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EP 1
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プロローグ:時空嵐
西暦202X年、日本本土遥か沖合の太平洋。
「全艦、対空戦闘(AAW)訓練、フェーズ・スリーに移行。目標、仮想敵(イマジン)A、B、C。CIC、戦闘指揮を杉浦(すぎうら)1佐に移管する」
護衛艦「いずも」の艦橋(ブリッジ)で、坂上真一(さかうえ しんいち)1等海佐(45歳)は、低い声で命じた。
彼の傍らには、冷めかけたブラックコーヒーの入ったマグカップが置かれている。
彼が率いるのは、海上自衛隊初の「第1空母打撃群」。通称、「出雲艦隊」。
事実上の空母として改修された「いずも」を中核に、最新鋭イージス艦「まや」、対潜護衛艦「あさひ」「しらぬい」、そして「生命線」である補給艦「ましゅう」、水中からの「目」となる潜水艦「たいげい」。
日本の技術の粋を集めた、令和の「動く城塞」である。
『RAIJIN(ライジン)より全機へ。訓練(トレーニング)開始。獲物(ミート)は俺が頂く』
艦隊上空。雲を突き破り、F-35BライトニングIIが垂直上昇する。
第1航空隊隊長、三島健太(みしま けんた)3佐だ。
ステルス性能と比類なきセンサー能力を持つ第5世代戦闘機。昭和の零戦乗りが見れば、UFOと見紛うであろう漆黒の機体だ。
『こちら「まや」CIC。杉浦だ。三島3佐、突出するな。艦隊防空網(シールド)の連携を崩すな』
イージス艦「まや」艦長、杉浦1佐の硬い声が飛ぶ。
「まや」のCIC(戦闘指揮所)は、彼という「盾」のスペシャリストの指揮下、完璧な防空体制を維持している。
万事、順調。完璧な演習だった。
その「異変」が起きるまでは。
「司令! 前方海域に高エネルギー反応! レーダー、光学センサー共に観測不能!」
艦橋に、副長兼技術長である菊池玲奈(きくち れな)2佐の鋭い声が響く。
「何だと?」
坂上が双眼鏡を向けた先、水平線が「歪んで」いた。
空と海が混ざり合い、あり得ない極光(オーロラ)のような光のカーテンが渦を巻いている。
「重力異常を検知! 空間座標が…安定しません!」
「全艦退避! 機関最大! 面舵一杯!」
坂上の怒号が響く。だが、遅かった。
時空の渦――後に「時空嵐(クロノス・テンペスト)」と呼ばれる現象は、艦隊の回避速度を嘲笑うかのように膨張し、令和最強の「出雲艦隊」全7隻を、一瞬にして飲み込んだ。
艦橋が凄まじい衝撃とGに襲われる。
「総員、対ショックに備えろ!」
坂上は、床に転がったコーヒーキャンディの袋を見つめながら、強かに頭部を打ち付け、意識を失った。
第一章:昭和十七年
意識が浮上する。鉄と、微かな血の匂い。
「……司令、ご無事ですか!」
菊池の声で、坂上は跳ね起きた。
「…状況を報告しろ」
「衝撃(インパクト)から15分。艦隊全艦、健在。『ましゅう』『たいげい』とも通信回復。ただし…」
菊池は蒼白な顔で、タブレットを坂上に突き付けた。
「GPS、全ロスト。衛星通信、応答なし。デブリベルト(宇宙ゴミ)との接触すらありません。まるで…宇宙に我々以外の人工物が存在しないかのようです」
「まさか…」
坂上は艦橋の窓に歩み寄る。
嵐は過ぎ去り、そこには先程と変わらない、穏やかな太平洋が広がっていた。
だが、何かが決定的に違っていた。空気が、匂いが、太陽の光の色すら、違う気がした。
「菊池副長、六分儀(ろくぶんぎ)を出せ。原始的な方法で現在地を割り出す。それと…」
坂上は受話器を取った。
「航空隊、三島3佐を叩き起こせ。緊急偵察(スクランブル)だ。RAIJIN-1、ステルスモードで高高度偵察。目視できるもの全てを報告しろ」
『RAIJIN、了解。ったく、寝起きが悪いぜ…』
数分後。「いずも」のスキージャンプ台から、F-35Bが静かに、しかし力強く発艦していく。
令和の怪鳥は、あっという間に成層圏近くまで駆け上がった。
そして、その直後。
菊池が、震える手で六分儀と計算結果を差し出した。
「司令。クロノメーターの誤差、及び天測による現在地……算出しました」
「読め」
