1 / 17
EP 1
しおりを挟む
紫煙とジャージと異世界転移
アスファルトが溶け出しそうな、日本の夏だった。
蝉の鳴き声が、耳鳴りのように脳髄を揺らす。
俺、鮫島勇護(さめじま ゆうご)は、伸びきった無精髭を撫でながら、気怠げに横断歩道を渡っていた。
服装はヨレヨレのグレーのジャージに、コンビニで買った便所サンダル。
元ロス市警SWAT隊員。
数々の凶悪犯罪現場に突入し、「ジャパニーズ・マッドドッグ」と恐れられた男の成れの果てがこれだ。
「……今日は出る気がするな」
俺の視線の先にあるのは、極彩色のネオン看板『パーラー・オーシャン』。
帰国してからというもの、俺の戦場はロサンゼルスのスラム街から、駅前のパチンコ屋へとシフトしていた。
狙いは新台の「海物語」。開店前の並びには間に合わなかったが、角台が空いていれば勝機はある。
信号が青に変わる。
俺はポケットに入った『マールボロ・赤(ボックス)』の感触を確かめながら、サンダルをぺたぺたと鳴らして歩き出した。
その時だった。
――キキーッ!!
鼓膜を引き裂くようなスキール音。
俺の職業病とも言える「脅威感知(センス)」が、即座に反応する。
右前方。大型トラック。
ドライバーはハンドルに突っ伏している。居眠りか、心不全か。
数トンの鉄塊が、制御を失って交差点へ滑り込んでくる。
その軌道上には、麦わら帽子を被った小さな女の子がいた。
「――チッ」
思考よりも先に、身体が動いた。
パチンコの軍資金が入った財布がポケットから飛び出すのも構わず、俺はアスファルトを蹴った。便所サンダルのグリップ力など知ったことか。
(距離、クリア。タイミング、ギリギリ)
俺は少女の細い身体を抱え込むと、全力で歩道側へと突き飛ばした。
柔らかい感触が手から離れる。
同時に、視界の全てを銀色のバンパーが埋め尽くした。
「確保(ターゲット・クリア)……なんてな」
ドォォォォォン!!
衝撃。熱。そして、完全なる暗転。
俺の人生最後の記憶は、トラックのフロントグリルに映った、間の抜けたジャージ姿の自分だった。
***
「あー、はいはい。また来たわ」
目が覚めると、そこは真っ白な空間だった。
雲の上のような、あるいは病院の集中治療室のような、無機質で眩しい場所。
俺の目の前には、事務机に足を乗せ、スマートフォンをいじっている女が一人。
ジャージ姿に、ボサボサの髪。俺と同じサンダル履き。
とてもじゃないが「神聖」とは程遠い姿だが、その背後には後光のようなものが薄っすらと漂っている。
「……ここは? 俺は死んだのか?」
俺が冷静に尋ねると、女はスマホから目を離さずに答えた。
「死んだ死んだ。即死。グチャグチャ。女の子は無傷。あ、君のパチンコの軍資金は風に舞って誰かに拾われたわよ」
「そいつは残念だ」
「で、私は女神ルチアナ。いわゆる転生の手続き係みたいなもん」
ルチアナと名乗った女は、あくびを噛み殺しながら俺の方をチラリと見た。
「ふーん……。君、魂が硝煙臭いわね」
「ヘビースモーカーなもんでな」
「違うわよ、血と火薬の匂い。……SWAT? ふうん、面倒くさい経歴」
彼女は面倒くさそうに頭を掻くと、手元の書類(のようなホログラム)を宙に放り投げた。
「普通の『剣と魔法の世界』に送っても、君みたいなのは馴染めないでしょ。スローライフとか絶対無理なタイプだし」
「否定はしない」
「だから、ちょうどいい処分先……あ、いや、就職先があるわ」
ルチアナはニヤリと笑った。それは慈愛の女神の笑みではなく、不良在庫を押し付ける悪徳商人の笑みだった。
「『太郎国』。そこに行きなさい」
「太郎国? ふざけた名前だな」
「文句言わない。あそこなら君の好きなタバコも手に入るし、なんなら君のスキルを活かせる仕事も山積みよ。……特に、あの国の王様が『警察組織』を欲しがってるしね」
