三つ星シェフ、ネット通販と簿記1級で異世界を経営する~現代食材と物流で経済無双してたら、女神と魔王が常連客になりました~

月神世一

文字の大きさ
25 / 35

EP 25

しおりを挟む
過労死寸前の不死鳥
​ 『パティスリー・アオタ』の噂は、聖都の地下水脈のように静かに、しかし確実に広がっていた。
 開店から数日。夜な夜な訪れるシスターや神官たちの顔には、日々の疲れが嘘のように消え、艶やかな輝きが戻っていたからだ。
​ そんなある夜のこと。
 閉店間際の店に、重苦しい足音と共に一人の女性が現れた。
​「……いらっしゃいませ」
​ 青田優也が顔を上げると、そこには幽鬼のように揺らめく女性が立っていた。
 フードを目深に被っているが、隙間から見える燃えるような赤髪はボサボサで艶がなく、目の下には濃いクマができている。
 美しい顔立ちをしているはずが、今は「残業続きで終電を逃したOL」のような悲壮感が漂っていた。
​「……ここね。どんな疲れも癒やす『魔法の菓子屋』は」
​ 彼女はカウンターに倒れ込むように座った。
​「お客様、大丈夫ですか?」
「大丈夫じゃないわよ……。肌はカサカサ、髪はパサパサ、肩凝りは岩のように硬い……。不死鳥なのに、もうすぐ過労で灰になりそうなのよ……」
​ 彼女はフードを脱ぎ捨て、バン! とカウンターを叩いた。
​「あの竜王(バカ)はラーメン作りで仕事をサボるし! 駄犬(フェンリル)は山を凍らせて生態系を壊すし! その尻拭いは全部私! 私なのよ!!」
​ 彼女の背後で、怒りの炎が揺らめいた。
 優也は確信した。彼女こそが、この世界の調停者の一柱、不死鳥フレアだ。
​「……心中お察しします。中間管理職は辛いものですね」
「分かる!? 分かってくれるのね!? ああ、もう……私に『美』と『潤い』を頂戴。生きる気力が湧くような、とびきりのやつを……!」
​ 切実なオーダー。
 優也は頷き、厨房へと向かった。
 今の彼女に必要なのは、濃厚なクリームやパイではない。
 水分とビタミン、そして心を鎮める香り。すなわち「食べるエステ」だ。
​ 優也が取り出したのは、Amazonフレッシュ便で取り寄せた最高級ブランド桃『清水白桃』。
 その白く透き通る果肉を丁寧に湯剥きし、白ワインとシロップ、そしてレモンで軽く煮込む(コンポート)。
 火を入れすぎず、生のフレッシュさを残すのがコツだ。
​ 煮汁には、ローズヒップとハイビスカス、そして食用の『ダマスクローズ』の花弁を加え、ゼラチンで冷やし固めて「ジュレ」にする。
​ カクテルグラスに、ピンク色のジュレを敷き詰め、その上に丸ごとの桃のコンポートを鎮座させる。
 仕上げに、ミントの葉と、金箔を少々。
​「お待たせしました。『白桃のコンポートとジュレ ~薔薇の香りを添えて~』です」
​ 出された瞬間、フレアの目が釘付けになった。
 照明を受けてキラキラと輝くピンク色のジュレ。その中に浮かぶ、艶めかしい白桃の曲線。
 それはまるで、宝石箱のような輝きを放っていた。
​「綺麗……。なんて美しいの……」
「崩して、ジュレと一緒に召し上がってください」
​ フレアはスプーンを手に取り、震える手で桃をすくった。
 とろりとした果肉と、プルプルのジュレが口の中へと運ばれる。
​ ――ちゅるん。
​ その瞬間。
 彼女の体内で、何かが爆発した。
​「……んんッ!!!」
​ 口いっぱいに広がる、桃の豊潤な甘味と果汁。
 それを追いかけるように、薔薇の高貴な香りが鼻腔を抜け、脳の芯までリラックスさせる。
 冷たく、瑞々しい喉越しが、乾ききった彼女の細胞の一つ一つに染み渡っていく。
​「あぁっ……! 潤う……! 私の細胞が、魂が、水を吸って生き返っていくわ……!」
​ ボッ!!!
​ 突然、フレアの全身から真紅の炎が噴き上がった。
 店内のルナとキャルルが「ひゃあっ!?」と悲鳴を上げる。
​ それは破壊の炎ではない。『再生の炎』だ。
 炎が収まると、そこに座っていたのは、先ほどの疲れ切った女性ではなかった。
​ 髪は天使の輪ができるほど艶やかに輝き、肌は赤ちゃんのようにもちもちと白く、瞳には生気が満ち溢れている。
 絶世の美女、完全復活。
​「す、すごい……! 肩凝りが消えた! 肌荒れが治った! 何これ、エリクサーより効くじゃない!」
​ フレアは頬に手を当て、手鏡で自分の顔を見てうっとりとした。
 そして、キラキラした瞳で優也を見た。
​「貴方……名前は?」
「青田優也です」
「ユーヤ! 貴方、最高よ! 私の専属シェフになりなさい! いや、いっそ結婚して!」
​ フレアがカウンター越しに身を乗り出し、優也の手を握った。
​「貴方がいれば、私は永遠に美しくいられるわ! さあ、今すぐ婚姻届を……!」
「お断りします。私は一国一城の主ですので」
​ 優也は即答し、手をスッと引いた。
 だが、フレアはめげない。
​「振られた!? でも、そういうクールなところも素敵! ……決めたわ。私、毎日通うから」
「……お代を頂けるなら構いませんよ」
​ フレアは上機嫌で、財布から大量の金貨を取り出した。
 その顔は、来店時とは別人のように晴れやかだ。
​「ああ、これでまた明日から、あのバカたち(デュークとフェンリル)の尻拭いができるわ! ……ふふ、頑張れ私! 私ってば世界一美しい!」
​ 完全なナルシストモードに戻ったフレアは、優雅に扇子を仰ぎながら店を後にした。
​「……ふぅ。嵐のようなお客様でしたね」
「でも優也様、これで竜王に続いて不死鳥もゲットだね!」
​ キャルルがニシシと笑う。
 だが、その騒ぎは、別の「堅物」を引き寄せる狼煙となってしまったようだ。
​ 翌日。
 店の前に、白銀の甲冑を着た騎士たちが整列していた。
 その先頭に立つのは、六枚の翼を持つ、冷徹な表情の天使族の長。
​ ――ヴァルキュリア。
​「……ここですね。聖都の規律を乱し、私の部下たちを堕落させている元凶は」
​ 三つ星シェフ vs 天使長。
 癒やしの次は、「最強の説教」が待ち受けていた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

