……!」
「お断りします。私は一国一城の主ですので」
優也は即答し、手をスッと引いた。
だが、フレアはめげない。
「振られた!? でも、そういうクールなところも素敵! ……決めたわ。私、毎日通うから」
「……お代を頂けるなら構いませんよ」
フレアは上機嫌で、財布から大量の金貨を取り出した。
その顔は、来店時とは別人のように晴れやかだ。
「ああ、これでまた明日から、あのバカたち(デュークとフェンリル)の尻拭いができるわ! ……ふふ、頑張れ私! 私ってば世界一美しい!」
完全なナルシストモードに戻ったフレアは、優雅に扇子を仰ぎながら店を後にした。
「……ふぅ。嵐のようなお客様でしたね」
「でも優也様、これで竜王に続いて不死鳥もゲットだね!」
キャルルがニシシと笑う。
だが、その騒ぎは、別の「堅物」を引き寄せる狼煙となってしまったようだ。
翌日。
店の前に、白銀の甲冑を着た騎士たちが整列していた。
その先頭に立つのは、六枚の翼を持つ、冷徹な表情の天使族の長。
――ヴァルキュリア。
「……ここですね。聖都の規律を乱し、私の部下たちを堕落させている元凶は」
三つ星シェフ vs 天使長。
癒やしの次は、「最強の説教」が待ち受けていた。
『パティスリー・アオタ』の噂は、聖都の地下水脈のように静かに、しかし確実に広がっていた。
開店から数日。夜な夜な訪れるシスターや神官たちの顔には、日々の疲れが嘘のように消え、艶やかな輝きが戻っていたからだ。
そんなある夜のこと。
閉店間際の店に、重苦しい足音と共に一人の女性が現れた。
「……いらっしゃいませ」
青田優也が顔を上げると、そこには幽鬼のように揺らめく女性が立っていた。
フードを目深に被っているが、隙間から見える燃えるような赤髪はボサボサで艶がなく、目の下には濃いクマができている。
美しい顔立ちをしているはずが、今は「残業続きで終電を逃したOL」のような悲壮感が漂っていた。
「……ここね。どんな疲れも癒やす『魔法の菓子屋』は」
彼女はカウンターに倒れ込むように座った。
「お客様、大丈夫ですか?」
「大丈夫じゃないわよ……。肌はカサカサ、髪はパサパサ、肩凝りは岩のように硬い……。不死鳥なのに、もうすぐ過労で灰になりそうなのよ……」
彼女はフードを脱ぎ捨て、バン! とカウンターを叩いた。
「あの竜王(バカ)はラーメン作りで仕事をサボるし! 駄犬(フェンリル)は山を凍らせて生態系を壊すし! その尻拭いは全部私! 私なのよ!!」
彼女の背後で、怒りの炎が揺らめいた。
優也は確信した。彼女こそが、この世界の調停者の一柱、不死鳥フレアだ。
「……心中お察しします。中間管理職は辛いものですね」
「分かる!? 分かってくれるのね!? ああ、もう……私に『美』と『潤い』を頂戴。生きる気力が湧くような、とびきりのやつを……!」
切実なオーダー。
優也は頷き、厨房へと向かった。
今の彼女に必要なのは、濃厚なクリームやパイではない。
水分とビタミン、そして心を鎮める香り。すなわち「食べるエステ」だ。
優也が取り出したのは、Amazonフレッシュ便で取り寄せた最高級ブランド桃『清水白桃』。
その白く透き通る果肉を丁寧に湯剥きし、白ワインとシロップ、そしてレモンで軽く煮込む(コンポート)。
火を入れすぎず、生のフレッシュさを残すのがコツだ。
煮汁には、ローズヒップとハイビスカス、そして食用の『ダマスクローズ』の花弁を加え、ゼラチンで冷やし固めて「ジュレ」にする。
カクテルグラスに、ピンク色のジュレを敷き詰め、その上に丸ごとの桃のコンポートを鎮座させる。
仕上げに、ミントの葉と、金箔を少々。
「お待たせしました。『白桃のコンポートとジュレ ~薔薇の香りを添えて~』です」
出された瞬間、フレアの目が釘付けになった。
照明を受けてキラキラと輝くピンク色のジュレ。その中に浮かぶ、艶めかしい白桃の曲線。
それはまるで、宝石箱のような輝きを放っていた。
「綺麗……。なんて美しいの……」
「崩して、ジュレと一緒に召し上がってください」
フレアはスプーンを手に取り、震える手で桃をすくった。
とろりとした果肉と、プルプルのジュレが口の中へと運ばれる。
――ちゅるん。
その瞬間。
彼女の体内で、何かが爆発した。
「……んんッ!!!」
口いっぱいに広がる、桃の豊潤な甘味と果汁。
それを追いかけるように、薔薇の高貴な香りが鼻腔を抜け、脳の芯までリラックスさせる。
冷たく、瑞々しい喉越しが、乾ききった彼女の細胞の一つ一つに染み渡っていく。
「あぁっ……! 潤う……! 私の細胞が、魂が、水を吸って生き返っていくわ……!」
ボッ!!!
突然、フレアの全身から真紅の炎が噴き上がった。
店内のルナとキャルルが「ひゃあっ!?」と悲鳴を上げる。
それは破壊の炎ではない。『再生の炎』だ。
炎が収まると、そこに座っていたのは、先ほどの疲れ切った女性ではなかった。
髪は天使の輪ができるほど艶やかに輝き、肌は赤ちゃんのようにもちもちと白く、瞳には生気が満ち溢れている。
絶世の美女、完全復活。
「す、すごい……! 肩凝りが消えた! 肌荒れが治った! 何これ、エリクサーより効くじゃない!」
フレアは頬に手を当て、手鏡で自分の顔を見てうっとりとした。
そして、キラキラした瞳で優也を見た。
「貴方……名前は?」
「青田優也です」
「ユーヤ! 貴方、最高よ! 私の専属シェフになりなさい! いや、いっそ結婚して!」
フレアがカウンター越しに身を乗り出し、優也の手を握った。
「貴方がいれば、私は永遠に美しくいられるわ! さあ、今すぐ婚姻届を……!」
「お断りします。私は一国一城の主ですので」
優也は即答し、手をスッと引いた。
だが、フレアはめげない。
「振られた!? でも、そういうクールなところも素敵! ……決めたわ。私、毎日通うから」
「……お代を頂けるなら構いませんよ」
フレアは上機嫌で、財布から大量の金貨を取り出した。
その顔は、来店時とは別人のように晴れやかだ。
「ああ、これでまた明日から、あのバカたち(デュークとフェンリル)の尻拭いができるわ! ……ふふ、頑張れ私! 私ってば世界一美しい!」
完全なナルシストモードに戻ったフレアは、優雅に扇子を仰ぎながら店を後にした。
「……ふぅ。嵐のようなお客様でしたね」
「でも優也様、これで竜王に続いて不死鳥もゲットだね!」
キャルルがニシシと笑う。
だが、その騒ぎは、別の「堅物」を引き寄せる狼煙となってしまったようだ。
翌日。
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