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EP 3
世界平和、締結。理由は「湊さんが怖いから」
「……ミスター・タナカ。もう、やめにしようじゃないか」
「……ええ、ジョージ大統領。我々が争うことなど、まったくの無意味でしたね」
地下1階のリビング。
先ほどまで取っ組み合いの喧嘩(と魔法少女アニメの熱い語り合い)をしていた日米のトップ二人が、今はオリハルコンのソファに並んで座り、仲良くクラーケンのイカ焼きを齧っていた。
彼らの顔は、憑き物が落ちたようにスッキリとしている。
『概念解体(建前フィルター)』によって、腹の底のドロドロした権力欲や疑心暗鬼を強制的に「消臭」されてしまった結果、彼らに残ったのはただの「疲れた初老の男同士の共感」だった。
「いいか、タナカ。よく考えてみてくれ」
ジョージ大統領が、イカのゲソをしゃぶりながら、声を潜めて言った。
「あの男(九条湊)は、人間の『精神構造』すらも物理的な汚れとして認識し、無自覚に消し去ることができるんだ。……もし我々がここでくだらない利権争いを続けたら、次はどうなる?」
「……国家間の『国境』や『軍隊』すらも、『邪魔なゴミ』として解体されかねませんね」
「YESだ。彼は本気を出せば、地球という名の部屋を『大掃除』できる」
二人は同時に身震いした。
核兵器の数など問題ではない。
このエプロン姿の青年に「地球、ちょっと汚れてるな」と思われた瞬間、人類はファブリーズされて終わるのだ。
「我々がすべきことは一つ。……彼に『平穏な日常』を提供し続けることだ。絶対に、彼の機嫌を損ねてはならない」
「同感です。日米は今後、一切の対立を捨て、全力を挙げてこの『九条独立国』の防波堤となりましょう」
総理がテーブルの上にあった紙――未緒が裏をメモ帳代わりにしていた『スーパーサミットの特売チラシ』――を裏返し、万年筆を走らせた。
【ひまわり荘・地下同盟条約】
一、日米は永久の平和を誓い、九条湊の平穏を全力で守護する。
二、町内会費(500円)以外の税金は一切徴収しない。
三、魔法少女アニメの新作は、日米同時放送とする。
「……サインをお願いします、大統領」
「喜んで」
サラサラと、二つの歴史的な署名がチラシの裏に刻まれた。
こうして、長年の国際的緊張は、一人の清掃員への「恐怖」を接着剤にして、完全なる世界平和へと昇華されたのである。
「おっ、仲直りしました?」
キッチンから、麦茶のおかわりを持ってきた俺が声をかけた。
「え、ええ! 九条先生のおかげで、我々は真の友になれました!」
「ハハハ! 今度一緒に、秋葉原にフィギュアを買いに行こうと約束したところです!」
二人が不自然なほど爽やかな笑顔で振り返る。
……まあ、仲が良いのはいいことだ。これで大家さんに「怪しい黒服(SP)が家の前にいる!」と怒られずに済む。
「よかったよかった。じゃあ、そろそろお引き取りを……」
俺がそう言いかけた、その時だった。
ズズズズズズズ……ッ!!