「……はい。現在時刻、1942年(昭和17年)5月25日。座標、ミッドウェー島北西沖、約500カイリ」
艦橋が凍り付いた。
昭和17年。
広島出身の坂上にとって、それは「あの日」の3年前。
そして、祖父が特攻で死ぬ3年前。
「ミッドウェー…だと?」坂上が呟いた。
その瞬間、艦隊全域に緊急警報が響き渡った。
『RAIJINよりCIC! バカな…なんだこりゃ! 南東方向、敵艦隊多数!』
三島からの映像が、CICのメインスクリーンに映し出される。
そこにいたのは、見慣れた米第7艦隊のアーレイ・バーク級ミサイル駆逐艦ではない。
灰色のずんぐりとした船体。短い飛行甲板。
星条旗を掲げた、3隻の航空母艦。
『…ヨークタウン、エンタープライズ、ホーネット…』
坂上は、海軍史の知識から、その艦名を無意識に口にしていた。
ミッドウェー海戦に向かう、スプルーアンスとフレッチャーの機動部隊。史実では、あと10日ほどで、南雲艦隊を壊滅させる艦隊だ。
『おいおい、なんだよアレは! レーダーにゃ何も映らねえぞ!』
米空母から発艦した哨戒機SBDドーントレスのパイロットが、上空を通過した(ように見えた)F-35Bの影に怯え、無線で叫んでいるのが傍受された。
「……菊池。全艦に通達」
坂上真一は、ゆっくりと振り返った。
その目は、演習時の冷静な指揮官のものではなかった。歴史の奔流のど真ん中に突き落とされた、当事者の目だった。
「我々は、タイムスリップした。受け入れろ」
彼は制服のポケットを探り、最後の一個となったコーヒーキャンディを口に放り込み、奥歯で噛み砕いた。
「この時代には、B-29も核兵器もまだ存在しない。だが、我々の燃料と弾薬も有限だ。補給がなければ、我々はただの鉄屑だ」
そして、彼は続けた。
「このまま史実通りに進めば、日本は敗北し、俺の故郷(ヒロシマ)は焼かれる。祖父も死ぬ」
彼はメインスクリーンに映る米機動部隊を睨み据えた。
「我々は、歴史に介入する」
彼は受話器を掴み、全艦に司令官命令を下した。
「第1空母打撃群、全艦に通達。これより『オペレーション・アマテラス』を発動する。第一目標、柱島泊地。山本五十六長官と接触する!」
令和の「神々(出雲艦隊)」が、昭和の海で目を覚ました。
歴史が、今、書き換えられようとしていた。
西暦202X年、日本本土遥か沖合の太平洋。
「全艦、対空戦闘(AAW)訓練、フェーズ・スリーに移行。目標、仮想敵(イマジン)A、B、C。CIC、戦闘指揮を杉浦(すぎうら)1佐に移管する」
護衛艦「いずも」の艦橋(ブリッジ)で、坂上真一(さかうえ しんいち)1等海佐(45歳)は、低い声で命じた。
彼の傍らには、冷めかけたブラックコーヒーの入ったマグカップが置かれている。
彼が率いるのは、海上自衛隊初の「第1空母打撃群」。通称、「出雲艦隊」。
事実上の空母として改修された「いずも」を中核に、最新鋭イージス艦「まや」、対潜護衛艦「あさひ」「しらぬい」、そして「生命線」である補給艦「ましゅう」、水中からの「目」となる潜水艦「たいげい」。
日本の技術の粋を集めた、令和の「動く城塞」である。
『RAIJIN(ライジン)より全機へ。訓練(トレーニング)開始。獲物(ミート)は俺が頂く』
艦隊上空。雲を突き破り、F-35BライトニングIIが垂直上昇する。
第1航空隊隊長、三島健太(みしま けんた)3佐だ。
ステルス性能と比類なきセンサー能力を持つ第5世代戦闘機。昭和の零戦乗りが見れば、UFOと見紛うであろう漆黒の機体だ。
『こちら「まや」CIC。杉浦だ。三島3佐、突出するな。艦隊防空網(シールド)の連携を崩すな』
イージス艦「まや」艦長、杉浦1佐の硬い声が飛ぶ。
「まや」のCIC(戦闘指揮所)は、彼という「盾」のスペシャリストの指揮下、完璧な防空体制を維持している。
万事、順調。完璧な演習だった。
その「異変」が起きるまでは。
「司令! 前方海域に高エネルギー反応! レーダー、光学センサー共に観測不能!」
艦橋に、副長兼技術長である菊池玲奈(きくち れな)2佐の鋭い声が響く。
「何だと?」
坂上が双眼鏡を向けた先、水平線が「歪んで」いた。
空と海が混ざり合い、あり得ない極光(オーロラ)のような光のカーテンが渦を巻いている。
「重力異常を検知! 空間座標が…安定しません!」