彼女はスマホの画面をタップした。
俺の足元に、魔法陣のような光が展開される。
「ちょっと待て。俺には拒否権は――」
「ないわよ。あ、これ餞別。向こうじゃ貴重だから大事にしなさい」
ルチアナが放り投げてきたのは、俺が愛飲している『マールボロ・赤』のカートンだった。
俺がそれを受け取った瞬間、床が抜けるような浮遊感が襲った。
「じゃ、頑張ってねー。あ、向こうのパチンコは釘が渋いから気をつけて」
「おい、それどういう……!」
俺の意識は再び、光の中に吸い込まれていった。
***
「……ッ!」
着地。
俺は反射的に膝を使い、衝撃を殺して地面に降り立った。
ジャージとサンダルという軽装だが、身体のキレは生前――いや、現役時代そのものだ。
「ここは……」
顔を上げると、そこは奇妙な光景だった。
遠くには中世ヨーロッパ風の古城が見える。
だが、俺が立っている場所は綺麗に舗装されたコンクリートの道路。
道の脇には、見覚えのあるコンビニエンスストアのような建物や、赤提灯がぶら下がった屋台が並んでいる。
空を巨大なトカゲ(ワイバーンだろうか)が飛び、その下をジャージ姿の主婦がママチャリで走っている。
「なんだ、この悪趣味なテーマパークみたいな街は」
ファンタジーと現代日本が、ミキサーにかけてぶち撒けられたような混沌。
ここが女神の言っていた『太郎国』か。
俺は深いため息をつくと、ルチアナに渡されたカートンから一箱取り出し、封を切った。
慣れた手つきで一本くわえ、ポケットに入っていたオイルライターで火をつける。
シュボッ。
紫煙を深く吸い込み、異世界の空に吐き出す。
空気は少し澄んでいるが、どこか懐かしい排気ガスの匂いも混じっていた。
「……シケた場所だ」
俺はサンダルをペタペタと鳴らしながら、このふざけた世界への第一歩を踏み出した。
アスファルトが溶け出しそうな、日本の夏だった。
蝉の鳴き声が、耳鳴りのように脳髄を揺らす。
俺、鮫島勇護(さめじま ゆうご)は、伸びきった無精髭を撫でながら、気怠げに横断歩道を渡っていた。
服装はヨレヨレのグレーのジャージに、コンビニで買った便所サンダル。
元ロス市警SWAT隊員。
数々の凶悪犯罪現場に突入し、「ジャパニーズ・マッドドッグ」と恐れられた男の成れの果てがこれだ。
「……今日は出る気がするな」
俺の視線の先にあるのは、極彩色のネオン看板『パーラー・オーシャン』。
帰国してからというもの、俺の戦場はロサンゼルスのスラム街から、駅前のパチンコ屋へとシフトしていた。
狙いは新台の「海物語」。開店前の並びには間に合わなかったが、角台が空いていれば勝機はある。
信号が青に変わる。
俺はポケットに入った『マールボロ・赤(ボックス)』の感触を確かめながら、サンダルをぺたぺたと鳴らして歩き出した。
その時だった。
――キキーッ!!
鼓膜を引き裂くようなスキール音。
俺の職業病とも言える「脅威感知(センス)」が、即座に反応する。
右前方。大型トラック。
ドライバーはハンドルに突っ伏している。居眠りか、心不全か。
数トンの鉄塊が、制御を失って交差点へ滑り込んでくる。
その軌道上には、麦わら帽子を被った小さな女の子がいた。
「――チッ」
思考よりも先に、身体が動いた。
パチンコの軍資金が入った財布がポケットから飛び出すのも構わず、俺はアスファルトを蹴った。便所サンダルのグリップ力など知ったことか。
(距離、クリア。タイミング、ギリギリ)
俺は少女の細い身体を抱え込むと、全力で歩道側へと突き飛ばした。
柔らかい感触が手から離れる。
同時に、視界の全てを銀色のバンパーが埋め尽くした。
「確保(ターゲット・クリア)……なんてな」
ドォォォォォン!!