ファンタジーは知らないけれど、何やら規格外みたいです 神から貰ったお詫びギフトは、無限に進化するチートスキルでした

渡琉兎
ファンタジー
『第3回次世代ファンタジーカップ』にて【優秀賞】を受賞! 2024/02/21(水)1巻発売! 2024/07/22(月)2巻発売!(コミカライズ企画進行中発表!) 2024/12/16(月)3巻発売! 2025/04/14(月)4巻発売! 2025/09/12(金)5巻発売!同日コミカライズ開始! 2026/03/16(月)コミカライズ1巻発売! 応援してくださった皆様、誠にありがとうございます!! 刊行情報が出たことに合わせて02/01にて改題しました! 旧題『ファンタジーを知らないおじさんの異世界スローライフ ~見た目は子供で中身は三十路のギルド専属鑑定士は、何やら規格外みたいです~』 ===== 車に轢かれて死んでしまった佐鳥冬夜は、自分の死が女神の手違いだと知り涙する。 そんな女神からの提案で異世界へ転生することになったのだが、冬夜はファンタジー世界について全く知識を持たないおじさんだった。 女神から与えられるスキルも遠慮して鑑定スキルの上位ではなく、下位の鑑定眼を選択してしまう始末。 それでも冬夜は与えられた二度目の人生を、自分なりに生きていこうと転生先の世界――スフィアイズで自由を謳歌する。 ※05/12(金)21:00更新時にHOTランキング1位達成!ありがとうございます!