「全艦退避! 機関最大! 面舵一杯!」
坂上の怒号が響く。だが、遅かった。
時空の渦――後に「時空嵐(クロノス・テンペスト)」と呼ばれる現象は、艦隊の回避速度を嘲笑うかのように膨張し、令和最強の「出雲艦隊」全7隻を、一瞬にして飲み込んだ。
艦橋が凄まじい衝撃とGに襲われる。
「総員、対ショックに備えろ!」
坂上は、床に転がったコーヒーキャンディの袋を見つめながら、強かに頭部を打ち付け、意識を失った。
第一章:昭和十七年
意識が浮上する。鉄と、微かな血の匂い。
「……司令、ご無事ですか!」
菊池の声で、坂上は跳ね起きた。
「…状況を報告しろ」
「衝撃(インパクト)から15分。艦隊全艦、健在。『ましゅう』『たいげい』とも通信回復。ただし…」
菊池は蒼白な顔で、タブレットを坂上に突き付けた。
「GPS、全ロスト。衛星通信、応答なし。デブリベルト(宇宙ゴミ)との接触すらありません。まるで…宇宙に我々以外の人工物が存在しないかのようです」
「まさか…」
坂上は艦橋の窓に歩み寄る。
嵐は過ぎ去り、そこには先程と変わらない、穏やかな太平洋が広がっていた。
だが、何かが決定的に違っていた。空気が、匂いが、太陽の光の色すら、違う気がした。
「菊池副長、六分儀(ろくぶんぎ)を出せ。原始的な方法で現在地を割り出す。それと…」
坂上は受話器を取った。
「航空隊、三島3佐を叩き起こせ。緊急偵察(スクランブル)だ。RAIJIN-1、ステルスモードで高高度偵察。目視できるもの全てを報告しろ」
『RAIJIN、了解。ったく、寝起きが悪いぜ…』
数分後。「いずも」のスキージャンプ台から、F-35Bが静かに、しかし力強く発艦していく。
令和の怪鳥は、あっという間に成層圏近くまで駆け上がった。
そして、その直後。
菊池が、震える手で六分儀と計算結果を差し出した。
「司令。クロノメーターの誤差、及び天測による現在地……算出しました」
「読め」
「……はい。現在時刻、1942年(昭和17年)5月25日。座標、ミッドウェー島北西沖、約500カイリ」
艦橋が凍り付いた。
昭和17年。
広島出身の坂上にとって、それは「あの日」の3年前。
そして、祖父が特攻で死ぬ3年前。
「ミッドウェー…だと?」坂上が呟いた。
その瞬間、艦隊全域に緊急警報が響き渡った。
『RAIJINよりCIC! バカな…なんだこりゃ! 南東方向、敵艦隊多数!』
三島からの映像が、CICのメインスクリーンに映し出される。
そこにいたのは、見慣れた米第7艦隊のアーレイ・バーク級ミサイル駆逐艦ではない。
灰色のずんぐりとした船体。短い飛行甲板。
星条旗を掲げた、3隻の航空母艦。
『…ヨークタウン、エンタープライズ、ホーネット…』
坂上は、海軍史の知識から、その艦名を無意識に口にしていた。
ミッドウェー海戦に向かう、スプルーアンスとフレッチャーの機動部隊。史実では、あと10日ほどで、南雲艦隊を壊滅させる艦隊だ。
『おいおい、なんだよアレは! レーダーにゃ何も映らねえぞ!』
米空母から発艦した哨戒機SBDドーントレスのパイロットが、上空を通過した(ように見えた)F-35Bの影に怯え、無線で叫んでいるのが傍受された。
「……菊池。全艦に通達」
坂上真一は、ゆっくりと振り返った。
その目は、演習時の冷静な指揮官のものではなかった。歴史の奔流のど真ん中に突き落とされた、当事者の目だった。
「我々は、タイムスリップした。受け入れろ」
彼は制服のポケットを探り、最後の一個となったコーヒーキャンディを口に放り込み、奥歯で噛み砕いた。
「この時代には、B-29も核兵器もまだ存在しない。だが、我々の燃料と弾薬も有限だ。補給がなければ、我々はただの鉄屑だ」
そして、彼は続けた。
「このまま史実通りに進めば、日本は敗北し、俺の故郷(ヒロシマ)は焼かれる。祖父も死ぬ」
彼はメインスクリーンに映る米機動部隊を睨み据えた。
「我々は、歴史に介入する」
彼は受話器を掴み、全艦に司令官命令を下した。
「第1空母打撃群、全艦に通達。これより『オペレーション・アマテラス』を発動する。第一目標、柱島泊地。山本五十六長官と接触する!」
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