衝撃。熱。そして、完全なる暗転。
俺の人生最後の記憶は、トラックのフロントグリルに映った、間の抜けたジャージ姿の自分だった。
***
「あー、はいはい。また来たわ」
目が覚めると、そこは真っ白な空間だった。
雲の上のような、あるいは病院の集中治療室のような、無機質で眩しい場所。
俺の目の前には、事務机に足を乗せ、スマートフォンをいじっている女が一人。
ジャージ姿に、ボサボサの髪。俺と同じサンダル履き。
とてもじゃないが「神聖」とは程遠い姿だが、その背後には後光のようなものが薄っすらと漂っている。
「……ここは? 俺は死んだのか?」
俺が冷静に尋ねると、女はスマホから目を離さずに答えた。
「死んだ死んだ。即死。グチャグチャ。女の子は無傷。あ、君のパチンコの軍資金は風に舞って誰かに拾われたわよ」
「そいつは残念だ」
「で、私は女神ルチアナ。いわゆる転生の手続き係みたいなもん」
ルチアナと名乗った女は、あくびを噛み殺しながら俺の方をチラリと見た。
「ふーん……。君、魂が硝煙臭いわね」
「ヘビースモーカーなもんでな」
「違うわよ、血と火薬の匂い。……SWAT? ふうん、面倒くさい経歴」
彼女は面倒くさそうに頭を掻くと、手元の書類(のようなホログラム)を宙に放り投げた。
「普通の『剣と魔法の世界』に送っても、君みたいなのは馴染めないでしょ。スローライフとか絶対無理なタイプだし」
「否定はしない」
「だから、ちょうどいい処分先……あ、いや、就職先があるわ」
ルチアナはニヤリと笑った。それは慈愛の女神の笑みではなく、不良在庫を押し付ける悪徳商人の笑みだった。
「『太郎国』。そこに行きなさい」
「太郎国? ふざけた名前だな」
「文句言わない。あそこなら君の好きなタバコも手に入るし、なんなら君のスキルを活かせる仕事も山積みよ。……特に、あの国の王様が『警察組織』を欲しがってるしね」
彼女はスマホの画面をタップした。
俺の足元に、魔法陣のような光が展開される。
「ちょっと待て。俺には拒否権は――」
「ないわよ。あ、これ餞別。向こうじゃ貴重だから大事にしなさい」
ルチアナが放り投げてきたのは、俺が愛飲している『マールボロ・赤』のカートンだった。
俺がそれを受け取った瞬間、床が抜けるような浮遊感が襲った。
「じゃ、頑張ってねー。あ、向こうのパチンコは釘が渋いから気をつけて」
「おい、それどういう……!」
俺の意識は再び、光の中に吸い込まれていった。
***
「……ッ!」
着地。
俺は反射的に膝を使い、衝撃を殺して地面に降り立った。
ジャージとサンダルという軽装だが、身体のキレは生前――いや、現役時代そのものだ。
「ここは……」
顔を上げると、そこは奇妙な光景だった。
遠くには中世ヨーロッパ風の古城が見える。
だが、俺が立っている場所は綺麗に舗装されたコンクリートの道路。
道の脇には、見覚えのあるコンビニエンスストアのような建物や、赤提灯がぶら下がった屋台が並んでいる。
空を巨大なトカゲ(ワイバーンだろうか)が飛び、その下をジャージ姿の主婦がママチャリで走っている。
「なんだ、この悪趣味なテーマパークみたいな街は」
ファンタジーと現代日本が、ミキサーにかけてぶち撒けられたような混沌。
ここが女神の言っていた『太郎国』か。
俺は深いため息をつくと、ルチアナに渡されたカートンから一箱取り出し、封を切った。
慣れた手つきで一本くわえ、ポケットに入っていたオイルライターで火をつける。
シュボッ。
紫煙を深く吸い込み、異世界の空に吐き出す。
空気は少し澄んでいるが、どこか懐かしい排気ガスの匂いも混じっていた。
「……シケた場所だ」
俺はサンダルをペタペタと鳴らしながら、このふざけた世界への第一歩を踏み出した。
0
あなたにおすすめの小説
72時間ワンオペ死した元球児、女神の『ボッタクリ』通販と『絶対破壊不能』のノートPCで異世界最強のコンビニ・スローライフを始める
月神世一
ファンタジー
「剣? 魔法? いいえ、俺の武器は『鈍器になるノートPC』と『時速160kmの剛速球』です」
あらすじ
ブラックコンビニで72時間連続勤務の末、過労死した元甲子園優勝投手・赤木大地。
目覚めた彼を待っていたのは、コタツでソシャゲ三昧のダメ女神・ルチアナだった。
「手違いで死なせちゃった☆ 詫び石代わりにこれあげる」
渡されたのは、地球のAmazonもGoogleも使える『絶対破壊不能』のノートPC。
ただし、購入レートは定価の10倍という超ボッタクリ仕様!?
「ふざけんな! 俺は静かに暮らしたいんだよ!」
ブラック労働はもうこりごり。大地は異世界の緩衝地帯「ポポロ村」で、地球の物資とコンビニ知識、そして「うなる右腕(ジャイロボール)」を武器に、悠々自適なスローライフを目指す!