突如、地下帝国全体が激しい縦揺れに襲われた。
ジャックが寝返りを打った時の震度3とはレベルが違う。
シャンデリアが激しく揺れ、テーブルの上の麦茶がこぼれる。
「な、なんだ!? 地震か!?」
総理と大統領がソファにすがりつく。
「い、いえ、違いますわ! これは……!」
洗濯物を畳んでいたカレンが、血相を変えて床を見下ろした。
彼女の視線の先――オリハルコンの床板の隙間から、まるでタールのようなどす黒い『泥』が、ブクブクと泡を立てながら染み出してきたのだ。
「Boss! 下から凄まじい邪気が上がってくるぜ!」
ジャックが両手に雷を纏い、総理たちを庇うように前に出る。
その顔には、幽霊船の時以上の焦燥が浮かんでいた。
「……そういえばBoss。あんた、ここを『100階建て』にリフォームした時、元々いたモンスターたちはどうしたんだ?」
「え? ああ、邪魔だったから、砂利(オリハルコン)以外の『燃えないゴミ』は、全部一番下の階層(地下100階)に掃き落としておいたけど」
「「「バカァァァァァッ!!!」」」
ジャック、カレン、未緒の三人のツッコミが綺麗にハモった。
「それの何が悪いんだよ。ゴミ箱は一つにまとめた方が捨てやすいだろ」
「そういう問題じゃねえ! このダンジョンの最奥には、かつて神々に封印された『邪神』が眠ってたはずだぞ!」
ジャックの絶叫を裏付けるように。
床から染み出した黒い泥が、リビングの中央で巨大な人型へと結合していく。
空間が歪み、室温が一気に氷点下まで下がる。
それは、世界中の悪意と汚染を煮詰めたような、おぞましい怪物だった。
『……誰ダ……』
邪神の、地の底から響くような声が、地下帝国を震わせた。
『我ガ眠リヲ妨ゲ……我ガ頭上ニ、大量ノ「砂利」ト「生ゴミ(魔物)」ヲ降ラセタ、不届キ者ハァァァッ!!』
どうやら、俺のDIY(リフォーム)のせいで、最下層で寝ていた大家さん(邪神)を土砂崩れで生き埋めにしてしまったらしい。
「ヒィィィッ! せ、世界が終わるぅぅ!」
「だ、大統領! 早く核のボタンを!」
日本の総理とアメリカ大統領が、泣きながら抱き合っている。
平和条約を結んだ5分後に人類滅亡の危機。ジェットコースターみたいな日だ。
「……おい」
皆が絶望に染まる中。
俺は一人、静かな怒りを燃やしながら、デッキブラシを強く握りしめた。
「ちょっと待て。お前、足元見ろよ」
俺の視線の先。
邪神が踏みしめている、ピカピカに磨き上げたばかりのオリハルコンのフローリング。
そこが、邪神の体から垂れ流される黒い泥で、ベチャベチャに汚れていた。
「新築の床に……泥靴で上がってんじゃねえぞ、コラ」
世界平和など知ったことか。
俺にとって今一番許せないのは、掃除したばかりの部屋を汚されることだ。
俺は、神話の存在である邪神に向かって、ゆっくりと歩み寄っていった。
「……ミスター・タナカ。もう、やめにしようじゃないか」
「……ええ、ジョージ大統領。我々が争うことなど、まったくの無意味でしたね」
地下1階のリビング。
先ほどまで取っ組み合いの喧嘩(と魔法少女アニメの熱い語り合い)をしていた日米のトップ二人が、今はオリハルコンのソファに並んで座り、仲良くクラーケンのイカ焼きを齧っていた。
彼らの顔は、憑き物が落ちたようにスッキリとしている。
『概念解体(建前フィルター)』によって、腹の底のドロドロした権力欲や疑心暗鬼を強制的に「消臭」されてしまった結果、彼らに残ったのはただの「疲れた初老の男同士の共感」だった。
「いいか、タナカ。よく考えてみてくれ」
ジョージ大統領が、イカのゲソをしゃぶりながら、声を潜めて言った。
「あの男(九条湊)は、人間の『精神構造』すらも物理的な汚れとして認識し、無自覚に消し去ることができるんだ。……もし我々がここでくだらない利権争いを続けたら、次はどうなる?」
「……国家間の『国境』や『軍隊』すらも、『邪魔なゴミ』として解体されかねませんね」
「YESだ。彼は本気を出せば、地球という名の部屋を『大掃除』できる」
二人は同時に身震いした。
核兵器の数など問題ではない。
このエプロン姿の青年に「地球、ちょっと汚れてるな」と思われた瞬間、人類はファブリーズされて終わるのだ。
「我々がすべきことは一つ。……彼に『平穏な日常』を提供し続けることだ。絶対に、彼の機嫌を損ねてはならない」
「同感です。日米は今後、一切の対立を捨て、全力を挙げてこの『九条独立国』の防波堤となりましょう」
総理がテーブルの上にあった紙――未緒が裏をメモ帳代わりにしていた『スーパーサミットの特売チラシ』――を裏返し、万年筆を走らせた。
【ひまわり荘・地下同盟条約】
一、日米は永久の平和を誓い、九条湊の平穏を全力で守護する。
二、町内会費(500円)以外の税金は一切徴収しない。
三、魔法少女アニメの新作は、日米同時放送とする。
「……サインをお願いします、大統領」
「喜んで」
サラサラと、二つの歴史的な署名がチラシの裏に刻まれた。
こうして、長年の国際的緊張は、一人の清掃員への「恐怖」を接着剤にして、完全なる世界平和へと昇華されたのである。
「おっ、仲直りしました?」
キッチンから、麦茶のおかわりを持ってきた俺が声をかけた。
「え、ええ! 九条先生のおかげで、我々は真の友になれました!」
「ハハハ! 今度一緒に、秋葉原にフィギュアを買いに行こうと約束したところです!」
二人が不自然なほど爽やかな笑顔で振り返る。
……まあ、仲が良いのはいいことだ。これで大家さんに「怪しい黒服(SP)が家の前にいる!」と怒られずに済む。
「よかったよかった。じゃあ、そろそろお引き取りを……」
俺がそう言いかけた、その時だった。
ズズズズズズズ……ッ!!