異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました

雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。 気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。 剣も魔法も使えないユウにできるのは、 子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。 ……のはずが、なぜか料理や家事といった 日常のことだけが、やたらとうまくいく。 無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。 個性豊かな子供たちに囲まれて、 ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。 やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、 孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。 戦わない、争わない。 ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。 ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、 やさしい異世界孤児院ファンタジー。

異世界転生日録〜生活魔法は無限大!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
☆感想の受付開始しました。 【あらすじ】   異世界に転生したルイは、5歳の高熱を境に、記憶を取り戻す。一度は言ってみたい「ステータス・オープン」で、ステータスを見れることに気付いた。スキル「生活魔法∞(無限大)」を発見。その意味を知るルイは、仄かに期待を抱いた。  それと同時に、今世の出自である農家の四男は、長男大事な両親の態度に、未来はないと確信。  家族に隠れて、ステータスにあったスキルの一つ「鑑定」を使い、村のお婆(薬師)相手に、金策を開始。  十歳の時に行われたスキル鑑定の結果を父に伝えたが、農家向きのスキルではなかったルイは「家の役には立たない」と判断され、早々に家を追い出される。   だが、追放ありがとう!とばかりに、生活魔法を知るべく、図書館がある街を目指すことにしたルイ。  最初に訪れた街・ゼントで、冒険者登録を済ませる。だがそのギルドの資料室で、前世の文字である漢字が、この世界の魔法文字だという事実を知ることになる。  この世界の魔法文字を試したルイは、魔法文字の奥深さに気づいてしまった。バレないように慎重に……と行動しているつもりのルイだが、そんな彼に奇妙な称号が増えて行く。  そして、冒険者ギルドのギルドマスターや、魔法具師のバレンと共に過ごすうちに、バレンのお師匠様の危機を知る。  そして彼に会いにいくことになったが、その目的地が、図書館がある魔法都市アルティメットだった。  旅の道中もさることながら、魔法都市についても、色々な人に巻き込まれる運命にあるルイだったが……それを知るのは、まだ先である。 ☆見切り発車のため、後日変更・追記する場合があります。体調が不安定のため、かける時に書くスタイルです。不定期更新。 ☆カクヨム様(吉野 ひな)でも先行投稿しております。

50歳元艦長、スキル【酒保】と指揮能力で異世界を生き抜く。残り物の狂犬と天然エルフを拾ったら、現代物資と戦術で最強部隊ができあがりました

月神世一
ファンタジー
​「命を捨てて勝つな。生きて勝て」 50歳の元イージス艦長が、ブラックコーヒーと海軍カレー、そして『指揮能力』で異世界を席巻する! ​海上自衛隊の艦長だった坂上真一(50歳)は、ある日突然、剣と魔法の異世界へ転移してしまう。 再就職先を求めて人材ギルドへ向かうも、受付嬢に言われた言葉は―― 「50歳ですか? シルバー求人はやってないんですよね」 ​途方に暮れる坂上の前にいたのは、誰からも見放された二人の問題児。 子供の泣き声を聞くと殺戮マシーンと化す「狂犬」龍魔呂。 規格外の魔力を持つが、方向音痴で市場を破壊する「天然」エルフのルナ。 ​「やれやれ。手のかかる部下を持ったもんだ」 ​坂上は彼らを拾い、ユニークスキル【酒保(PX)】を発動する。 呼び出すのは、自衛隊の補給物資。 高品質な食料、衛生用品、そして戦場の士気を高めるコーヒーと甘味。 ​魔法は使えない。だが、現代の戦術と無限の補給があれば負けはない。 これは、熟練の指揮官が「残り物」たちを最強の部隊へと育て上げ、美味しいご飯を食べるだけの、大人の冒険譚。