……はずが、可愛い月兎族の村長を助けたり、腹ペコのエルフ王女を餌付けしたり、気づけば村の英雄に!?
元球児が投げる「紅蓮の魔球」が唸り、女神の「ボッタクリ通販」が世界を変える!
異世界コンビニ・コメディ、開店ガラガラ!
アイムキャット❕~異世界キャット驚く漫遊記~
ma-no
ファンタジー
神様のミスで森に住む猫に転生させられた元人間。猫として第二の人生を歩むがこの世界は何かがおかしい。引っ掛かりはあるものの、猫家族と楽しく過ごしていた主人公は、ミスに気付いた神様に詫びの品を受け取る。
その品とは、全世界で使われた魔法が載っている魔法書。元人間の性からか、魔法書で変身魔法を探した主人公は、立って歩く猫へと変身する。
世界でただ一匹の歩く猫は、人間の住む街に行けば騒動勃発。
そして何故かハンターになって、王様に即位!?
この物語りは、歩く猫となった主人公がやらかしながら異世界を自由気ままに生きるドタバタコメディである。
注:イラストはイメージであって、登場猫物と異なります。
R指定は念の為です。
登場人物紹介は「11、15、19章」の手前にあります。
「小説家になろう」「カクヨム」にて、同時掲載しております。
一番最後にも登場人物紹介がありますので、途中でキャラを忘れている方はそちらをお読みください。
構造理解で始めるゼロからの文明開拓
TEKTO
ファンタジー
ブラック企業勤めのサラリーマン・シュウが転生したのは、人間も街も存在しない「完全未開の大陸」だった。
適当な神から与えられたのは、戦闘力ゼロ、魔法適性ゼロのゴミスキル《構造理解》。
だが、物の仕組みを「作れるレベル」で把握できるその力は、現代知識を持つ俺にとっては、最強の「文明構築ツール」だった――!
――これは、ゴミと呼ばれたスキルとガラクタと呼ばれた石で、世界を切り拓く男の物語。
荷物持ちを追放したら、酷い目にあった件について。
しばたろう
ファンタジー
無能だと思い込み、荷物持ちのレンジャーを追放した戦士アレクス。
しかし――
彼が切り捨てた仲間こそが、
実はパーティを陰で支えていたレアスキル持ちだった。
事実に気づいた時にはもう遅い。
道に迷い、魔獣に襲われ、些細な任務すらまともにこなせない。
“荷物持ちがいなくなった瞬間”から、
アレクスの日常は静かに崩壊していく。
短絡的な判断で、かけがえのない存在を手放した戦士。
そんな彼と再び肩を並べることになったのは――
美しいのに中二が暴走する魔法使い
ノー天気で鈍感な僧侶
そして天性の才を秘めた愛くるしい弟子レンジャー
かつての仲間たちと共に、アレクスはもう一度歩き出す。
自らの愚かさと向き合い、後悔し、懺悔し、それでも進むために。
これは、
“間違いを犯した男が、仲間と共に再び立ち上がる”
再生の物語である。
《小説家になろうにも投稿しています》
【完結】発明家アレンの異世界工房 ~元・商品開発部員の知識で村おこし始めました~
シマセイ
ファンタジー
過労死した元商品開発部員の田中浩介は、女神の計らいで異世界の少年アレンに転生。
前世の知識と物作りの才能を活かし、村の道具を次々と改良。
その発明は村の生活を豊かにし、アレンは周囲の信頼と期待を集め始める。
ギルドの片隅で飲んだくれてるおっさん冒険者
哀上
ファンタジー
チートを貰い転生した。
何も成し遂げることなく35年……
ついに前世の年齢を超えた。
※ 第5回次世代ファンタジーカップにて“超個性的キャラクター賞”を受賞。
※この小説は他サイトにも投稿しています。
追放された味噌カス第7王子の異種族たちと,のんびり辺境地開発
ハーフのクロエ
ファンタジー
アテナ王国の末っ子の第7王子に産まれたルーファスは魔力が0で無能者と言われ、大陸の妖精族や亜人やモンスターの多い大陸から離れた無人島に追放される。だが前世は万能スキル持ちで魔王を倒し英雄と呼ばれていたのを隠し生まれ変わってスローライフを送る為に無能者を装っていたのだ。そんなルーファスはスローライフを送るつもりが、無人島には人間族以外の種族の独自に進化した先住民がおり、周りの人たちが勝手に動いて気が付けば豊かで平和な強国を起こしていく物語です。
異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~
宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。
転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。
良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。
例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。
けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。
同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。
彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!?
※小説家になろう様にも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる