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第二章 勇者魔王公爵
EP 8
『水面の月と、揺るがぬ指針』
領地の外れにある静かな湖畔。
風が水面を撫で、さざ波が太陽の光をキラキラと反射させている。
その穏やかな景色の中に、二本の釣り糸が垂れていた。
「……来てないな」
「……来てないな」
釣り竿を握っているのは、マモルとデュラス。
二人の背後では、ピクニックシートを広げたフィリアとエルミナが、楽しげな声を上げている。
「フィリア、このクッキー美味しいですわ!」
「でしょ? 新作のハーブクッキーよ。マモルたちにも残しておいてあげなきゃ」
「むぐ……あと一枚だけ……」
平和そのものの光景。
だが、男たちの間に流れる空気は、水面の下のように冷たく、張り詰めていた。
ウキがピクリと動く。デュラスは水面を見つめたまま、独り言のように口を開いた。
「マモル。……これから、戦乱の世になるぞ」
低い声だった。だが、その言葉には確信めいた響きがあった。
マモルは竿を握る手を変えず、短く答える。
「そうか」
「世界中の国が動き出した。目的は領土でも、資源でもない。……アルカ、ただ一つだ」
始祖竜。伝説の存在。
その力を手中に収めれば、世界を統べることも容易い。各国の王たちは、その一点に狂奔している。
「そうか」
「アルカを差し出せば、戦乱は終わる」
デュラスは横目でマモルの横顔を覗き見た。
かつて魔界の将軍として幾多の戦場を見てきた男の目は、冷徹に主の真意を測ろうとしていた。
「お前が『要らない』と言えば、彼女を差し出し、この領地の安寧を買うこともできる。……差し出すか?」
ウキが沈む。
だが、マモルは合わせようとはしなかった。即座に、吐き捨てるように言った。
「嫌だね」
「……だろうな」
デュラスの口元が、わずかに緩んだ気がした。
マモルは竿を引き上げ、餌だけ取られた針を見つめながら、苛立ちを隠さずに続けた。
「どいつもこいつも……たった一匹の女の子に目の色変えやがって。大の大人が、命を賭けやがって」
その声には、怒りが滲んでいた。
アルカは世界を滅ぼす兵器ではない。朝、寝ぼけ眼で「おはよう」と言う、ただの家族だ。それを政治の道具にしようとする世界のあり方が、マモルには我慢ならなかった。
「あぁ……気に入らないな」
デュラスもまた、同意するように深く頷いた。
「だが、世界は彼女を恐れている。未知なる力への恐怖が、争いを生むのだ」
「だからこそ、だ」
マモルは空を見上げた。
昼間の青空。だが、そこにはうっすらと、白い月が浮かんでいるのが見えた。
「俺は迷わない。……月は、暗闇の中でも天に上がり、迷う者を照らすんだ」
「月のように、か」
「ああ。人間も魔族も、みんな道が分からないから、闇雲に恐れて、暴れるんだ。暗闇じゃ誰だって怖い」
マモルは新しい餌を針につけ、再び湖へと放った。ポチャン、という音が静寂に響く。
「だから、アルカ(アルニア)が皆の『月』になるんだ。恐怖の対象じゃなく、進むべき道を照らす、優しい光になればいい」
支配するための太陽ではなく、夜道を歩く誰かに寄り添う月。
それが、マモルがアルカに見出した、そしてこの領地が目指すべき未来の形だった。
デュラスはしばらく沈黙し、やがて懐からスキットル(携帯酒瓶)を取り出して煽った。
「……フン。甘い考えだ。だが、悪くない」
かつての将軍は、今の主の横顔を見据え、不敵に笑った。
「お前が月を掲げるというなら、私はその月を守る夜闇となろう。……来る敵は全て、闇に葬ってやる」
「お手柔らかに頼むよ。……おっ、来た!」
マモルの竿が大きくしなる。
背後からフィリアとエルミナが「釣れたー!?」と歓声を上げて駆け寄ってくる。
戦乱の足音は近づいている。
だが、このコタツと釣りを愛する主従の心は、もはや揺らぐことはなかった。