突如、地下帝国全体が激しい縦揺れに襲われた。
ジャックが寝返りを打った時の震度3とはレベルが違う。
シャンデリアが激しく揺れ、テーブルの上の麦茶がこぼれる。
「な、なんだ!? 地震か!?」
総理と大統領がソファにすがりつく。
「い、いえ、違いますわ! これは……!」
洗濯物を畳んでいたカレンが、血相を変えて床を見下ろした。
彼女の視線の先――オリハルコンの床板の隙間から、まるでタールのようなどす黒い『泥』が、ブクブクと泡を立てながら染み出してきたのだ。
「Boss! 下から凄まじい邪気が上がってくるぜ!」
ジャックが両手に雷を纏い、総理たちを庇うように前に出る。
その顔には、幽霊船の時以上の焦燥が浮かんでいた。
「……そういえばBoss。あんた、ここを『100階建て』にリフォームした時、元々いたモンスターたちはどうしたんだ?」
「え? ああ、邪魔だったから、砂利(オリハルコン)以外の『燃えないゴミ』は、全部一番下の階層(地下100階)に掃き落としておいたけど」
「「「バカァァァァァッ!!!」」」
ジャック、カレン、未緒の三人のツッコミが綺麗にハモった。
「それの何が悪いんだよ。ゴミ箱は一つにまとめた方が捨てやすいだろ」
「そういう問題じゃねえ! このダンジョンの最奥には、かつて神々に封印された『邪神』が眠ってたはずだぞ!」
ジャックの絶叫を裏付けるように。
床から染み出した黒い泥が、リビングの中央で巨大な人型へと結合していく。
空間が歪み、室温が一気に氷点下まで下がる。
それは、世界中の悪意と汚染を煮詰めたような、おぞましい怪物だった。
『……誰ダ……』
邪神の、地の底から響くような声が、地下帝国を震わせた。
『我ガ眠リヲ妨ゲ……我ガ頭上ニ、大量ノ「砂利」ト「生ゴミ(魔物)」ヲ降ラセタ、不届キ者ハァァァッ!!』
どうやら、俺のDIY(リフォーム)のせいで、最下層で寝ていた大家さん(邪神)を土砂崩れで生き埋めにしてしまったらしい。
「ヒィィィッ! せ、世界が終わるぅぅ!」
「だ、大統領! 早く核のボタンを!」
日本の総理とアメリカ大統領が、泣きながら抱き合っている。
平和条約を結んだ5分後に人類滅亡の危機。ジェットコースターみたいな日だ。
「……おい」
皆が絶望に染まる中。
俺は一人、静かな怒りを燃やしながら、デッキブラシを強く握りしめた。
「ちょっと待て。お前、足元見ろよ」
俺の視線の先。
邪神が踏みしめている、ピカピカに磨き上げたばかりのオリハルコンのフローリング。
そこが、邪神の体から垂れ流される黒い泥で、ベチャベチャに汚れていた。
「新築の床に……泥靴で上がってんじゃねえぞ、コラ」
世界平和など知ったことか。
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俺は、神話の存在である邪神に向かって、ゆっくりと歩み寄っていった。
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( https://kakuyomu.jp/works/16817330656544103806 )