家族転生 ~父、勇者 母、大魔導師 兄、宰相 姉、公爵夫人 弟、S級暗殺者 妹、宮廷薬師 ……俺、門番~

北条新九郎
ファンタジー
 三好家は一家揃って全滅し、そして一家揃って異世界転生を果たしていた。  父は勇者として、母は大魔導師として異世界で名声を博し、現地人の期待に応えて魔王討伐に旅立つ。またその子供たちも兄は宰相、姉は公爵夫人、弟はS級暗殺者、妹は宮廷薬師として異世界を謳歌していた。  ただ、三好家第三子の神太郎だけは異世界において冴えない立場だった。  彼の職業は………………ただの門番である。  そして、そんな彼の目的はスローライフを送りつつ、異世界ハーレムを作ることだった。  週二回更新になります。お気に入り・感想、宜しくお願いします。

転生無双なんて大層なこと、できるわけないでしょう! 公爵令息が家族、友達、精霊と送る仲良しスローライフ

幸運寺大大吉丸◎ 書籍発売中
ファンタジー
アルファポリス様より書籍化! 転生したラインハルトはその際に超説明が適当な女神から、訳も分からず、チートスキルをもらう。 どこに転生するか、どんなスキルを貰ったのか、どんな身分に転生したのか全てを分からず転生したラインハルトが平和な?日常生活を送る話。 - カクヨム様にて、週間総合ランキングにランクインしました! - アルファポリス様にて、人気ランキング、HOTランキングにランクインしました! - この話はフィクションです。

35年ローンと共に異世界転生! スキル『マイホーム』で快適5LDK引きこもり生活 ~数学教師、合気道と三節根で異世界を論破する~

月神世一
ファンタジー
紹介文 「結婚しよう。白い壁の素敵なお家が欲しいな♡」 そう言われて35年ローンで新築一戸建て(5LDK)を買った直後、俺、加藤真守(25歳)は婚約者に捨てられた。 失意の中、猫を助けてトラックに轢かれ、気づけばジャージ姿の女神ルチアナに異世界へと放り出されていた。 ​「あげるのは『言語理解』と『マイホーム』でーす」 ​手に入れたのは、ローン残高ごと召喚できる最強の現代住宅。 電気・ガス・水道完備。お風呂は全自動、リビングは床暖房。 さらには貯めたポイントで、地球の「赤マル」から「最新家電」までお取り寄せ!? ​森で拾った純情な狩人の美少女に胃袋を掴まれ、 罠にかかったポンコツ天使(自称聖騎士)が居候し、 競馬好きの魔族公爵がビールを飲みにやってくる。 ​これは、借金まみれの数学教師が、三節根と計算能力を武器に、快適なマイホームを守り抜く物語。 ……頼むから、家の壁で爪を研ぐのはやめてくれ!

異世界へ誤召喚されちゃいました 女神の加護でほのぼのスローライフ送ります

モーリー
ファンタジー
⭐︎第4回次世代ファンタジーカップ16位⭐︎ 飛行機事故で両親が他界してしまい、社会人の長男、高校生の長女、幼稚園児の次女で生きることになった御剣家。 保険金目当てで寄ってくる奴らに嫌気がさしながらも、3人で支え合いながら生活を送る日々。 そんな矢先に、3人揃って異世界に召喚されてしまった。 召喚特典として女神たちが加護やチート能力を与え、異世界でも生き抜けるようにしてくれた。 強制的に放り込まれた異世界。 知らない土地、知らない人、知らない世界。 不安をはねのけながら、時に怖い目に遭いながら、3人で異世界を生き抜き、平穏なスローライフを送る。 そんなほのぼのとした物語。

処理中です...