領地の外れにある静かな湖畔。
風が水面を撫で、さざ波が太陽の光をキラキラと反射させている。
その穏やかな景色の中に、二本の釣り糸が垂れていた。
「……来てないな」
「……来てないな」
釣り竿を握っているのは、マモルとデュラス。
二人の背後では、ピクニックシートを広げたフィリアとエルミナが、楽しげな声を上げている。
「フィリア、このクッキー美味しいですわ!」
「でしょ? 新作のハーブクッキーよ。マモルたちにも残しておいてあげなきゃ」
「むぐ……あと一枚だけ……」
平和そのものの光景。
だが、男たちの間に流れる空気は、水面の下のように冷たく、張り詰めていた。
ウキがピクリと動く。デュラスは水面を見つめたまま、独り言のように口を開いた。
「マモル。……これから、戦乱の世になるぞ」
低い声だった。だが、その言葉には確信めいた響きがあった。
マモルは竿を握る手を変えず、短く答える。
「そうか」
「世界中の国が動き出した。目的は領土でも、資源でもない。……アルカ、ただ一つだ」
始祖竜。伝説の存在。
その力を手中に収めれば、世界を統べることも容易い。各国の王たちは、その一点に狂奔している。
「そうか」
「アルカを差し出せば、戦乱は終わる」
デュラスは横目でマモルの横顔を覗き見た。
かつて魔界の将軍として幾多の戦場を見てきた男の目は、冷徹に主の真意を測ろうとしていた。
「お前が『要らない』と言えば、彼女を差し出し、この領地の安寧を買うこともできる。……差し出すか?」
ウキが沈む。
だが、マモルは合わせようとはしなかった。即座に、吐き捨てるように言った。
「嫌だね」
「……だろうな」
デュラスの口元が、わずかに緩んだ気がした。
マモルは竿を引き上げ、餌だけ取られた針を見つめながら、苛立ちを隠さずに続けた。
「どいつもこいつも……たった一匹の女の子に目の色変えやがって。大の大人が、命を賭けやがって」
その声には、怒りが滲んでいた。
アルカは世界を滅ぼす兵器ではない。朝、寝ぼけ眼で「おはよう」と言う、ただの家族だ。それを政治の道具にしようとする世界のあり方が、マモルには我慢ならなかった。
「あぁ……気に入らないな」
デュラスもまた、同意するように深く頷いた。
「だが、世界は彼女を恐れている。未知なる力への恐怖が、争いを生むのだ」
「だからこそ、だ」
マモルは空を見上げた。
昼間の青空。だが、そこにはうっすらと、白い月が浮かんでいるのが見えた。
「俺は迷わない。……月は、暗闇の中でも天に上がり、迷う者を照らすんだ」
「月のように、か」
「ああ。人間も魔族も、みんな道が分からないから、闇雲に恐れて、暴れるんだ。暗闇じゃ誰だって怖い」
マモルは新しい餌を針につけ、再び湖へと放った。ポチャン、という音が静寂に響く。
「だから、アルカ(アルニア)が皆の『月』になるんだ。恐怖の対象じゃなく、進むべき道を照らす、優しい光になればいい」
支配するための太陽ではなく、夜道を歩く誰かに寄り添う月。
それが、マモルがアルカに見出した、そしてこの領地が目指すべき未来の形だった。
デュラスはしばらく沈黙し、やがて懐からスキットル(携帯酒瓶)を取り出して煽った。
「……フン。甘い考えだ。だが、悪くない」
かつての将軍は、今の主の横顔を見据え、不敵に笑った。
「お前が月を掲げるというなら、私はその月を守る夜闇となろう。……来る敵は全て、闇に葬ってやる」
「お手柔らかに頼むよ。……おっ、来た!」
マモルの竿が大きくしなる。
背後からフィリアとエルミナが「釣れたー!?」と歓声を上げて駆け寄ってくる。
戦乱の足音は近づいている。
だが、このコタツと釣りを愛する主従の心は、もはや揺らぐことはなかった。
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